第161話 訃報と朗報

 エクスからのどぎついメールをもらってぴえーんな俺は、飄々としたマドカさんと共に北条先輩の待つ屋敷へと戻ってきた。

 そして現在、俺たち二人は先輩の部屋の中にいる。


「……やっぱり見つからなったのね」


 俺たちからの訃報に北条先輩はその表情に少しだけ影を落とした。

 大切な物を失くしたのだから無理もない。

 とはいえ、彼女にとってそれは再び悪夢に悩まされる日々の始まりを告げるワケだから内心穏やかではないだろう。


「懸命に探してはみたのですが、最後まで発見には至りませんでした。お役に立てず申し訳ありません」


「ううん、いいのよマドカお姉ちゃん。アレを失くしたのは私の責任だし、見つからなかったのは二人のせいじゃないわ。それより……」


 と、北条先輩の視線が俺へと移される。

 そして、そのままマドカさんへ耳打ちをし始めた。


「……ちょっと、マドカお姉ちゃん。どうして草薙くんがあんなに落ち込んでいるの?」


「それはですねコニョコニョ……」


「うん、うん……えっ!?」


 多分だけど、マドカさんは俺が意気消沈するに至ったその経緯を北条先輩に説明しているのだろう。

 でもまぁ、正直そんな事はどうでも良かった。

 今の俺はエクスから届いたメールの文面をぼーっと見つめて虚無状態に陥っているのだから。


「マドカお姉ちゃん、それはいくらなんでも冗談が過ぎるわよ。草薙君が落ち込むのも無理ないわ」


「その件につきまして私も少しおふざけが過ぎたと反省しております。とはいえ、ツルギさんの彼女様がまさかこんな冗談も通じないお嬢さんだったとは不覚でした。本当に残念です」


「残念とはなんだおい!? いきなり他人から電話越しにあんなことを言われれば誰だって怒るのが普通でしょうがっ!」


「あら、ツルギさん。か弱い女子を相手にそんなマジレスしないでください泣いちゃいますよ? ぴえーん」


「いや、アンタはそんな繊細な心の持ち主じゃねえだろ。はぁ~……しっかし、どうしたもんかなぁ~」


 あのあと、なんとかして誤解を解こうとエクス宛にメールを送ったり電話をしたのだが、そのすべてを完全に無視されている。

 特に既読スルーはメールを送った側として最も精神的ダメージが大きい。

 というか、そこまでされるほど俺はエクスを怒らせるようなマネをしただろうか?


 確かに昼の段階では犬塚先輩からの情報を得てから手伝うと話したけれど、それを破っただけで普通あそこまで怒るだろうか? 

 実は今日がたまたま女の子の日で、ちょっと虫の居所が悪かったんじゃないだろうか?

 などと、自分に都合の良い理屈を思い浮かべてみたところで現状は変わらない。

 つーか、このままだとお家に入れてもらえそうもないじゃん? 

 それって家なき子じゃん? 

 つーか、ホームレスじゃん?

 流石にそんな思いはしたくない。

 というか、そんな思いをする以前に俺はエクスと仲直りがしたい。

 とは言っても、既にあとの祭りである。

 これは由々しき事態だ。


「冗談とはいえ、マドカお姉ちゃんの悪ふざけが原因でこうなってしまったんだから、お姉ちゃんも真剣に二人が仲直りを出来る方法を考えないとダメよ」


「勿論、そこは善処します。とはいえ、私がツルギさんの彼女様に直接釈明の電話を入れたところで火に油を注ぐだけかと思われますが、それはそれで面白そうなので炎上覚悟で試してみますか? フッフッフッ」


「初手から炎上させる気満々だろそれ!? というか、マドカさんにだけは絶対にお願いしないので余計なマネはしないでください割とマジで!」


 ……この人、絶対にこの状況を楽しんでるだろ。マジで恐ろしいわ。

 不敵な笑みを浮かべるマドカさんに俺が頬を引き攣らせていると、北条先輩が話しかけてくる。


「うちのマドカお姉ちゃんが迷惑をかけて本当にごめんなさい草薙君。そうだ! 私がエクスさんに電話して誤解を解くのはどうかしら?」


「残念ですけど、アイツは知らない番号からの着信は基本的に出ないんですよね」


「そ、そうなんだ。それは困ったわね」


「知らない番号とはいえ、御友人からの電話かもしれないのに出ないなんて、子鹿のようにメンタルよわよわなお嬢さんなのですね?」


「あ? なんだとコラッ? うちのエクスたんをディスるなら例えマドカさんでも許さねえぞ?」


「あら、随分と彼女様にのろけていらっしゃるのですね。その彼女に家を追い出されている身分だというのに」


「その原因を生み出したのはアンタでしょうが!?」


「ツルギさん」


「なんすか?」


「テヘペロ」


「……っ」


 ……なんというか、この人はどうしてこうも俺を煽るというか、むしろバカにしてくるのだろうか?

 まぁ、ぶっちゃけマドカさんは可愛いくてスタイルもいいからある程度は許しているけれど、もしこれが男だったら速攻で殺しているレベルだ。

 とは言っても、イラッとする事に変わりわないのだけれど。


「と、とりあえず、これ以上の不毛なやり取りをしていても仕方ないから解決策は自分で考えるからいいですよ」


「あら、殊勝なこと。そういうポジティブ思考の男性は私的にタイプですよ?」


「はいはい、そうですか。それはどうもありがとうございます」


「あら、やだ。こんなにも魅力的な女子が褒めているというのにそれをぞんざいに扱うのですね。まぁ、この一件でもしツルギさんが彼女様にフラれてしまったというなら代わりに私がお付き合いしてあげてもいいのですよ? チラッチラッ」


「なんで上から目線なの!? ていうか、そんなことにはならないから心配無用ですよ。はぁ~……」


 呆れてため息を吐く俺にマドカさんは肩を竦めると、「それは残念です」と呟いて窓の方を見た。

 外はすっかり暗くなり、夜空には小さな星がいくつか瞬いている。

 今頃エクスはカナデたちを家に招いて夕食を摂っていることだろう。

 そう思うと、急に空腹になってきて腹の虫が鳴いた。


「あの、草薙君。もし良かったらなんだけど、今晩はうちで夕食をしていかない?」


「え? 悪いですよそんなの」


「ううん、そんなことはないわ。元はといえば、私の家族が引き起こした事が原因でキミが困っているのだから遠慮しないでほしいの」


「そうですよツルギさん。どうせ家に帰っても敷居を跨げないのですから、ここは時音お嬢様のご厚意に甘んじるべきです」


「諸悪の根源であるアンタがそれを言うのかよ!? 誰のせいでこんな事になったと思っているんだコラッ!」


「あら、今宵は月が綺麗ですね」


「誤魔化してんじゃねえよ!?」


「とりあえず、そういう事だから遠慮はしないで。じゃあ、今からお母様に伝えくるからここで待っていてね」


「時音お嬢さま。その役目は私が」


「うん。じゃあ、お願い」


 北条先輩に頼まれると、マドカさんが急ぎ足で部屋をあとにした。

 その間、先輩と部屋に残された俺は所在なさげに窓の方を見ていた。


「ねぇ、草薙君。ひとつ聞いてもいいかしら?」


「なんですか?」


「例の夢の事なんだけど、キミはどう思う?」


 唐突に振られたその話題に俺はどう答えるか頭を捻る。

 恐らくだけど、北条先輩を悩ませていた悪夢は、彼女の精神的なものが影響して夢に出たと思っている。

 それが誕生日にもらった宝石のおかげで見なくなったというのは、やはり彼女の精神面でお父さんの存在が左右しているのだろう。

 とはいえ、そのことを口にするのは正直難しいところなのだが――。


「私ね、小さい頃からお父様のことが大好きで仕方なかったの。でも、お父様には大切なお仕事があってずっと海外暮らしだし、そういうのがあって離ればなれだったから余計にお父様への想いが強まってしまったと思うのよね」


「それはつまり、悪夢の原因が先輩のお父さんの失踪に関係していると自分自身で理解しているって事ですか?」


「うん。キミの言う通り、勿論そう思っているわ」


 本音を晒すかの如く、素直に答えた北条先輩の瞳にはどこか憂いが滲んでいた。

 余程お父さんのことが大好きだったのだろう。

 粛々と父親を語るその口調には少しだけ嬉々としたものが感じられた。

 

「高校生にもなって父親の事ばかり話していたらやっぱりみんなから変かと思われてしまうわよね……。でもね、私の中でお父様の存在はとても強くて、早く日本に帰ってきてくれないかな~なんていつも願っていたの」


「小さい時からずっとお父さんと離れて暮らしていたんですからそれは別におかしなことではないと思いますよ?」


「そう、かしら?」


「えぇ。家族が自分の傍にいて欲しいと願うのは誰だって普通の事だと思います。まぁ、俺には家族がいないですけどね」


「え? それってどういう……」


「マドカさんには話しましたけど、うちの両親は俺が中学の時に二人揃って他界しちゃったんですよね。それからずっと、俺はひとりぼっちで暮らしてきましたから、両親が傍にいて欲しいと思う先輩の気持ちはよくわかりますよ」


 両親のことを話すと、敵討ちを果たした今でもつい両手に力が入ってしまう。

 辛くて悲しい記憶というものは忘れたくても決して忘れられないものだ。

 それでも背を向けずに前を見て進もうと思えたのは、やはり俺と同じ境遇を体験したエクスがいたからかもしれない。


「エクスも俺と同じように両親を亡くしているんですよ。それでも後ろを振り向かず、真っ直ぐ前を見て進むアイツを見て俺は色々と勇気やら元気をもらえているんですよね」


「二人にそんなことがあったんて……。そんな事情を知らずにこんな話をしてごめんなさい。二人からしてみれば、私の悩みなんてちっぽけなものよね」


「そんなことはないですよ。北条先輩にとってお父さんは大切な家族なんですからそれを心配して思い悩むのは当然の事ですよ。俺たちの両親の話なんて気にしないでください」


「ううん。今の草薙君の話を聞いて私は自分の甘さに気付けたわ。そうよね、私がお父様の事でくよくよしていても仕方ないことだし、それがかえってお母様の不安にも繋がってしまうのだから私自身がもっと強くならないとダメよね。うん、このままじゃダメね。私がしっかりしないといけないわ!」


 その場で急に立ち上がると、北条先輩はキリっとした表情になりふんすと鼻を鳴らした。

 どうやら俺の話がキッカケとなり、彼女の気持ちを奮い立たせたようだ。

 今の先輩の表情からは力強さを感じる。


「草薙君、今日は本当に色々とありがとう。おかげであの悪夢にも立ち向かえるような勇気が湧いてきたわ」


「お役に立てて光栄ですよ。俺も元気が出た先輩を見れて安心しました」


「そういってもらえると嬉しいわ。そういえば、さっきから部屋の外が騒がしいみたいだけど、そろそろ夕飯の支度が終わ――」


「と、時音お嬢さまぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 突然勢いよく開かれた部屋の扉から血相を変えたマドカさんが飛び込んできた。

 そのただならぬ様子に俺たち二人は当惑する。


「ど、どうしたのマドカお姉ちゃん?」


「だ、旦那様が!」


「お父様がどうかしたの?」


「た、たった今……お帰りになられました!」


「……え!?」


 その一言に北条先輩は驚愕したまま口元を両手で押さえた。

 そして、その瞳に涙を浮かべると、慌てて部屋を飛び出して行った。




 



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