第128話 ヒルドちゃんの悪知恵

 あれから数十分後。

 現在、私とヒルドちゃんの目の前には、村雨先生が座っていた。


「それで? この件に関して詳しく聞かせてもらえるのだろうな……エクス、ヒルド?」


 黒く艶のある長い髪をポニーテールに結い、七分丈の白いブラウスに黒のタイトなデニムを穿いた大人の女性スタイルな村雨先生は、子供の姿に変幻した琥珀ちゃんをその膝上に座らせ、頭を優しく撫でながら私たち二人を睥睨していた。

 琥珀ちゃんが背負っていたピンクのリュックには、人間に変幻したとき用の洋服が入っていたみたいで、今は白のワンピースを着ている。

 そんな琥珀ちゃんは村雨先生の膝上にちょこんと座り、先生が注文したイチゴパフェを美味しそうに頬張っていて、幸せそうに頬を緩めていた。

 一見するととてと和やかな雰囲気に思えるけれど、実際はそうでもなくて、村雨先生の放つ厳しいオーラが私たち二人にチクチクと刺さる感じだった。


「キミが草薙と一緒に居ないのは珍しい事だと思ったが、それがまだ幼い琥珀ちゃんを密偵として使った理由と繋がるのか?」


 村雨先生は琥珀ちゃんのほっぺについた生クリームをハンカチで優しく拭いながらそう訊いてくる。

 その質問に私は頬を掻いて、苦笑混じりに答えた。


「えっと、なにから説明をしたらいいかちょっと整理がつかないんだけど……」


「む、村雨先生は今日も美人ですねっ! 私も大人になったら先生のような色気漂う大人の女性に――」


「ヒルド・スティングレイ。話を誤魔化そうとするのはやめろ。キミたち二人は私の質問にだけ答えればいい」


「で、ですよねー?」


 氷のように冷たい目付きと声音でバッサリと切り捨てる村雨先生に、ヒルドちゃんが頬を引き攣らせて苦笑する。

 どうしよう……村雨先生、かなり怒ってるっぽいよぉ〜!?


かすみお姉ちゃん。そんなに怖い顔をしたらダメだよ? エクスお姉ちゃんたちが可哀想だよ」


「む? すまないな琥珀ちゃん。でも、私は教師としてこのお姉ちゃんたち二人を叱らなければならない理由があるんだ。だから、ちょっとだけ許して欲しい、ね?」


「そうなんだ。それじゃあ仕方ないね!」


 諭すようにそう言う村雨先生に、琥珀ちゃんがニッコリ笑って頷く。

 どうやら、私たちに助け舟は出ないみたい。そもそも私は悪くないと思うんだけど、なんかこの流れだと、変な言い訳をした方が余計に咎められそうだ。

 

 そんな私たちに村雨先生は再び厳しい目線を向けてくると、口を開く。


「さて、キミたち二人が琥珀ちゃんにあんな事をさせていた理由をそろそろ話してくれないか? その内容にもよるが、一応これでもキミたち二人の言い訳くらいは聞いてやるつもりはあるぞ?」


「それは有り難い話だけれど……」


「例え言い訳をしたとしても、そのあとに村雨先生は私たちにお説教をなさるんですよね?」


「愚問だな」


 ……私たちがなにを説明しても、そのあとにお説教されるなら意味ないじゃん。

 でも、このまま黙っていても先には進めないし、解放してもらえそうもない。

 それなら、ここは正直に理由を説明して謝る方がいいかもしれない。

 というか、琥珀ちゃんを密偵として勝手に尾行をさせたのは、ヒルドちゃんなんだけどなぁ……。


 そんな不満を抱きつつ、隣のヒルドちゃんを横目で見てみると、素知らぬ顔で口笛を吹いていた。

 この感じだと、絶対になにを聞かれてもすっとぼけるつもりなのだろう。

 結局、私が彼女の代わりに話すしかないみたい……。


「あの、村雨先生。実は――」


「村雨先生! 実を言うと、私たちはカナデお姉さまと不純異性交遊を目論むツルギ先輩の野望を阻止するために琥珀ちゃんを密偵とし、追跡してもらったのです!」


「は?」


 戸惑う様子もなくそうハッキリと断言したヒルドちゃんに私は呆けた声を漏らした。

 なにをいっているのヒルドちゃん? それだとまるで、ツルギくんが悪者みたいに思われちゃうじゃん!?


 本当の理由を隠し、しれっとツルギくんのせいにしようと仕立てるヒルドちゃんに私が唖然としていると、村雨先生がものすごく剣幕な様子で眉を顰めた。


「草薙が十束に不純異性交遊をしようとしている……だと? それは聞き捨てならないな。しかし、もしそうならば、なぜエクスではなく十束なのだ?」


「それはですね。ツルギ先輩がエクスさんに、次の獲物として私のカナデお姉さまに狙いを定めたからなんです!」


「はぁっ!?」


 ……なに言ってるのこの子、バカなの? なんで私がツルギくんにみたいな流れになってるのさ!?


 突然ワケのわからない話をし始めたヒルドちゃんに、流石の私も頭にきてのですかさず反論することにした。


「なにバカな事を言ってるのさヒルドちゃん!? 私はツルギくんに飽きられてなんかいないよ!」


「エクス、少し黙っていろ。ヒルド、続けてくれ」


「はい。実はですね、ツルギ先輩は私たち二人に悟られぬようカナデお姉さまに直接デートの話を持ち込んだようでして、今回の騒動に至りました。カナデお姉さまはツルギ先輩に想いを寄せています……そんなお姉さまの純情を踏みにじり、自分の性欲のはけ口にしようとしているという情報を知った私は、カナデお姉さまの身を守るためにエクスさんと、琥珀ちゃんを密偵として送り込み、ツルギ先輩の野望を打ち砕こうとしていたのです!」


 ……もうめちゃくちゃだよこの子。 

 というか、これは全部ヒルドちゃんが言い出した事じゃん!?


 事実に基づきもしない情報で村雨先生を騙し、自分にとって都合の良い方向に話を進めようとするヒルドちゃんをこれ以上許すわけには行かない……。  

 ここはツルギくんのためにも、パートナーである私がなんとかしなくちゃ!


「ヒルドちゃん、それはいくらなんでもウソがすぎるよ! というか、そもそも私はツルギくんに飽きられてなんかいないよ!?」


「エクスさん。アナタがツルギ先輩に飽きられたいう事実から目を背けたくなるあまり、ツルギ先輩を庇おうとするその気持ちは痛いほどわかります……。しかし、最悪な事は既に現場で起きているんですよっ!」


「ヒルドちゃんの話しているその内容が最悪な事だよ!?」

 

 完全にツルギくんを悪者として説明をするヒルドちゃんが悪魔のように見えた。

 しかも、さり気なく私がツルギくんに捨てられて、それでも彼を諦められないしつこい女でヒルドちゃんに協力をしたみたいな話になっているからものすごく嫌なんだけどなぁ〜!?


 ありもしない事を饒舌に話すヒルドちゃんに私がプンスカ怒っていると、村雨先生が同情したような眼差しを向けてきた。


「……そうだったのか。エクス、キミも辛い思いをしていたのだな?」


「勝手に可哀想な子みたいに言わないでよ!? 私はツルギくんに捨てられてなんかいないし、今もラブラブだよ!」


「あぁ、エクスさん。アナタはなんて可哀想な人なんでしょう! 今もラブラブだと思っているのはアナタだけ、しかし意中の彼は別の女子とラブラブ中……やはり、ツルギ先輩は女の敵ですね。これは即刻、粛清すべきです!」


「一理あるな」


「あるの!?」


 ヒルドちゃんの話術にかけられ、村雨先生までもがツルギくんを敵として認定したような表情を浮かべている。

 どうしてそんな方向に話が進むの? 

 というか、私とツルギくんは今もラブラブだモン!

 そんな私をよそに村雨先生は落胆したように肩を落とすと、悲し気な表情で空を仰いだ。


「……あのバカはしばらく見ない間に随分と下衆に成り下がってしまったようだな。私はとても悲しいよ草薙……。しかし、これは完全に教師である私の指導不足が原因だ。これは草薙の担任として、筋を通さねばならないな!」


「待ってよ村雨先生! 今のは全部ヒルドちゃんの口から出たデマかせで!」


「もうなにも言うなエクス。これ以上は自分の傷口をさらに広げるだけだぞ……。十束を草薙の魔の手から守ったあと、あの愚か者には私が直接をしておいてやる。あとは任せろ!」


「任せないよ!? というか、明らかに村雨先生がツルギくんにそういうことをしたいだけじゃん!」


「待っていろ草薙……。キミには、大人の女の魅力というものをその身体中にアザができるほど徹底的に叩き込み、にしてやる!」


「もう本音が口から出てるじゃん!?」


「頑張ってね霞お姉ちゃん! 琥珀も応援するよ!」


「琥珀ちゃん、これは応援しちゃダメな事だよ!?」


「フッフッフッ……極悪なツルギ先輩。私のお姉さまに手を出したその報いを思い知るがいいです」


「ヒルドちゃんが一番の極悪だからね!?」


 黒い笑顔を浮かべて笑うヒルドちゃんと、その瞳に邪な情熱の炎を燃やした村雨先生が琥珀ちゃんを抱っこしたまま立ち上がると、二人はショッピングモールの方角を指差した。


「敵は本能寺にあり! エクス、ヒルド! この件には私も参加させてもらう。草薙を捕らえ次第、教育的指導の開始だ! 私に続けぇぇぇぇぇっ!」


「アイ、マム! ツルギ先輩、覚悟してくださいよぉぉぉぉっ!」


「なんだかかすみお姉ちゃんとヒルドお姉ちゃんが楽しそうだね? エクスお姉ちゃん、琥珀もワクワクしてきたよ!」


「んもぅ……どうしたらいいのさぁ〜?」


 ……どうしようツルギくん。なんだか余計にややこしい事態になっちゃったよぉ〜?


 そのあと、村雨先生も加わり四人となった私たちは、何も知らずにカナデさんとのデートをしているであろうツルギくんを捕縛するという流れになり行動に移された。


 ゴメンねツルギくん。

 私、無力だったよ……。

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