第40話 M系お兄さん

 エクスからの連絡を受け、俺が二人の待つ現場に急行すると、そこで目を疑うような光景を目撃した。


「後生でござる! 後生でござる! どうか、拙者の頼みを聞き入れてはもらえぬでござろうか!?」


 二人から送られてきた写メの場所に俺が到着すると、ボサボサの黒髪に瓶底眼鏡を掛けた忍び装束姿の小太り男性が、赤い麻縄を握り締めてエクスに土下座をしていた。


「ちょ、ホントにやめてよ! 一体なんなのさ!?」


「そう申せずに、拙者の願いを聞き入れてくだされ!」


 男性はかなり興奮した様子で顔を上げると、瓶底眼鏡のブリッジを指先で押し上げながら話を続ける。


「実を申すと拙者、一度でいいから白人美少女にこの麻縄でギチギチに拘束され、乱暴な英語で罵倒されながらヒールのカカトで顔を踏みつけられたかったのでござるよ!」


「バカなの!? 言っている意味が全然わかんないし、キモくて怖いよ!」


 その場に土下座して、ワケのわからないリクエストを口にする小太りの男性に、エクスが泣きそうな顔をしている。

 どうやらあの男性は、エクスにハードなプレイを要求しているようだ。


「どうか、この麻縄で拙者を亀甲縛りにし、めちゃめちゃに罵倒しながらそのブーツで踏みつけてくだされ!」


「そ、そんなことを私に懇願しないでよ!? そ、そういうのは他の人に頼めばいいじゃないのさ!」


「他と言われましても、そなた様のように見目麗しくナイスバデーで、いかにもボンテージ姿が似合いそうな白人美少女などこの場におりませぬ! 故に、拙者をどうか辱めてくだされ!」


「つーか、まだキモいこと言うならマジで警察呼ぶっつってるっしょ! さっさとどこかに消えろしこの変態眼鏡!」


 縋り付くようにエクスへと迫るその男性を足蹴にしながら、カナデが罵声を浴びせる。

 しかし、男性はどこか嬉しそうに口元を笑ませると、ハフハフ言いながらカナデに頭を踏まれていた。


「はふぅー、はふぅー……良きかな良きかな。リアルJKに足蹴にされながら罵倒されるこの感覚……堪らぬでござるよっ!」


「……なにしてんのお前ら?」


「あ、つーくん!」


「つ、ツルギくん!」


 エクスとカナデは俺の姿を見つけるや否や、二人してそれぞれ左右の腕に抱きついてくると、目の前で土下座をする男性を睨んだ。


「つーくん! この変態をなんとかして!」


「ツルギくん! この人絶対、頭おかしいよ!?」


「まぁ、それは見ればわかる。とりあえず、落ち着けお前ら」


 俺の両腕をギュッと抱き込んでくるエクスとカナデに嘆息していると、小太りの男性がその表情を険しくして立ち上がり、俺の顔を指差してきた。


「おのれ、このリア充男子め……。そちらの美少女二人のブーツを最初に舐めるのは拙者でござるぞ!」


「誰もそんなことしねぇよ!? つーか、公共の場でテメェの性癖をあられもなく公表してんじゃねえ!」


「クックックッ。恥辱と羞恥は拙者のステータス……なんぴとにも邪魔はさせぬでござるよ!」


 そう言うなり、小太りの男性は懐に手を入れると、そこから先端が六つに分かれた鞭を取り出した。


「クックックッ……これは『六条鞭ろくじょうむち』と言って、上級者向けのアイテムでござるよ。本来なら、お主のような初心者には『バラ鞭』という音が大きく鳴るというアイテムをオススメするところでござるが、生憎と拙者は上級者……。この出会いを後悔するでござる!」


「いや、あの……そんな説明されても困るんだけど? つーか、麻縄とか鞭を常備してるとか、どんだけ変態なんだよ!?」


「ハードなプレイを愛する者ならば、いずれかのアイテムは常時必須。お主のようなリア充男子には到底理解も出来ぬことでござろうがな?」


「理解したくないわそんなもん!? んで、俺とやり合うつもりなのか?」

 

「愚問なり。いざ、尋常に勝負なされよ!」


 小太りの男性はそう言うと、鞭を手に持ち身構える。

 ハッキリ言って、周囲の人々からの奇異とした視線がかなり痛い。

 というか、こんだけ騒いでいるのに、ここのスタッフはなんで止めにもこねえんだ?


「たくっ、面倒くせぇけど仕方ねえか。おい、エクスとカナデ。危ねえから離れてろ」


「オッケー、つーくん。その変態をボッコボコにしちゃえー!」


「一応だけど、手加減しないとあの変態さんが死んじゃうかもしれないから、気を付けてね?」


「わかっているよ。それじゃあ……来い!」


 両脇にいたエクスとカナデを後ろに下げると、俺は拳を構えて変態を睨む。

 すると、変態が鞭を構えて俺に向かい走り出した。


「お主にも、この素晴らしい快楽を教授して差し上げるでござるよ!」


「いらんはそんなもん!? 面倒くせえから一撃で終わらせてやる!」


「笑止! 拙者の鞭さばきを侮りめさ――」


「フンッ!」


「ぎゃぼっ!?」


 鞭を振り上げて飛び掛かってきた変態の胸倉を掴むと、俺はそのまま背負投げをして地面に叩きつけた。

 受け身を取れなかった変態は、地面の上でで仰向けに倒れたまま痙攣していた。


「こ、これは……」


「あ?」


「……こ、これはこれで……気持ち、良い」


「どMか!? あれ? 待てよ。確か、この人……」


 幸せそうな表情で仰向けに倒れている変態さんを見て、俺はポケットに入れておいた写真を取り出した。


「この人……頼乃さんが探していた人じゃねえか!」


 頼乃さんから預かった写真と変態さんの姿が完全に一致していた。

 俺はそれを確認すると、ポケットからスマホを取り出し、頼乃さんに連絡を入れた。


「頼乃さんですか? 俺です、ツルギです! 例の男性を確保しました!」


『お手柄ね。今からそちらに向かうわ』


 電話越しに俺が頼乃さんに現在地を伝えると、ほどなくしてブーツのカカトを鳴らしながら彼女が現れた。


 ○●○


 写真に映されていた小太りの男性(変態)を捕らえたあと、俺たちは頼乃さんと合流し、ひと気の少ない休憩スペースへと移動した。


 そして現在、俺たち三人の目の前では想像を絶するような行為が、頼乃さんの手により行われていた――。


「よ〜く聞きなさいこのブタ野郎。女王である私の許可もなく他の女、ましてや未成年にハードプレイを強要するなんて万死に値する愚行よ?」


 ドスの利いた声音を吐きながら、頼乃さんが安綱さんの背中に容赦なく六条鞭を叩きつける。

 その場に正座させられた安綱さんは両手を手錠で拘束されており、頼乃さんからのお仕置きに悶絶していた。


「はふぅー……はふぅー……や、やはり拙者を満たせるのは、頼乃殿の鞭の味が一番でござるな……」


「お前に発言を許可した覚えがないのだけれど、どの口が喋っているのかしら?」


 頼乃さんはそう言うと、安綱さんの頭を地面に押し付け、彼の顔をブーツのカカトで踏みつけた。

 俺たち一般人からしてみれば、これはもう拷問である。

 それなのに、安綱さんは――。

 

「はふぅー、はふぅー……このブーツのカカトが頬に食い込みメキメキと音立てるこの瞬間、拙者は生きている心地がするでござるよぅ!」


「お前が発言する許可を与えた覚えがないと言っているでしょ? このブタ野郎!」


「ぎゃひんっ!? もっと……もっと強く踏み抜いてくだされ頼乃どのぉ~っ!」


 ……なにこれマジで怖いんですけど。SとMってこんな感じなの?


 常軌を逸した二人のやり取りに俺たち三人が戦慄していると、頼乃さんが安綱さんの顔を潰すような勢いで踏みつけながらとても穏やかな表情で微笑んでくる。


「草薙くん。キミには手間をかけさせたわね。改めてお礼を言うわ」


「いや、お礼なんて。たまたまうちの女子たちが見つけてくれたようなものですよ。な? エクス、カナデ?」


 と、言いつつ振り返ってみると、エクスとカナデの二人が俺の顔をジトっとした目で睨んでいた。


「あのさ、ツルギくん」


「ねぇ、つーくん」


「なんだ? そんな怖い顔をしてどうしたんだ二人とも?」


「「その女の人……誰?」」


 二人は異口同音すると、安綱さんを足蹴にする頼乃さんを見る。

 その反応に俺は肩を竦めると、頼乃さんとの接点について説明をした。


「あぁ。この人は頼乃さんといって、俺がひとりで休憩している時に知り合った人だ」


「それって、ツルギくんがナンパしたってこと?」


「おい、ちょっと待て。なんでそうなる?」


「だってね~? つーくんは綺麗な女の人を見かけると、す~ぐに鼻の下を伸ばすからね~……それで連絡先を聞いたとかじゃないの?」


 ……やだなにこれ。俺の信用がまるでゼロなんですけど。

 どちらかといえば、この場合は俺が逆ナンされたと思うんですけど違うのん?


 こちらに胡乱な眼差しを向け、缶ジュースを口にするエクスとカナデに頬を引き攣らせていると、頼乃さんが俺のすぐ隣に腰を下ろして微笑んでくる。

 

「ウフフッ。草薙くんにはこんなに可愛い彼女が二人もいるのね? 初めましてお嬢さんたち。私の名前は源頼乃。普通に頼乃と呼んでくれてかまわないわ」


 頼乃さんは柔らかく微笑むと、二人に握手を求めてから自己紹介を切り出す。

 すると、すかさずエクスが口を開いた。


「あの、頼乃さん。彼の口ぶりから鑑みるに、その変態さんを探す手伝いをしていたようなんですけど、うちのツルギくんがなんの見返りもなしに人助けをするとは思えないんです。なにか要求されませんでしかた? とくに性的な方面で……」


「おい、エクス。それはどういう意味だ?」


「エクスちゃんの言う通りっしょ? だって、こんな美人の頼みをスケベなつーくんがなんの見返りもなしいに手伝うワケないし!」


 ……いやん。二人とも俺に対して超きびちい。


 なんの見返りもないかと問われれば、そんなことはないとも言い切れないのだが、できるならここは穏便に話を進めて上手くスルーして欲しい。

 そんな想いを込めた眼差しを頼乃さんに送ると、彼女が柔和に微笑んだ。


「安心してちょうだい。確かに、私が彼にこのブタ野郎を探す手伝いを頼んだけれど、彼から見返りなんて要求されていないわ」


「ほ、ホントですか?」


「マジで信じられないし……」


「ほらみろボケ! そもそも世界で一番優しいこの俺にやましいことなどあるわけが――」


「ただ、私個人からのお礼として……彼の顔を私の胸で挟んであげるという約束はしたけれどね?」


「……ふぁっ!?」


 まさかの一言に、エクスとカナデの目尻が一気に吊り上がった。


「やっぱりそうなんじゃないか! ツルギくんのスケベゴミカス浮気者!」


「つーくんてホント最低! なんでそういうことしか考えられないワケ? マジで引くし、ウザいし、ていうか死ねー!」


「ば、バカを言え! そんなの頼乃さんによるリップサービスに決まっているだろう? 本気にするなお前ら!」


「あら? じゃあ、あの約束はナシということでいいかしら?」


「あ、いや! ちょ、ちょっとだけ考える時間をください……」


「ツルギくん!?」


「つーくん!?」


  結局このあと、エクスとカナデの二人から散々説教を受ける羽目となり、俺は頼乃さんからのご褒美を破棄することとなった。

 こんなことになるのなら、前払い制度にしておけば良かったと後悔している。




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