第27話 攫われたカナデ
鎧兜を纏ったアーサーの姿に俺たちは当惑していた。
「アーマーモードって……お前の魔剣にもサポートアビリティのような機能が搭載されているってのか!?」
「フンッ。さっき開発中だったものを完成させたと説明しただろ? この魔剣はエクスの聖剣を模して造られたものだ。その程度の機能くらい搭載されているに決まっているじゃないか。なぁ、グラム? ハッハッハッ!」
「随分と理解力のない方ですね? まぁ、見た目通りと申せばそれまでなのでしょうけれど……アハハハッ!」
両手を広げて高笑いを上げるアーサーに倣ってグラムも笑う。
コイツら、人のことをバカにしやがって……見た目通りとか言われると、ちょっと傷つくじゃねぇか。
「仲間たちの命を奪ったその魔剣を脱獄させただけでなく、アヴァロンの研究員たちまでその手にかけて魔剣を完成させたなんて……アーサー、アナタはどこまで最低なのさ!」
激昂するエクスにアーサーはかぶりを振ると、さも平然とした様子で言う。
「全てはキミのためにしたことだよエクス。つまり、これはキミへの愛のカタチなのさ!」
「ふざけないでよ……アナタたちだけは、絶対に許さない!」
「エクス、下がっていろ。コイツはこの俺がぶった斬る!」
「ハハハッ! 面白いことを言うじゃないか……そこまで言うなら――」
「あ?」
「試してみるといい」
一瞬の出来事だった。
奴が駆け出したかと思った瞬間、すぐ目の前に魔剣の刃が迫っていた。
咄嗟に聖剣を振り上げ直撃は免れたが、斬りつけられた俺は公園の奥に飛ばされた。
「ツルギくん!?」
「おっと、これは失礼。力の加減を間違えてしまったな? 次は手加減をしてあげるから、かかってくるといい」
わざとらしく肩を竦めると、アーサーが挑発的に手招きをしてくる。
たった一撃でこの威力。
しかも、奴の身体能力も格段と上がっていて動きも早い。
これがアーマーモード……本当に笑えない力だ。
「どうしたもう終わりか? まあ、この力を試すのに役不足な相手であるとは思ったが――」
「?」
「あまりにも退屈過ぎるな!」
魔剣を構えたアーサーが再び走り出すと、俺との距離が瞬く間に詰められた。
その動きに反応して俺が聖剣を振り抜くと、互いの剣が衝突音を響かせ火花を散らせた。
……斬撃が鋭く重い。
鎧を纏っただけで、アーサーの攻撃力が先程とは比べものにならないほど強くなった。
このままだと、体力的に俺の方が潰れちまう。一体、どうやり合えばいいんだ!?
「どうした小僧? ボクを倒すんじゃなかったのか!」
「のはあっ!?」
何度目かに及ぶ鍔迫り合いに持ち込んだとき、アーサーが俺の胸倉を掴んで公園の奥へと投げ飛ばした。
その際に、公園内の奥に生えた一際太い幹を持つ樹木に背中を強く打ち付けて俺は地面に蹲った。
今ので背中側の肋骨が何本か折れたかもしれない。
背中に激痛が走り、咳き込んでみると血を吐き出した。
「ふ、ふざけやがって……鎧を着ただけでこの力の差かよ?」
聖剣を地面に突き立て、なんとか立ち上がってはみるものの、まともに戦えるほどの状態ではなかった。
正直、次の攻撃を防げる自信がない。
「ツルギくん!」
地面に突き立てた聖剣にしがみつき、必死に立ち上がろうとする俺にエクスが駆け寄ってくる。
エクスは俺に肩を貸すなり、負傷具合が芳しくないと判断したのか口元を歪めた。
「……肋骨が何本か折れている。このままじゃ危険だよ、今すぐ回復を――」
「エクス」
「!?」
頭上から差した影に俺たちが顔を上げると、アーサーがエクスのすぐ後に立っていた。
「さぁ、僕と共に行こう。キミは僕と生きるべきなんだ」
「嫌、放して! このこのこのぉっ!」
「エクス!? 野郎!」
アーサーに掴まれた片腕を振り解こうとエクスが抵抗するけれど、鎧を纏う奴を相手にその力は無力でしかなかった。
俺はエクスを助けようと、激痛に堪えながらも聖剣を振り上げたのだが――。
「雑魚は地面で寝ていろ」
俺が振り抜いた聖剣をアーサーは片手で掴むと、俺の腹部を蹴り込んできた。
鎧に包まれたアーサーのつま先がみぞおちにめり込んだ瞬間、血反吐を吐く。
ヤバイ、これはもう動けない……。
「今のお前は無力だ。この僕の相手をするなど烏滸がましいにも程がある」
「がっ……てめえ、エクスを……放せ」
地面を這いつくばりながらエクスを連れ去ろうとするアーサーの片脚にしがみつく。
絶対にエクスは渡さない。例え、この腕が斬り落とされても守らなければいけない。
しかし、アーサーは俺の頭部を踏みつけると呆れたように溜息を吐いた。
「……やれやれ。大人しく退き下がれば見逃してやろうと思ったが気が変わった。死ね」
いうなり、アーサーは魔剣の先端を下に向けると、容赦なくそのまま振り下ろした。
その刹那、俺の背中に魔剣が突き立てられた。
「……ごふっ」
「いいザマだな。まぁ、ボクのエクスを汚した罪からすれば、まだ軽いくらいだがな?」
「そんな……ツルギくん……いやあぁあぁあぁ!?」
涙を流すエクスが悲痛な声を上げて俺に手を伸ばすが、その指先は俺に届かない。
地面に這いつくばる俺の身体からじわりと広がった血液が地面を赤く染めてゆく。
徐々にエクスの姿が離れて行く。
その光景に俺は指一本すら動かすことができず、アーサーの足元をジッと見つめていた。
「ハハハッ! せめてもの情けだ。このまま一息で終わにしてやろるよ小僧!」
俺の背中に突き立てた魔剣を更に押し込むと、アーサーが面貌の奥で愉快そうに瞳を笑ませた。
こんな形でエクスを失うなんて冗談じゃない……。
俺はアイツを守ると約束した。
アイツを悲しみから救うと約束した。
それなのに、こんな幕引きだなんて……こんなことって――。
「…………エク、ス」
「お願いやめてアーサー! ツルギくんを殺さないで!?」
「残念だけど、エクス。もうすぐこの雑魚は死ぬ。だから、これからは僕と共に永遠の愛を――」
と、アーサーが言いかけたとき、俺の視界に人影が映りこんだ。
「とりゃあああああああああああああっ!」
その人影はエクスを連れ去ろうとするアーサーの顔面へ見事に飛び蹴りを決めた。
その拍子でアーサーがぐらりと傾き、俺の背中から魔剣が抜けた。
その隙きを見てエクスはアーサーから逃げ出すと、すかさず俺に唇を押しつけ治癒をしてきた。
視界に映る小柄な人影にジッと目を凝らして見ると、その人物は俺と同じ高校の制服を着ていた。
ウェーブのかかった亜麻色の髪と整った顔立ち。
たすき掛けしたエナメルバックで強調された豊かな胸元とすらりと伸びた脚って、そんな、まさか……?
「……カナ、デ?」
「つーくん、大丈夫!?」
軽やかに地面に着地して振り返ったその人物はカナデだった。
カナデはエナメルバッグからスマホを取り出すと、指先で画面を操作しながら言う。
「やっぱアタシの思っていた通り、つーくんは危ないことに首を突っ込んでたんじゃん……そうなんでしょうエクスちゃん!」
「カナデさん……どうしてここに?」
「この公園の近くで部活の大会があったの。昔、つーくんと帰りに立ち寄ったことを思い出してなんとなく来てみたらなんかすごい音がして、駆けつけたら二人の姿が見えてすっ飛んできたのつーの!」
捲し立てるようにそう話すカナデに俺の記憶が蘇る。
そういえば、去年カナデが出場したテニス大会が行われた会場がこの近くだった。
でも、どうして《ミラー》の中にカナデが入れたんだ?
浮かんでくる疑問に思考を巡らせているとエクスが言う。
「……ごめんツルギくん。さっきから何度も《ミラー》を展開しようとしてみたんだけど、ちっとも発動できなかったんだ」
焦りの色浮かべ、エクスが左手のホーリーグレイルを見つめている。
《ミラー》が展開できないなんて今回が初めてのことだった。
一体、なにが原因でそうなったのかを考えていると、アーサーの背後にいたグラムが言う。
「何度やっても無駄ですよ? アナタの《ミラー》はわたくしが打ち消しているのですから」
グラムの言葉に驚愕して言葉を失う。
……エクスの《ミラー》を打ち消した? そんなことがあの魔剣にはできるのか!
「これも亡き研究員たちにプログラミングさせた機能のひとつさ。アレを展開されるとアヴァロンに僕たちの位置が特定されてしまうからね。それの対策さ?」
「アーサー……アナタはどこまで!」
「なんかよくわかんないけど、アタシが警察に通報しといたからすぐにお巡りさんが一杯ここに来るっしょ。そしたらきっと大丈夫――」
「あら、それはとても困りますわね。アーサー様、この興は一度お開きにしてまた日を改めて楽しみましょう?」
「なにを言うグラム! エクスを奪うなら今が好機だろう!」
「それは容易い事ですけれど、もっと楽しめた方がよいではありませんか? それに、万が一警察からアヴァロンにでも連絡が届けば面倒になりますしね。ですので、今回は撤退という選択肢を選ばせていただきますわ……ただし――」
「えっ!?」
「こちらの愛らしいお嬢さんを人質に取らせていただきます。色々と楽しみは取っておく方がわたくしは好きなのですよ。それとひとつ忠告をしておきますが、アナタ方がアヴァロンに報告でもしようものならこちらお嬢さんの命はないものとお考えくださいましね?」
完全に虚を突かれた。
ほんの一瞬目を離した隙にグラムがカナデの真横に立っていた。
予想外のことに動揺しているカナデの額をグラムは指先で小突くと、カナデが意識を失くしたように仰向けに倒れた。
「……不本意ではあるが、このお嬢さんを返して欲しければ僕たちが指定する場所へ来い。そこでエクスとこのお嬢さんを交換しようじゃないか?」
「なっ!? 待ちやがれ……グラム、アーサー!」
「ボクからの話は以上だ。それと、エクス」
「な、なに?」
「その小僧を殺したあとにたっぷりと可愛がってあげるから楽しみにしていてくれ」
「……っ」
どこか不満そうだったアーサーはカナデを肩に担いで背を向けると、ゆっくり歩き出す。
その後を追うようにグラムはこちらにウィンクを投げてくると、一枚の紙を投げつけてきた。
「日時と場所はそちらに記しておきましたわ。では、皆さん。近いうちにまたお会いしましょうね?」
「待ちやがれ! がっ……クソッ……」
完治していない背中の痛みで思わずその場に膝をついた。
視界の先ではグラムが目の前に黒い空間を展開させ、カナデを担いだアーサーと共に消えて行った。
その光景になにもできない自分に腹が立ち、俺は地面を殴りつけた。
「クソッ、どうしてこんなことに!」
「ツルギくん。とにかく、今はこの場から離れよう?」
「ふざけるな! カナデが攫われたんだぞ? そんな冷静でいられるわけ――」
「ここにいれば警察に捕まって余計に時間を取られるだけだよ? 彼女を心配する気持ちはわかるけれど、今は冷静になってツルギくん!」
「……くっ」
公園の外から聴こえてきたサイレンの音に目を向けると、エクスが俺に肩を貸してその場から逃げるように歩き始めた。
足元を見て俯いた俺は、自分の力量不足に歯噛みした。
完全に完敗だった。
成す術もなく、俺は大切な友人であるカナデを誘拐された。
今まで戦ってきた魔剣たちに勝利してきたから気が緩んでいたのかもしれない。
その慢心が最悪の事態を生んだのだろう。
「クソッ……カナデ……」
「ツルギくん、急ごう……」
遠くで聞こえるサイレンの音を背に受け、俺はボロボロになった身体を引きずるようにエクスと帰路についた。
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