第94話 討伐隊の襲撃
エミリアおばさまから手厳しいお叱りを受けた俺は、おばさまの運転する軽トラックの荷台に乗せられ、近くのオレンジ畑へと向かっていた。
そのオレンジ畑はエミリアおばさまが栽培した果樹園であり、今が収穫の時との事だった。
あまり舗装されていない土でデコボコした地面の上で軽トラックの荷台に揺られながら俺はスレイブと他愛もない話をしていたりする。
ソラスはエミリアおばさまが運転する軽トラックの助手席に座っており、時折バックミラー越しに俺の事をチラチラと見て微笑んでくる。
それに微笑み返そうとして、俺がバックミラーを見たら眉根を寄せたエミリアおばさまが鬼のような形相で映っていたものだから慌てて顔を伏せた。
正直、夜叉かと思った。
マジでちびりそうになるから恐い顔をしないで欲しい。
そんなこんなで
「ほらっ、ネギ助! さっさとこのカゴに収穫したオレンジを入れてトラックの荷台へ積み込みな!」
「サー、イエス、サーッ!」
両手で抱えなければ持てないほどの大きさがある青いプラスチック製のカゴの中に、収穫した瑞々しいオレンジを敷き詰めてゆく。
俺がそれをせっせと繰り返し、軽トラックの荷台に積み込んでいると、麦わら帽子にデニムのオーバーオールを着たソラスが、心配そうな面持ちで声をかけてきた。
「ネギ、大丈夫? 手伝おっか?」
「いや、大丈夫だ。気にするなって」
「ほらっ、ネギ助! サボっていないで次のをどんどん運びな!」
「イエス、サー!」
「エミリアおばさん。少しネギにも休憩させてあげようよ。朝からずっと働きっぱなしだよ?」
「なに言ってんだいソラス。これくらいはネギ助にやらせて当然のことだよ」
俺の身を案じてソラスがそう言うけれど、エミリアおばさまはそれを否定するように首を横に振る。
「いいかい、ソラス。そうやって男を甘やかすのは良くないよ? 男なんて生き物はね、金玉とテメェにとって都合の良いことしか考えないんだから、コキ使えるときはとことんコキ使ってやって、それで頑張ったらベッドの上で癒やしてあげるもんなんだよ?」
「そうなんだ」
……う〜ん、なんとわかりやすいアメとムチのシステム。奥が深いわん。
流石は元人気女優、男の扱いをよく理解していらっしゃる。
でもね、朝の五時から薪割りを百本近くこなして、掃除洗濯を終えてからひと息つく間もなく軽トラックの荷台に放り投げられ、朝食もナシとかこれってただの強制労働じゃない? ねぇ、アメは? アメはいつになったらもらえるのん?
そんな慈悲を乞うような視線をエミリアおばさまに向けてみたのだが、鬼軍曹は顔をしかめるだけだった。
「いいかいソラス。ネギ助の場合はとことん働かせて二度と粗相ができなきように教育してやる必要があるからそこに思いやりを持ったらダメだよ?」
「でも、エミリアおばさん。それだとネギが可哀想だから休憩させてあげたいんだけど」
「ソラスは本当に優しい子だね〜。仕方ない、ソラスの頼みなら断れないね。ソラスがアンタのために休憩をさせたいって言うからここらで休憩を挟むよ。感謝しなネギ助!」
「さ、サンキューサー……」
「ありがとう、エミリアおばさん」
「いいんだよソラス。可愛いアンタの頼みをアタシは無下にできないからね」
かつて、美しき人気女優としての残滓すら窺えないほどに逞しい両腕で、エミリアおばさまがソラスをギュッと抱きしめ微笑む。
つーかそれはいいとして、俺は一刻も早くアヴァロンに戻らなければならない。
だって、俺がこうしている間にもエクスがきっと悲しんでいるだろうし、逃げたティルヴィングたちの行方も気になる。
だからこそ、俺としては彼女から受けた恩をさっさと返したいところなのだが、どうにも俺を解放してくれるような雰囲気がまるで見えてこない。
かと言って口出しすれば、また鬼軍曹に殴られるだろし、とりあえず今は大人しくしておくしかないのか……。
「よし、それじゃあ今日のためにアタシが用意しておいた最高に美味しいオレンジジュースを飲ませてあげるからついてきな」
エミリアおばさまは笑顔でそう言うと、意気揚々とした足取りでオレンジ畑の脇に建てられたガレージの中へ向かってゆく。
その背中を俺が黙って見つめていると、ソラスが片腕に抱きついてきた。
「行こ、ネギ」
「え? あ、あぁ」
「なにをボサっとしてるんだいネギ助! さっさとガレージの中に来な!」
苛ついた声を上げるエミリアおばさまに催促され、俺とソラスがガレージの中に入ると、ガレージの中には分厚く大きなタイヤに土をびっしりと張り付けたトラクターが停めてあり、その脇には使い込まれた農具が壁に立てかけられていた。
その農具が立てかけられていた壁の脇に、白くて丸いテーブルが置かれている。
どうやら、このテーブルを使うようだ。
「今、用意してあげるからその辺の椅子にでも座ってな」
エミリアおばさまにそう言われ、俺は近くに置かれていた椅子を取ると、数時間ぶりの休憩を取ることができた。
○●○
エミリアおばさま自慢のオレンジジュースとソラスが用意してくれたサンドイッチで腹を満たした俺は、エミリアおばさまの身の上話を聞かされていた。
その時、エミリアおばさまがソラスとの出会い話を聞かせてくれた。
「しっかし、あの時はアタシも流石に肝を冷やしたもんだよ。なんていっても、川岸で見つけたソラスは心臓が止まっていたからね」
エミリアおばさまの話によると、川岸で発見されたソラスは青白い顔で心肺停止状態だったらしい。
そこでエミリアおばさまによる必死の心肺蘇生法の甲斐もあり、ソラスは息を吹き返したとのことだった。
「当時のことはよく覚えていないんだけど、目が覚めたらエミリアおばさんの家のベッドの上だったんだ」
頬を掻いてそう言うと、ソラスが俺の顔を見て微笑む。
確かに俺も気が付いたらベッドの上だったけれど、その話しを聞く限りソラスの場合はもっとヤバかったのだろう。
というか、蘇生術までできるとか、エミリアおばさまマジでパないっす……。
「まあ、女優時代に色々な役を演じ切るためにアタシは様々なことを学んできたからね。大抵のことはできるのさ」
「なんかもうオレンジとか栽培してないでもっと広い世界で活躍した方が……」
「あん? なんだって?」
「……なんでもないです」
「でも、エミリアおばさんがここに居てくれたから私は助かった。そして、今はこうやってネギと出会えた」
ソラスは俺の片腕に抱きつくと、甘えるような仕草を見せてくる。
なんというか、ソラスは可愛い。
あ、いや、俺の中では勿論エクスが一番可愛いんだけど、同じ白人美少女としてのカテゴリーからすれば、ソラスはまた違った魅力があって……ん?
「どうしたのネギ?」
俺の片腕に抱きつくソラスの顔を見た時、ふとティルヴィングと一緒にいたあの女の子の姿が脳裏を過った。
あれ? そういえばソラスって、ティルヴィングと一緒にいたもうひとり女の子と雰囲気というか顔が似ていないか……?
「どうしたよ相棒? そんな鳩が脳天に鉛玉をぶち込まれたみてえな顔をして」
「いや、それもう死んでんだろ。なあ、スレイブ。そういえば、ティルヴィングと一緒に居たあの女の子って何者か知っているか?」
「あ? その女ってのは『クラウ』のことか?」
「そういえばそんな名前だったな。俺の仲間が話していたけれど、その子は確か元アヴァロンの精霊だったとかって――」
「ネギ……。今、なんて言ったの?」
俺の片腕に抱きついていたソラスが急にその表情を険しくした。
その様子に俺が訝っていると、スレイブが言う。
「あ? 今ってのは、クラウのことか?」
「クラウ……今、クラウって――あぅっ!?」
「お、おい! どうしたよソラス!?」
突然その顔を苦痛に歪めると、ソラスが椅子から滑り落ちて自身の頭を抱えてしゃがみ込んだ。
その異変にエミリアおばさまが血相を変えた。
「ネギ助! アンタ、ソラスになにをしたんだい? 事と次第によっちゃぶち殺すよ!」
「なんもしてないですよ!? なんか、ソラスが急に頭を抱えて座り込んじゃって……」
「クラウ……アヴァロン……くぁっ!?」
「ソラス、大丈夫か!?」
「とりあえず、こっから一番近くの病院にソラスを連れて行くよ!」
「わ、わかりました! それじゃあ、ソラスを車に――」
「待て、ネギ坊!」
酷い頭痛で苦痛に顔を歪めるソラスを外へ連れ出そうとする俺に、スレイブが険のある声で言う。
「どうしたよスレイブ?」
「……どうやら、お客さんのようだぜ?」
「は? お客って……!?」
スレイブの声に俺が顔を上げた直後、ガレージの入り口から見慣れたローブ姿の精霊たちと聖剣を持った戦闘服姿のセイバーたちが複数人で現れた。
多分、こいつらは魔剣の討伐隊だ。
彼ら彼女らは、俺たちの周囲を取り囲むように包囲すると、なにやら剣呑な雰囲気を放ってこちらを見てくる。
その様子に、彼らが俺を迎えに来たわけではないとすぐに勘付いた。
「こりゃあ、相棒を迎えに来たわけじゃなさそうだぜ?」
「こんだけの殺気を向けられりゃあ、いくら俺でもわかるっつーの……一体どういうことなんだろうな?」
「な、なんだいアンタたちは!?」
「エミリアさん。ソラスを連れて逃げてくれ」
「逃げるって……ネギ助、アンタはどうするんだい!?」
「この人たちは俺に用があるみたいなんすよね。だから、今すぐソラスを連れて逃げてください!」
苦悶の表情を浮かべ、地面に座り込むソラスを抱きしめるエミリアおばさまの前に俺が一歩踏み出すと、討伐隊の中からひとりの男が歩み出てきた。
その男は聖剣の切っ先を俺に向けると、眉を顰めて睥睨してくる。
「草薙ツルギだな。我々はお前を討伐しに来た」
「おいおい。俺を討伐ってのはなんの冗談だよ? つーかそれなら、どうしてこっちの無関係な二人まで取り囲む必要があるんだ?」
「簡単なことだ。そちらの二人も逃がすつもりはないからだ」
「アンタらアヴァロンの人間なんだよな? それが正義を掲げて魔剣から人を守るために戦っている人間の台詞かよ?」
「確かに我々は正義であり、魔剣を討伐するのが仕事だ。しかし、その討伐対象である魔剣を一般人が
「おいおい、詭弁にも程があるだろ。二人は行き倒れていた俺を助けただけだ。それを擁護とは言わねえだろ?」
「そんなことはどうでよい。それがアヴァロンからの命令とあれば、それに従うのが我々だ……覚悟しろ!」
討伐隊の隊長らしき男はそう言うと、部下たちに聖剣を構えさせ、俺たちの周囲を円形に取り囲み殺気を露わにしてきた。
まさかとは思ったけど、アヴァロンの人間の中にそんな連中がいるだなんて愕然とした。
「やらなきゃなんねえのかよ……」
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