第39話 古びた神社の少女

 頼乃さんからの頼みを快く引き受けた俺は、人混みで溢れるテーマパーク内をターゲットの写真を片手に調査をしていた。

 入り口ゲートのスタッフに写真の人物を確認してもらったけれど手がかりは掴めず、早くも暗礁に乗り上げていた。


「やっぱり、これだけの入場者で賑わうテーマパークからこの人を見つけるなんて無理ゲー過ぎたか……」


 行き交う人々に視線を配り、写真の人物かどうかを吟味してはみるけれど、やはり見つからない。

 折角すんばらしいご褒美がもらえるというのに、俺は早くも諦めムードになっていた。


「こりゃ流石に無理かなぁ〜。頼乃さんには申し訳ないけど、素直に謝ったほうが得策か……ん?」


 何気なく人混みから視線をそらしたとき、テーマパークの敷地内に『立入禁止区域』と縦看板に表記された場所があることに気付いた。

 縦看板の奥は、高さ三メートルほどある頑丈そうな鉄製の門で固く閉ざされており、無骨な南京錠と太い鎖で厳重に閉ざされている。

 ここのテーマパークは、広大な敷地面積を保有しているから気付かなかったけれど、その門の奥にも背の高い樹木が鬱蒼とした山林が広がっていて、更に奥域がありそうだった。


「テーマパークにこんな手付かずのエリアがあるとは思わなかったな。……えっ?」


 鉄製の門の奥を見ていると、その奥に向かって小走りをする人影が見えた。

 その影は周囲を警戒したように辺りをキョロキョロ見渡すと、とてとてと山林の奥へと消えてゆく。

 こんな場所に工事関係者でもない人間が入っていくなんてとても信じられない。

 そういえば、頼乃さんがこのテーマパークに仕事で立ち寄ったと口にしていたから、先程の人影が彼女の探している人物かもしれないと、俺は判断した。


「これは確認してみる必要がありそうだな」


 山林の奥に消えた人影を追いかけるため、俺は周囲を見回して誰も見ていないことを確認すると、三メートルほどの高さがある鉄門の前で助走をつけて、一気にその上を飛び越えた。

 

「ははっ。俺がセイバーじゃなかったら、速攻で諦めていただろうな」


 立入禁止区域に足を踏み入れると、俺は足音を消して奥へと向かう。

 そこから数十分ほど突き進んでみると、俺の目の前に朽ち果てた鳥居と、そこから上に向かう長い石段が現れた。


「……なんだこりゃ? 鳥居があるってことは、この石段の上には神社でもあるのか?」


 千段以上はあるだろう長い石段を見上げてからため息を吐くと、俺はその頂上を見据えた。


「さて、この先に待つのはM体質のおっさんか、それとも別のなにかか……できることなら美少女を希望するけどな」


 長い石段を両側から挟むように伸びた樹木の枝葉が太陽光を遮っているのか、その足元は薄暗かった。

 しかし、薄暗い部屋の中で長年エロ動画を鑑賞してきた俺にはさしたる影響はない。

 薄暗い場所と夜目には慣れている……この俺に恐れるものなどなにもない。

 もし、あるとすれば、それは課金制度くらいのものだ。


 薄暗い足元を気にせず、俺がそのまま一気に石段を駆け上がってゆくと、あっという間に頂上へと辿り着いた。

 すると、やはりというか、そこには古びた神社が存在していた。


「結構年季のある神社だな。でも、その割には……」


 手入れがよく行き届いている。


 かなり古びてはいるが、お社やその奥にある神殿らしき建物はちゃんと掃除がされているのか、荒廃したイメージはなかった。


「テーマパークから切り離された土地ってところか。ここだけ所有権が別なのかもしれねぇな……おっ?」


 神社の中を見渡していると、おやしろにある賽銭箱前の低い段差のところで、竹箒に寄りかかり眠っている小さな女の子がいた。

 その少女の年齢は小学校低学年くらいだろうか、肩まで届きそうな栗色の髪をポニーテールに結わっており、紅白の巫女衣装を纏っていた。


「この子、この神社に住んでいるのか?」


 スヤスヤと寝息を立てる少女の顔を覗き込んでみると、これまた可愛い顔立ちをしていた。

 きっと、彼女は大人になったらめっさ美人になる予感がする。

 あ、いや。別に俺がロリコンとかそういうワケじゃないからね? 変な勘違いとかしないでよね!


「こりゃあ、十年後が楽しみだな。えへ、えへへへ〜」


「んぇ……?」


 再び嵐を呼ぶ園児風に俺が顔をニヤけさせていると、巫女さん姿の女の子が瞼をこすりながら目を覚ました。

 彼女は数秒ほど俺の高貴な顔立ちを見つめていると、はてと小首を傾げる。


「お兄ちゃん、誰?」


「こんにちわ、お嬢さん。俺の名前は草薙ツルギ。キミの名は?」


琥珀こはく


 彼女は自らを名乗ると、眉根を少し寄せて、手に持つ竹箒をギュッと握りしめた。

 ……マズイなコレ。なんか警戒されちゃっているかな? とりあえず、ここは不審者だと思われないように自然な感じで話してみるか。


「琥珀ちゃん、ね。キミはこの神社で暮らしているのか?」


 極めて不自然さを出さないようニッコリと微笑んで俺がそう尋ねると、琥珀ちゃんがこくりと頷く。


「うん。そう」


「そっか。キミがこの神社を綺麗に掃除しているのかな? 他にお父さんやお母さんは?」


「いない」


「え?」


「おっとうとおっかあは、ずぅ〜っと前に死んじゃったの」


「そ、そうなんだ……」


 ……やっべ。マズいことを聞いちゃったよ。しかも、こんなに幼い子にとっては、トラウマかもしれない案件じゃねえか……。


 言葉の選択肢を誤り、どうしたものかと考えあぐねていると、琥珀ちゃんが俺の顔を見つめて言う。


「ねぇ。お兄ちゃんは、門の向こうからきたの?」


「え? そうだけど」


「じゃあさ! あっちにあるすっごい面白そうなところに詳しい?」


 どこか食い気味に琥珀ちゃんは身を乗り出してくると、ぱっちりとした大きな瞳をキラキラと輝かせた。

 その姿がまるでエクスのようで、俺は思わず笑ってしまった。


「俺も今日初めてそこのテーマパークに来たからそこまで詳しいかどうかはわからないけど、それなりの事なら話せると思うぞ」


「それなら教えて欲しいの! 琥珀ね、いっつも門の向こうが気になって覗きに行くんだけど、その先は危ない場所だから絶対に行っちゃダメって言われてるの!」


「えっと、誰に?」


「それは教えちゃいけないことになってるの……」


 琥珀ちゃんはがっくり肩を落とすと、口先を尖らせて俯く。

 事情はわからないが、きっと彼女の家族か親戚にそう言いつけられているのだろう。

 それはそれで可哀想だとは思うけど、他人である俺がそれをとやかく言う資格はない。

 それならせめて、俺にできることを彼女にしてあげるまでだ。


「オーケー、わかった。それなら、向こうにあるテーマパークについて教えてあげるよ」


「ホント!? ありがとうお兄ちゃん!」


 その後、俺は琥珀ちゃんに門の向こうにあるテーマパークについて色々と話した。

 その話を聞いている琥珀ちゃんは興味津々といった様子であり、終始楽しそうに聞き耳を立てていた。


 ○●○


 この神社に来てから、小一時間ほどが過ぎた。

 出会ったときと比べて琥珀ちゃんも俺に対する警戒心を緩めてくれたのか、今では俺の膝上に座ってニコニコしている。

 それから彼女と、神社の中で隠れんぼや鬼ごっこをして遊んであげていたら、ポケットの中に入れてあったスマホが振動した。


「おっ? エクスからじゃねえか」


「お兄ちゃん。それって、なんなの?」


 ポケットから取り出したスマホを見ていると、琥珀ちゃんがシャツの裾を引いてくる。

 俺はその場でしゃがみ込むと、琥珀ちゃんにスマホの画面を見せた。


「これはスマートフォンっていう便利な道具だよ。知らないのか?」


「うん。琥珀、門からお外に出たことないから、わからない」


 琥珀ちゃんはそう言うと、両手を後ろに組んで小石を蹴った。

 一体どんな家庭環境にあるのかわかりかねるが、スマホも知らなければテーマパークについても知らないなんて、遊び盛りの彼女があまりにも可哀想だ。

 その姿を見て心の奥が疼いた俺は、拗ねた顔をする琥珀ちゃんに言う。


「そうだ! それなら今度、お兄ちゃんと一緒に向こうのテーマパークへ行ってみないか?」


「え!? いいの?」


「あぁ。いいよ」

 

「あ、でも、門の向こうに出たら琥珀、怒られちゃうかも……」


「琥珀ちゃんに門の外へ出ちゃダメと言っている人は家族なのか?」

 

 俺の問いかけに琥珀ちゃんが静かに頷く。


 どうやら、彼女を門の向こうへ行かせないように躾けているのは琥珀ちゃんの家族のようだが、両親は既に他界しているというのだから、差し詰め兄か姉といった人物かもしれない。

 兄ならともかく、お姉さんなら一度会ってみたいところだが。


「それなら、その家族の人はいつ頃帰ってくるんだ?」


「いつも夕方くらい。普段は山の中に出掛けているの」


「そうなのか。それなら……」


 と、俺の悪知恵が働いた。


なら、門の外へ出てもその家族にはわからねぇってことだよな?」


「え?」


 俺の発言に琥珀ちゃんはキョトンとしていたが、その言葉の意味を理解したのか、次第に瞳を輝かせ始めた。


「お兄ちゃんがあっち側に連れて行ってくれるの?」


「あぁ。その通りだ」


「やったー! それいつなの? それいつなの?」


 興奮した様子で琥珀ちゃんは俺のシャツを引くと、大きな瞳を見開いた。


「来週の休みにまたここへ来るよ。そしたら一緒にテーマパークで遊ぼうぜ!」


「嬉しい! お兄ちゃん、大好き!」


 地面に片膝を付いて俺がそう言うと、琥珀ちゃんが興奮した様子で抱きついてきた。

 小さい子にここまで喜んでもらえると、誘った俺としても嬉しくなる。


「それじゃあ、また来週ここへ迎えに来るから風邪とかひかないようにな?」


「うん! わかった!」


 その後、俺は琥珀ちゃんの頭を撫でて別れを告げると、長い石段を駆け下りながらスマホの画面に視線を落とした。

 そして……。


『怖い人に絡まれてるいるから助けて!』


 と、表示された文面を見た瞬間、俺は勢いよく石段から飛び降りると、全速力でエクスのもとへ走った。



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