第57話 アヴァロンからの来訪者

 突如として、我が家に現れた謎のツインテール少女に俺たちは当惑しながらも、そのまま追い返すのもアレだと言うことになり、とりあえずはリビングへと案内して、うちに訪れたその理由を聞くことにした。


「どうぞ」


「ありがとうございます!」


 紅茶を入れたティーカップをエクスが彼女の手前に置くと、ツインテールの少女は元気よくお礼を言って口元を笑ませる。

 俺はそんな彼女の様子を膝上に乗せた琥珀ちゃんの肩口からジッと観察していた。


 おそらく、見た目的に俺たちと同じ十代だろう。

 目鼻立ちは整っていて、ハキハキとした受け答えから察するに体育会系女子っぽい。


 艶のある青い髪のツインテールが特徴的であり、ローブから覗く白い肌は陶器のようで、いかにもスベスベしていそうだ。

 もし、こんな女の子に『先輩とエッチがしたいです!』とか面と向かって告白された日には、流石の俺でも心が揺れてしまうかもしれない。

 しかし、個人的に残念なことがあるとすれば、彼女の胸の発育がエクスやカナデと比べて乏しいことだろう……。


「……Aだな」


「なにがですか?」


「いや、こっちの話だ。それより、えーっと……」


「私の名前は『ヒルド・スティング』です! 一応ですけど、アヴァロン本部に所属するセイバー候補ですので、これからは気軽にヒルドと呼んでください」


 ヒルドと名乗った彼女は元気よく自己紹介を終えると、右手を慎ましい胸元に添えてお辞儀をした。

 今更だけど、彼女が着ているローブは、かつてエクスが着ていたものと同じローブだ。

 この格好で外を歩いてきたと思うと、なかなかメンタルの強い子だなと関心する。


「早速ですけど、私が今回こちらにお邪魔させていただいたのは、あの魔剣グラムを単騎で討伐した実績を持つエクスさんと草薙さんのお二人に協力を要請するためです!」


 ヒルドはニッコリ微笑みそう言うと、手元に置かれたティーカップに手を伸ばした。

 そんな彼女の姿を見つめていると、不意に俺の妄想力が働いた。

 

 多分、この子を最も輝かせるシチュエーションは、水泳部の部活が終わったあと、二人きりになったところでスクール水着を着せたまま両手を拘束し、目隠しをして更衣室の中で卑猥な行為をするようなエロゲイベントをすればきっと素敵かもしれない。

 あれ? なんかエロゲのやり過ぎかな?

 本当にそんな風景が視えてきたぞ?


 そんな妄想力を働かせて俺が彼女を見つめていると、ヒルドが露骨に嫌そうな顔をする。


「な、なんですかその目は……なんていうか、脳内で私に厭らしい事をしているような気がしてならないんですけど?」


「バカを言え。俺はただ、キミと仲良くなれたら色々とさせ――でへぇっ!?」


 思ったことを素直に口にしただけなのに、俺の両サイドに座るエクスとカナデの二人から同時に後頭部を叩かれた。


「痛いじゃねえかエクスにカナデ。なんで叩いた?」


「何故って聞かれると、ただなんとなくツルギくんがよからぬ事を考えているだろうなぁ〜って思えたからかな? ね、カナデさん?」


「そうそう。そんな感じだし」


「なんとなくでお前たちは人の頭を叩くのか? それなら、俺もただなんとなくでお前らのおっぱいを揉むぞ」


 二人を交互に見て俺が両手の指先をふにふに動かすと、エクスとカナデが自身の胸元を両腕で隠すようにして押さえた。

 すると、俺の膝上に座っている琥珀ちゃんが首を傾げる。


「ねぇ、ツルギお兄ちゃん。どうしてお姉ちゃんたちのおっぱいを揉むの?」


「それはね、二人がとっても喜ぶから――だほっ!?」


 琥珀ちゃんに優しく教えようとしたのだが、またもやエクスとカナデに後頭部を叩かれた。


「あ、あの。そちらの女性二人にお聞きしますけど、草薙さんはいつもそういうことを平気で口にするような人なんですか?」


 不信感を露にして眉を顰めるヒルドに、エクスとカナデがこぞって頷く。


「うんまぁ、残念だけどそうなんだよね」


「つーか、つーくんはどスケベだからもう仕方ないっしょ」


「なにが残念で仕方ないんだよお前ら。俺は自分の欲望に忠実であり、素直な男なんだ。それのなにが悪い!」


『堂々と言うな!』


「ぎゃふんっ!?」


 さも平然とした態度で俺が答えると、エクスとカナデの二人から同時に頰を叩かれた。

 それを正面から見ていたヒルドは、どこか呆れたようにため息を吐いた。


「アヴァロンで英雄と謳われた草薙さんが、まさかそういう危ない人だったとは予想外でした」

 

「おいおい。俺のどこが危ない人なんだ? 世の中の健全な男子を代表したような人間だろうが」


「世の中の男子がどうかはわかりませんけど、そろそろ本題に入ってもいいですか?」


 ヒルドは俺との会話を断ち切るように肩を落とすと、荷物からタブレットPCを取り出してその画面をこちらに見せてきた。


 その画面を俺たち四人が同じように覗き込むと、ヒルドが話を続ける。


「今回、エクスさんと草薙さんに頼みたいことは、この男性の捜索活動をお二人にも協力していただきたいからです!」


 ヒルドが手元に置いたタブレットPCをタップすると、そこにひとりの男性が映し出された。


「彼の名前は『ヘグニ』。アヴァロンでも屈指のセイバーであり、有望視されていた戦士です。そして、お二人にはこの男性の捜索をお願いしたく参りました!」


 タブレットPCの画面に映された男性を指差すと、ヒルドが少し誇らし気な顔をする。

 そんな彼女の顔を一瞥してから俺とエクスは顔を見合わせると、ふいに疑問を口にした。


「あのさ、なんで俺たちなんだ?」


「え?」


「そうだよね。それなら、他の人たちでも十分できるような気がするけれど」


 正直、人探しという事なら別に俺たち二人ではなくアヴァロンにいる他の精霊たちで事足りると思う。

 それなのに、何故ヒルドがわざわざ日本に来てまで俺たちにそれを依頼してきたのかが不思議で仕方なかった。


 だが、当のヒルドは……。


「そ、それはそうかもですけど! でも、今回の件にはどうしてもお二人の力が必要なんです!」


「その理由は?」


 膝上に座らせた琥珀ちゃんを脇にずらして俺が聞き返すと、ヒルドが伏し目がちに言う。


「今回の騒動は、もともと魔剣を討伐しに向かったアヴァロンの小隊が消息を断ったことが事の始まりでした。でも、その小隊を捜索するために向かったお父……いえ、それを調査するために現場へと向かった彼もまた行方不明になってしまい、アヴァロンの上層部が強力な魔剣の可能性があると判断して、お二人に力を貸してもらうよう私に指示を出してきたのです!」


 真剣な顔でそう話してくるヒルドだが、俺はその話に怪訝なものを感じた。

 例えどんな理由であろうと、アヴァロンの上層部から連絡があるとすれば、それをエクスが必ず知っているはずだ。

 なにせ、エクスの爺さんはアヴァロンの創設者であり組織のトップだからな。

 今までもなにかあれば、爺さんの方からエクスに連絡が入っていたのを俺は知っている。

 しかし、隣に座るエクスを見やると、初耳だと言うような表情をして戸惑っていた。

 それを鑑みるに、ヒルドが持ち込んできたその依頼には疑念しか残らない。

 それなら、どう対応するか……答えは既に決まっている。


「悪いけど、それは無理な話だな」

 

「え!? それはどうしてですか!」


 ヒルドは耳を疑うといった顔で身を乗り出すと、俺の顔をマジマジと見つめてくる。


「まず初めに、その行方不明になった小隊の人たちを探しに行ったこの男性も行方不明になったって話だが、それに対して、なんでわざわざキミひとりが日本に来て、直接俺たちにアヴァロンの上層部からの伝言を伝える必要があるんだ? キミはセイバー候補生なんだろ? 普通なら候補生でなく、正規の精霊もしくは、セイバーが来るもんじゃないのか?」


「そ、それは、私がアヴァロンの上層部から信頼をされている候補だからでして!」


「信頼ねぇ……。それなら、うちのエクスはアヴァロンの創設者の孫であり、彼女の爺さんは組織のトップだ。もし仮に、俺たちに出動要請をかけるような事態であれば、エクスの爺さんから直接ここに連絡がくる。でも、今回はそういった連絡は皆無だ。それはどうしてだ?」


「そ、それは……」


 咎めるような目を向ける俺に、ヒルドが動揺した様子で視線を泳がせた。

 やはりこの依頼にはなにか裏がある。 

 俺はそれを感じてならなかった。


「……ま、理由はどうであれ、とにかく面倒臭そうだし、俺たちには関係のない話だな。悪いけど、向こうに在席している他の人間にでもお願いしてくれ。というわけで、サッサとお引き取り願おうか?」


「ツルギくん。その言い方は……」

 

「彼は……いいえ。その行方不明者を探しに向かったこの男性は私の父です」


「え?」


 膝の上に置いた両手を強く握り込むと、ヒルドはチャコールグレーの瞳に涙を溜めて話し始めた。


「お父さんが行方不明になったのに、アヴァロンの上層部の方々は捜索を一旦打ち切ると私に言ってきました……。お父さんは、アヴァロンの中でもかなり腕の立つセイバーなんです。そのお父さんが負けるような相手となれば、それは強力な力を持つ魔剣の可能性があるとしか思えません! それなのに、上層部の人たちはお父さんが逃げた可能性もあると口にして全く取り合ってもらえなかったんです……。そこで私は、お二人の事を秘密裏に調べて協力を求めるために日本へと来たんです。どうか、私のお父さんを探す手伝いをしていただけないでしょう!?」


 ヒルドは涙を零してローテーブルから身を乗り出すと、俺の顔を真っ直ぐ見つめてくる。

 彼女がここに来たのは、アヴァロンの上層部から要請を受けたのではなく、父親の捜索願いをあっさり断られてしまったからだった。

 そして、俺たちの噂を耳にしてわざわざ日本へ来たということだった。


「お父さんの精霊だったお母さんを亡くした今の私にとって、お父さんはかけがえのない大切な家族なんです。ですからどうか……お願いします」


 ローテーブルの上にポロポロと涙を零すヒルドの姿に俺は後頭部を掻くと、エクスに視線を向ける。

 すると、エクスが俺の顔を見て頷いた。

 これはもう、答えが決まっているようなものだ。


「かぁ〜っ……もぅ、わあったよ!」

 

「グスッ……えっ?」


「お前の親父さんを探す協力をしてやるから、もう泣くな」


 肩を竦めて俺が承諾すると、ヒルドは何度か瞬きをしてからその顔をクシャクシャにして泣き始め、いきなり俺に飛びついてきた。


「ありがとうございます草薙さん!」


「のわあっ! わかったから、抱きつくな。てか、お前ノーブラかよ!?」


 胸元に当たる慎ましくも柔らかなその感触に俺が顔を熱くしていると、両隣に座るうちの女子二人が涼しい顔で微笑みながらその手をグーにしていた。


「ツルギくん?」


「つーくん?」


「ちょっと待て。これは完全に不可抗力だろうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 こうして数日後、俺とエクスはヒルドの父親を探すためにアヴァロン本部へと向かうこととなった。


 


 


 


 

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