第127話 私の心配事


 カナデさんとツルギくんのデートをヒルドちゃんと見守る(監視?)ことにした私ことエクス・ブレイドは現在、二人が向かったショッピングモールから少しだけ離れた場所にあるカフェテラスで休憩を挟んでいた。


「ぐすん……ツルギ先輩とデートをしている時のカナデお姉さまは、本当に楽しそうでしたね……」


「ははっ。それは仕方ないよ」


 カフェのオープンテラスにある木製の丸テーブル席に腰を下ろしてからというもの、ヒルドちゃんはずっとご機嫌ナナメだった。


 ツルギくんと楽しそうに過ごしているカナデさんの姿を見て余程ショックだったみたいで普通に意気消沈している。

 せっかく注文したチョコレートパフェも一口しか手を付けず、ヒルドちゃんは瞳を子犬のようにウルウルとさせながら鼻を啜り、テーブルの上に突っ伏していた。


「うぅ……お姉さまは私と遊ぶよりも、ツルギ先輩と遊ぶ方が楽しいのですね……」


「まあ、カナデさんもツルギくんと二人きりでデートする機会とかほとんどなかったから今をすごく楽しんでいるのんじゃないかなぁ〜?」


「というか、エクスさんはそれでいいんですくわぁっ!? ひょっとしたら、ツルギ先輩がカナデお姉さまを無理やりホテルに連れ込み、子作りをしちゃうかもしれないんですよ!」


「ヒルドちゃん、流石にそれは妄想を膨らませ過ぎだと思うけど……」


「だって、あのツルギ先輩ですよ! エクスさんやカナデお姉さまだけでなく、アヴァロンでは美人なソラス先輩もツルギ先輩に惚れ込んでいましたし、それに噂で聞いたのですが、ツルギ先輩は高校の美人教師である村雨先生をも魅了したとかで、これはもう完全に女の敵じゃないですか! あぁもう、想像するだけで腹立たしいですね! ハムハムハム!」


 急に怒り出したかと思ったら、ヒルドちゃんが溶けかけたチョコレートパフェを勢い良く食べ始めた。

 うん、食欲はあるみたいでちょっと安心した。

 とはいえ、そこから勢いづいてパフェをおかわりするのは同じ女子としてすごいと思う。

 その辺はカナデさんに通じるものがあるんだろうなぁ〜。


 口の周りにチョコレートを付けてモグモグとパフェを食べる可愛らしいヒルドちゃんの姿を見つめて、私はミルクティーを一口だけ口に含むと少しだけ物憂げになった。

 いくらエッチなツルギくんとはいえ、カナデさんを無理やりそういう施設に連れ込むような性格はしていないと私は思っている。

 あ、でも、私たちの見えないところでちょっとエッチな事をしたりはするかもしれないけれど……。


「……う〜ん。でも、そう思うとやっぱりちょっと心配かなぁ〜」


 例えばの話になるけれど、仮にツルギくんからではなく、カナデさんの方から誘ってきたとしたら彼はそれを断るのだろうか?

 二人はなんやかんやで仲が良い。

 カナデさんは私がまだ知らないツルギくんの一面を知っている。

 もし、そんな彼女がツルギくんを誘惑して二人が盛り上がってしまったら……あーもぅ、ダメダメ! そうやって疑いだしたらキリがないし、不安が募るばかりだからこんな風に考えるのはもうやめよう。はい、やめやめ!


 ともかく、今の私にできるのは彼の事を信じて待つことだけだ。


「あぁ〜……こうしている間も、私のカナデお姉さまの貞操が心配でなりません。お姉さまの貞操はと決めているだけに、二人を野放しにしているこの現状がこんなにも不安に思えるだなんて、恋する乙女は辛いですね……」


「ゴメン、ヒルドちゃん。今の会話の中に不適切な表現が含まれていたような気がするけれど私の気のせいだよね?」


 多分だけど、ツルギくんよりもカナデさんとヒルドちゃんを二人きりにした方が色々と危険な気がする。(カナデさんが)

 とはいえ、私自身もヒルドちゃんじゃないけれど、あの二人を心配して落ち着かない気持ちでいるのは否めない。

 だって、カナデさんはツルギくんのことが本当に大好きだと話していたし、ここ最近はすごく大胆な行動にでることが多くなってきたから不安になるのは当然のことだ。

 でも、今回のデートを許したのは私の方だし、それに文句を言う資格はないのだけれど……。


 そんな風に考え込んで私がむむむと唸っていると、二つ目のパフェを頬張りながらヒルドちゃんが訊いてくる。


「そういえば、エクスさんはツルギ先輩の彼女なんですよね? それなのに、どうして今回のデートを許したりなんかしたんですか? そこは彼女なら普通は断ると思うんですけど」


「う〜ん……まぁ普通ならそうかもしれないんだけれど、私はカナデさんにズルいことをしちゃったっていう意識があるからなのかもしれないね」


「ズルいこと……ですか?」


 不思議そうに小首を傾げるヒルドちゃんに、私は苦笑すると頬を掻いた。


「うん。なんていうか、カナデさんは私がツルギくんと出会う前から彼とずっと仲良くしていて、そこに突然私が現れて聖剣のセイバー契約を結んだり一緒に同棲し始めちゃったりと色々あってそういう感じになっちゃったから……なんていうか、ね?」


「つまり、エクスさんはカナデお姉さまに負い目を感じて今回の事を許したと?」


 ヒルドちゃんの言葉に私は頷いた。

 もし仮に、私がツルギくんと出会わなかったら彼はカナデさんと恋人同士になっていたかもしれない。

 そんなカナデさんの前に現れた私は、すごくズルい子だと自分でも思う時があった。

 でも、私はツルギくんだけでなく、カナデさんのことも大好きだ。

 だから、カナデさんとも親友としてこれからも仲良したい。

 そのためなら今回のカナデさんとツルギくんのデートを許せるくらいの心の広さを持つべきだと思った。

 だって、ツルギくんの事だからこの先でまた新しい女の子たちと出会って、きっとその子たちを惚れさせてしまうのだろうから……。


「ふ〜む。敵に塩を送るとは、エクスさんもなかなか見据えた根性の持ち主ですね。正直、尊敬しますよ。おっぱいが大きいこと以外は」


「うん。さり気なく私の一部分を否定的するような言葉も混ざってはいたけれど、尊敬してくれてありがと。それより、これからどうしよっか? せっかくだし、買い物でもしてみない?」


 ただこうやって、あの二人がデートを終えるまで待っているのも私的には良くない気がしていた。

 少しは気分転換も兼ねて、私たちは私たちなりにショッピングでもして気を紛らわせた方が良いような気がしている。

 そんな私の考えにヒルドちゃんも賛成してくれたのか、口の周りに付いたチョコレートをナプキンで綺麗に拭き取ると頷いてくれた。


「そうですね。ここで腐っていてもお姉さまは戻って来ませんし、気晴らしにぱぁーっと買い物でも……おや?」


「ヒルドちゃん?」


 急に難しい顔をしたかと思うと、ヒルドちゃんがいつの間にかインカムを装着しており、その表情を険しくした。

 一体いつからアヴァロンでも扱われている軍事用のインカムを装着していたのだろう。 

 と、いうよりも、それを無断で持ち出していることの方が色々とマズイ気がするけれど……。


 ヒルドちゃんは片耳に装着したインカムに左手を添えると、神経を集中させた。


「はい、こちらキューティーキャット。『ワイルドラクーン』どうしましたか?」


 インカムで誰かと連絡を取り始めたヒルドちゃんに私は「ん?」と、首を捻る。

 今、『ワイルドラクーン』とか言わなった? まさかとは思うけれど、それって……。


「なんですとっ!? ツルギ先輩とカナデお姉さまが移動を開始したと? わかりました。では、私たちも移動を始めますので二人の追跡をお願いします!」


「あの、ヒルドちゃん。念の為に聞いておくけれど、通信相手というか、私たち以外にも二人を監視している人がいるの?」


「無論ですとも。今回のターゲットを見失わぬよう私は特別にを用意しましたからね!」


 誇らしげな表情で胸を張りながらそう話すヒルドちゃんに私は頭痛がした。

 あまり想像はしたくないけれど、さっきの『ワイルドラクーン』というコードネームから察するにその子は多分……ね。


「ねぇ、ヒルドちゃん。ツルギくんたちを追跡しているもうひとりの子ってまさか……」


「はい。私たちの協力者であるコードネーム『ワイルドラクーン』は、ツルギ先輩のおうちにいた《琥珀ちゃん》》です!」


「うん。そんな気はしていたけれど、どうして琥珀ちゃんを参加させたのかなぁ〜!?」


 正直、驚いたというよりも、なに勝手な事をしてくれてんのって気持の方が強かった。

 琥珀ちゃんはまだまだ俗世に詳しくない子供も同然だ。

 そんな琥珀ちゃんに二人の追跡をさせるなんて容認できるわけがない。

 これは即刻やめさせるべきだと思う。


「ヒルドちゃん。そのインカムを貸してもらえるかな?」


「それは構いませんけど、なぜですか?」


「そんなの琥珀ちゃんに二人の追跡をやめさせるために決まっているからだよ?」


「それは困りますよエクスさん! 私は今回の任務成功の前払いとして、彼女に『からあげさんチーズ味』を百個も与えたんですよ!? 今さら返品は利きません!」


「琥珀ちゃんを餌付けしたの!?」


 ……なんかもう頭が痛い。

 琥珀ちゃんが唐揚げを好きなのは知っているけれど、まさかヒルドちゃんがそれを利用して琥珀ちゃんを従わせていたなんて想像もしていなかった。

 今思えば、GPSもないのにどうしてヒルドちゃんがツルギくんとカナデさんの正確な位置情報を知り得ていたのかはなはだ疑問に感じていたけれど、そういう事だったのか。

 ヒルドちゃんは二人を追跡している琥珀ちゃんから常時その情報を提供してもらっていたから妙に詳しかったようだ。


「ともかく、琥珀ちゃんのいち保護者として私はストップをかけさせてもらうよ。通信機を貸してくれるよねヒルドちゃん!」


「ダメです!」


「それはなんでかなっ!?」


「今この場で彼女を失えば、二人の動向がまったく掴めなくなります! そんなの正気の沙汰とは思えません!」


「ヒルドちゃんが今している事の方が正気の沙汰とは思えないよ!? お願いだからインカムを貸して! 琥珀ちゃんになにかあったら私は嫌なのぉぉぉぉ〜……」


「くぬぬぅ〜……いくら同士であるエクスさんでも、これだけは譲れません! それに、彼女は優秀な密偵ですから、そんな簡単に誰かの目に付くような失敗などはしないと――」


『ねぇ、ママ! あそこにピンクのリュックを背負った小さいタヌキさんがいるよ!』


『あらホント! 可愛らしい子狸さんね。誰かに飼われているのかしら?』


「……」


「……」


 私とヒルドちゃんがインカムを奪い合っていると、受話口から嬉々とした親子の声が嬉聞こえてきた。

 琥珀ちゃん、思いっきり人に見つかってるじゃん!?


『ママ〜? あの子狸さんをナデナデしてもいい〜?』


『う〜ん。でも、噛まれたりとかしないかしら〜?』


『大丈夫だよきっと。ほら、おいで子狸さん? からあげさんをあげるよ?』


 インカムから男の子の声が聴こえてきたあと、とてとてと歩くような足音がする。

 これって、完全に琥珀ちゃんが親子に近づいている足音だよね!?


『あははは〜! 可愛いね〜? ママ〜、この子をおうちで飼っちゃダメ〜?』


『う〜ん。この子狸さんは誰かに飼われているかもしれないからそれは難しいわね〜? でも、見た感じ飼い主っぽい人も見当たらないから飼ってあげましょうか!』


 ……どうしよう。琥珀ちゃんがよそ様の家に連れて行かれそうになってるよ!?

 

 インカムから聴こえてくる和気藹々とした親子の会話に私とヒルドちゃんが焦っていると、今度はその二人とは別にハスキーな女性の声が聴こえてきた。


『ちょっと失礼します……うむ。やはりじゃないか!」


 ……誰だろうこの人? まるで琥珀ちゃんの事を知っているような口ぶりだよ。


 インカムの向こうから聴こえてきた真面目そうな若い女性の声に私たち二人が意識を集中させていると、衣擦れするような音がする。

 おそらくだけど、琥珀ちゃんが抱き上げられた音だろう。


『スミマセン、この子は私の知り合いの家でお世話になっている子なんです』


『あら、そうでしたか! じゃあ、子狸さんにバイバイしようね?』


『うん! 子狸さんと綺麗なお姉ちゃんバイバ〜イ!』


 親子の声が遠ざかったあと、インカム越しに聴こえてきたのは、琥珀ちゃんを抱き上げた若い女性の落胆したようなため息だった。

 私はその女性の声にどこか聞き覚えがあるような気がして嫌な予感がした。

 すると、その女性はどこか怒気を孕んだような声で話し始める。


『まったく……琥珀ちゃんにこんな物を取り付けて街中に放置したのは草薙の仕業か? おい、聴こえているのだろう草薙! 私だ。キミの担任を努めているだ』


 ……で、出た〜!? やっぱり村雨先生だったよぉ〜!

 その名前を聞かされた瞬間、私は血の気が引いて背筋が凍りついた。

 そして、すぐ隣に腰掛けているヒルドちゃんに至っては、その顔を真っ青にして額から滝のような汗を流して硬直している。


『今から琥珀ちゃんにキミの居場所を聞き出して即刻向かわせてもらうぞ。間違っても逃げるようなマネはするなよ、草薙!』


 その通信からの数十分後、私たち二人が『村雨先生』と遭遇したのは言うまでもない……。






 

 

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