第38話 S系お姉さん

 テーマパークに入場してから数時間が経った。

 あのあと、苦手な絶叫系アトラクションをエクスと共にセクハラを交えて制覇してきた俺だったが、それがマズかったのか、「これだと、絶叫じゃなくてしちゃうからもうダメぇっ!」と、お触り禁止令をエクスから発令されてしまい、現在はひとり寂しくテーマパーク内にある休憩スペースで缶コーヒーを片手にベンチでくつろいでいた。


 エクスとカナデは他にも乗りたいアトラクションがあるとのことであり、俺ひとりを残して二人で出掛けてしまった。

 その間、手持ち無沙汰の俺はベンチに深く座り込みながら自身の掌を見つめていた。


「はぁ~……もっと制覇お触りしたかったのになぁ~」


 今もこの手に残るエクスのおっぱいの感触と温もりに名残惜しさを感じつつ、そっと掌を顔に当てて大きく息を吸い込む。

 すると、ココナッツミルクのような彼女の甘い香りが鼻孔を通り抜けて脳に届くと、俺の頬がだらしなく緩んでいた。


「この続きは家に帰ってからかな? えへ、えへへへ~」


「ちょっと、いいかしら?」


「ぎゃふっ!?」


 嵐を呼ぶ園児のように口元を厭らしくにやつかせてコーヒーを口に含むと、突然うしろから声をかけられ驚きのあまり鼻から噴き出した。


「あら、驚かせてごめんなさいね。大丈夫かしら?」


「グスッ……だいじょうぶです……」


 ポケットティッシュで鼻をかみつつ、ハスキーなその声に振り返ってみるとそこには、黒いトレンチコートにヒールの高いブーツを履いた若い女性が立っていた。


「急に声をかけてごめんなさい。隣、いいかしら?」


「え? あ、どうぞ」


「ありがとう」


 彼女はそう言うと、軽く会釈を入れてから俺の座るベンチに腰かけ缶コーヒーを開けた。

 高身長ですらりとした肢体に腰の高さまである艶めく長い黒髪。

 彼女はそれを姫カットにしており、その整った顔立ちも相まって、まるでかぐや姫のようないで立ちだった。

 肌は雪のように白く、薄紅色の唇がなんとも色っぽい。

 こんなお姉さんに誘われたら、世の中の男子は、たちまちイチコロにされてしまうことだろう。


「私の顔になにかついているかしら?」


「あ、いえ。すごく綺麗な人だなと思ってつい……」


「フフフッ。キミは口が上手なのね? 可愛いわ」


 お姉さんはそう言うと、俺の方に身体ごと振り向き、綺麗な顔を近づけてくる。

 そのときにふわりと漂った金木犀のような甘い香りに一瞬くらりとした。


「キミ、いくつ?」


「えっと、じゅ、十六ですけど?」


「十六ね……いいわぁ。実に調し甲斐がありそう」


 ……ん? 調教? なにそれどういうこと?

 お姉さんはうっとりした表情を見せると、片手を頬に当て話を続ける。


「ねぇ、キミはヒールで踏まれるのと、鞭で叩かれるのならどちらが好き? それとも、目隠しされながら後ろ手に手錠を掛けられて、三角木馬に跨がる方が好き?」


「なんですかそのいかにもアブノーマル系な質問は!?」


 俺が若干引き気味にそう返すと、お姉さんは「冗談よ」と、ウィンクをして口元を笑ませた。

 なんだろう……このお姉さん、めっさ綺麗だけど、絶対危ない人っぽいな。


「そういえば、自己紹介をしていなかったわね? こちらから名乗ってもいいかしら?」


「え?」


 唐突に自己紹介の流れを作ってきたお姉さんに俺は当惑する。

 こんなところで自己紹介をされても、次に会うことなどない相手かもしれないというのに何故わざわざ自己紹介などするのだろう。

 俺なら絶対にしないと言い切れる。

 しかし、当のお姉さんは戸惑う俺を他所に柔らかく微笑むと、白く綺麗な右手を差し出して、膝上に置いた俺の片手を握ってきた。


「私は源頼乃みなもとよりのよ。よろしくね?」


「頼乃さん、ですか? 俺は草薙ツルギ……と、いいます」


 自分の名前を相手に伝えるこの気恥ずかしさが未だに拭えない。

 なんか、中二病設定を引きずっている高校生みたいに思われるのは流石に嫌だな。


「草薙ツルギくんね。あら、どこかで聴いたことのある感じだわ?」


「多分、日本昔話とか神話に出てくる名前だからだと思いますよ。ほら、八岐大蛇の中から出てきた剣というか……。それをうちの両親がそのまま使ったという感じだと思います」


「なるほど、そういうことなのね。でも、素敵な名前だと思うわ」


 頼乃さんはそう言うと、優しく微笑んだ。

 その笑顔がこれまた絵になるような美しさと気品があり、思わず見惚れてしまう。


「ところで、話は変わるのだけれど、この付近でこんな人を見かけなかった?」


 トレンチコートの内側に手を入れると、頼乃さんが一枚の写真を出してくる。

 その写真に視線を落としてみると、ボサボサの黒髪に瓶底眼鏡をかけた小太りの男性が写されていた。


「このブタ野……じゃなくて、この男性の名前は安綱やすつな。彼は私のビジネスパートナーで仕事の関係で立ち寄ったこのテーマパークの中ではぐれてしまったの」


 頼乃さんは困ったような顔をすると、片手を頬に当て首を傾げる。

 俺はその写真を受け取ると、後頭部を掻いた。


「頼乃さんは、この人を探しているんですか?」


「えぇ。このゴミ野……じゃなくて、彼がいないと仕事にならないのよね」


「そ、そうですか……」


 ……さっきからずっと気になっていたけど、頼乃さんがこの人をブタ野郎とかゴミ野郎と口にしようとして止めている気がする。

 ビジネスパートナーとか話しているけれど、本当はアブノーマルなお店の顧客と従業員という関係なんじゃないだろうか。


「ともかく、この辺りで見かけるような事があったら、頼乃さんのことを伝えておきますよ」


「そうしてもらえると嬉しいわ。じゃ、キミのスマホを貸してくれるかしら?」


「え?」


 おもむろにそう言うと、頼乃さんがトレンチコートのポケットからバタフライ模様にデコられた自身のスマホを取り出してきた。


「キミの連絡先を教えてくれるかしら? そうすれば、彼を見つけたときスムーズに事が進むと思うのだけれど」


「え、いや、まぁ……そうですけど」


 ものすごく美人だけど、どこかクセのありそうな頼乃さんに、自分の番号を教えることに俺は少なからず逡巡していた。

 すると、頼乃さんが悲しげな表情を浮かべて身を寄せてくる。


「ダメ、かしら?」


 そう言って、いきなり片腕に抱きついてきた頼乃さんの胸の感触に俺の全神経が集中する。

 この、服越しからでも感じ取れる柔らかな感触……まさかこの人、ノーブラか!?


「あ、あの……頼乃さん? ひとつ聞いてもいいですか?」


「なにかしら?」


「頼乃さんはその……ノーブラ、ですか?」


 躊躇いがちに俺がそう尋ねると、頼乃さんが一瞬だけ瞳をぱちくりさせたあとニッコリと笑った。


「ンフッ。鋭いのね? そうよ。私はなの」


 そう言って、頼乃さんはトレンチコートの胸元を指先で開くと、白くてたわわに実った美しいおっぱいが確認できた。

 その大きさから察するに、おそらくDカップはあるだろう。

 なんということだ。これは、番号を教えずにはいられない!


「わかりました。お互いの番号を交換しましょう」


「フフッ。キミは物分りが良くて助かるわ」


「いえいえ、俺は美人と巨乳の女性にはとことん優しい男なので。それより、その安綱さんとはどの辺りではぐれたんですか?」


 俺が本題を切り出すと、頼乃さんが視線を少しだけ上げて顎先に人差し指を当て手考え込む。

 ただ闇雲に探すよりも、頼乃さんと安綱さんがはぐれた当時の状況を把握して、そこから推測して探す方が少なからず効率が良いだろう。

 

「そうねぇ……。確か、このテーマパークに安綱と訪れたときに入場者の人波に流されて気付いたときには既に居なくなっていた感じだったかしら?」


「と、いうことは、入り口ゲートの辺りですか?」


 俺の質問に「そうなるわね」と、頼乃さんが首肯する。

 おそらく、その安綱さんとやらは、入り口ゲートから押し寄せる人波に飲まれて迷子になったのだろう。


「わかりました。それなら、入り口ゲートにいるスタッフに見覚えがないか声をかけてみますね。それと、その安綱さんになにか特徴などはありますか?」


「特徴になるかわからないけれど、彼は生粋のってところかしら?」


「あの、それは特徴というか、の持ち主ということでなんのヒントにもならないですよね!?」


 俺がそう返すと、頼乃さんが「そうね」と、微笑を返してくる。

 やはり、この人と安綱さんとの関係は、そういったアブノーマル関係のビジネスパートナーということで間違いないのだろう。


「と、とにかく、俺も今は手が空いているんで暇潰しに探してみますよ!」


「ありがとう草薙くん。もし、彼を見つけてくれたらそのお礼をしてあげるわね。なにがいいかしら? 例えば……」


「例えば?」


「パンツ一枚の状態で仰向けに寝かせて、その上からロウをたらしつつ、ヒールのカカトで股間を踏みつけるというのはどうかしら?」


「却下だよ!? 俺はそういうアブノーマル系じゃないんで結構です割とマジで!」


 思いっきり拒絶すると、頼乃さんが残念そうに肩を落とす。

 その話を聞くだけで、彼女が相当ハードなプレイがお好みなのだろうということが覗えた。


「それじゃあ、こういうのはどうかしら?」


「いや、SとMに関係するご褒美なら遠慮しておきます」


「あら、それは残念ね。じゃあ、もっと普通に……」


「?」


 と、頼乃さんは俺に密着してくると、耳元で囁いてくる。


 ――キミの顔を私の胸の谷間で挟むというのはどうかしら?


「なん……だと!?」


 俺の顔を胸の谷間で挟む……?

 それはつまり、かの有名な武天老師様がこよなく愛したという伝説のご褒美行為、パフパフではなかろうか!?

 そんなご褒美をしてもらえるというなら、迷うことなどなにもない――。


「……その依頼、快く受けますよ」


「なら、交渉成立ね?」


 俺は頼乃さんと堅い握手を交わすと、受け取った写真集をもとに彼女のビジネスパートナーを探すためテーマパーク内を散策し始めた。


 全ては世のため人のため。

 俺ってば、どうしてこうも善人なのだろう!

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