第205話 失われた記憶
「……またここか?」
気がつくと俺は例の謎空間の中で佇んでいた。
くるぶし位の高さまである血のように赤い水の表面が小波のように揺れ、どこまでも広がっている。
天を見上げれば深淵のような黒い空が俺を閉じ込めるかのように存在していた。
なぜか知らないけれど、俺はまたこのよく分からない空間内に来てしまったようだ。
「久しいなツルギ。相変わらず、目元のクマは健在のようだな」
聞き覚えのある声に振り返ってみると、赤い水の中心に瓦礫の山が築かれており、ソイツはそこの中腹にある白い玉座に頬杖をついて座っていて静かに俺を見下ろしていた。
そう、スサノオだ。
「久しぶりじゃねえかスサノオ。この間の一件で八岐大蛇と一緒に封印されたと思っていたけれど、相変わらずその玉座で偉そうにふんぞり返っていたんだな?」
片手を腰に当て、スサノオを見上げながら俺がそう言うと、奴は鼻で笑った。
「フン、この俺があの程度で封印されてたまるか。まぁ、八岐大蛇は別のようだが」
「八岐大蛇はどっかに封印されてんのか?」
「さなあ。まぁ、この空間のどこかにいるのではないか?」
俺がスサノオにこの体の主導権を奪われた時、マドカさんの刀で体を貫かれた。
そして、それからというものスサノオが現れることはなかった。
ひょっとすると、アレは表に現れたスサノオと八岐大蛇を一時的に封印もしくは、この謎空間に閉じ込めることのできる能力を持つ聖剣だったのかもしれない。
現にこの空間内いるのは俺とスサノオの二人だけで奴の姿はない。
「オレにもこの空間がなんなのか正直よく分かってはいない。とはいえ、アイツがいると後ろでぎゃあぎゃあとうるさいからたまにはこうして二人で話すのも悪くないだろう?」
くははははっと、肩を揺らして笑うスサノオを見て、正直俺もそうだと思えた。
もしこの場に八岐大蛇がいたら、あーだこーだと横槍を入れてきて話をごちゃごちゃにされるだろうし、なにより声がデカいから堪らない。
だが、今ならその心配がない分、スサノオと落ち着いて例の話ができそうだ。事の真相を確かめるには丁度良い機会だろう。
そんな事を思いつつ、俺が口を開こうとした矢先、スサノオの方から問いかけてきた。
「それよりツルギ。随分と元気がなさそうに見受けるが、オレが体の主導権を失っていた間になにかあったのか? 例えば……」
と、そこまで話してスサノオは両手を膝に当てて立ち上がると、俺を静かに見下ろしてきた。
「……アマテラス姉上かツクヨミ姉上のどちらかに妙な話でも吹き込まれたか?」
まるでコチラの事情を見透かしているようにそう問いかけてきたスサノオに俺は目を見張った。
ツクヨミさんから語られた例の話。それはここに存在する俺が本当の俺ではなくスサノオであり、本当の俺は幼い頃にスサノオの手にかけられ殺されたというものだ。
そして、スサノオは俺に成りすまし今も生きている、と……。
余りにも荒唐無稽であり、本来なら信じられるはずもないような話なのだが、俺の中にこんな得体の知れない空間が存在していて、そこにスサノオがいるから正直困惑している。
ただ、俺が俺でないのなら、今ここにいる俺という人格はなんなのか? そして、この空間に封印されているスサノオはなんなのかという話になるのだが……。
「おい、どうしたツルギ? せめて何か答えろ。これではオレが独り言を言っているようでバカみたいではないか」
「あのさ、スサノオ」
「なんだ?」
「えっと……」
そこまで口にしかけて言葉を詰まらせる。
これでもし、ツクヨミさんの話が本当で俺が既に死んでいるとスサノオに認められたら俺はどうなってしまうのかという恐怖心が芽生えたからだ。
いや、待てよ? つーか、コイツは普段から俺の中から外の情報を得ているじゃないか。
それなら例の話も知っているに決まっている。それなのに、どうしてなにも話して来ないのか気になった。もしくは、それを承知の上で愕然とする俺を見て楽しもうとしているのかもしれない。
だとすれば、コイツの性格は最低最悪だ。いや、でもスサノオの性格ならもっとハッキリと言ってくるような気もするが……。
次々と頭の中に浮かんでくる邪推に苛まれながらも、俺は心を落ち着かせるためにひと呼吸入れると、玉座に腰掛けるスサノオを見上げた。
「なぁ、スサノオ。ちょっと聞いてもいいか?」
「なんだ? 話してみろ」
「俺とお前についてのことなんだけど」
「やはりその話か」
「え? やはりって、お前やっぱ知ってたのかよ!」
「いや、俺はこの数日間まったく意識がなかった。故に、お前から外の情報を得られていない。だが、お前がオレに聞きたがっている姉上たちの話の内容についてはおおよその見当がつく。どうせ姉上たちに『本当のお前はとうの昔に死んでいて、今のお前はスサノオだ』とでも言われたのだろう?」
「それな!」
こっちから聞く前にスサノオの方からことの真相に迫る発言をしてきた。
おおよその見当はつくどころか、まんまそれなんだよなぁと思いつつも、俺はスサノオに問いかけた。
「んで、実際はどうなんだよそのへん。本当に俺は小さい頃に死んでいて、今の俺はお前なのか?」
「ふむ。それを言うなれば、半分正解で半分不正解といったところだな」
「半分正解で半分不正解って……ますます意味がわからなくなるじゃねえかよ!」
「そんなことに意味を求めてもつまらんだけだぞツルギ。それにしても」
「?」
と、話していた途中からスサノオの声のトーンが妙に下がった。
「お前の様子を見る限り、あの頃の記憶を本当に失っているのだな。まったく、悲しいものだ」
「え? ちょ、俺が幼い頃の記憶を失っているってのはどういう事なんだ? 俺とお前は小さい頃にやっぱり出会っていたのか!?」
「おっと、そろそろ面会時間終了のようだ。ツルギ、その真相を知りたければお前の過去を探ってみろ。そして、これはオレからの助言だが」
「なんだよ?」
「以前、お前が発動させた『プログラムオロチ』を己がものにしろ。あの力があればお前は神をも殺すことができる存在になれるだろう」
「神を殺すって……なんだよ急に!」
「いずれわかる。それと、八岐大蛇を受け入れろ。それがプログラムオロチを手に入れるために必要なことだ」
「正気かよスサノオ!? 八岐大蛇は魔剣を生み出した張本人なんだぜ!」
「確かにアイツは厄災の魔物の親玉ではあるが、八岐大蛇が人族に襲いかかった理由も別にある。それを知ってからでも遅くはないはずだ」
スサノオは八岐大蛇を擁護するような事を口にすると、真っ暗な天井を仰いだ。
「オレからできる助言はここまでだ。それと……」
と、スサノオは言葉を一度区切って俺を真っ直ぐ見つめてくると、その瞳を鋭く細めた。
「……姉上たちを信用はするな」
「信用するなって、なんでだよ? アマテラスさんとツクヨミさんはお前の姉ちゃんだろ?」
「亡者に囚われた人間は最も恐ろしい存在になる。それは姉上たちも我が母上も同じことだ。ツルギ、用心しろよ」
「え? ちょ、おい。スサノオ!」
「願わくば、お前が過去の記憶を取り戻す事をオレは切に願っている……」
どこか切ない表情を浮かべると、スサノオは立ち上がり真っ暗な天を仰いだ。すると次の瞬間、目の前を眩い光りが包みこみ俺の意識が遠のいていった。
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