第68話 ヘジン司令官
研究室の入り口横にあるモニター画面を見つめて黙り込んだレイピアさんに俺たちは近づくと、同じようにモニター画面を覗き込んだ。
すると、ドアの前に軍服のような姿の男性が数人ほど立っており、その中心に立つ胸元に幾つもの勲章を付けた厳しい顔付きの男性が画面にドアップで映し出されていた。
それを見たヒルドが、顔に緊張を貼り付けると、どこか慌てた様子で言う。
「ちょ、レイピアさん! なんでこの人がここにいるんですか!?」
「それは私にもわかりませんけど、あまり良い雰囲気ではなさそうですよね……」
険しい表情をするレイピアさんの顔を見て、俺は画面に映された銀髪をオールバックにした壮年の男性に視線を戻すと、その人物のことについて訊いてみた。
「あの、レイピアさん。誰すかこのおっさん?」
「この方は、ヘジン司令官です」
「そうしれいかん? ねぇ、ヒルドちゃん。それってなに? すごいの?」
「十束さん。このオジサンはアヴァロンの中ですんごく偉い人なんですよ!」
「それもざっくりな説明だなおい。しかも、オジサンって……」
「この男性は、アヴァロンにおける魔剣殲滅作戦において、全てを指揮する方です」
レイピアさんの説明に俺は一気に表情を引き締めた。
全ての作戦を総指揮するアヴァロンの最上級者と聞かされれば、流石の俺も萎縮する。
しかし、そんなお偉いさんがどうしてレイピアさんの研究室にわざわざ現れたのだろうか?
「なんでそんなお偉いさんが、部下みてえな連中を引き連れてここに来たんだろうな?」
「きっと、つーくんがスケベだからっしょ?」
「一理あるかもです」
「ねえよ!? 俺のスケベでアヴァロンの上層部が動くとか逆にすげぇだろそれ!」
「皆さん、準備はいいですか? ドアを開けちゃいますよ?」
レイピアさんの言葉に俺たちはゴクリと喉を鳴らして頷くと、研究室のドアが空気を吐き出すような音を立てて開かれた。
「失礼する」
ゴツゴツとした黒いブーツのカカトを鳴らして軍服のような姿の人たちが次々と入室してくる。
そのただならぬ雰囲気に気後れすることなくレイピアさんは柔らかく微笑むと、社交辞令のような挨拶をした。
「これはヘジン司令官。ご苦労さまです。今日はいかなる御用でしょうか?」
「ここに草薙ツルギ少年は居ますかね?」
ぎろりとした目付きでヘジン司令官は周囲に視線を配ると、俺の姿を見つけて威圧的な態度で目の前に立った。
「キミがあのグラムを討伐した草薙ツルギ少年かね?」
「は、はい。そうですけど」
「そうですか。なら、すぐにブリーフィングルームに行きなさい」
「えっと、なぜですか?」
「なぜ、とは?」
ヘジン司令官は瞳を細めると、不快感を隠そうともせず俺を睨んでくる。
正直、そうやって喧嘩腰で睨まれるとコッチとしても「やんのかコラ?」と、突っかかりたくなるのだが、あえて自重しておいた。
ほら、俺ってば平和主義者だからさ?
「おい、貴様! 司令官に対する失礼な態度を改めろ!」
俺の態度が気に食わなかったのか、ヘジン司令官の脇に立っていた部下の男性が怒鳴りつけてきた。
すると、ヘジン司令官が片手を挙げてそれを制止する。
「いいのですよ。彼はまだ未成年、そういった社会的常識が身に付いていない。それにいちいち腹を立てては大人げないですよ」
そう宥められ、部下らしき男性が一歩引くと、ヘジン司令官が話を続ける。
「こちらも急に訪ねて詳しい情報を啓示していませんでしたからね。それでは、改めて説明しましょう……。つい先程、ある人物の行方が判明しましてね。それの対処をキミに当たって欲しいのですよ」
「ある人物、ですか? それって、誰なんすか?」
俺がそう訊くと、ヘジン司令官はヒルドを一瞥した。
「その人物は、そこに居る彼女の父親であり、アヴァロンのセイバーである『ヘグニ』のことです」
「えっ!?」
ヘジン司令官の言葉にヒルドが目を見張る。
その姿を尻目に彼はため息を吐くと俺を見た。
「不幸中の幸いとでも言いましょうか。彼は存命でした。ただ……」
と、ヘジン司令官は含むような言い方をすると一度だけ目を瞑り、少しの間を開けてから言う。
「キミには、その彼の討伐に当たって欲しいんですよ。勿論、他に優秀なセイバーと精霊を引き連れてね?」
「……えっ?」
耳を疑うようなその言葉に俺たちは騒然とした。
ヒルドの父親であるヘグニさんは無事だった。それなのに、なぜ彼を討伐してくれなどと俺に伝えてきたのか理解できなかった。
それがなにかの聞き間違いなんじゃないのかと思い、俺は改めて聞き返す。
「ちょ、スミマセン! 今、なんて……?」
「おや? 私の言葉が聞き取れなかったのですかね? 私はキミに彼の討伐をして欲しいと伝えたのですよ」
さも平然とそう語るヘジン司令官に俺が戸惑っていると、ヒルドが無言で袖口を掴んできた。
それを確認して、彼は落胆したようにため息を吐くと、重い口調で言う。
「彼の娘である彼女にとっては実に酷な話ですが、アヴァロンのセイバーであるヘグニは……」
「ヘグニさんは?」
「……魔剣に寄生され、その自我を失い魔剣のセイバーと化して暴れているんですよ」
「えっ?」
その時、俺の袖口を掴んでいたヒルドの口から呆けた返事が漏れた。
そして、俺がゆっくり振り向くと、ヒルドが絶望したような表情で力なくその場に膝から崩れて呆然としていた。
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