第95話 二重契約


「おい、どうするよ相棒? コイツらガチだぜ?」

 

 スレイブの台詞に俺は視線を周囲に飛ばしながら、この窮地を切り抜ける方法を考えていた。


 今の俺は聖剣もなく丸腰だ。

 その状態でソラスとエミリアおばさんを守りながらアヴァロンの討伐隊とやり合うのは流石に分が悪すぎる。

 だとすれば、一体どうするべきか……。


 そんな事を頭の中で考えつつ、身構えていた俺にスレイブが言う。


「よぉ、相棒。俺様に考えがあるんだが、それに賭けてみねえか?」


「賭け? なんだそりゃ?」


「なあに、簡単な事だぜ。あがっ」


 俺がそう聞き返すと、スレイブが口の中から赤い菱形の宝石『ホーリーグレイル』を出現させ宙に浮かせた。


「ケケケッ! コイツを使うんだよ」

 

「おいおい……まさかお前、『ボクと契約して魔剣少年になってよ!』とか、言わねえだろうな?」


「そのソースがよくわからねえが、まあそんなところだな。上手く行く保証はねえし、聖剣と契約しているネギ坊の身体になにが起きるかもわからねえ……。でもよ、このままだと全員殺されてゲームオーバーになるのは確実だぜ。どうする?」


「……」


 ……魔剣との二重契約。

 それがどれほどのリスクを背負うことになるのかわらない。


 俺の体内には、聖剣であるエクスのホーリーグレイルが移植されている。

 普通に考えれば、そこへ相反する魔剣のホーリーグレイルなんてものを移植したら当然反発し合って拒絶反応などが起きてしまうかもしれない。

 しかし、ソラスやエミリアおばさんの命まで狙われているこの状況で武器を持つ複数の手練を相手に、丸腰で勝てるほど俺も強いわけではない。

 だが、ここでスレイブと契約して魔剣を手にすることができれば、この窮地から逃れる可能性は格段に上がるかもしれない。


 でも、その契約にもしも失敗したら……。


「……スレイブ。もし、その契約に失敗した場合、俺はどうなるんだ?」

 

「多分だが、魔剣のなり損ねみてえになるかもしれねえな。でもよ、そん時は俺様がネギ坊の身体を操ってソラスとあのおばちゃんを助けてやるよ」


「ハハッ。本当かよ?」


「まぁ、信じろって。それに、俺様もなんの根拠もなくてこんな事を言っているわけじゃねえんだぜ?」


「それはどういう意味だ?」


 その言葉に俺が首を傾げると、スレイブが話を続ける。


「俺様も今は魔剣の精霊に成っちまったが、だ。つーことはだ、純正の魔剣と契約を結ぶよりも、元聖剣の精霊だったいわゆるの俺様と契約を結ぶ事に僅かな成功率があると思っているわけなんだわ」


 スレイブの話だと、コイツは元聖剣の精霊であるが故に、純正の魔剣とはその中身に僅かな違いがあると言いたいらしい。

 確かに、他の魔剣たちと比べてもスレイブはどこか違うと思えるし、俺にも協力的だ。

 もし、その提案に乗り、この窮地から脱する事ができる僅かな希望があるとするならば、やぶさかではない。

 むしろ、そうするべきだ。


「俺様のホーリーグレイルは純正な魔剣の物とは違う。だが、確証がねえのも事実だ。でもよ、このままだと全滅するのも免れねえ……だからこそ、そこに賭けてみねえか?」


「なるほどな。それなら確かに賭けてみる価値があるかもしれねえわな」


「だろ。んで、どうするよ相棒?」


 問いかけてくるスレイブに俺は一拍だけ間を開けると、ため息を吐いてから言う。


「一応だけど、最悪の場合が訪れた時はスレイブ、お前に頼みがある」


「あ? なんだ?」


「もし仮に、その二重契約に失敗して俺が化物に成り果て自我をなくしたら……アヴァロンにいる俺の彼女に会って『遺言』を伝えてくれないか?」


「ケケケッ! 縁起でもねぇ。んで、その遺言ってのは?」


「……、だ」


「ケケケッ! なんだその台詞は? 反吐が出そうだぜ! まぁ、そん時は俺様が責任取ってやるから任せろよ。んで、答えは?」


「契約だ。頼むぞスレイブ!」


「その言葉を待っていたぜ。多少だが、ことになるかもしれねえが、気合を入れてくれよ相棒!」


 口から出現させたホーリーグレイルをスレイブが再び飲み込んだ直後、俺の左腕が焼けるように熱くなり始めた。


 見れば、左腕になったスレイブと接合されている肘の付け根部分から俺の左半身に向かって赤黒い血管が浮かび上がり、激しく脈を打っている。

 そして、その刹那から俺の左半身を激痛が襲った。


「があっ!? くあぁ……っぐが!」


 まるで逆立ちでもしているように頭のてっぺんまで急激に血が昇ってくるような感覚がして、今にも頭が割れそうなほど酷い頭痛で悶絶した。

 これは想像していたより遥かにキツイ……どこが? めっさ痛いじゃねえか!?

 少しでも油断をすれば、あまりの激痛に意識を持っていかれそうだ。


「耐えろネギ坊! 腹に力を込めて流れてくる痛みに抗え!」


 スレイブの言葉に頷き、俺は言われた通りにして激痛を耐え抜く。

 そんな俺の姿を討伐隊の連中が戦慄した表情で見ていると、隊長らしき男が慌てたような声を上げた。


「な、なにをしている! 今が奴を討伐する好機だ。一気に仕留めろ!」


 隊長らしき男の命令にセイバーたちは若干戸惑いながらも頷くと、聖剣を構えて俺に襲いかかってきた。


「ネギ坊、来やがったぞ!」


 スレイブの怒号に顔を上げると、聖剣を振り上げた三人のセイバーが俺に斬りかかろうとしていた。

 俺は左半身を襲う激しい痛みに見舞われながらも歯噛みして耐え抜き、迫りくるセイバー三人に対して左腕を大きく振り抜いた。


「こんのぉっ……クソがあああああっ!」


 聖剣を振り抜いてきた三人のセイバーたちの刃に俺の振り抜いた左腕が接触した直後、彼らがガレージの壁をぶち抜き、外の方まで吹っ飛んだ。

 その光景に、俺は自分の身体に起きているとんでもない変化に戸惑った。


「なんだこれ……力が、ハンパじゃ……ねぇ」


「ケケケッ! やるじゃねえか相棒! 今ので奴ら完全にビビっていやがるぜ?」


 愉快そうに笑うスレイブの声に手元から視線を戻すと、聖剣を構えた他のセイバーたちが青い顔をして立ち竦んでいた。

 その様子に焦りを抱いたのか、隊長らしき男が聖剣を掲げて声を張る。


「な、なにを狼狽えているんだ! 敵はたったひとりで芳しくない状態だ! 全員で一斉に斬りかかれば勝利できる、突撃だ!」


「おおっと、まだやるってか? でもよぉ……」


 と、スレイブが口元を笑ませた時、俺は静かに立ち上がると、討伐隊の全員を鋭く睨みつけた。


「残念だが、こちとら既にだぜ。なぁ、相棒?」


「あぁ、そうみたいだな」


 左半身を蹂躙していた激痛は既に消え、その代わりに俺の左半身はあの時のヘグニさんと同じように血のように赤い鎧で覆われていた。

 先程まであれだけ苦痛に悶絶していたのがウソのようであり、現在の俺の身体は信じられないほどに軽く、とめどなく全身に力が漲ってくるような感じだった。


「あ、赤い隻眼だと……? まさかそんな、聖剣のセイバーが魔剣とのに成功したというのか!?」


 変化した俺の姿に隊長らしき男が戦慄してタタラを踏む。

 他の隊員たちもそれに煽られて俺を見る目には恐れが滲んでいた。


 コイツらを叩くなら士気が下がった今がベストだろう。

 それなら、もう遠慮する必要もない。


「スレイブ、やるぞ!」


「ケケケッ! おうよ相棒!」


 俺の言葉に応じてスレイブは双眸を赤く光らせると、大きく開けた口の中から魔剣と思しき剣を出現させた。

 俺はその柄を握ると一気に引き抜き、何度か振り抜いて正面に構えた。


「これがお前の魔剣か?」


「ケケケッ。正確にはだぜ」


 スレイブが召喚した魔剣は片刃の黒い剣であり、その黒い刀身には赤い虎柄のような模様が浮かんでいた。

 その中二病の心をくすぐるようなセンスの良い魔剣を肩に乗せると、俺は口角を上げた。


「へへっ。なかなか良いセンスしてんじゃねえかスレイブ……気に入ったぜ!」


「ケケケッ! コイツはネギ坊の思考を読み取り、変化させた業物だぜ。前の大剣じゃあデカくてかなり重量もあるから扱い辛いだろうし、これならネギ坊にも余裕で使えるだろ?」


「悪くねぇな。それにこの鎧も俺好みだ」


 以前に見たヘグニさんの左半身を覆っていた鎧は、禍々しくて無駄に鋭く尖っていたデザインだったが、今の俺が纏う鎧はエクスの鞘が変形したフルプレートメイルにかなり近いデザインであり、なかなか格好良い。

 これもスレイブが俺の思考を読み取り、変化させたのだろうか。


「補足だけどよ、今のネギ坊は俺様との二重契約で元々の身体能力から更に向上している。そこに左半身だけだが、鎧化しているってのもあり、要するに……」


って、ことだろ?」


「ケケケッ! そういうとこだ!」


 元々エクスと契約をしたことにより、俺の身体能力は向上していたのだが、そこにスレイブとの契約が成立したことで新たに力が加わり、更に倍化されたらしい。

 これなら、どんなに手強い相手が来ようとも、負ける気がしないというものだ。


「や、奴は完全に魔剣の手に堕ちた! 怯むな! 皆で総攻撃をしかけるぞ!」


 隊長らしき男の声にセイバーたちがハッとしてから聖剣を構えると、皆揃って一斉に襲いかかってくる。

 その行動を前に俺は目を細めると、腰を深く落として抜刀の構えを取り、全身に力を込めた。


「さぁ、始めようぜ相棒……。ここからが、俺様たちの独壇場ステージだ!」

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