第26話 セイバー候補
突然のこと過ぎて、一瞬なにが起きたのかわからず、俺は呆然とした。
でも、その数秒後にアーサーとかいう奴がエクスに無理やりキスをしていることに気付いて一気に頭に血が上った。
「……ンゥ……ンンゥ!?」
「てめえええええええっ!」
「!?」
殴りかかろうとする俺にアーサーは木津区と、咄嗟にエクスから距離を取った。
そのとき、俺の拳が奴の頬を掠めると、アーサーの右頬に一筋の血が流れた。
「……貴様、いきなりなにをする! ボクが彼女との再会を喜び合っていたところだったのに……許さんぞ!」
「なにが喜び合うだよバカ野郎! 完全にエクスが嫌がっているじゃねえか!」
「そんなわけないだろ。彼女はボクとキスができて幸せそうだったじゃないか?」
「コイツ……相当やべえな」
愉悦に満ちた表情で笑うアーサーにマジで引く。
エクスがコイツのことを嫌がっていた理由は、おそらくこれが原因だろう。
アーサーはとんでもない勘違い野郎だ。
「いい加減にしてよアーサー! アナタのその身勝手な妄想にはもうウンザリだよ!」
俺の背後に隠れてキスをされた唇を袖口で荒く拭うと、エクスが眉値を吊り上げ激昂した。
しかし、当のアーサーはどこ吹く風といった様子で満面の笑みを浮かべていた。
「どうしてだいエクス? キミだって僕に会いたかっただろ? それに、あんな一方的な別れ方なんて僕もキミも望んではいなかったはずだ!」
「アナタのそういう妄想癖地味たところが本当に私は嫌! さっさとこの場から消えないと、アヴァロンに通報してセイバー候補としての権利を剥奪させるよ!」
「なぜだエクス!? ボクたちは身も心も一つにして戦おうと誓いあった仲じゃないか!」
「そんなこといつ決めたのさ!? 少なくとも、私はそんな誓いを立てた覚えなんてないよ!」
……う〜む。なにやら穏やかではない昼ドラ的な雰囲気だ。
これはアレか? 今彼とイチャついていた場面に元カレ登場とかそういう気まずい展開なのか?
だとすれば、この場合に俺は二人の間柄について戸惑う役を演じるべきなのか?
でもまぁ、もう少しだけ二人のことを観察してみよう……。
「あなたのそういうところが私はホント大嫌いだった! もう二度と顏を見たくないから今すぐ帰って!」
「なにを言っているんだエクス! キミにとって、僕は最高のパートナーだ。それを覆すことなんて、天地がひっくり返ってもあり得ないことだ!」
「んもぅ〜……どうしてそこまで自分勝手な妄想ができるのかなぁ!?」
「あのぅ、エクスさん? こいつって、お前の元カレなのかしらん?」
「ち、違うよ!? この人は彼氏でもなんでもない、ただのストーカーだよ!」
「ハハハッ、相変わらずキミらしいねエクス。そんな照れ隠しなんて必要ないというのに、ボクと再会できたことが嬉しいんだよね? そうなんだよね?」
「え? 大丈夫この人? なんか、ものすんごく自分の世界に浸っちゃって……」
「ツルギくん」
「ん? なんだエクちゅぅぅぅっ!?」
アーサーの言動に俺が引いていると、エクスがいきなり唇に吸い付いてきた。
まったく予期していなかったその行動に当惑する俺を他所に当のエクスは激しく舌を絡ませてくる。
「……ちょ、エク……チュ……!」
なんかもう凄かった。
俺になにも言わせないといわんばかりにエクスが濃厚なディープキスをしてくる。
そのとき、チラリと横目でアーサーの姿を見やると、絶望した表情でその場に立ち尽くしていた。
「ンハァ! これでわかったでしょアーサー? 私はツルギくんと永遠の愛を誓い合ったんだ。もう私の事は諦めて他の相手を探してよ!」
……やだなにこれ。エクスからの逆プロポーズなのん?
でも、このシチュエーションはないわ~。
流石にないわ〜。
アーサーに向けてエクスはそう言い放つと、腰に手を当てふんすと鼻を鳴らした。
これは相当辛い。
もし、俺がアーサーの立場だったら心折れて部屋に引きこもり、永遠にエロ動画を視聴しているだろう。
「ハハッ……ハハハハハっ! エクスは悪い冗談が上手いな? そんなことをして本当は僕のことをからかっているだけなんだろそうに違いないよね!?」
血走った眼でアーサーが頭を掻き乱しながら声を荒げる。
奴の立ち振る舞いは狂っているというよりも、イカれているといっても過言ではない。
「……エクス? キミは僕を愛しているよね? それにウソ偽りはないよね?」
「悪いけど、私はここにいる彼とセイバー契約を結んだの。もう諦めてアヴァロンに帰還して。それがアナタのためだよアーサー」
「そんなの関係ない! 誰と契約しようとキミは僕のものだ! グラム、お前もそう思うだろ? 僕は間違っていないだろ!」
「ええ。わたくしもそう思いますよアーサー様……」
「!?」
公園の暗がりから聴こえた女性の声に俺とエクスが首を巡らせてみると、明暗の境目から靴音を鳴らし、ゆっくりとした足取りで小柄な人影が現れた。
明かりの下に姿を晒したその人物は黒と白のメイド服に身を包んだ女の子だった。
見た目は俺たちと同じくらいか少し歳上だろう。
彼女は血が通っていないと思えるほどの白い肌を持つ美少女だった。
しかし、街灯の灯りが彼女の顔を照らした瞬間、俺とエクスは身構えた。
……コイツ瞳が赤い、魔剣の精霊だ!
グラムと呼ばれた少女は冷たい微笑を浮かべると、興奮しているアーサーの横に並び立ち口を開く。
「フフフッ。アーサー様が仰る通り、彼女は照れ隠しをなさっているのでしょう? 貴方様が気に病むことなどありません」
「エクス、キミに紹介しよう。彼女の名はグラム。僕のパートナーである魔剣だ!」
「「はぁっ!?」」
アーサーの言葉に耳を疑った。
コイツ、魔剣がパートナーとか口にしてきたぞ!?
「彼女とは一時的にパートナー契約を結んでいるんだ。でも、安心して欲しい。僕はキミと再契約を結ぶつもりだからね?」
照れくさそうに頬を掻いて苦笑するアーサーに俺とエクスは唖然とする。
要するに、魔剣と契約を結んで俺たちの前に現れたアーサーは敵ということだ。
だが、それがわかった瞬間から俺の中で最悪な予感がした。
多分、それは隣に立つエクスも同じだろう。
……脱獄した凶悪な人型魔剣。
それと、それを手引きしたアヴァロンの内部関係者……俺たちが聞いていた情報と彼らがピタリと当てはまってしまう。
「……参ったな。こいつら二人がアヴァロンから聞いた要注意人物ってことかよ」
「そんな……アーサー……」
口元を両手で隠すとエクスが絶句する。
そんな彼女にアーサーは穏やかな表情で話を続けた。
「エクス、知っているかい? 精霊と契約を結んだセイバーが死んだ場合、その精霊はまた別の人間と再契約を結ぶことができるんだ……」
「……なにが言いたいのアーサー?」
「つまり、僕が言いたいことは、僕からキミを奪ったそのゴミ虫野郎を殺して君との契約を強制解除し、僕が再びキミのセイバーになるという話しさ? アハハハッ!」
両手を広げて夜空を仰ぎ見ながら高笑いを上げるアーサーにエクスがその表情を歪めた。
こいつのエクスに対する愛情は、もはや狂気に等しい。ストーカー法違反間違いなしだ。
ならば、その歪んだ愛情からエクスを守ることがパートナーである俺の役目だろう。
「おい、いい加減にしろよこのストーカー野郎! エクスのパートナーはこの俺だ。テメエみたいな危ねえ野郎なんかに渡すワケねえだろうがぁ!」
怯えるエクスの肩を抱いて俺が声を張ると、アーサーがその目を鋭くする。
その隣に立つグラムは愉快そうに口の端を上げると、微笑を浮べていた。
「……フンッ。お前にエクスは相応しくない。今すぐ消え失せろ!」
「それはこっちの台詞だぜストーカー野郎。てめえこそ、今すぐ消え失せな!」
「その度胸だけは認めてやる。だが、もう後戻りができないことを後悔して死ぬがいい……グラム、魔剣を!」
「はい、アーサー様」
アーサーの言葉にグラムがお辞儀をするとその足元に黒い空間が広がる。
すると、そこから黒く分厚い装甲に固められた魔剣が姿を現した。
その魔剣を見たとき、俺は思わず目を瞠った。
「な、なぁ、エクス? あの魔剣って……」
「そんな…………私たちの聖剣と同じ!?」
「おや? やはりこの魔剣が気になるかいエクス? お察しの通り、これはキミの聖剣を真似て造られたレプリカントさ!」
グラムが召喚した魔剣はエクスの持つ聖剣と同じ型を成したものだった。
エクスの聖剣が光ならばグラムの魔剣はまさに常闇の化身。
俺たちの聖剣とは対照的な色合いが、魔剣の邪悪さをより物語っていた。
「この魔剣はアヴァロンで開発中だった新型の聖剣データを基に僕が完成させたものだ。どうだいエクス? キミの聖剣に似てとても美しいだろ?」
「アヴァロンで開発中だったって……それをどうやって手に入れたの!?」
「グラムを脱獄させたあと、これの開発研究員たちを数人誘拐してね。死にたくなければ完成させろと脅して造らせたのさ?」
「フフッ……とても残念ですけど、その方々がもう一度日の目を浴びることはありませんけどね?」
「……それって、研究員たちを殺したってこと!?」
青ざめるエクスを見てグラムが愉快そうに微笑んだまま頷く。
「日の目を見ることがないって……誘拐した研究員たちを殺したのか!? というか、テメェはアヴァロン側の人間なんだろ? それを許したってのか!」
「だからなんだ? 研究員のことなど興味はない。ボクの興味はエクスだけだ」
「アーサー……アナタという人は」
耳を疑うようなアーサーの発言にエクスが歯噛みした。
アヴァロンの研究員たちは死にたくない一心で奴らに協力せざるを得なかった。
しかし、その命をこいつら二人はなんの躊躇いもなく奪ったのだ。
「アーサー、てめえは研究員の命をなんだと思っていやがるんだ!」
「僕にとって、エクス以外の命など価値のないものだ。それがどうだろうと関係はない」
正直、頭の血管が切れそうになるほど一瞬で憤った。
こいつらだけは許せない。
例えそれが、エクスの元同僚だとしてもだ!
「……エクス、戦うぞ。準備はいいか?」
「うん。私もこの二人だけは……絶対に許せない!」
目前のアーサーとグラムを睨みつけながら俺はエクスの背後へと回る。
その瞬間、エクスは着ていたブラウスの胸元を一息に解放して俺の顔を見上げてきた。
「ツルギくん。今日は時間短縮で行くよ!」
「えっ? 時間短縮? そんな事できるんぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!?」
時間短縮について訊こうとした俺の口にエクスが、ぶちゅう〜っと吸い付いてきた。
これには流石の俺も驚きを隠せず目を瞠る。それは俺たちを見ていたアーサーとグラムも同様だった。
「ちょ、エクス!? どうしちゃったの?」
「こうしてキスしながらの方がスグに感じられると思うんだ。だからツルギくん! このまま私の胸を触って!」
そう言いながら再び俺に唇を押しつけてくるとエクスが激しく舌を絡ませてくる。
……なんだろう。ここ最近でエクスがかなり大胆な女の子に成長して、なんか嬉しい。
「貴様ああああああああああああああっ! 僕のエクスになにをしている!」
「はしたないことを……」
激怒と軽蔑。そんな敵からの声が耳に届こうとも、俺はエクスとの行為に意識を集中させていた。
絡み合う熱い唇と舌先。
胸元に忍ばせた俺の右手は、彼女の双丘を弄び快楽へと誘う。
「つ、ツルギくん……なんか、今日はいつもより、ひゃうっ! は……激しいね……」
「当たり前だろ。だって、こんなに魅力的なお前を前にして興奮しない方が有り得ねえよ」
「それならもっと……キス、させて」
トロンとした表情でキスをねだるエクスにそっと唇で応える。
抱き寄せた彼女の華奢な身体が悶えるたびに口元から甘い吐息が溢れ出た。
もうそろそろ良い頃合いかもしれない。
エクスの身体が弛緩し始めている。
というか、こんなにも興奮する場面のはずなのに冷静でいられる自分がなんか凄い。
不意に視線を上げてみると、エクスの頭にあるアホ毛が八割ほど逆立っている。
決めるなら今だろう……。
「……エクス」
「な、なに?」
――人前でこんなに厭らしい表情をするなんて、お前は俺好みのエッチな女の子になっちまったな?
「!?」
伝家宝刀の下衆な囁き。
傍から見れば俺はかなりの下衆な人間として受け止められることだろう。
しかし、これのおかげでエクスは滞りなく絶頂できるのだ。
「つ、ツルギくん好みのエッチな女の子になれるなら、私……ラメエエエエエエエエエエエエエッ!」
感極まったエクスの声に反応して頭のアホ毛が見事に直立する。
それに合わせて胸元から飛び出した聖剣を掴み引きずり出すと、俺は鞘を地面に突き立てた。
「アヴァロンのセイバー候補でありながら仲間の命を弄んだテメェを……俺がぶった斬ってやるから覚悟しろ!」
鞘から刀身を引き抜いてその先端をアーサーに向けて身構える。
すると、アーサーも魔剣を鞘から引き抜き同じように身構えてきた。
「その威勢がどれほど続くか見物だな。覚悟しろ小僧!」
黒く禍々しいオーラを放つ魔剣を振り抜くとアーサーが先に動いてきた。
腰元から鋭く斬り上げてきた魔剣を俺が正面から迎え撃つとその場に火花が散った。
「雑魚のクセになかなかやるじゃないか? それならこれはどうだ!」
互いの刃をぶつけ合う中で不意にアーサーが魔剣を地面に突き立てた。
その直後、地面が爆発したように弾けて土が舞う。
これは目くらましのつもりだろうか。
舞い上がった土に乗じてアーサーが魔剣を突き出してくる。
だが、その突き技を聖剣の腹で難なくいなすと、俺は奴の腹部に膝蹴りをくれてやった。
膝頭が腹部にめり込むと、アーサーが苦悶の表情を浮かべて飛び退こうとするが、俺はその隙を見逃さず奴に肉薄して聖剣を振るい続けた。
必死に応戦するアーサーだが、剣技と共に俺が繰り出す喧嘩殺法まではどうやら防げないらしく、次々と攻撃がヒットした。
「ぐっ、なんだお前のその剣術は!? そんなもの剣術とは言わないぞ!」
「バカかテメェは? 互いの命を取り合う戦いでバカ正直に剣だけ振るって相手を倒せるとでも思っているのかよ。甘いぜその考え!」
鍔迫り合いに持ち込み歯噛みをして力んでいるアーサーの顔面に頭突きをお見舞いする。
その一撃でバランスを大きく崩すと、アーサーは魔剣を地面に突き立て片膝をついた。
「……フフッ、命を取り合う戦いか。ならば、僕も奥の手を使おうじゃないか」
「奥の手だと?」
「グラム、アーマーモードだ!」
「はい、アーサー様」
アーサーの一声にグラムは頷くと、その身体からどす黒いオーラを放った。
それに反応して魔剣の鞘がその装甲をわらわら展開させ始めると、アーサーの全身が禍々しい鎧に覆われた。
「どうだ! これが僕の奥の手『アーマーモード』だ!」
闘牛のような二本角が生えた兜が特徴的な黒い鎧に身を包んだアーサーはそう叫ぶと、その身体から凄まじいオーラを噴出させてきた。
そのオーラが周囲に広がった途端、俺たちを包む空気がピリピリと張りつめたものに変わった。
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