第203話 とある魔剣の想い③

 マザーからの命令で俺たちに新しい仲間が加わった。

 ソイツの名前は『シャムシール』


 見た目は十歳くらいのガキンチョだが本人曰く、相当腕が立つ魔剣らしい。

 だけど……。


「さぁ、それでは先輩方! 我らがマザーの為に今日も一日頑張りましょう!」


「イェーイ!」


「……」


 なんでもない祝日の早朝。

 俺っちは他所行きの格好に着替えると、無駄にキラキラした瞳で明後日の方角を指差して意気揚々としているシャムシールの小さな背中と、その横に並んで片手を天に向かって突き上げているティル姉の後ろ姿を見ていた。


「忘れ物がないかを最終確認。うん、ボクの方は完璧です! ティル先輩はどうですか?」


「う〜んと、コレもあるし、アレもあるから……うん。オッケーよん!」


 どっかの少年探偵みたいな格好をしたシャムシールが、背負っていた紺色のリュックの中身を検めながら隣のティル姉に問いかける。

 その質問に対してティル姉も荷物の中身をチェックし終えたのか、シャムシールに向けてサムズアップしていた。

 つーか、なんなのコレ? 遠足にでも行くつもりなの?

 ていうか、シャムシールのリュックの中身がおやつに水筒、それとハンドタオルとかって、もうこれ完全に遠足じゃん。

 あれ? 俺っちたちはマザーからの命令でこれから大事な任務を遂行するんだよな? 

 それなのに、なんでこんな休日に遠出する親子みたいなノリになってんの?


 沸々と湧き上がる疑問点に眉を顰めつつ、俺っちはティル姉に声を掛けた。

 なぜなら、本当にこれが正しいのかどうかを確認するためだ。


「あー……あのさぁ、ティル姉」


「お弁当よし! 敷き物よし! それとあとは……」


「……いや、あのさ」


「ティル先輩、チケットを忘れてますよ!」


「あらヤダそうだったわん! 気付いてくれてありがとうシャム。これがなかったら、わざわざ列に並んで買わなきゃいけなかったもんね! それよりエペ公、アタシになにか用?」


「あー……いや、なんでもないや」


 どうやら、ティル姉もシャムシールと同じらしい。

 あんまし余計な事は言いたくないけど、今回の任務ってのが、このガキによる勝手な行動で後々マザーにぶちのめされるような展開だけはマジで避けたい。

 でもまぁ、そん時はシャムシールをマザーの前で吊るせばいいか……。


 楽しげに支度を済ませるティル姉とシャムシールの姿を見て、俺っちはがっくりと肩を落とした。

 一体この二人はいつからそんなに仲良くなったのだろうか? つーか、ティル姉もなんかおかしいとか思わねえの? そもそも、俺っちたちの任務に弁当やら敷物やらが必要な事なんてあったか? 

 そんなことを思いながら後頭部をぽりぽりり掻いていると、いつの間にか車に乗り込んだティル姉が助手席から声を張ってきた。


「ほら、エペ公。アンタが運転手なんだから早く車に乗りなさいよん!」


「あー……まぁそうなんだろうだけどさティル姉。これって今回の任務になんか関係あんの?」


「シャムがそう言うんだから関係あるに決まってんでしょん!」


「はい! めっちゃ関係ありますよエペ先輩!」


「そーゆーこと。だから、早く乗りなさいよん!」


「あー……そう」


 いつもはスーツでビシッと決めているティル姉が、かなりカジュアルな服装に身を包んでいるのはなんか新鮮だけど、待ちきれないからって助手席の窓から身を乗り出してまで俺っちを催促するのはやめて欲しい。


「あー……なんだろこの感じ」


 自分でもよくわからない感情みたいなもんが、俺っちの中に溢れている。

 けれどそれは不快なもんじゃなくてなんか温かい。これはついこの前、ティル姉に頭を抱きしめられた時に感じたもんに似ている気がした。


「……なんだよこれ。これじゃマジでお出掛けする親子じゃん」


 そんな独り言をぼそっと口にしたけれど、なぜか俺っちの口角が少しだけ自然と上向きになっていた。

 俺っちとティル姉たち二人のテンションを温度差で例えるなら火山と氷山くらいの差はあると思うけれど、なんかこの状況に俺っちは少しだけワクワクしていた。

 

「どうしたんですかエペ先輩? 全然元気がないじゃないですか?」


「そうよんエペ公。折角新しい仲間が加わってこれから楽しい任務なんだから元気良く行くわよん!」


「いや、その意味わからねぇテンションに俺っちがついて行けないだけだから気にしないでいいよ。つーか、こんな朝早くからそのテンションはなんなの?」


「エペ先輩。何事も元気がなくちゃ始まらないんですよ? ですから、さん、はい!」


「イェーイ!」


「……いぇーい」


 ただでさえ怠いのに、そこへ片手を掲げて声出しさせるとかハンパねぇ。

 でも、久しぶりにティル姉が楽しそうに笑っている姿を見れたから、俺っちなりに頑張っておこうと思った。

 それでもやっぱり、テンションを上げるのはこれが限界だ。


◯●◯


 中央自動車道で車を走らせること数時間。

 俺っちたち三人は、山梨県で有名なとあるテーマパークに向かっていた。

 ギョロッとした目を持つ白い謎のオブジェを潜り抜けて車を駐車場に停めると、テーマパークの入り口には人間たちがうようよいた。

 祝日ということも相まって嫌になるほど大量の人間たちを前に早くも俺っちのテンションは急降下していた。

 まだ午前中だってのに敷地内からは、絶叫マシンの轟音と阿鼻叫喚しているような人間たちの奇声があちらこちらで響いている。

 そんな場所でこれから俺っちたち三人は、マザーから受けたという重要な任務に取りかかるらしいんだけど。

 いや、そもそもその任務内容とか俺っちはまだ聞かされてもいないわけなんだけど、こんなテーマパークに来ることが本当に重要な任務なのかと首を捻っていた。


「さて、マザーから命じられた本日の任務を発表させていただきたいと思います!」


 入口ゲートの手前でシャムシールは仁王立ちすると、背中のリュックから取り出したスマホを見てなにやらニコニコしていた。

 こんなに多くの人間たちが集う喧しい場所で俺っちたちが一体どんな任務を遂行することになるのか興味津々だ。

 ひょっとすると、ここで楽しんでいる人間どもを皆殺しにして、地獄絵図に塗り替えるとかそんな刺激的な任務だろうか。

 ……だけど、そう考えてから数秒も経たない内にやる気が萎えた。

 なんだろうなこの感じ。昔なら恐怖に慄く人間たちを見てバラバラにするのが堪らなく好きだったはずなのに、ここ最近の俺っちはぶっちゃけあまり血を見たい気分になれない。本当にどうしちまったんだろう。

 そんな風に考えながらぼーっとしていると、シャムシールがコホンと咳払いをする。


「えー、本日の任務について発表致します。今回、ボク達が遂行する任務は……」


 と、無駄に間を開けてシャムシールが指差した先には、このテーマパークで最も人気のある絶叫アトラクションがあった。


「この施設で遊びまくることです!」


「イェーイ!」


「……は?」


「ですから、今日一日ボク達三人はこのテーマパークで沢山遊びまくるんですよエペ先輩!」


「……は?」


 なにかの聞き間違いかと思った。

 俺っちたちの任務が、このテーマパークで一日中遊ぶ、だと? 

 冗談にしては笑えなかった。

 でも、隣のティル姉は……。


「なにそれ最高じゃないのよん! そういうことなら早速遊びまくるわよん!」


 思っていたよりも数倍上のテンションで超絶ノリノリになり、シャムと一緒に敷地内を走り出していた。

 なんだよこれ。全くもって意味がわからない。


「ほら、エペ公! アンタもさっさと行くわよん!」


「エペ先輩! コッチですよー!」


「……あー。そう」


 人間たちに容赦のないあの冷酷なマザーがなにを思ってこんな任務を俺っちたちに仕向けてきたのか未だにわからないし、なんだか不気味な感じがして胸の中が妙にざわついた。

 でもまぁ、たまには血生臭いことから離れるのもアリかもなんて同時に思った俺っちがいる。

 案外マザーは、ここ最近連戦ばかりしてきた俺っちたちのメンタルケアを兼ねてシャムシールを寄越してきたのかもしれない。

 なーんて、都合の良い想像で勝手に完結させている。

 それになんだか自分で言うのもアレだけど、最近の俺っちは人間味が出てきてるというか色々と変だ。

 これはきっと、ヒルドやあの聖剣使いのガキどもによる影響なのかもしれない。

 でも、なぜだか不思議とそれも悪くねえなんて思えてしまう。

 そう思うと……。


「あー……な〜んか変な感じ」


「ほら、早くしなさいよんエペ公!」


「そうですよエペ先輩! 今日はまだ始まったばかりなんですから!」


「あー……ダリィ。でも」


 と、俺っちは柄にもなくやや急ぎ足で二人の後を追うと、口の端を笑ませていた。

 なんか知らねえけど、今の俺っちは二人の姿に高揚している気がする。

 もしも、この世界に平和の神様がいるってんなら、こんな平穏が続く事を願っちまうかもしれないなんて思っていた。

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