第83話 捜索隊
ダーインスレイブの一件から一夜開けたその日、ランスはヘジンに草薙ツルギの捜索活動許可を申請した。
その結果、期日ありという条件付きで捜索活動を許されたランスは自らが率いる小隊メンバーの数名を連れて例の森へと再び訪れていた。
(ナギくん、どうか無事でいてくれ……)
再度訪れた森の中は、昨日の戦いが嘘だったように思えるほど森閑としていた。
自分の部下である数人のメンバーを引き連れたランスは森の奥まで到着すると、隊員たちに指示を出し、森の中での捜索活動を開始する。
そんな最中、ランスのもとに近づく人影があった。
「隊長、昨日はありがとうございました」
森の周囲にランスが視線を配っていると、隊員のひとりであるオジェが、控えめな声でそう言ってきた。
「オジェ。もう大丈夫なのかい?」
「えぇ、なんとか。それより……」
「それより?」
「その……ブレイドのパートナーの英雄くんが魔剣にやられったっていうのは本当なんすか?」
バツの悪そうな顔をして、尋ねてきたオジェにランスは首を横に振りながらその表情を曇らせた。
「それはまだ確定していないけれど、彼とダーインスレイブの姿がどこにもないというのは事実だね」
「なんつーか、俺はカーテナを助けてもらった身だから、アイツらに感謝してますし、できることなら力になってやりたいんすけど……」
オジェのパートナーであるカーテナは、魔剣に重傷を負わされたが、エクスとアロンの適切な応急処置により奇跡的に一命を取り留めていた。
自分のパートナーが無事だったことにオジェは安堵したのだが、その恩人であるエクスのパートナーが行方不明と聞かされ、居た堪れない気持ちと罪悪感に見舞われ、まだ完治していないというのに今回の捜索活動に名乗りを上げてきたようだ。
「あの時、アイツらのおかげでカーテナは死なずに済んでヘグニさんも無事に戻ってきたっすよね? だから今度はその、俺もアイツらに借りを返すっつーか……」
口先を尖らせてブツブツと呟くオジェの姿に、ランスは苦笑すると指先で頬を掻く。
彼のパートナーであるカーテナはエクスに助けられ、恩師であるヘグニはツルギがダーインスレイブを引き連れてくれたことでランスが応急処置に当たることができ大事には至らなかった。
そういったこともあり、オジェの中で恩人である二人に悪態をついてしまった自分への罪滅ぼしをしたかったのだろう。
それを感じ取ったランスは、うんと頷きオジェの肩に手を置く。
「キミの誠意はきっと伝わるよ。だから、僕と一緒にナギくんを見つけだそう」
「うっす!」
真剣な眼差しを向けてくるランスにオジェが力強く頷き返したちょうどその時、離れた位置で捜索活動をしていた隊員から声が上がった。
「ら、ランス隊長! ちょっといいでしょうか?」
どこか強張った隊員の声にランスとオジェは振り向くと、その現場へと足を走らせた。
「これは……」
隊員のひとりが見つけたのは、大きな穴蔵だった。
穴蔵の中は暗闇に包まれているが、目を凝らしてよく見ると、その奥になにかゴロッとした物が幾つも転がっていた。
おまけに、森の中を通り過ぎる風がその穴蔵の中を撫でるように吹くと、鼻をつくような酷い腐臭が漂ってきた。
「おえぇっ……なんだよこの臭い」
「オジェ、ライトをくれないか?」
いつになく険しい顔のランスにオジェは胸元に取り付けていたライトを手渡す。
そして、ライトを点けてランスが穴蔵の中を照らし出すと、そこには想像を絶する光景が広がっていた。
「……まさかね。消息不明だった小隊の隊員たちが、こんな形で発見されるなんて」
穴蔵の中に転がっていたのは、身体をバラバラに斬り裂かれた行方不明の隊員たちだった。
その遺体は損傷が激しく、かなり腐敗が進行しており、無数の蝿がライトの光に照らされ飛び回っていた。
ランスは口元に防護マスクを装着すると、穴蔵の中に足を踏み入れ遺体の様子を確認する。
すると、どの遺体にも鋭い歯型のような痕が刻まれており、野生動物に捕食されたような痕跡が覗えた。
(ナギくんの片腕が発見された現場で死んでいた熊にやられたのか? いや、彼らが野生の熊に遅れを取るワケがない……それなら)
バラバラとなった隊員たちの遺体は、あまりにも損傷が激しくて誰が誰かは判別できない。
辛うじて残された遺体の一部に引っかかっていた隊員識別用タグをランスは指先で拾い上げると、それをビニール袋に入れて持ち帰る事にした。
(おそらく、彼らはあの魔剣にやられたと考えるべきだろう。しかし、それならなぜクラウは無事であり、あの魔剣と行動を共にしていたんだ?)
「あの、ランス隊長? スヴァフル大佐から隊長宛に連絡が入ったそうなんすけど……」
腑に落ちない事があまりにも多過ぎて、思考の袋小路に入り込んでいたランスが顎先に手を当て思案顔を浮かべていると、オジェが気まずそうな顔でトランシーバーを差し出してきた。
それを受け取りランスは応答すると、トランシーバーの向こうから伝えられた内容に顔をしかめた。
その様子を他の隊員たちが固唾を呑んで見守っていると、通信を終えたランスが舌打ちをする。
「チッ。スヴァフル大佐から撤退命令が下されたらしい……。クソッ、捜索活動を早々に打ち切れだなんていくらなんでも酷すぎるじゃないか!」
珍しく悪態をつくランスの姿に隊員たちも戸惑った表情を浮かべる。
ランスの脳内では今、親友であるエクスが、彼の片腕を発見した時の姿が鮮明に蘇っていた。
その絶望しきった表情を思い出すだけで胸の奥が鷲掴まれたように苦しくなる。
彼女にとって、彼は必要不可欠な存在であり、彼女の全てであるとその場にいた誰もがわかるほどエクスは悲しみに打ちひしがれていた。
そんな彼女に彼の捜索が早々に打ち切られたなどと、口が裂けても言えるわけがなかった。
「隊長、どうするんすか?」
「勿論、このまま捜索活動を続ける。全ての責任は僕が取ろう……だから、僕のワガママに付き合ってくれないか?」
真剣なランスの頼みを断る者など誰ひとりとしていなかった。
ランスは上官の命令に逆らい処罰を受ける覚悟をして、隊員たちと共に捜索活動を再開した。
しかし、その努力も虚しく、ツルギを見つけることは叶わなかった……。
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