第84話 近況報告

 ダーインスレイブ討伐作戦から数日後。

 レイピアはダーインの研究室に足を運んでいた。


 ヘグニからの証言により、ダーインが彼に渡した精霊が魔剣ではなく、ティルヴィングの手により魔剣化したという事実を知らされた異端審問会は、手のひらを返したようにあっさりダーインを釈放した。


 それに対してレイピアは、ダーインが激怒するのではないかと不安に思っていたのだがそんなこともなく、ダーインは飄々とした様子で大人しく研究所に戻った。


 しかしそれからというもの、ダーインは自分の研究室に籠るや否や、魔剣化したカーテナの聖剣について昼夜を問わず研究に没頭していた。

 そんな恩師の背中を見つめながらレイピアは、丸テーブルの脇に置かれた椅子に腰掛け、現在の近況をダーインに報告していた。


「エクスさんの折れてしまった聖剣は修復が完了しました。でも、それを使う肝心のツルギさんの行方がわからなくなってから、彼のパートナーである彼女は部屋から一歩も出ず引き籠ってしまい、カナデさんもまた同じようにヒルドちゃんの部屋で膝を抱えて酷く落ち込んでいるようなんです……。二人にとって、彼の存在はそれだけ大きくエクスさんに至っては、心の支えにもなっていたでしょうからとても辛い心境だと私は思うんですよね……」


 伏し目がちにレイピアはそう言うと、所在なさげな指先を組んでは離しを繰り返している。

 それを背中越しに聞いていたダーインは、ナース姿をしたラブドール型の精霊であるセレジアを助手に置き、魔剣化した聖剣のデータを表示したタブレットPCに視線を落としていた。


「ふむ。小僧はおそらく、ブレイブ……いや、今は『ダーインスレイブ』じゃったか? 本当に嫌なネーミングじゃわい。とにかく、小僧はヘグニに寄生していたその魔剣に寄生されたと考えるべきじゃな」


 当時のランスの報告書によれば、エクスを含む彼らが現場に辿り着いた時、多くの倒壊した樹木と魔剣に寄生されたであろう熊の死体が確認されており、その付近で折れた聖剣と、夥しい血溜まりの中にツルギの左腕を発見したという。


 それを最初に目撃したのが彼のパートナーであるエクスであり、彼女はそれを見た直後から絶望した表情で泣き叫び、血溜まりの中にあったツルギの左腕を胸に抱いてそこから離れようとしなかったという話だった。


 その後、ランスと他の隊員たちが上層部から許可を得て再度ツルギを捜索するため森を訪れてみたところ、森の奥で発見した熊の巣穴らしき場所から行方不明になっていた小隊メンバーが、変わり果てた姿が発見されたという報告があった。


「そのあと、上層部からの撤退命令がランスさんたちに下されたらしいんですけど、それを無視して彼らはツルギさんの捜索を続けたらしいんです。でも、上層部は彼らの行為を命令違反として判断したらしくて、ランスさんたちは無期限の謹慎処分を受けることになったとのことです……。ヘグニさんを助けるために協力したツルギさんが行方不明になって、その彼を見つけるために必死に捜索活躍を続けていたランスさんたちにそんな処罰を受けさせるなんてあまりにも酷すぎると思いませんか博士!?」


 プンスカ怒りながらレイピアは声を荒げると、丸テーブルの上に置かれたバスケットからクッキーを次々と手に取り、ムスッとした表情でパクパクと頬張っていた。

 そんな姿を尻目に、ダーインとセレジアは深くため息をこぼすと……。


「そんなもんいちいち気にしとったら先には進めんわい」


『博士の言うとおりだよ〜』


 と、呆れたように首を横に振った。

 そんな恩師の冷たい反応が勘に触ったのか、レイピアが感情を露わにして立ち上がった。


「博士! その言い方はどうかと思います! 博士だって、ツルギさんのことを気に入ったと仰っていたじゃないですか?」


「アホをぬかせ。確かに見どころのある小僧じゃと思ったが、行方不明になったのならどうすることもできんじゃろうが。それに……」


「それに?」


「……今はそれよりも、小僧の安否がわからず塞ぎ込んでしまったエクスちゃんとそのお嬢ちゃんのメンタルケアの方が大事じゃろうが。同じ女として、お前には彼女たちの気持ちがわからんのか?」


「あ……」


 鼻先にかけていた老眼鏡を外して、ダーインがちろりとレイピアを見る。

 その言葉にハッとした表情を浮かべると、レイピアは自分の思慮が浅かったことに気付いて申し訳なさそうに顔を伏せた。


「小僧の行方が掴めんのならそれを追求したところで答えは出んじゃろ。それなら、二人を励ましてやるようなことをしてやった方が余程いいじゃろうて。それなのに、上層部がどうだのとあーだこーだ騒いどるお前はなにがしたいんじゃ?」


「ご、ごもっともですね……はい」


 萎縮するレイピアを見てダーインは鼻を鳴らすと老眼鏡をかけ直し、再びタブレットPCに視線を落としたが、ふとなにかを思い出したように顔を上げた。


「それにしてもワシが解せんのは、小僧の行方がわからなくなったとはいえ、エクスちゃんのホーリーグレイルは今も一つだけなんじゃろ? ということは、小僧がどこかで生きているという証拠になるじゃろうて。それをわかっていて、なぜそこまで落ち込んでいるのかワシには理解できんのじゃがな……」


 精霊とセイバーが互いに持つホーリーグレイルは、契約したセイバーが命を落とした場合、契約者側のホーリーグレイルは精霊の手元に戻るようになっている。

 また、精霊から契約を解除する場合は、自分の手の甲にホーリーグレイルを出現させ、それに触れてから解除キーを入力することでセイバー契約の解除ができ、精霊のもとにホーリーグレイルが戻せる仕組みとなっていた。

 それを鑑みれば、エクスの元にツルギのホーリーグレイルが戻ってきていない今の現状は彼がどこかで生きているという証明に繋がる。

 それにもかかわらず、彼が死んだと思い込んでいるエクスにダーインは首を捻るしかなかった。


「そういえば、エクスちゃんが日本に向かう前、あの子の聖剣のレクチャーを担当しておったのはレイピア、お前じゃったろう? ちゃんとその事について説明しよったのか?」


 事も無げにダーインがそう訊くと、レイピアが額からダラダラと汗が流し始めた。

 その様子に「まさかコイツ……」と思いつつ、ダーインは目を細めると、視線を泳がせているレイピアを見た。


「お前まさか……エクスちゃんにそれを伝えとらんかったのか?」


「あ、いや……それはですね~」


 エクスが精霊として出立する前、聖剣についてのレクチャーをするように任されていたレイピアだったが、その講習日を勘違いしており、エクスにそれを伝えることができず彼女は日本へと出発してしまったのだ。


 その事実を今の今まで忘れていて、ようやく思い出したレイピアは、しどろもどろになりながら言い訳を探していた。


「なんと言いますでしょうか……私が気付いたときにはもう遅かったというか、手遅れだったというか~」


「まったく、呆れた奴じゃわい……」


 自身の人差し指をツンツンと合わせて、バツの悪い顔を浮かべるポンコツな愛弟子を見てダーインはがっくり肩を落とすと、深い溜息を吐いた。


「やはりそうじゃったか。あの子はちゃんとしたレクチャーを受けずに放たれてしまったからその辺りの事情を知らなくて意気消沈しているのじゃろう。なら、それを教えてやればすぐにでも元気になるじゃろうて。早くあの子たちの沈んだ心を救ってやらんかいこのたわけ」


「そ、そうですよね? 流石は博士です、感心しました!」


「なにが感心したじゃこのクソたわけ! 同じ聖剣技師であるお前がそれを蔑ろにしとったからエクスちゃんとそのお友達ちゃんがこんなことになっとるんじゃろうが!? さっさとそれを伝えてあの子たちを元気づけてやらんかこのおっぱい眼鏡め!」


 ダーインに怒鳴り散らされ、レイピアは「は、はい~!」と答えて慌てて席を立つと、ラブドール型の精霊であるセレジアが用意したコーヒーをひっくり返して研究室を飛び出して行った。

 その残念な後ろ姿をセレジアが不安そうな顔で見つめる。


『ねぇ、博士ぇ~? あの子、バカなの~?』


「否定できんわい」


 レイピアが研究室を去ってから翌日、いつも通りとはいえないが、幾らか安心しきった顔で微笑んだエクスとカナデの二人が、ようやく部屋の中から出てきたという報告を聞いてダーインは口元を笑ませていたという。

 




  

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