第69話 最悪の状況
ヘジン司令官の部下に引き連れられ、俺が『ブリーフィングルーム』と記されたドアの前に立つと自動ドアがすぐに開かれ、そこにエクスが立っていた。
「ツルギくん!」
「エクス、一体どういうことなんだ?」
俺がエクスに駆け寄ると、ブリーフィングルームの中には既に複数の人影があった。
横長のデスクが縦に並んだ室内の一番奥には、巨大なスクリーンが存在しており、その前にはニッコリと微笑んだランスくんが立っていた。
「やあ、ナギくん。待っていたよ」
「ヤッホー! ナギっちー! こっちこっちー」
巨大スクリーンのすぐ近くにあるデスクからアロンちゃんが俺を手招きしてくる。
その周囲には、二十代前半くらいの男女たちが静かに腰を下ろしており、俺のことを見るなり、怪訝そうな目を向けてきた。
「皆に紹介しよう。彼があのグラムを討伐した草薙ツルギくんだ」
ランスくんが俺の紹介を終えると、ブリーフィングルームの中が少しだけどよめく。
しかし、こちらを振り向いている彼ら彼女らの視線は俺に対して好感触ではく、どちらかといえば刺々しいものだった。
その視線を一身に受けて俺が苦笑していると、エクスが腕を絡ませてくる。
「ツルギくん。とりあえず、席に着こ?」
「あぁ。そうだな」
エクスに腕を引かれ、俺がアロンちゃんの隣に腰を下ろすと、ランスくんがうんと、頷いて微笑んだ。
「それじゃあ、始めようか」
「えっと、ランスくん? これってどういう……」
「ランスはね、今回の魔剣討伐チームの隊長なんだよー?」
「た、隊長!?」
「そうそう。そんでナギくんとエクスはー、ランスの率いる小隊のメンバーに選ばれたんだよねー」
戸惑う俺をよそにアロンちゃんが相変わらずの軽い口調でニッコリと微笑んで説明をくれる。
そのやり取りを俺たちの後ろで見ていた一組のペアが鼻を鳴らした。
「隊長。本当にこんな奴がグラムを倒したんですか? まだガキじゃないですか?」
「実はまぐれだったとかじゃない?」
「カシム、それにカトラス。彼に対して失礼だよ。僕たちはこれから同じ任務を担う仲間だ。そういう相手を触発させるような発言はやめてもらえないか?」
鋭い目つきでランスくんがそう咎めると、男の方が「イエス、サー」と、気怠そうに答えて椅子の背もたれに身体を預けた。
マジで感じ悪いなコイツ。
まぁ、女の子の方はおっぱい大きくてスタイル良いから許すけど……。
「さて、急な招集でナギくんにはまだ詳しい情報が啓示されていないだろうから僕が説明するよ」
ランスくんはブリーフィングルームの壁に埋め込まれた巨大スクリーンに触れると、そこに航空写真のような映像を表示させる。
そして、その中心にある森のような場所を指で差すと、画面を拡大させた。
「今回、僕たちが討伐するターゲットはこの森の中に身を潜めている。つい数時間前に偵察用のドローンが撮影した映像がこれだよ」
ランスくんが再びスクリーンを指差すと、その映像が一気に拡大化され、森の中に立つひとりの男性を映し出した。
「彼の名はヘグニ。皆も知っているとは思うが、彼はアヴァロンのセイバーだ」
「あの、ランスくん。そのことだけど!」
「ゴメンよナギくん。今は隊長の僕が話している最中だから、こちらが許可をしない限りは発言を謹んでくれ」
「え、あ、ごめん……」
自身の唇に一本指を当てるランスくんに俺が萎縮すると、先程のペアがクスクスと嘲笑を漏らす。
そのペアにエクスがムッとした顔で振り返ると、アロンちゃんが「まぁまぁー」と、宥めに入った。
「さて、話の続きをするよ。今回、我々のターゲットとなる魔剣はヘグニさんの片腕に寄生しており、その自我を完全に掌握している模様だ。そして、我々の目的はこの魔剣を討伐することだ」
その言葉を聞いて、俺は安堵の息を吐いた。
さっき、ヘジン総司令官から聞かされた話だと、ヒルドの父親であるヘグニさんを討伐しろと言われたから抗議してやろうかと思っていたのだが、ランスくんの話を聞いて安心できた。
「良かった。これで、ヘグニさんを助けられるな?」
「……うん。そうだね」
「ん? どうしたよエクス?」
どこか俯いた表情のエクスに俺が訝っていると、ランスくんが腕組みをして言う。
「ナギくん。確かに、僕たちの任務はあくまでヘグニさんに寄生した魔剣を討伐することだ。でもね――」
「?」
「その魔剣をヘグニさんから引き剥がすことができなければ……彼ごと討伐することになるんだ」
「ウソだろっ!?」
「ツルギくん、落ち着いて!」
椅子を倒して立ち上がろうとする俺の袖をエクスが掴んでくる。
それにハッとしてブリーフィングルーム内を見渡すと、他のペアたちが迷惑そうな顔で俺のことを睨んでいた。
「ナギくん、僕たちの任務はあくまで魔剣の討伐だ。勿論、僕もヘグニさんのことを助けたいとは思っているよ。でも、それが叶わない状況であると判断せざるを得ない場合は、否が応でもそうしなければならなくなるんだ」
「それ、本気で言ってんのかよ! ヘグニさんはヒルドの親父さんなんだぞ!」
「そんなことは、承知の上で話しているんだよナギくん」
真剣な顔でそう言い放つランスくんに、俺は眉根を寄せると、その顔を睨みつけた。
ヘグニさんはヒルドの親父さんだ。
そして、ヒルドは親父さんの無事を祈っている。
ならば、そのヘグニさんを必ず助け出し、ヒルドと会わせてやる事が俺の果たすべき約束だ。
しかし、どうにも俺とランスくんとの間では、温度差があるような気がしてならなかった。
「……ちょっと、いいか?」
「許可するよ」
「寄生型の魔剣なら俺も前にやり合ったことがある。奴らは寄生した相手から養分だけを吸い取り、それを糧に活動する魔剣だった。それなら、ソイツを倒してヘグニさんから切り離せばオーケーだろ?」
俺がそう言うと、ランスくんが嘆息して肩を竦めた。
「キミの言い分はよくわかる。でもね、あくまでそれは、相手がただの寄生型だった場合だよね?」
「どういうことだよ?」
ドスの利いた声で俺が聞き返すと、ランスくんが大型スクリーンに視線を戻し、そこに映されたヘグニさんの片腕を拡大させた。
「ナギくんが言う通り、普通の寄生型なら、それでなんとかなると思うよ。でも、今回の相手は同じ寄生型でもタイプが違うんだ」
「タイプが違う?」
「そう。今回、確認されたこの魔剣は寄生した相手と同化する能力を保有している。そして、奴は彼の体組織の実に四割近くを浸蝕しているらしいんだ」
「なっ!?」
ランスくんの口から告げられたその情報に、俺は二の句を継げなかった。
寄生した相手と同化するタイプの魔剣だと? しかも、それに寄生されたヘグニさんの体組織の四割が魔剣と同化しているということは……それって、切り離すことが不可能ということじゃねえか!?
「そんな……じゃあ、ヒルドの親父さんは?」
「この状態が奇跡的に一転でもしない限りは、彼を討伐対象として討たなければならないだろうね……」
そう語るランスくんの声音はとても冷たく平坦であり、僅かな希望すらも抱いていないように感じた。
俺の隣に座るアロンちゃんは沈痛な面持ちをしており、膝上に置いた両手をギュッと握って黙り込んでいる。
不意にエクスへ視線を移すと、やはりアロンちゃんと同じでエクスもまた、悔しげに下唇を噛んでいた。
「あ、それとね」
と、思い出したようにランスくんは口を開くと、巨大スクリーンを片手でスライドさせ、そこに師匠の顔を映し出した。
「ヘグニさんに寄生したこの魔剣は、アヴァロンの聖剣技師であるダーイン博士が開発した物であると報告があったんだ。そして現在、アヴァロンの異端審問会執行部の隊員が博士の身柄を拘束に向かっていると思うよ」
「……はぁっ!?」
その言葉を聞いて暫くの間、俺は口を開けたまま呆然とした。
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