第166話 ラッキーなアレ
俺が湯けむりの向こうに北条先輩とマドカさんの二人の姿を捉えたのは、すぐの事だった。
二人は白いバスタオルで胸元から腰辺りまでを隠しており、ゆったりとした足取りで大浴場の中へ歩んでくる。
どうやら、二人は温泉に浸かっている俺にまだ気付いていない様子だ。
ここは気付かれぬよう気配を消して、上手くやり過ごすしかない。
というか、泰盛さんがここ出る前に言っていた幸福ってのは、これの事だったのか。
(こいつはやべぇな……。んで、どうすんだよネギ坊?)
(確かにヤバイ状況だ……。まさか、あんなあの二人の裸を一度に拝めるなんて最高の機会を得ちまったんだからな)
(そうじゃねぇだろ!? このままだと、あの姉ちゃんたちに見つかって最高どころか最悪の状況に陥るんだぜ? そこんとこわかってんのか!)
俺だけに聴こえる声でスレイブが怒鳴りつけてくる。
コイツと俺は融合しているようなもんだから、骨伝導のような感覚で直接声が鼓膜へと聞こえてくる。
つーか、頭に響くからデカい声を出すんじゃねえよマジで。
「時音ちゃん。久しぶりに体の洗いっこでもしましょうか?」
「うん、いいわよ。マドカお姉ちゃんと二人でお風呂に入るのなんて久々だもんね」
湯船のど真ん中にある大きな岩陰に隠れる俺の耳に二人の弾んだ明るい声が聞こえてくる。
なんてこった……。
あんな美少女と美女の二人が、大浴場で互いの体を洗い合う……だと!?
最高かよコンチクショウ!
これは、是非ともその光景を網膜に焼き付けておきたいところだ!
「あら、時音ちゃん。また胸が大きくなったのでは?」
「え? そう?」
「こんなにエッチな胸に成長したというのに、まだ異性の誰にも触れられていないなんて勿体無いこと」
「も、勿体無いなんてことはないでしょ! 別に男の人に触らせるために成長してるワケじゃないのだから」
「あらあら、そんな強がりを言って。でも、このまま誰にも触られないなんて時音ちゃんのお胸が可哀相だから今晩は私が殿方の代わりに触って差しあげましょうね」
「ヤダ、ちょっ……マドカお姉ちゃん」
「フフッ。嫌がる素振りをしている割には、私の手を払い除けないのですね? ホントにいやしい子」
「そ、それは違っ……くぅんっ!」
……う〜ん、実にてぇてぇ。
やはり女子同士のイチャコラは、ずぅ〜っと見ていても飽きないものだ。
百合は至高の宝であり、人類が生んだ芸術。
こんなにも平和でユリユリな世界が続くのなら、俺は祈らずにはいられないだろう。
(おい、ネギ坊。あの二人が体を洗い合っている隙にここからとっととずらかろうぜ?)
(バカを言えスレイブ。ここは純粋無垢な男子として、二人が互いの体の隅々まで洗いっこしているすんばらしい光景を拝まずしてここを出るなど神への冒涜に近い。故に、俺は動かん)
(アホかオメェは!? そんなに面倒な事態を引き起こしてぇのか!)
(アホとはなんだアホとは! 年頃の男子高校生が美しい女子の裸を見たいと思うのは自然の摂理だろうが!)
(かぁ~っ……これだからオメェはよぉ〜。どうなっても知らねぇぞ?)
「あら? そこに誰かいるのですか!」
「え? ウソでしょ!?」
……しまった! スレイブとのくだらん言い争いでつい動いてしまったのか、湯船がわずかに波立っていてマドカさんに気付かれてしまった!?
岩陰に隠れて息を潜める俺の方をマドカさんがジッと睨みつけてくる。
ヤバイ、ここ以外に隠れられるような場所なんてどこにもないぞ!
「時音ちゃん、ここで待っていて」
「マドカお姉ちゃん、誰かを呼んできた方がいいわよ!」
「私ひとりで大丈夫だから、ここは任せて」
「お姉ちゃんがそう言うなら……。でも、気を付けてね!」
淀みない足取りでこちらへ接近してくるマドカさんは、えらく剣呑な雰囲気を放っている。
マズいぞ、流石にこれは緊急事態だ!
(……おい、スレイブ)
(なんだ?)
(俺は今からお湯になる。だから、お前は二人の正確な位置と状況を教えろ)
(あいよ。でも、もう手遅れだと思うぜ?)
(ここで諦めたら試合終了なんだよ。行くぞ!)
既に諦めているような口ぶりのスレイブに指示を出して俺は湯船に潜ると、ゆらゆらと揺蕩う景色に目を配り、ワニが如く腹這いになり進んでゆく。
向こうに俺の正体はまだバレていない。
このままお湯の中を進み、湯けむりに紛れて入り口に到着すれば俺の勝ちだ。
そこから気配を殺して素早く衣類を回収し、ここからさっさと退散する。
よし、行ける! 勝利へのイメージは完璧だ。
あとはこのままゴール地点となる浴場の入り口へ向かい、湯船を出て脱衣所に到達できれば……。
(スマン、ネギ坊。もうゲームオーバーだ)
(え? なん――)
「こんなところで何をなさっているのですかツルギさん?」
……ん~っ。気のせいだろうか?
今、水面の上からマドカさんのくぐもった声が聞こえてきたような気がしたけれど、空耳かなぁ~?
「ツルギさん、いつまでそのように潜っているつもりですか?」
……あらやだ。なんか目の前にマドカさんの綺麗な両足が現れてこれ以上先に進めないじゃない。
やっぱりバレちゃったのかしらん?
眼前の生足に立ち往生をくらい、恐る恐る水面下から上を見上げてみるとそこには、腕組みしたマドカさんがバスタオルを体に巻いた姿で俺の事をジッと見下ろしていた。
うん、ダメだ。もう逃げられそうもない。
「女子の入浴を堂々と覗き見するなんて流石はド変態のツルギさんですね。これは万死に値する行為ですよ?」
「え!? 草薙君がそこにいるの!」
おっと、今度は離れた位置から北条先輩の素っ頓狂な声が聴こえてきたと思ったら湯船をバシャバシャと蹴り、タオルを体に巻いてコッチに近づいてくるじゃねえか。
こりゃあもう詰みだな。
「ツルギさん、覚悟の方はよろしいですか?」
殺意のこもったようなマドカさんの低い声音に根を上げて、俺はブクブクと泡を吐き出しゆっくり水面から顔を出すと、咎めるような視線を向けてくる二人を見上げながら言う。
「……スンマセン。まさか、二人が入浴してくるなんて思ってもいなかったので長湯をしてました。覗きなんてするつもりは微塵もありませんでしたゴメンナサイ」
「自らの失態を素直に認めて謝るのは良しとしましょう。しかし、その反省した態度とは裏腹に下腹部の方が随分とお元気そうですけどなぜですか?」
「え? そんなはずは……あっ」
目を細めるマドカさんに促され、腰に巻いたタオルに視線を落としてみると、俺の聖剣が見事におっきしていた。
ありゃりゃ、これは参ったな。
「あー……これはアレですね。流石の俺でも美しい二人の裸体を前にしたら本能が抑えられなかったというだけの話ですよ。はははっ」
「喜んでいいのやらそうでないのやら返答に困りますけど、せめて時音ちゃんの前では隠してもらえませか?」
呆れたように肩を竦めるマドカさんの後ろでは、北条先輩が真っ赤になった顔を両手で隠している。
どうやら、先輩は男子の生理現象を見るのが初めてらしい。
でも、なんかそう思うと逆に興奮してきちゃうのは俺だけではないはずだ。
「……スンマセン。ちょっと、ウチの坊やが落ち着くまで湯船の中に浸かっていてもいいですか?」
「それは構いませんよ。というより、あの時に泰盛様がニヤついていたのはこういうことでしたか」
「どういう事ですか?」
「ツルギさんだけでなく、私たち二人もまた泰盛様に謀られたという事ですよ」
やれやれと頭を振るマドカさんに俺が首を傾げていると、今だに赤面したままの北条先輩がコチラから視線を外したまま言う。
「さっきマドカお姉ちゃんと大浴場へ向かう途中にお父様とすれ違ったんだけどその時に『大浴場へは急いだ方が良い』なんて言ってきて不思議に思っていたのよ。あのセリフの意味はこういう事だったのねもぅ!」
「泰盛様も年甲斐なく、イタズラ好きな御方ですこと」
二人の話によれば、マドカさんと北条先輩は途中で泰盛さんに出会っていたらしく、急いで大浴場へ向かうよう催促されていたようだ。
「なるほど〜。そんで俺がまんまと貶められたワケですか」
「そういう事になりますね。ところでツルギさん?」
「なんすか?」
「せっかくですから、お背中でもお流ししましょうか?」
「はっ?」
湯船の中で正座をする俺にマドカさんが唐突にそんな事を言ってくる。
こんなひと気のない大浴場の中で女子が男子の背中を流すとかそんな事……是非ともお願いします!
「ちょ、マドカお姉ちゃん。それ、本気で言ってるの?」
「えぇ、本気ですよ。だって、ツルギさんは私たちの恩人であり、お客様です。ここは北条家に仕える者として、それくらいの接待をしても当然かと」
「そ、それはそうかもしれないけれど……」
「ですから、時音ちゃんは先にここから出てもらっても構いませんよ。あとは私がツルギさんにご奉仕しておきますから」
「ご、ご奉仕って……なにをする気なの?」
「あら? 気になりますか?」
困惑する北条先輩を見てマドカさんは口元をニヤリと笑ませると、俺に密着してたわわな胸を押し付けてきた。
「女が殿方にするご奉仕など、相場が決まっているじゃありませんか。ねぇ、ツルギさん?」
「お、おふぅっ!? ちょ、マドカさん? その……お胸が!」
「ま、マドカお姉ちゃん!?」
「実を言うと、初めて会った時から気にはなっていたんですよね……。制服の上からでもわかるツルギさんの逞しい体がどれ程のものなのかと」
……え、エロい。エロ過ぎる!
ピッタリと密着したまま細い指先で俺の胸板をマドカさんか撫でてくる。
ヤダナニコレ? そんな素敵なご奉仕とかしてもらえちゃうの俺ぇ〜?
「ちょ、マドカお姉ちゃん!?」
「ンフフッ。ツルギさんの背中って、広くて分厚いのですね……」
マドカさんの豊満な胸が汗ばんだ俺の背中に吸い付いてくる。
その感触はとても柔らかく、温かでいて、本当に心地よい。
少し背中に意識を集中すれば、左右の肩甲骨に小さくて二つの突起したモノが押し付けられているのがわかる。
これは……授乳をする時に必要なアレだよね!?
「ま、マドカさん? それ以上されると、ウチの坊やが落ち着かないんですけど!?」
「あら、別に落ち着かなくてもいいではないですか。むしろ、スッキリさせた方が体にも良いのでは?」
「マドカお姉ちゃん! いい加減にし――」
「あら、イケナイ。手が滑ってしまいました」
「ひゃあっ!?」
「ぬぽっ!?」
眉根を寄せて怒り顔をしていた北条先輩に向けて、突然マドカさんが俺の背中を突き飛ばしてきた。
完全に油断をしていた俺はそのまま正面に突っ込むと、目の前に立っていた北条先輩を巻き込み押し倒してしまった。
「ブクブク……ぷはぁっ! スンマセン、大丈夫ですか北条せんぱ……い」
「んうぅ、いたたたっ……え?」
慌ててお湯から顔を上げたのはいいものの、俺の手にはなぜか北条先輩が体に巻いていたはずのタオルがしっかりと握られていた。
そして、ゆっくり視線を上げてみるとそこには……一糸纏わぬ北条先輩の裸体が存在していた。
しかも、先輩は両手を後ろにして両膝を立てたままお湯の中に腰を下ろしており、見事なM字開脚を披露していた。
そうなると普通、俺の視界には北条先輩の大事な部分が丸見えという状態になるのだが、そこはギリギリ揺蕩うお湯のおかげで上手くぼかされており、なんとか無事だった。
とはいえ、形の良い大きな双丘は丸見えであり、その先端にある二つの薄く綺麗な桜色の突起もバッチリ丸見えだった。
これぞまさに眼福。
だが、当の北条先輩は見る間に顔が赤くなってゆき、今にも泣きだしそうな表情をしていた。
あ、これアカンやつや。
「……ヒック、こんな事って」
「あの、北条先輩?」
「これで時音ちゃんも大人の階段を一歩上がれましたし、ツルギさんも十分なお礼をしてもらえたワケですからウィンウィンですね?」
「マドカさん!? これはそういう楽観的な問題じゃ――」
「ないわよおおおおおおおおおおおおおおっ!」
「――ぶべらぁっ!?」
トマトのように赤面した北条先輩は大事な部位を片手で隠して戦慄くように立ち上がると、素早く俺からタオルを引っ手繰り、強烈な平手打ちをかましてきた。
そのあと、俺は湯船の中に仰向けで沈み、背後に立っていたマドカさんの秘部がちょっと見えたような気がして僅かに微笑み、静かに意識を失っていった。
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