第41話 山の先住民
エクスとカナデからのお説教を受け終えた俺はその流れで、頼乃さんと安綱さんを含めた五人で休憩をすることになり、フードコートから少し離れた横長のテーブル席に着いて談笑していた。
そんな中で俺はふとした事を思い出し、正面席に座りながら優雅にエスプレッソを飲んでいる頼乃さんに訊いた。
「そういえば、頼乃さんはこのテーマパークに仕事があって入場したんですよね? そっちの方は大丈夫なんですか?」
何気なく俺が訊ねると、頼乃さんがエスプレッソを口に運んでから言う。
「そうね。今のところは大丈夫と断言してもいいかしら。とは言っても、私たち二人はこのテーマパークに用事があるのではなく、こことは別の場所に用事があるのだけれど」
そう言って頼乃さんは俺から視線を外すと、鉄門のある方角を見る。
あの先には手付かずの山林が広がっていたと思う。
ということは、頼乃さんは建設工事関係者なのだろうか。
「ひょっとして、向こうに広がる山林に用事があるとかですか?」
「あら? 草薙くんは向こう側を知っているの?」
「あ、いえ。暇だったので鉄門の隙間から奥を覗いたときに山林が目に入ったんで……」
工事関係者の可能性がある彼女を前に、立入禁止区域へ侵入したとは言えない。
後頭部を掻いて誤魔化すように俺がそう答えると、頼乃さんが肩を竦めた。
「まぁキミが言う通り、私たちは鉄門の向こう側に用事があると断言してもいいわね。とは言っても、あの先は立入禁止区域として指定されているから、依頼主から要請がない限り足を踏み入れてはいけないのだけれど」
「そうでござる! なにせ、鉄門の向こう側には『鬼』が出るという――」
「え? 鬼?」
「安綱」
「はい? ふごふぅっ!?」
さらりと口を滑らせた安綱さんの口に、頼乃さんはハンバーガーを無理やり突っ込むと、眉間にシワを寄せて彼の前髪を掴んだ。
「どうしてお前は余計なことばかり言うのかしら? その汚い口を針と糸で縫い合わせて欲しいの?」
「は、針と糸で拙者の口を!? はふぅー……はふぅー……ぜ、是非とも!」
「はぁ~っ……今のお前には、私にそれをさせたいと思わせるだけの価値も楽しみも感じられないわね……」
「そ、そんな!?」
落胆する頼乃さんを見て安綱さんがショックを受けたように意気消沈する。
なんというか、この二人のやり取りを見ていると、精神衛生上よくない気がしてくる。
「ねぇねぇ、頼乃さん? その、『鬼』が出るってマジの話なの!」
「残念だけれど、今のはこのブタ野郎の妄言よ。真に受けないでもらえると助かるわ」
安綱さんの話を聞いてカナデが興味深そうに食いついたが、頼乃さんが首を横に振り否定する。
だが、俺とエクスはその話しを素直に聞き流すことができず小声で耳打ちをした。
「エクス、お前どう思う?」
「多分だけど、魔剣の精霊が関与しているんじゃないかな?」
普通なら鬼が出ると聞かされても、そんな馬鹿げたことがと返して終わりだろう。
しかし、その馬鹿げたことが実際に起きていて、それと深く関りを持ってきた俺たち二人にはその話に信憑性を感じた。
まさかとは思うが、このテーマパークの敷地外に魔剣の精霊が……?
「はえっ? うにゃあああああああっ!?」
突然、素っ頓狂な声を上げると、カナデが長椅子から転げ落ちた。
「お、おい? どうしたよカナデ?」
「な、なんか……茶色い毛玉みないなのが、アタシの唐揚げを横から奪っていった~!」
「茶色い毛玉?」
「ツルギくん、アレ!」
エクスが指差す方に視線を向けると、体長六十センチほどのタヌキが、唐揚げの入った包みを口に咥えて逃げていった。
モフモフっとしたその後ろ姿は愛らしく、エクスが頬を緩めている。
「なにアレ超可愛い〜!」
「野生のタヌキか?」
「ていうか、アタシの唐揚げ~!」
「カナデさん。私のでよければ食べていいよ?」
「うぅ〜っ……エクスちゃん、マジで天使」
「ははっ、そんな大袈裟な」
涙ぐむカナデに唐揚げを譲ると、エクスが苦笑しながら頬を掻く。
唐揚げを提供しただけで天使になれるのなら、世の中は天使だらけである。
というかそれなら、カーネル○ンダースとかあれもう大天使クラスなんじゃね?
カナデの唐揚げを盗んだタヌキにもう一度目を向けると、さらに一匹が植え込みの中から現れこちらをジッと見つめていた。
「もう一匹いたのか。なんかあのタヌキたち、かなり手慣れた感じだな?」
「そういえば、このテーマパークが建設される前はこの場所に多くのタヌキたちが生息していたと聞き及んでいますぞ?」
「なるほど。それで住処を失ったタヌキたちがこのテーマパークで残飯やらを漁って生きているってわけか……」
おそらくだけど、住処を奪われた野生のタヌキたちは、鉄門の向こう側からテーマパーク内に侵入しているのだろう。
琥珀ちゃんの住んでいる神社の方は、未だに手付かずの状態で自然が残されていた。
きっとタヌキたちは、鉄門の向こう側に住処を確保して生息しているのかもしれない。
「それにしても……」
さっきからこちらをジッと見つめているタヌキから嫌な視線を感じる。
それは人に興味を抱いていたり、懐いているとかそういう感じではない。
どちらかと言うと、敵対心をその目に滲ませております、こちらを睥睨しているような感覚だ。
しかし、隣に座るエクスは、そんなタヌキを見つめてほっこりとした表情をしている。
「なんかモフモフしてて可愛いね〜? 私、ああいう動物大好きななんだ〜」
「そうなのか? それなら、俺がモフモフしたキグルミを着てお前を襲ってやろうか?」
「なんで襲うこと前提なのさ!? それってツルギくんが単純にそういう変なシチュエーションでエッチなことをしたいだけでしょ!」
「てへっ?」
「てへっ? じゃないよもぅ!」
どうやら、エクスとのキグルミプレイは難しいようだ。
俺的には、割とマジでしてみたかったのだが……。
「さてと、時間も時間だし、私たちはそろそろお
「あ、いえ。こちらこそ」
「あ、それと」
と、言いかけて、頼乃さんがトレンチコートの内側に片手を入れた。
「これは今日のお礼。私たちが邪魔に入ってしまったから有意義に楽しめなかったでしょ?」
頼乃さんがトレンチコートの内側から取り出してきたのは、このテーマパークのフリーパスチケットだった。
「私たちには必要のない物だから、アナタたちが使うといいわ」
「いいんですか? タダでもらっちゃって」
「かまわないわ。それともキミには、例の約束したご褒美の方が良かったかしら?」
「んんっ!?」
頼乃さんはそう言うと、トレンチコートの胸元に指先をかけて白く豊かな胸の谷間を見せてきた。
それを目の当たりにして俺がごくりと生唾を飲むと、彼女はイタズラな笑みを浮かべてウィンクを投げてくる。
「フフフッ、冗談よ。それじゃあ、お元気でね? 英雄の草薙くん」
「あ、はい! 頼乃さんもお元気で! ん? 英雄?」
「なんでもないわ、気にしないでちょうだい。それじゃね?」
俺たち三人に小さく手を振ると、頼乃さんと安綱さんが去って行く。
彼女が口にした英雄という単語に妙な感覚を覚えたけれど、とくに気にすることでもないだろう。
「さてと、もう少し遊んだら俺たちもそろそろ……」
と、その場で踵を返してみると、エクスとカナデが俺の顔を睨んでいた。
「な、なんだよ?」
「ツルギくん。さっき、頼乃さんが自分の胸元をキミに見せていたように見えたけれど、私の気のせいかなぁ~?」
「いやいや、気のせいじゃないっしょ? アタシ、ちゃんとこの目で見てたし!」
「おいおい。変な言いがかりはよしてくれ。それより、せっかくタダ券を貰えたんだから来週もここに来ようぜ、な?」
「……なんか、話を誤魔化そうとしているようにみえるんだけど?」
「いや、完全に誤魔化しているっしょそれ?」
「……っ」
……め、めんどくせー。
ムッとした表情で頬を膨らませるエクスとカナデから俺は視線を逸らすと、一目散にその場から逃げ出した。
「あ、逃げるなし!」
「今日という今日は許さないよツルギくん!」
結局そのあと、俺はエクスとカナデの二人とテーマパーク内で鬼ごっことなり、最終的には夕方になってしまった。
走り疲れた俺は元気の良い二人に捕まると、帰りの電車とバスの中で再度厳しいお説教を受けることになった。
まったくおかしな話だ。
俺はなにひとつ悪いことなどしていないというのに……。
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