第37話 絶叫マシンで✕✕✕

 カナデが用意したテーマパークのチケットを握り、電車やらバスやらを乗り継いで、俺たち三人は目的地であるテーマパークの入り口に辿り着いた。


 都心から離れ、山間に造られたそのテーマパークは広大な敷地を有しており、遠目からでも巨大な観覧車やジェットコースターのレールがハッキリと確認できた。

 そして、いざその入り口に立ってみると、やはりというか、午前中にもかかわらず既に多くの客で長蛇の列が築かれていた。


「うへえ~、すげえ込んでるな?」


「つい最近完成したばかりだし、テレビのCMとかで告知していたからっしょ?」


「なるほどな。こりゃあ入場するのにも時間がかかりそうだな……って、エクス?」


 長蛇の列を前に俺が顔をしかめながら何気なくエクスを見てみると……。


「ほわぁ~……」


 あどけない子供のように、青い瞳を輝かせて興奮していた。

 

「これが遊園地……すごいね、すごいね!」


「そっか。お前は遊園地に行ったことがなかったんだもんな?」


「うん! これが遊園地……なんだかワクワクしてくるよね!」


 周囲をキョロキョロと見渡して、エクスが頭のアホ毛を忙しなく揺らす。

 なんというか、その姿は飼い主を見つけて尻尾を振る仔犬のようだ。


「んじゃ、アタシたちはフリーパスを持ってるから入り口ゲートに行こうよ?」


「あ? この行列は入場待ちをしているんじゃねえのか?」


「違う違う。この列は入場券を買おうとしている人たちだよ。ここって、完成したばっかでフリーパスの前売り券とかまだ売ってないらしいから現地で直接買わなきゃいけないらしいんだよね」


「そうなのか? いや、それならなんでお前はその前売りされていないはずのフリーパスを持っているだよ?」


「ンフフッ〜、知りたい?」


「いや、別に」


「なんでそこ食いついてこないし!? まぁ、もう教えてあげるけど、アタシのパパがここのオーナーさんと仲良くてさ? それで特別に譲ってもらえたんだよね〜」


 手にしたチケットを成金のようにヒラヒラと振りながら、カナデがニシシと口角を上げる。

 コイツの親父さんがどんな仕事をしているかは知らないが、このフリーパスは普通では手に入らない代物のようだ。


「そうなのか? それならさっさと入場しようぜ」


「ちょっと、待った!」


 と、入り口ゲートを向かおうとする俺の片腕をカナデが、ガシッと掴んでくる。


「どうしたよ? まさか生理でもきたのか?」


「いや、違うし!? しかも、発言が最低だし!」


「じゃあ、なんだよ面倒臭ぇなぁ〜?」


「コホンッ。このテーマパークにタダで入場できるのは、誰のおかげでしょーか?」


 ドヤ顔で唐突にそう言ってきたカナデに俺とエクスは互いの顔を見合わすと、カナデに視線を戻して言う。


「カナデ」


「カナデさん」


「よろしい! ということで、このテーマパークに入場するにあたって、ひとつ条件を出しま〜す!」


「条件?」


「そっ、条件。そんで、その条件は――」


 と、言いかけたところで、カナデが満面の笑顔で俺の片腕に抱きついてきた。


「……今日一日、アタシもつーくんとイチャイチャしていいって条件ね!」


 カナデはにこやかにそう宣言すると、俺の片腕に頬を寄せてきた。


「えっと……なんで?」


「なんでって、普段から二人を見てるとさ、い〜っつもアタシの前でイチャイチャしてるからぁ〜……アタシもしたいなぁ〜って、思ってたの!」


 よくわからんが、カナデは俺とエクスがイチャイチャしているのを羨ましく思っていたらしい。

 まぁ、俺も優しいイケメンだから? カナデからの頼みを聞くのもやぶさかではない。

 それに、俺とイチャコラしたいということは、この遊園地の中であんな事やこんな事をされてもいいというわけだから……。


「ねぇ、ツルギくん? まさかとは思うけど、カナデさんにエッチな事をしようとか考えてないよね……?」


 ……と、いきなりエクスに看破されたのでした〜。


「……バカを言え。俺は今、今日一日を三人でどう楽しむかを考えていたところだ」


「ふ〜ん……その割には、さっきからカナデさんの全身を厭らしい目で見ていたような気がしたけれど、私の気のせいかなぁ〜?」


 ……うん、流石は俺のパートナーだ。

 俺の思考など、まるっと全部お見通しというわけか。


 額からダラダラと冷や汗を流す俺の顔をエクスが、ジトっとした目で見上げてくる。

 そんな彼女に最高の引き攣った笑みを送っていると、カナデがそのけしからんおっぱいをグイグイと押し付けて腕を引いてくる。


「んもぅ! 早速アタシの前でイチャついてるし……つーことだから、今日はアタシもつーくんとイチャイチャさせてもらうからね! いいでしょエクスちゃん?」


「え? あ、うん……いい、よ?」


「やったー! そんじゃ、早く行こ!」


 満面の笑顔で片腕を引いてくるカナデに俺は頬を掻くと、隣を歩くエクスにちらりと視線を送る。

 すると、エクスも俺の視線に気付いたのかそっと顔を上げると、苦笑しながら頬を掻いていた。


 ○●○


「とりま、最初はこれからっしょ!」


 興奮した様子でカナデが指差したアトラクションは、超弩級のジェットコースターだった。


「……いきなりこれぇ!?」

 

 目の前に聳える無駄に曲がりくねった長いレールを見上げて、俺は総毛立った。

 正直、この手のアトラクションは、俺が最も苦手とするものだった。

 しかし、俺の両腕に抱きつく二人の美少女たちは、その瞳をキラキラさせていた。


「やっぱり、乗るなら先頭だよねカナデさん!」


「当然っしょ! つーわけだから、つーくん乗るよ?」


「落ち着け二人とも。こういう絶叫マシンはな、他のアトラクションを乗り終えた最後の締めとして乗るもので……」


「スミマセン! 学生三人で」


「待って待って! お願いだから俺の話を最後まで聞いて!?」


 及び腰になる俺の両腕を強引に引いて、アトラクションに向かおうとするカナデとエクスが悪魔に見えた。

 

「んもぅ! なにをビビッてるし!」


「そうだよ! ツルギくんはランスモードでこういうのに慣れてるでしょ?」


「慣れてないから抵抗してるんだよ! お前らは鬼か、悪魔か!?」


 全力で嫌がる俺の姿は傍からしてみれば、予防接種と勘付いて、動物病院の入り口手前で最後の抵抗をする犬のような感じだろう。

 周囲の客からの視線が痛い。


「まったくもう〜……つーくん、男のクセに情けないし!」


「情けなくったっていいじゃない。人間なんだもの!?」


「カナデさん。ここは私に任せて」


 呆れ顔でため息を吐くカナデに視線を送ると、エクスがニッコリとした表情で俺に近づいてきた。


「ねぇ、ツルギくん?」


「乗らないぞ……俺は絶対に、このアトラクションにだけは乗らな――」


「もし、これに乗ってくれるなら……」


「あ?」


 ――私の胸、触ってもいいよ?


「!?」


 耳元で囁いてきたエクスの一言に、俺は目を見張った。

 このアトラクションに乗ったら、胸を触ってもいい……だと!?


「……それは本当か?」


「うん。だからさ、一緒に乗ろ?」


 屈託のない笑顔でそう言うと、エクスが俺に腕を絡めてくる。

 そのとき、彼女の着るニットの胸元から見えた豊かな谷間に、いつしか俺の恐怖心は消え去り、股間の辺りから勇気が湧いてきた。


「フッ……そうだな。たかがこの程度のアトラクションなど、ランスモードに比べれば坂道を自転車で下るのと同程度だな」


「なんかいきなり豹変したし!? エクスちゃん、つーくんになんて言ったの?」


 俺の心変わりに驚愕しているカナデを見てエクスはウィンクをすると、「内緒、かな?」と、口にして人差し指を立てた。

 流石は俺のパートナーだ。

 俺の扱いをよく心得ている。


「それじゃ、三人で乗ろう!」


「イェ〜イ!」


「エイエイ、オオオオオオオッ!」


 俺がひとりで気合を入れていると、ジェットコースターのゴンドラが終点に戻ってきた。

 そのゴンドラは二人掛けという作りになっており、ジャンケンの結果で先頭の席にはカナデが一人で搭乗し、その後ろに俺とエクスが隣合って座ることとなった。

 このジェットコースターは、勾配の急なレールのアップダウンを繰り返すものであり、腰に固定ベルトを装着して眼前の手すりに掴まるものらしい。

 その安全性に僅かな不安を抱きつつも、俺の視線は隣でワクワクした様子のエクスに向けられていた。


「……なぁ、エクス。さっきの約束を忘れてはいないよな?」


「え!? 今……なの?」


「当たり前だ。そのために俺は覚悟を決めたんだぞ?」


 俺がそう言うと、エクスが恥ずかしそうに俯いてから「う、うん。いいよ」と、頷いて頬を赤くする。

 その様子に気付いたカナデが、「どったの?」と小首を傾げてきたが、俺はなんでもないと首を横に振った。

 その直後、俺たちを乗せたゴンドラがゆっくりと動き始め、青空へと向かうように勾配の急な坂を上ってゆく。


「ヤバイヤバイ! 超絶テンション上がってきたし〜!」


「あぁ、俺も違った意味でテンションが上がってきたぞ!」


「ちょ、ツルギくん! まだ、ダメ……」


 と、抵抗を見せるエクスだが、俺の右手は既に彼女の着るニットの内側に潜り込んでおり、その豊かな双丘のひとつを揉みしだいていた。


「そろそろ落ちるよ〜! エクスちゃんにつーくん! 準備はいい?」


「あぁ! 俺はいつでもイケるぜ! なぁ、エクス?」


「ハァ、ハァ……ふえっ!? そ、そうだね」


 肩越しにこちらを一瞥したカナデに、俺は左手でサムズアップしてみせると、隣に座るエクスを見た。

 すると、エクスが呼吸を乱しながら顔を真っ赤にしてなんとか首肯した。


「それじゃ、カウントするよ〜……スリー、ツー、ワン……」


「どうしたエクス? 身体が熱いぞ?」


「……だ、だって……も、もう、私――」


「……ゼェロォォォォォォォ!」


「……ら、ラメエエエエエエエエッ!」


 ゴンドラが急降下するとほぼ同時に、エクスの絶頂した声が他の乗客の歓声に掻き消されたのは言うまでもない……。

 



 

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