第65話 研究室でのひと騒動

 ダーイン博士の研究室ラボに案内された俺はその入り口を潜った直後、言葉を失っていた。

 それは勿論、研究所の中の設備が凄かったのもそうなのだが、俺が一番驚愕していたのは、それではなかった。


「……マジかよ」


『ダーイン博士ぇ〜、おかえりなさ〜い!』


「クカカカッ! 待たせて悪かったなぁ〜セレジアちゅわ〜ん」


 ダーインの爺さんが、研究室の扉にIDカードをかざしてドアが開かれた直後、ラボの中から現れたのは……俺が愛してやまない『VR白人彼女』のヒロインズがひとり、メイド服姿の【セレジア】ちゃんだった。


 セレジアちゃんはキャラメル色の長い巻き髪が特徴であり、二次元でありながらも三次元にも通じるような幻想的な顔立ちをしたスタイル抜群の甘え上手なヒロインだ。


 そんなセレジアちゃんは猫撫で声でダーインの爺さんに抱きつくと、その骨ばった頬にキスをする。


「クカカカッ! これだからセレジアちゃんとの生活はやめられないわい!」


『ねぇ、ダーイン博士ぇ……今晩は、セレジアをどうしたい?』


 ダーインの爺さんに抱きついたセレジアちゃんはその瞳をウルウルさせると、艶のある声で問いかける。

 それにダーインの爺さんはニヤけた顔で頷くと、その頬を撫でて首を横に振る。


「悪いのぅセレジアちゃん……今日は客人が来ておるから、お楽しみはまた今度じゃ」


『えぇ〜? それなら仕方ないけどぉ……絶対約束だよぉ〜?』


「安心せぇ、明日の晩にはベッドの上でヒーヒー言わせたるわいな?」


『いや〜ん! ダーイン博士のぉ、エッチぃ〜! それじゃあ、またね〜?』


 セレジアちゃんは身体で科を描くと、投げキッスをして研究室の奥へと走り去った。

 俺はその光景を前にあんぐりと口を開いて、ただ立ち尽くしていた。


「どうじゃ小僧? これが、科学の結晶というやつじゃ」


「科学の結晶というか、どう考えても科学の乱用だろこれ?」


 ダーインの爺さんは日本語でそう言うと、腰に両手を当てドヤ顔を見せてくる。

 正直、なにがどうなってリアルのセレジアちゃんが現れたのか理解できなかった。

 しかし、さっきのは紛うことなきセレジアちゃんだった。


「おい、爺さん。アレは『VR白人彼女』の【セレジア】ちゃんだよな? 一体どうやって彼女を現実世界に召喚したんだ?」


「クカカカッ! 【セレジア】ちゃんを知っているということは、やはりお前は見どころのある小僧じゃわい! 今のは、ワシが新たに開発した護衛用の精霊じゃ。どうじゃ? クオリティが高いじゃろ?」


「護衛用の精霊って……あの子は機械なのか?」


「無論じゃ。あの子は、セイバーなしで戦えるAIを搭載したラブドール型の精霊じゃ!」


 俺の目の前に現れたセレジアちゃんは、ダーイン博士が開発した新型の精霊らしい。

 というか、ラブドールとかって言っていたけれど、それって要はダッチワイフじゃね?


 眉根を寄せて俺が困惑していると、ダーインの爺さんが厭らしい顔付きで近づいてきた。


「もっと他のヒロインズもおるでの? 見てみたいとは思わんか?」


「マジでか!? その中に【ジェシカ】ちゃんは!」


「おるに決まってるじゃろ。ワシに造れぬ物などこの世にはないわい!」


 ……正直、神様かと思った。


 両目を見開く俺を見てダーインの爺さんが口角を上げる。

 さっきのセレジアちゃんのクオリティから察するに、研究室の奥に待機するヒロインズたちは間違いなく俺の期待を裏切らない完成度を誇っているのだろう。

 ならば、それを拝まずしてこの場を去るなど愚の骨頂。

 是が非でも見届けねばならない!


「この部屋の奥には、万物の頂点に立つ女神たちの箱庭エデンが存在しておる。どうする小僧?」


「爺さん、いや、師匠と呼ばせてくれ! 是非ともそのエデンをこの俺に拝見させてください!」


「クカカカッ! よかろう。ならば、ワシについてこい!」


「イエス、サー!」


 ピシッと敬礼する俺に師匠がニヤリとする。

 一体この部屋の奥にはどんなパラダイスが広がっているのか楽しみで仕方なかった。

 そんな俺の心中を察してなのか、師匠がぽそりと言う。

 

「おい、小僧」


「なんすか師匠?」


「特別に……お触りオーケーじゃ」


「ありがたき幸せ! では、早速その部屋の中へ……って、いたたたたたっ!?」


 師匠の後ろに続き、意気揚々と研究室の奥へ行こうとしら、カナデに片耳を引っ張られた。


「なにするんだよカナデ! 俺は今、神の領域に足を踏み入れようとしているんだ。邪魔をするなコラッ!」


「いやいや、そんなの知らないし。ていうか、なに二人で勝手に盛り上がってるっしょ!?」


「草薙さん。流石にそれないわーって、思いますよ……」


 残念なものを見るような目で、カナデとヒルドが瞳を細めている。

 その後ろに立つレイピアさんも、俺を見て苦笑いを浮かべていた。


「あの、博士? ツルギさんはともかくとして、私たちには博士のその特殊な趣味といいますか、そういう卑猥な行為を目的として造られたドールの事を理解するのは難しいので、退室しても宜しいでしょうか?」


「なんじゃと!? ワシのドールを愚弄するつもりか!」


「え? いや、別にそういうわけでは……」


 困った顔でレイピアさんがそう言った直後、師匠がくわっと目を見開いてズカズカと彼女に詰め寄る。


「ワシの趣味をお前が否定するなど百年早いわ! そうやって、己の物差しだけで目の前のものを否定し受け入れぬからこそ、お前はいつまで経ってもロクな聖剣が造れんのじゃこのクソたわけめ!」


「わ、私が間違っているんですか!?」


 突然師匠にダメ出しをされ、レイピアさんがショックを受けたような顔をした。

 

「より強い聖剣を生み出すためには、開発者の研究に対する熱い情熱と匠な技術、それと造り出した聖剣に対する愛情が必須じゃ! それを自らのベクトルと違うからと見た目だけで否定する愚か者などに素晴らしい聖剣など造り出せるわけがない……。それが、お前の最大の欠点じゃ!」


「そ、そんな……私はただ、博士のドールについて話しただけで……」


「やかましいわこのおっぱい眼鏡め! ワシを否定することは己の伸び代を止めることに繋がるということがまだわからんのか!?」


 それはまるで全否定。

 逆鱗にでも触れたかのように怒り狂う師匠にレイピアさんが泣きそうな顔で唇を震わせている。

 なんか、レイピアさんを助けてあげたいけれど、聖剣うんぬんという話では、流石の俺も取り付く島もない。


「ちょっと、つーくん? なんとかしてレイピアさんを助けてあげてよ!」


「そうですよ! 元はといえば、草薙さんがダーイン博士と意気投合するからこんなことになったんですよ?」


 ……え? 俺のせいなのん? 


 とはいえ、確かにこのままだとレイピアさんがあまりにも可哀想だ。

 それならここは、男としての高感度を上げるためになんとか助け舟を出してあげるとしよう……そして、あわよくば、あの素晴らしいおっぱいをひと触りさせてもらえるように願う。

 

「あの、師匠。ちょっといいすか?」


「なんじゃい小僧! ワシは今、このクソたわけにお説教中じゃ!」


「ま、まぁそう怒らずに話を聞いてくれないすかね?」


 苦笑いを浮かべながらレイピアさんの前に割って入った俺に師匠は鼻を鳴らすと、話の先を促してきた。


「フンッ。それで、なにが聞きたいんじゃ?」


「その、俺たちの聖剣についてなんだけど、どうしてあの聖剣を召喚するのにエッチな行為をする必要があるんですか? まぁ、俺としてはむしろその方が嬉しいんだけどさ?」


「ほぅ、なかなか良い質問じゃわい」


 俺の投げた質問が気に入ったのか、師匠がニンマリとする。

 どうやら、レイピアさんに対する怒りの炎は上手く鎮静できたようだ。


「なら教えてやろう。そもそも、聖剣の能力を最大限まで開放するために適正者である精霊の【性感】が、なにゆえ必要なのかという話からじゃな……」

 

 師匠は近場にあった丸椅子に腰を下ろすと、俺たちの方を見て聖剣の秘密を語り始めた。

 俺としては、別にそこまで聞きたい話ではなかったのだが、こうなってしまった以上は聞く耳を持たなければならないと諦めた……。



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