第58話 それ、ダメっしょ?

 アヴァロンへと向かう日を翌日に控えた夕方、俺が自室でひとり黙々と荷造りをしていた。

 エクスは琥珀ちゃんとヒルドを連れて、夕飯の買い物に出掛けている。

 あの三人がいないというだけで、家の中はとても静かだった。

 そんな環境の中で俺がキャリーバッグに荷物を詰めていると、不意に人の気配を感じた。


「ねぇ、つーくん。また、戦いに行くの?」


 部屋の入り口から突然聴こえてきた声に振り返ると、制服姿のカナデがそこに立っていた。

 カナデは学校帰りにそのままうちに寄ったのか、エナメルバッグをタスキ掛けにしており、入り口のドアに背中を預けてジッと俺の方を見ていた。


「なんだカナデか。ていうか、堂々と不法侵入してくんなよ。それより、部活はどうした?」


「今日は休んだし。そんな事より、また戦いに行くの?」


 同じ質問を投げてくるカナデに俺は肩を竦めると、そのまま作業を続けて頷く。


「まあ多分、そうなるだろうな」


「エクスちゃんに聞いたけどさ、この前テーマパークで死にそうになったんでしょ? それなのに、また戦いに行くの?」


 少し不満そうな口調でカナデはそう言うと、入り口の外枠をコツコツとつま先で蹴っている。


「エクスから聞いたのか? まあ確かに、あの時はマジで死ぬかと思ったけれど、そんな経験は今に始まった事じゃねえからな。だから、大したことねえよ」


 俺が魔剣との戦いで死にかけたエピソードなんて捨てるほど沢山あった。

 だから、特に気にすることもなく俺は普通に返答したのだが、それを受けたカナデが急に表情を変えた。


「ねぇ、つーくん。それ、ダメっしょ」


「は? なにがだ?」


 カナデは声色を変えると、部屋の中心で荷造り作業をしていた俺にズカズカと歩み寄り、眉間にシワを作って顔を近づけてくる。


「そんなさ、死にかけるの当たり前とか思っているのって普通におかしいっしょ? つーくんは、自分の命を軽く考え過ぎだし!」

 

「なんだよ急に? 別に俺は自分の命を軽く考えてなんか……」


「絶対考えてるし! そうじゃなきゃ、そんな簡単に言えないっしょそんなこと!」


 ……なんなんだコイツは。なんか今日はえらく感情的に突っ掛かってくるな。


 俺の顔を見て凄んできたカナデに「そうかよ」と、愛想のない返事をした次の瞬間、背中を蹴られた。


「痛ぇっ!? なにすんだコラッ!」


「つーかその態度がマジムカつくし!」


「おい、なにひとりで勝手にキレてんだお前は? 気に触るようなことなんて俺は一言も言ってねえだろ!」


「言ったし!」


「言ってねえだろって」


「言ったしぃっ!」


「コイツ……」


 なんかよくわからんけど、カナデが勝手に苛ついている。

 なんなんだコイツ? なにが気に入らんのかサッパリわからん!


 ともかく、こんなことで支度をする手を止めていたら先に進まないと判断した俺は、眉根を寄せて口を引き結んでいるカナデに背を向けると、ため息混じりに言う。


「たくっ、なんなんだよ……。とりあえず、俺はこれから旅の準備で忙しくなるからお前そろそろ帰っとけよ」


「なにそれ? 邪魔って言いたいわけ!」


「誰もそんなこと言ってねえだろ面倒くせぇな。なんだよさっきから? 生理かって……ぐはぁっ!?」


 やれやれと首を横に振って振り返った俺の顔面にカナデが広辞苑を投げつけてきた。

 それがちょうど顔のど真ん中に当たり、鼻先に感じる激痛で悶絶していると、「そんなんじゃないし! ていうか、デリバリーなさ過ぎだし!」と、カナデが声を荒げて階段を駆け下りていった。

 本当に意味がわからん……。


「痛ててっ。なんなんだよアイツは……そもそも、じゃなくてだろうが……」

 

 玄関を勢いよく開け放つ音が聞こえてくると、それと入れ替わるようにしてエクスと琥珀ちゃん。それと、ヒルドの声がした。


 多分だけど、飛び出して行ったカナデの事について、エクスから色々と訊かれるだろうけれど、面倒だから適当に答えることにしておこうと思う。

 ホント、最近のカナデは昔と違ってなんか変だ。

 今までにアイツとケンカしたことなんてほとんどなかったけれど、最近は妙に多い。

 倦怠期とかいうやつだろうか。

 いやいや、それは夫婦とかの間に訪れるものか。だとすれば、カナデは一体どうしたというのだろう。

 魔剣絡みのことになると、妙に不機嫌な態度になる。


「……まぁいいや。考えるのも面倒だし、さっさと支度を済ませちまおう」


 その後、俺は痛む鼻先を擦りながら黙々と荷物を詰め込むと、カナデの怒り顔を頭の中から忘れ去るように旅行の準備に没頭した。


 




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