第70話 ダーインスレイブ

 

 ランスくんの口から聞かされた驚愕の内容に、俺はただただ困惑していた。


 ……師匠が魔剣を開発した? いやいや、ちょっと待て! なんで師匠が魔剣を造ったとかそんな事になっているんだ!?


「ダーイン博士の詳しい質疑応答は彼を拘束したあとに行われる予定らしい。そして、今回のターゲットである魔剣は、、ダーイン博士が造り出したという理由から『ダーインスレイブ』と命名さたそうだよ」


「待ってくれランスくん! 師匠が魔剣を造ったとか意味がわからねえし、そもそもなんでそんなことに!」


「おや? ナギくんはダーイン博士を知っているのかい?」


 少し驚いたような顔をするランスくんに俺は頷くと、師匠とのことを話した。


「あぁ。三人と別れたあとにエレベーターで偶然会ってな。それから意気投合して共通の趣味で師弟関係まで築かせてもらった仲だ」


 俺がそう告げると、その場にいた全員が信じられないといった顔をする。

 どうやら、師匠は彼ら彼女らの中で、それだけの変わり者として有名なのだろう。


「あの変わり者に気に入られるなんてね。正直、驚いたよ……。と、話しが逸れたね」


 ランスくんは場を取り繕うように咳払いをすると、画面に映し出された師匠の顔に視線を戻した。


「ダーイン博士と仲が良くなったキミにこんなことを伝えるのは心苦しいけれど、今回の件でヘグニさんに寄生したこの魔剣が、ダーイン博士が造ったものであると裏付ける情報をこちらは入手したんだ。要するに、ヘグニさんは博士に貶められたということだ」


「はぁっ!? ちょっと待ってくれ! 師匠が人を貶めるようなことをするわけがねえよ! きっと、なにかの間違い――」


「キミがそれを否定したくなる気持ちはわからなくもない。でもね、現実問題として現状で得た情報がアヴァロンでの全てを左右するんだ。そして、僕たちもその情報を基に調べてみたら、やはりこの魔剣はダーイン博士が造ったもので間違いないと結論が出たんだ。そして、これが――」


 と、異議を唱えようとする俺を黙らせるように、ランスくんは言葉を重ねてくると、巨大スクリーンを横にスライドさせ、その画面上に師匠が造ったと思われる精霊のデータを表示させた。

 それはガントレットのような形状をしていて、直接どちらかの手に装着するようなものだった。


「……なによりの証拠なんだ。この精霊の形状はつい最近開発された試作型だ。そして、それを装着したヘグニさんはそれに寄生されて魔剣のセイバーと成り果てたんだ」


 俺の顔を真っ直ぐ見つめてくるランスくんの瞳は、怒りが滲んでいるようであり、師匠の潔白を訴えようとする俺を認めないといった様子だった。


「ここからは、僕の個人的な話になるけれど、ヘグニさんは僕たち小隊に剣術を指南してくれた恩師なんだ。そんな尊敬する人が、実験台のように魔剣を寄生させられ、自我を失っている。それを知らされた僕たちは、ダーイン博士のことを許せない気持ちで一杯なんだよ……」


「……っ」


 ヘグニさんとの関係を語るランスくんの瞳には憂いが滲んでいる。

 彼にとって、ヒルドの父親であるヘグニさんは、心の底から尊敬できる人なのだろう。

 そういえば、俺たちを迎えに来たあの日も、悲しげな表情でヒルドに謝っていた姿を思い出す。

 それだけ、彼にとって大切な存在ということだ。


「ダーイン博士が、なぜそのように常軌を逸した行動を取ったのかわからないけれど、僕たちが尊敬するヘグニさんをその魔剣から開放し助けたいんだ。そのためなら、僕はなんだってするだろうね……例えば、ヘグニさんのためにダーイン博士を粛清しろと言われても」


「ランスくん、本気なのか?」


「勿論さ。それだけ僕たちは憤っているんだよナギくん」


 眉間に力を入れた顔付でランスくんが俺の顔をジッと見つめてくる。

 師匠がヘグニさんに魔剣を寄生させたという真意は俺にもわかりかねることだ。

 だが、ヒルドのためにヘグニさんを助けたいと思う俺の気持ちと、彼が尊敬する恩師のヘグニさんを助けたいと願う気持ちは同じだ。


「……ともかく、僕らがすべき事はヘグニさんを救うために例の寄生型魔剣を討伐することだ。そのために、数多の魔剣を討伐してきたキミとエクスの力を借りたい。勿論、キミなら?」


 その言葉は、俺が断ることをしないよう釘を刺しているように聞こえた。

 ヒルドのためと言われれば、俺は勿論断るつもりはない。

 なぜなら、俺がここに来たのはヒルドの願いを叶えるためなのだから。

 それにしてもコイツは、なかなかいい性格をしている奴だ……。

 エクスの知り合いでなければ、仲良くするつもりにもなれない。


 スッと差し出されたその手を俺が握ると、ランスくんがニッコリと微笑む。

 その片手を見て俺が眉を顰めていると、隣に座るエクスが心配そうな面持ちでシャツの袖口をそっと掴んできた。

 

 おそらく、エクスは俺がランスくんたちに協力しないかもしれないと不安を感じているのだろう。

 とはいえ、流石の俺でもそんなことで協力を惜しむようなことをするほど子供ではない。

 

 俺は差し出された彼の手を強く握り返すと、厳しい表情のまま頷いた。


「……あぁ、わかった。協力する」


「ありがとうナギくん。キミなら協力してくれると思ったよ!」


 俺たちのやり取りを隣で見ていたアロンちゃんとエクスが、安心したようにホッと胸を撫で下ろしているのがわかった。

 相当、この場に緊張感が張りつめていたのだろう。

 他の隊員たちも肩の力を抜いたように溜息を吐いていた。


「それじゃあ、現時刻から一時間後に指定された場所へ来てくれたまえ」


「その前にひとついいか、ランスくん?」


「ん? なんだい?」


「俺としては、師匠が魔剣を造ったっていうその話がにわかに信じられねぇ。だから、ヘグニさんを助けた後、俺は師匠の事も詳しく調べて助けるつもりだ」


 俺がそう告げると、ランスくんは一瞬だけ眉を顰めたが、すぐにその表情を戻し、「それは構わないよ」と、肩を竦めた。

 

「ともかく、僕たちは同じ目的を持つ同士だ。その目的を果たすため共に戦おう」

 

「あぁ。よろしく頼む……」


 その後、ブリーフィングルームを出て、俺とエクスは魔剣に寄生されたヘグニさんが居るとされたその場所に向かうための準備に取り掛かった。

 その間も、俺は頭の中で今回の騒動の裏になにかよからぬ動きがあるんじゃないかと、懸念せずにはいられなかった……。


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