第204話 スサノオとは


 アマテラスさんとツクヨミさん姉妹による息が詰まるような展開が終了し、俺はふぅーっと息を吐いた。

 正直、このまま二人と戦うことになるんじゃないかと思っていたからマジで安心した。

 そんな安堵に俺が胸を撫で下ろしていると、村雨先生が深く息を吐いて言う。


「草薙、先程はありがとう。感謝する」


「え? いや、俺は当然のことをしたまでですよ先生」


「その、なんだ……」


 そこまで言うと、村雨先生は赤くなった頬を照れ臭そうにポリポリと掻いた。


「やはり、キミは良い男だな。なんというか、惚れ直してしまったよ」


「いやそんな惚れ直しただなんて」


「正直、今すぐにでもキミに抱かれたいと思えるくらいだ」


「……なんだって?」


 妙に艶のある表情でコッチを見つめてくる村雨に俺の心とアレが昂った。

 これはあれだ。もういつでもOKって解釈でいいんだよな? なんなら、先生は俺とハッスルしたいって解釈でいいんだよなぁ!?

 頬を朱色に染める村雨先生を前に俺がごくりと生唾を飲んだ次の瞬間、すぐ後方から冷気のようなものが首筋を撫でた。


「スサ。それはどういう意味かしら?」


 ついさっきまで壁に背を預けていたはずのアマテラスさんがいつの間にか俺の背後で腕組みして立っており、ASMRですかってくらいの囁き声で耳元に話しかけてきた。


「えっと、アマテラスさん?」


「スサ、私は今の話はどういう事なのかって聞いているんだけど」


「い、今の話って?」


「そこの村雨はスサに今、『今すぐ抱かれてもいい』って、言ったわよね? 一応確認しておくけれどスサ、コイツとヤったの?」


 俺を後ろから抱きしめる形でアマテラスさんはそう囁いてくると、片耳にふぅーっと生暖かい息を吹きかけてくる。

 鼓膜を優しく愛撫するようなアマテラスさんの吐息に俺の全身がぶるりと震えた。

 ヤバい、なんかこれを続けられたら寝落ちしちゃいそう。

 なんならこのまま膝枕とかで耳掻きしてくれたら、アマテラスさんの虜になっちゃうかも〜……なーんて考えている俺を北条先輩とマドカさんの二人が眉間に皺を寄せて鋭く睨んでくる。


「草薙くん。あまりこういう事は言いたくないけれど、アナタは高校生という身でありながら教師である村雨先生とそんなカンケイに至っているの?」


「ホントにクズですこと……。そんなツルギさんはクリスマスイブの夜にでもハイライトのないヒロインの一人に包丁で滅多刺しにされるのがお似合いですね」


「いやいや、そんなスクールデ◯ズの主人公くんと俺を一緒にしないでくださいよマドカさん。というか、そんな不吉なこと言うのやめて!?」


「ツルギくん」


「なんだよエクス」


「下の方まで行間を開けたメールを送ろうか?」


「それ、絶対最後にサヨナラって書くつもりだろそうなんだろ!?」

 

 別に俺は今までに出会った女の子たちとおせっせをしたことなんて一度もない。

 でもまぁそりゃあ、健康な男子高校生ですからそういうハーレム的な展開は至極好みではあるけれど、実際にはそんな事にならない。

 だって、俺の側には必ずエクスとカナデの二人が居て、そういう展開を凍てつく波動で破壊してくるから。

 それ故に、俺は今も尚バキバキ童貞のままなのだ。

 フッ、自分の童貞も守れない奴に世界とヒロインたちを守れるわけがない。

 そう考えると、やはり俺は偉大なるヒーローなのかもしれない。

 一度でいいから、私がきた! とか、言ってみたい。そんなワンフォーオールに憧れてるどうも俺です。

 ちょっとそんな自分を妄想しつつ、誇らしげにフフンと口元を緩めて腕組みしていると、なぜかツクヨミさんが俺とエクスの間に無理やり入ってきてそのまま枝垂れかかってきた。


「はぁ……。スサ、少し喋り疲れたので私に膝枕をしてくれませんか?」


「え? それはまぁ、構いませんけど。ていうか、俺はスサノオじゃないですって」


「その様子だと本当になにも覚えていないようですね」


「え? それってどういう意味ですか?」


 本当に覚えていないのか? その台詞を俺はスサノオにも何度か言われた。

 そして、ここでもまたツクヨミさんに同じような事を言われている。

 なにも覚えていない。それが一体どういう事なのか俺にはまったく見当が付かない。

 そんな俺の心中を察してか、ツクヨミさんがはぁーと溜め息を吐いて言う。


「そうですか。なら、私がスサのために御伽噺を聞かせてあげましょう」


 そう言ってツクヨミさんはゆっくり倒れ込むと、俺の膝を枕にしながら太ももをいやらしい手付きで摩り始めた。


「これは遠い昔の御伽噺です。今からはるか昔に元気しか取り柄のない姉と清楚で可憐で美しい妹がいました。そんな姉妹にはひとり病弱で気の弱い弟がいました。その弟は母親がとても大好きで、その側から離れようとしないほど甘えん坊でした」


「ちょっとツクヨミ? その元気しか取り柄のない姉って」


「聞いて姉様。いま話してる」


 桜色をした形の良い唇にしーっと人差し指を当てるツクヨミさんをアマテラスさんが頬を引き攣らせて睨んでる。

 冒頭の内容からして、その御伽噺がアマテラスさんたちの過去話だとすぐに気が付いた。

 多分だけど、それは皆も気付いていると思う。


「その三姉弟が暮らす村はとても平和でした。しかし、ある日を境に恐ろしい魔物たちが現れ始め、平和とはほど遠い世界に変貌を遂げてしまいました。そんな折、姉妹が愛してやまない弟の中に特別な力があるとわかり、恐ろしい魔物たちから世界を救うため二人の姉と共にとある儀式にかけられたのです」


「ツクヨミさん。その話って……」


「しー……。いいから聞いてください。その後、その儀式により、恐ろしい魔物たちは封印され世界に平和が訪れました。ただ、その儀式にかけられていた三人は遥かな時を超えてそれぞれ見たことのない世界で目が覚める事になったのです」

 

 さっきツクヨミさんが俺たちに聞かせてくれたのは二人の話だった。

 しかし、いま話してくれているその内容は恐らくスサノオに関することなのだろう。


「男の子は見知らぬ山の中で目覚めました。そうなると当然、気弱で臆病な男の子は母親の姿を探して泣き叫びました。しかし、その子の母親は既にいない……。男の子は絶望と恐怖で震えながら泣くことしか出来ませんでした。しかしそこに、男の子と同い年ほどの少年が現れたのです」


「あの、ツクヨミさん。その少年って?」


「スサ。いいから黙ってツクヨミの話を聞いてなさい」


 俺の口を塞ぐようにアマテラスさんは人差し指を立てると、その視線をツクヨミさんへ落とす。

 すると、それに合わせてツクヨミさんが話を続けた。


「右も左もわからないその男の子を少年は山の中から連れ出して助けてあげると告げて、自分の家に招待しました。すると、彼の両親もその男の子を不憫に思ったのか、自らの家に居候させたのです」


 話の内容によると、この御伽噺の登場人物である男の子とは『スサノオ』のことだろう。

 しかし、そのスサノオを助けた少年とその家族がいたなんて正直、日本もまだまだ捨てたものじゃないと俺は一人感心した。


「少年が男の子を受け入れてから日が経ち、彼と男の子はとても仲良くなりました。そんなある日のこと、男の子は友達である彼とその両親と共に旅行へと出掛けたのです。そして、その場所で大変なことが起きました」


 スサノオとその友人である少年とその両親は、四人で家族旅行に出掛けたらしい。

 だが、その旅行先で事件が起きたという。


「友人と一緒に旅行先で楽しんでいた男の子は、友人である彼をとても羨ましく思いました。彼は健康体で優しい両親もいて大切に育てられている。それに比べて自分は両親もおらず、体も弱い。更には唯一の肉親である姉二人とも再会することが出来なかった……。そんな自分の置かれた環境下に少しづつ不満を抱き始めた男の子は恐ろしい考えを持つようになってしまったのです」


「あの、ツクヨミさん。スサノ……あ、いえ。その男の子が持つようになった恐ろしい考えってのは一体?」


 恐る恐る俺が尋ねると、ずっと俺の太ももを弄っていたツクヨミさんの手がピタリと止まった。

 その動作に俺の中で変な緊張が走った。


「……男の子が持つようになった恐ろしい考え。それは、というものでした」


 ツクヨミさんの口から語られた衝撃的な発言に誰もが言葉を失った。

 自分が友人である少年になる? その言葉の意味を俺たちが理解する前にツクヨミさんは一度だけ瞼を伏せてから話を続けた。


「いくら特別な力があるとはいえ、その男の子はとても病弱な体の持ち主でした。それに比べて友人である彼は対照的であり、健康体そのものであり、恵まれた環境で生きていました。そんな彼にいつしか男の子は嫉妬するようになり、ある時にしまったのです」


 そこまで話して、ツクヨミさんが突然口を閉ざして黙り込んだ。

 その様子に俺たち全員、良くない結末を迎えたのだろうと誰もが頭の中に描いたと思う。

 これは俺の推測だけど、スサノオはその友人に酷く嫉妬心を抱いていた。

 その結果、アイツはその友人になにかしらの悪行をしたに違いない。


 そんな考察をして下唇を噛んでいた俺を後ろからアマテラスさんが急に抱きしめ、その両腕に力を込めて小さい声を漏らした。


「……殺したのよ」


「え?」


「その男の子は、彼の肉体と恵まれた環境が欲しくてその子を殺したの。そして……」


「男の子はなりました。そして、彼は今もこうして私たちの前にいるのです」


 ツクヨミさんはそう告げて体を起こすと、俺の顔をマジマジと見つめてきた。

 その視線になぜか俺は全身が総毛立ち体の震えが止まらなくなった。

 酷い動悸がして胸が苦しくなる。

 すぐ耳元で聴こえてくる自分の心音が、早鐘を打っているのがわかる。

 なんだこれ? どうして俺はこんなにも動揺しているんだ!?


 そんな狼狽してみせる俺にツクヨミさんは、今の俺が最も聞きたくない言葉を投げ放ってきた。


「草薙ツルギくんという少年の人生を奪い、その彼に成り代わり生きてきたその男の子……それは他の誰でもない。スサ、アナタなよ?」


「……は?」


 どこか悲しげな目でそう告げてきたツクヨミさんに俺は呆けた返事をすることしか出来なかった。

 命の恩人でもある友人を殺したスサノオが俺? なにわけのわからない事を言っているんだこの人は?

 

 そう思っていた俺に、ずっと黙り込んでいた泰盛さんが言う。


「草薙ツルギくん……。これは、御伽噺でもなんでもない始めからキミのために用意されていた真実なんだ」


 重い口調でそう告げてきた泰盛さんに、俺はただ間抜けツラで、呆けた声を漏らす他に答えがなかった。



 


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