第71話 カナデの憂鬱
ツルギがヘジンとその部下たちに連行されたあと、研究室に取り残されたカナデは、彼が去って行ったドアの方を見つめたまま、豊かな胸の前で自身の両手をギュッと握っていた。
「……つーくん」
今までに何度も感じてきた胸の苦しさ。
それは、奥底の方になにかが痞えたような感覚に似ている。
――結局、アタシはまたこうやって、つーくんの帰りを待つことしかできないの?
ツルギがヘジンたちに連れて行かれた瞬間、彼がまた命を懸けて魔剣と戦うことになるのだろうとカナデは予測していた。
しかしそれを、いつまでも待ち続けることしかできない自分がもどかしくて、カナデは今回のようにツルギのキャリーバッグに身を潜め、少しでも彼の傍に近付こうとした。
だが、結局のところ、彼のパートナーではないカナデはその場で置き去りとなり、一番遠いところで再び彼の帰りを待つことしかできなかった。要するに、なにもできることがないということだ。
「はぁ〜……アタシって、なにしてんだろ?」
「カナデさん?」
「はえっ?」
「大丈夫ですか? さっきからボーっとしていましたけど……」
研究室のドアを見つめて呆然としているカナデを怪訝に思い、レイピアが心配そうな面持ちで声をかけてくる。
そこで初めてカナデは、自分がツルギのことを考え過ぎて立ち尽くしていたということに気が付いた。
「え……あぁ! 大丈夫、大丈夫! 全然問題とかないし!」
「そうですか。それならいいのですが……」
レイピアにいらぬ心配をかけぬようカナデは作り笑いを浮かべて両手を小さく振ると、すぐ傍で意気消沈して椅子に腰掛けていたヒルドを見た。
彼女は、唯一の肉親であるヘグニが魔剣に寄生された事と、尚且つそのせいで討伐対象にされていると聞かされて、気が気ではなかった。
そんなヒルドにカナデは歩み寄ると、彼女の前にしゃがみ込み、その手を優しく握る。
「ヒルドちゃん。大丈夫だって」
「十束さん……」
「なんてったって、あのつーくんが助けに向かったんだよ? これはもう鉄板フラグ確定だし!」
「そう、なんですか?」
「そうだよ! つーくんはね、どんなにヤバイ相手だとか、どんなにヤバイ状況になっても必ずまるっと解決して戻ってくるんだよね。だから、ヒルドちゃんのお父さんも絶対に帰ってくるから安心しなよ!」
ニカッと微笑んで励ましてくるカナデに、ヒルドは少しだけ口の端を笑ませる。
それは、自分を気遣う彼女の優しさに触れたからなのだろう。
「そう、ですよね……。ツルギ先輩なら、お父さんを助けてくれますよね、きっと!」
自分を鼓舞するように立ち上がると、ヒルドはカナデの顔を見て微笑んだ。
ここで塞ぎ込んでいても、状況が変動することはない。
それならば、ツルギとエクスを信じて父の帰還を祈り、その時が訪れたら満面の笑顔で迎えようとヒルドは己に誓いを立てた。
「カナデさん、励ましてくれてありがとうございます! 私、なんか元気が出てきました!」
「そうそう。ヒルドちゃんには笑顔が一番だから、アタシと一緒につーくんたちの帰りを待とう! じゃ、それまで暇だから一緒にソシャゲでもやる?」
「いや、流石にそれはちょっと……」
元気を取り戻したヒルドの様子を近くで見ていたレイピアは、安堵したように微笑む。
やはり、歳の近いカナデならヒルドの気持ちを理解し、彼女を励ませるような特別ななにかを持っているのだろうと、レイピアは考えていた。
「フフッ。カナデさんはツルギさんの事を心から信頼しているんですね?」
「まーねー! なんていうかさ、つーくんはバカでスケベでどうしようもなくクズってるところがあるけど、必ず最後はみんなを助けてくれるんだよね。アタシの時もそうだっからさ?」
「えっ? 十束さんも魔剣に襲われたことがあるんですか!?」
ギョッとした顔でそう訊いてきたヒルドに、カナデが顎先に人差し指を当て、むむむっと首を傾げて思い出す。
「え〜っと、なんだっけあのデカい魔剣……あ、そうだ。グラムって奴!」
「カナデさんは、あのグラムに襲われたことがあるんですか!?」
思い出したようにカナデがその名を口にした途端、ヒルドを押し出して今度はレイピアが食いついてきた。
「あの恐ろしいグラムをツルギさんはどのようなアビリティで倒したのですか? その辺りを詳しく教えていただけませんか!?」
「おわっぷ!? んー! んー!」
「あ、あの、レイピアさん? ちょっと、ヒルドちゃんがアタシとレイピアさんの胸に挟まれて苦しそうに藻掻いてるけど……」
互いの額と額が接触しそうなほど詰め寄ってきたレイピアの胸とカナデの胸に圧迫されて、ヒルドが両手をバタつかせている。
それに気付いたレイピアは申し訳なさそうに委縮すると、ヒルドに何度も頭を下げた。
「ご、ごめんなさいヒルドちゃん!? 怪我とかしてないですか!」
「ははっ。身体的な怪我はしてませんよ。ただ、心の方は傷付きましたけどね……」
どこか自嘲気味な笑いをこぼすと、ヒルドが視線を逸らしてその表情に影を落とす。
――今のは、成長が遅い私への当て付けですかね?
自分とは違い、女性としてのシンボルが豊満なカナデとレイピアの胸をヒルドは恨めしげな目で見つめていた。
「とりま、話を戻すけどさ。あの時、アタシが大ピンチになったところへつーくんが颯爽と現れて助けてくれたんだよね~! あの時のつーくんはカッコ良かったなぁ〜」
両頬に手を当て、身体で科を描きながら過去の体験を語るカナデを見て、ヒルドが挙手する。
「あの、ひとつ聞いてもいいですか?」
「ん? なに〜?」
「十束さんは、ツルギ先輩のことが好きなんですよね?」
「はえっ? ……えええええええええっ!?」
突然、その顔をトマトのように赤らめて絶叫し始めたカナデに、レイピアとヒルドがぱちくりと瞬きをする。
まさか、あれだけ惚気話を話しておいて、肝心な部分を指摘されただけでカナデが狼狽するとは思っていなかった。
「そ、そそそれは、なんていうかそのさ!? す、好きとか好きとか、そんな事をこんなところで流石に言えないしぃっ!?」
「もう好きって言ってるじゃないですか……」
「青春の一ページというものでしょうね。くぅ〜、羨ましいですぅ〜」
カナデの話を聞いていたレイピアが、なぜか悔しそうに唇を噛んだ。
彼女にとって、青春時代は勉学と研究ばかりのものだった。
それ故に、そういった他人の青春エピソードがとても羨ましくて仕方ないのだ。
そんな彼女の姿を尻目にしていたヒルドは、「あぁ、レイピアさんはそういうのなかったんだなぁ……」と、心の中で思いつつも、口にはしなかった。
「それで、十束さんはツルギ先輩のことが好き――」
「ああのさぁヒルドちゃあん!? ていうか、そろそろお腹とか空いてきたし、お昼に行こうよっ!」
「めっちゃ強引に話を逸してきますね……」
真っ赤な顔で二人を外へと連れ出そうとするカナデに、ヒルドとレイピアの二人は苦笑いを浮かべると、アヴァロン内にあるレストランへ向かうことにした。
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