第165話 北条家の伝承

 男二人で温泉に浸かり、俺は泰盛さんの話に耳を傾けていた。

 その内容は、二人の馴れ初めについてだ。


「どうして僕が政代さんと結婚する流れになったのかを話すけれど、これがなかなか笑えるエピソードなんだ」


 饒舌に話す泰盛さんはとても楽しそうであり、時折笑顔を見せている。

 多分だけど、この人はお喋りが好きなのだろう。

 さっきからずっと話している気がするし、その時が一番嬉しそうにしていると思う。

 さて、話を戻そう。


 泰盛さんによると、政代さんとのタイマン勝負をしたその日、こてんぱんにされた若き日の泰盛さんが地面の上で倒れていると、木刀を握った政代さんが冷たい表情のまま無言で近づいて来たという。


「正直、あの時は彼女に殺されると思い戦慄したものさ。でもね、次の瞬間なにを思ったのか、政代さんがいきなり僕の胸倉を掴んできて『貴方は好みのタイプだから私と付き合いなさい!』って、言ってきたんだ」


「す、スゴイ告白の仕方ですね。まぁ、あの人なら言いかねないですけど」


「だろ? 当時の僕もそんな事をいきなり言われて全然頭が追いつかなくてさ、ただ呆然としてしまったのを覚えているよ」


 後日談というか、実を言うと、二人が決闘をするその直前、政代さんはそのとき既に、若き日の泰盛さんに一目惚れをしていたらしい。

 そんなまさかの展開に泰盛さん本人もかなり動揺したらしいのだが、そんな二人に予期せぬ自体が起きた。


「僕が政代さんに告白をされた瞬間、後に控えていた別のヤンキーたちが一斉に憤慨してね。ナイフや金属バットなどの武器を持って彼女と僕に襲いかかろうとしてきたんだ」


「マジすか!? それでどうなったんですか!」


「その時、政代さんも僕に告白した事で顔は真っ赤だったけど、頭の中は真っ白になっていたらしくて反応に遅れていたんだ。そこでそんな彼女を守るために僕が政代さんの前に立ちはだかり、そのヤンキーたちを全員纏めて叩き伏せたのさ」


「おぉっ!? それは熱い展開ですね! それでどうなったんですか!」


「あとは知っての通り、北条家のしきたりで助けられた男に生涯を捧げると彼女が話してきて現在に至るのさ。本当にこの話は何度思い出しても笑えてしまうんだけどね」


 政代さんに襲いかかってきたヤンキーたちをひとりで倒した泰盛さんに対して、政代さんは北条家のしきたりを理由に両親へ上手く話を進めて交際へと運んで行ったらしい。

 こうして二人は晴れて恋人同士になったというわけなのだが、そこは北条家特有の面倒な親戚たちにより、厄介な難関を持ち出されたという。


「キミも知っての通り、政代さんは由緒正しき家柄のひとり娘だ。そんなひとり娘をどこの馬の骨ともわからないような庶民の男に渡すわけにはいかないといった感じで親戚たちが騒いでね。僕が政代さんに近づくことすら許されなかったんだ……。でも、それで引き下がるのも男として納得がいかなかった僕は親戚たちに食らいついていったんだ。そして、彼らの出した要求に応えることになった」


「その要求とは?」


「その要求は、僕が政代さんと同じ一流大学に合格するという条件さ」


 当時、北条家の親戚たちは泰盛さんが不良が沢山在席している事で有名だった高校に通っている事実を知っていたようであり、わざと彼にとって無理難題な条件を吹っ掛けてきたという。

 しかし、その無茶振りな条件に対して逆に泰盛さんの心には火が付いたらしく、死ぬ気で猛勉強をしたらしい。


「あの条件を突き付けてきた時の北条家の親戚たちの表情には本当に腹が立ったね。その時、僕は彼らを絶対に見返してやろうと思い必死になって政代さんと一緒に猛勉強をしたものだよ。そして、彼らの予想を裏切り見事に彼女と同じ一流大学に現役で合格して北条家の親戚たちを見返してやったのさ。そして、僕らは現在に至る……。まぁ、あとから聞いた話によれば、もしも僕が大学に合格したとしても、親戚の人たちがまた無謀な条件を提示できないよう政代さんが一筆書かせていたらしいんだけどね。北条家の宝刀を構えて」


「ほ、宝刀を構えてとか流石ですね……。その親戚の人たちも政代さんの要求を呑まずにはいられなかったでしょうね。でも、すんげぇスカッとする話でしたよ。聞いていてスッキリしました!」


「ははっ、ありがとう。そういった紆余曲折があり、僕は北条家の敷居を跨ぐ事を許されたんだ。ただし、婿養子としてだけどね」


 苦笑して頬を掻くと、泰盛さんは掌で温泉の湯を掬い取り顔を洗う。

 

 まさか、政代さんと泰盛さんの二人の馴れ初めにそんなドラマ的エピソードがあったなんて知らなかった。

 俺としてはてっきり泰盛さんが名のある家柄の人で親戚同士が勧めて結婚したものだと思い込んでいたのだがそうではなく、俺たちのような一般人から成り上がった人だったという展開に感動すら覚えた。

 そして、嫌がらせのような事をしてきた北条家の親戚たちに立ち向かい、見事に結ばれたというのはなんとも胸熱な展開だと思う。

 その話を聞けただけで、俺は泰盛さんの事を好きになれそうな感じがした。

 言っておくけど、男らしさにだぞ。

 そっちの意味じゃねぇからな。

 勘違いすんなよ?


「それから僕は勉学が楽しくなり、様々な分野を学んで進み、今の研究所に勤める事になったのさ」


「なるほど。そしてその勤め先がブラック企業だったわけですか」


「ははっ。否定はできないけれど、それでもやり甲斐のある職業ではあるかな。まぁ、ひとつ残念なことは僕の研究所の責任者がスケベで偏屈な爺さんでね。若い女の子のロボットをいつも連れていて周囲から気味悪がられているし、更には若くて可愛い助手まで連れているから困ったものだよ」


 やれやれと首を横に振り、愚痴をこぼす泰盛さんの姿に俺も苦笑する。

 勤め先の責任者がスケベで偏屈な爺さんで、オマケに女の子のロボットと若くて可愛い助手を引き連れているとか、そりゃ周囲の人たちから嫌悪されても仕方ない話だ。

 ん? 待てよ。なんかそんな人物が俺の知り合いに居たような気が……。


「そういえば、草薙君には特別に教えてあげるけどここだけの話、実を言うと僕の仕事は人知れずに戦う正義の味方たちのサポート的なモノなんだ」

  

 コソっと耳打ちするように自らの職種をカミングアウトしてきた泰盛さんは、どこかニコニコしている。

 まぁ、その仕事内容の全貌はぼかされているけれど、泰盛さんが小さい頃になりたかった正義の味方に近い仕事なのだろう。


「なんかスゴそうな仕事なんですね。俺、泰盛さんの事を尊敬しますよ!」

 

「ありがとう。そう言えば思い出したけど、政代さんが北条家の親戚一同を黙らせる時に使ったという宝刀なんだけどね。それについて不思議な逸話があるんだけど聞くかい?」


「是非、お願いします!」


「よし、それなら話そう。実は政代さんがその時に使ったという日本刀には古い言い伝えがあって、大昔に持ち主を悪夢から救ったという伝説があるらしいんだ」


「持ち主を悪夢から救った……?」


 泰盛さんの話に俺の意識が集中する。

 それって、今の北条先輩の状況と酷似していないか?


「そうなんだ。なんでも、その刀の持ち主だった当時の北条家当主は、毎晩のように悪夢にうなされていたらしい。すると、夢の中で謎の人物が現れ、刀を磨けと告げてきたらしいんだ」


「刀を磨く、ですか?」


「らしいよ。他にも古い伝書が北条家には幾つもあってね。僕が見せてもらった資料の中には、まるで高度な古代文明に類似するようなものまで存在していて、この北条家にはその――っ!?」


「泰盛さん?」


 突然、話の途中で頭を抱え、泰盛さんが黙り込んでしまった。

 急な頭痛にでも襲われたのだろうか?

 泰盛さんの表情がかなり険しい。


「あの、泰盛さん? 大丈夫ですか?」


「……そうだった。それを見つけるのが僕の役目だったな」


「えっと、泰盛さん?」


「あぁ、すまないね……。ちょっと、頭痛がしてしまったんだ気にしないでくれ。えっと、なんの話だったかな?」


「北条家に伝わる刀の話とか古い伝書の話でしたよ。というか、顔色が悪そうですけど大丈夫ですか?」


 泰盛さんの顔の血色が明らかに悪い。

 長風呂をしていたせいで逆上せたのかと思ったけれど、何かが違うような気もする。

 本当に大丈夫なのだろうか?


「すまないね、その話の続きはまた後日にしよう。それにちょっと、逆上せたみたいだから、先に失礼させてもらうとするよ」


 頭に乗せていたタオルを腰に巻きつけると、泰盛さんが湯船から出てゆく。

 ヤバイ、俺が調子にのって長話をさせてしまったのが良くなかったのかもしれない。


「泰盛さん。なんか長話をさせちゃったみたいでスミマセンでした」


「いや、草薙君のせいではないよ。それより……」


 と、口にしかけて泰盛さんが不意に夜空を見上げる。


「……僕は娘に散々寂しい想いをさせてきた人間だ。きっと父親としては失格なんだろうな」


「どうしたんですか急に?」


「いやね。キミと話しているとなぜだか妙になんとなくそんなセンチメンタルな気分になったんだ……。こんな話を娘の彼氏である草薙君にしてしまうなんて僕は情けない男だな」


 夜空に浮かぶ満月を見上げてどこか儚く笑う泰盛さんの横顔には、少しばかり憂いが滲んでいる。

 泰盛さんにとって、ひとり娘である北条先輩は本当に大切な家族のひとりだと思う。

 そんな彼女に対して、父親としてなにもできなかったという自分の状況に罪悪感を抱いているのかもしれない。

 しかし、理由はどうであれ、この人なりに仕事で散々苦労をしてきたのだろうし、そのせいで北条先輩と一緒に過ごせなかったのは仕方のない事だと思う。

 それは彼の娘である北条先輩自身も十分に理解している事だろうし、泰盛さんを責めるような事はしないだろう。

 むしろ、会えないからこそ北条先輩は父である泰盛さんに対して深い愛情を抱いているのかもしれない。


「あの、泰盛さん。北条先輩は泰盛さんの事を父親失格だなんて絶対に思っていないですよ。それどころか、すごく大好きだって話していました」


「それは本当かい?」


「はい。さっき先輩と話していたんですけど、泰盛さんが大好きだって言ってました」


「それを聞かされると流石に僕も照れてしまうな。でも、その話を聞けて本当に嬉しく思うよ。あぁ、僕もまだ父親として認めてもらえていたんだな……ってね?」


「俺が思うに泰盛さんは良い父親だと思いますよ。北条先輩のセリフがなによりの証拠です」


「ははっ。ありがとう草薙君」


 こそばゆそうに頬を掻く泰盛さんに、俺も妙に気恥ずかしくなり後頭部を掻いて笑った。

 多分だけど、泰盛さんはうちの親父と歳が近いと思う。

 そんな人と話をしていると、どこか懐かしくて楽しくもあり、妙な寂寥感も抱いたりもする。

 うちの親父が今も生きていたら、こんな風に男同士で話せていたんだろうな……と。


「僕は先に出るけれど、草薙君はゆっくりしていってくれ。なにせ、うちの娘のボーイフレンドだからね?」


「え? あの、だからそれは違くてですね」


「それじゃあ失礼するよ。あ、それと草薙君」


「はい?」


「あともう少しすれば、キミにとって幸福が訪れるかもしれないよ? それじゃ」


 そんな言葉を口にして泰盛さんはニッコリ笑うと、コチラに背を向けて大浴場を出て行った。

 なんだかとても意味深なセリフだったな。

 一体どういう事なのだろう。


「あと少しすれば俺に幸福が訪れるかも……か。まぁ、どういう意味かわからんけど、もう少しだけ浸かっていようかな」


「おい、ネギ坊。ちょっといいか?」


 泰盛さんが退出した途端、左腕のスレイブがいつになく低い声音で話しかけてきた。

 コイツがこういうテンションの時は、大抵なにかを考え事をしている時が多い。


「どうしたよスレイブ。珍しく真剣な声で話しかけてきて?」


「どうにもきな臭いと思わねぇか?」


「なにが?」


「あのお嬢ちゃんの親父さんがだよ。俺様にはどうしても納得がいかねぇんだ」


 唸るような口調で泰盛に疑念を抱くスレイブに俺は続ける。


「それはどういう意味だ? 泰盛さんはなんも怪しくないだろ?」


「つーかよぉ、普通に考えて行方不明になっていた人間がなんの連絡もなく警察関係者やらなんやらの付き添いもなしでヒョッコリ帰ってくるもんかね? 俺様にはどうにもソイツが信じられねぇんだ」


 スレイブが言うに、行方不明者だった人がそういった公的機関の人と共にではなく、単独で帰還して来た事が信じられないらしい。

 そういった事に疎いから俺はなんとも言えないけれど。

 実際はそういうものなのだろうか?


「その言い方だと、まるで泰盛さんを疑っているみたいだな」


「ケケケッ、まあな。あの親父さんが奇跡の生還を果たして家族と出会うっていうシチュエーションが妙に出来た話だと思えたんだよ」


「それは考え過ぎだろ。泰盛さんはどう見ても普通だったと思うぞ?」


「そうかよ。まぁ、オメェがそう言うならそういう事にしておくとすっかな。それよりネギ坊」


「今度はなんだよ?」


「誰かが脱衣場に入ってきたみたいだぜ。足音からして二人だな」


「え? 二人って、一体誰が――」


「時音ちゃん。そこは足元が滑るから気を付けて」


「それくらいわかってるわよマドカお姉ちゃん。私はそんなドジじゃないわ」


 スレイブのセリフに俺が当惑していた直後、大浴場の引き戸が開かれる音がして、湯けむりの向こうに二つのシルエットが浮かんだ。

 これはまさか……例のアレなのか!?

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