第60話 だって、心配だったし……

 高級車に揺られること一時間。

 柔らかくて座り心地の良い皮シートに深く身体を預けながら、俺はスモークの貼られた車内の窓から流れる景色眺めていた。


「そういえばさ、あの時ランスがアロンと一緒に施設の窓を割っちゃってさ!」


「ハハハッ! あの時は本当に焦ったよ。まさか、アロンがあんな事をするなんて思ってもいなかったからね?」


「えー! アレはランスとエクスがいけないからでしょー?」


「皆さん昔からとっても仲が良かったんですね! 羨ましいなぁ〜。私もそういう幼馴染の友達とか欲しかったですよ〜」


「ハハハッ! それなら、ヒルドも今日から僕たちと友達になろうじゃないか!」


「えっ!? そんな、私なんかが畏れ多いですよ〜?」


「気にしなくていいよー。同じアヴァロンの仲間じゃーん? 仲良くしようよー!」


「ホント、アロンもランスも相変わらずだよね。なんだか懐かしくて私も嬉しいよ」


 ……うん。四人ともすんごく楽しそう。

 あれれ? そういえば、アヴァロンの仲間って言っていたけれど、俺は? ねぇ、俺は違うのん?


 無言で窓の外を見つめる俺のすぐ隣では、運転席と助手席に座る美男美女の幼馴染と楽しげに会話を繰り広げるエクスとヒルドがいる。

 これはアレだな。

 修学旅行とかで、どこの班にも入れずにいたボッチくんを哀れに思ったお人好しグループが、引き入れたのはいいけれど、結果的にその会話の中に入れず、結局ソイツがボッチのままでバスの外を眺めているというような感じのアレだな。

 こうなった場合、ボッチは徹底して空気になるのが一番の対策だ。

 俺は影だ……影はその光が強くなるほど濃くなり、光の白さを際立たせる。

 つまるところ、今の俺は幻のシックスマン。

 ミスディレクションでも使って、エクスのおっぱいを触りまくってやりたい……なんて邪な事を考えていると、ランスくんが言う。


「そろそろ空港に到着するね。ナギくん、降りる準備はできているかい?」


「あ、はい。俺の存在に気付いてくれていたんですねどうもありがとうございますランスくん……」


「いやいや。そんなお気遣いは無用さ!」


 ……やだなにこの人、笑顔が眩しいんですけど!


 ランスくんが、バックミラー越しにキラキラとした笑顔で俺にそう言ってくると、余計に惨めな気がしてくる。

 俺にとって彼の光は眩し過ぎる。

 空港でサングラスでも買おうかな……。


 そんなこんなで、俺たちは空港に到着すると、高級車のトランクから荷物を降ろしてフライトまでの時間を空港内で待つことになった。

 

 ○●○


 空港のターミナルでラウンジ席に腰掛けながら、俺は妙に重たいキャリーバッグを脇に置くと、スマホのソシャゲに専念していた。


 え? なんでそんなことしているのかって? そんなの、俺がボッチだからに決まっているからじゃねえか、聞くなよそんなこと!?


 俺から少し離れた位置で相変わらず会話に華を咲かせる美男美少女の四人組。

 彼ら彼女らの姿はやはり映えるというか、ターミナルの中を行き交う人々の目にも輝いて見えるようであり、その脇で影を濃くする俺は酷く残念に見えていることだろう。

 というか、誰も見てくれないか。

 いいんだよ、俺は影なのだから……。


 そうやって、ステルス能力を高めながら無心でスマホゲームに打ち込んでいると、バッテリーがいつの間にか赤く点滅していた。


「あ、バッテリーが切れそうだ。充電器を取ろう……って、ぎぃやあああああああっ!?」


 おもむろに充電器を取り出そうと、キャリーバッグのファスナーを開けてみたら、そこからどさりと音を立てて人の形をしたなにかが転がり出てきた。

 それを戦々恐々としながらよくよく観察して、俺は目を見開いた。


「……え? なんで!?」


 キャリーバッグの中から現れた人物……それは、顔を真っ赤にして目を回している私服姿のカナデだった。


「ツルギくん、どうしたの!?」


「草薙さん、何事ですか!?」


 俺の悲鳴を聞きつけてエクスとヒルドが駆け寄ってくる。

 そして、足元で倒れていたカナデを見た瞬間、二人は絶句していた。


「な、なんでカナデさんがここに!?」


「草薙さんが誘拐してきたんですか!?」


「バカか!? そんなことするわけねえだろ! つーか、バッグを開けたらカナデが出てきたんだよ」


 長時間、狭い空間に閉じこもっていて酸欠状態に陥ったのか、カナデは気を失っている。

 俺はエクスに頼んで冷たい飲み物を買ってこさせると、客席の上にカナデを寝かせて膝枕をし、冷たいペットボトルを額に乗せた。

 すると、数分位したところで、カナデが意識を取り戻した。


「……うぅん。はえっ? ここはドコ――って、ひぎゃあっ!?」


「なにしとんだお前は?」

 

 と、カナデの頭に速攻チョップした。


「あれ? つーくん、なんで!?」


「それはこっちの台詞だ!? お前こそ、人のキャリーバッグに入ってなに考えてんだこのバカたれが!」


 追加制裁として、俺はカナデの額にデコピンを入れると、腕組みして鼻を鳴らす。

 そんな呆れ返る俺をカナデは涙目で見つめて、ぽそりと言う。


「……だって、心配だったし」


「あ? なにがだよ?」


「だって、つーくんがちゃんと帰ってくるのか心配だったから、ついてきたっていうか……」


 拗ねた子供のようにカナデが口先を尖らせる。

 俺を心配してくれたのは理解できたが、だからといって、キャリーバッグに潜入してついてくるのは間違いだ。


「あのなぁ。俺の心配するのは百歩譲っていいとして、お前まで危険な場所に来たらダメだろうが?」

 

「……ダメじゃないし」


「とにかく、ここならまだ引き返せると思うから、カナデさんのご両親に連絡して迎えに……」


「うちのパパとママは連休使って海外旅行に出掛けちゃってるから無理だし」


「おいおい。どうするんだよそれじゃあ? 村雨先生にでもお願いして――」


「アタシもついて行くし!」

 

 カナデは声を張り上げると、俺の片腕に抱きついてきた。

 なんていうか、いつからコイツはこんな子供みたいに駄々をこねるようになったんだ?

 琥珀ちゃんの方がよほど大人に見えてくる。


「おい、カナデ」


「……っ」


 頑として帰ろうとしないカナデに、俺とエクスが困り果てていると、ランスくんとアロンちゃんの二人が戻ってきた。


「エクス、それに草薙さん。そろそろ飛行機が……って、おや?」


「エクスー。その子はどったのー?」


 二人は俺の片腕にしがみつくカナデを見るや否や、首を捻った。


「そちらのお嬢さんは一体いつから?」


「俺のキャリーバッグの中に隠れていたんですよね。そんで、帰れって説得してるんすけど、こんな感じで……」


「ふむ。それは困りましたね」


「それならさー、面倒くさいし、その子も連れて行っちゃえばー?」


『え?』


 キュピーンと横ピースを決めてそう言ったアロンちゃんに俺とエクスとヒルドが三人で声を揃えると、ランスくんが「なるほど」と言ってポンと手を打った。


「草薙さんから離れないのであれば、無理に引き剥がすより、このままアヴァロンに連れてゆくのもありだね! ほら、アヴァロンの中なら安全だしさ? ということで、早速掛け合ってみよう。勿論、エクスがね?」


「それ、私の役目なの!?」


「それはそうでしょー! だって、エクスのお願いならスルッと通るじゃーん?」


 ニコニコとしがら丸投げしてきたランスくんとアロンちゃんに、エクスが苦悶の表情でこめかみを押さえている。


 まあ二人が言う通り、エクスがお願いすればそれも叶うとは思うけれど、そのあとはどうするのかという話になるが、ここまで来たらもうあとの祭りというやつだ。


「エクス、頼めるか?」


「ツルギくんがそう言うなら頼んではみるけれど……」


「ねぇ、つーくん。アタシもさせてもらえんの?」


「連行されてどうする。それを言うならだろうが。まったく、今回だけにしてくれよな?」


「やったー! ありがとう、つーくんとエクスちゃん!」


「もぅ、仕方ないなぁ〜……」


 満面の笑みを浮かべて俺の片腕に頬を寄せるカナデの姿を見て、エクスが肩を落としてため息を吐く。


 こうして、かなりゴリ押しなエクスのお願いはアッサリと通る事となり、カナデは民間人で初めてアヴァロン本部の中に入ることを許可された。

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