第64話 アヴァロンの変わり者

 俺たちがエレベーターに乗り込み、階層を示すデジタル表記が各階を過ぎてその数字を増やしてゆく。

 エクスの話だと、ヘグニさんの捜索活動は別部隊が担当しているらしく、俺たちは上層部からの指示があるまでアヴァロン本部で待機するようになっているらしい。

 その間、アヴァロン本部内を自由に見学して良いと言われたらしく、ガイド役としてレイピアさんが担当を任されたようだ。


「アヴァロン内には様々な施設があります。それら全てを今日一日で巡ることは難しいのてすが、できる限りご案内しますので楽しみにしてくださいね!」


 胸の前で小さく握り拳を作って意気込むレイピアさんがなんとも微笑ましくて可愛い。

 おっとりして、ちょっと天然ぽい感じのレイピアさんは、なかなかの癒やし系だ。


 一応だが、アヴァロンの中は幾つの棟に別れているらしい。


 現在、俺たちがいる場所は『研究棟』と呼ばれ、主に研究員たちが聖剣や魔剣についての研究と開発などを行っている場所とのことだ。

 その他にも、精霊やセイバーの育成を目的とした『修練棟』、怪我人や病人のための『医療棟』、その他の目的で特別な行事を行う『特別棟』などに区分されているらしい。

 そして、これらの棟の中心には、アヴァロンのセキュリティを全て管理する『管制棟』という重要な場所があり、魔剣の精霊が出現したことなどを知らせてくれるシステムを管理しているようだ。


 ホログラフィのようなフロアマップを手元のタブレットPCで表示しながらレイピアさんが説明をくれるのだご、流石にそれら全ての施設を一日で回ることは難しいほど広いらしく、俺たちは一番近くの研究棟から案内されていた。

 そんな最中、ランスくんがレイピアさんに声をかける。


「あの、レイピア。ちょっといいかな?」 


 ランスくんはそう言って挙手すると、エクスの顔を見た。


「せっかくだから、エクスにアヴァロンの新しい設備を案内してあげたいんだけど、いいかな?」


 爽やかな笑顔でそう提案してきたランスくんにアロンちゃんも続く。


「それいいねー! じゃあ、次の階層で降りよっか?」


「それは構いませんけど、ブレイドさんは?」


「ふえっ? う〜ん……」


 レイピアさんに尋ねられ、エクスは顎に手をやると、口をへの字にする。

 幼馴染である二人と再会できて、いつもよりテンションが高かったはずなのだが、今のエクスは二人からの提案をちょっと不満そうにみていた。


「エクス、どうするんだい?」


「それは嬉しいんだけど……」


 ランスくんに肩を抱かれながらエクスが苦笑混じりに頬を掻く。

 いや、ちょっと待って。

 その前になんでランスくんがさり気なくエクスの肩を抱いているのん?

 それにどうしてエクスは抵抗しないのん?

 それは俺的に胸が苦しい光景なのがわかっているのん!?


「ね、エクスー! せっかくだから一緒に行こうよー?」


 あどけない笑顔で手を握ってきたアロンちゃんに、エクスが困った顔を浮かべていると、レイピアさんがドンと豊かな胸を叩いた。


「安心してくださいブレイドさん。二人はこの私が責任を持って案内しますからね!」


「ありがとうレイピアさん。でも、私が気にしているのはそういう心配じゃ……」


「エクスさん。それなら、私が二人の監視役を努めますよ……」


 ヒルドはエクスに近づくと、なにやら耳打ちをし始めた。

 それに対してエクスはうんうん頷くと、ヒルドに向けてサムズアップをする。


「オッケー。それじゃ、よろしくねヒルドちゃん!」


「ラジャーです! 任せてください!」


「おい、エクスにヒルド。一体なにを話していたんだ?」


「さあ? なんでしょうね?」


「まぁ、ツルギくんには教えられないかなぁ〜?」


 ……やだなにこの感じ。さっきの意趣返しなのかしらん?


 妙に機嫌が良くなったエクスに敬礼をするヒルドがものすんごく気になるけれど、俺も隠し事があるためそれ以上は突っ込めそうもなかった。


「よし、そうと決まれば早速行こうじゃないか!」


「そんじゃ、久しぶりにラウンジでも行ってみなーい?」


「うん。じゃあ、行こっか!」


 ノリノリのランスくんとアロンちゃんに手を引かれながら、エクスはこちらを振り返ると小さく手を振り、途中のフロアで降りてゆく。

 その姿を俺が無言で見送ると、レイピアさんがエレベーターの開閉ボタンに指を伸ばした。


「さて、それでは、私たちは別のフロアへ――」


 と、レイピアさんがエレベーターの扉を閉めようとしたその直後、秀でた頭にVRのヘッドセットを装着した白衣姿の老人が、スリッパをペタペタと鳴らしてコントローラーを握りエレベーターに乗り込んできた。


『クカカカッ! おいおい、セレジアちゃんや。ワシをどこへ誘おうとするんじゃ?』


『ちょ、博士!? またそんな物を被りながら歩いていたんですか!』


『んぁっ? その声は、レイピアか?』


 頭に装着したVRのヘッドセットをずらして老人は英語でそう言うと、その視線を俺たち三人に移した。


『なんじゃ、ヘグニの娘か。それより、そっちの若い二人は新人研修か?』


『いいえ。こちらの二人はエクスさんのパートナーである「草薙ツルギ」さんとその友人の「十束カナデ」さんですよ?』


 レイピアさんの紹介に謎の爺さんは瞳をぱちくりさせると、その顔をニンマリと笑ませた。


『ほほぅ、小僧がエクスちゃんの心を射止めたというセイバーか。なかなか、見所がありそうな顔をしとるわいな?』


 爺さんはそう言うと俺に近づき、グレーの瞳でジッと見つめてきた。


『小僧。お前からは、なにかシンパシーを感じるわい。どうじゃ、ワシの研究室ラボに来てみんか?』


『え!? ちょ、『ダーイン博士』! いくら彼でも博士の研究室ラボを見せるのは――』


『ワシが良いと言っているのだから構わんじゃろうが! まだ口答えするようなら、お前のその厭らしいおっぱいを揉みしだくぞ!』


 爺さんが英語で怒鳴りながら両手の指先をふにふに動かすと、レイピアさんが怯えたようにその身を竦めて自身の豊満な胸を両腕で隠した。

 なんだろう……この既視感? 

 つい最近、俺も同じような光景を見た記憶があるな。


『クカカカッ! そうとなれば即実行じゃ! 小僧、ワシについて来い。それと、そっちのジャパニーズホットチック《日本人の可愛いお嬢さん》も連れてな?』


 爺さんはニカッと笑って金歯を見せてくると、目的のフロアがある階層のボタンを押した。

 なんなんだこの怪しい爺さんは?

 というか、さっき、この爺さんがセレジアちゃんとか言っていたけれど、爺さんがプレイしていたVRゲームってまさか……。


「草薙さん。こちらの方はアヴァロンで有名な聖剣技師の『ダーイン博士』ですよ」

 

 と、まったく違う事を考えていた俺にヒルドがご丁寧に爺さんの紹介をしてくれた。


「ダーイン博士って、エクスの聖剣とかを造ったとかいう例の人か?」


「そうです。この博士はかなりの変わり者でして、初対面で気に入られるなんて驚きですよ……」


『おい、ヘグニの貧乳娘。なにをコソコソと話しておるんじゃ!』


『は、はい! 申し訳ありません! というか、貧乳じゃありませんよ私は!?』


『おい、レイピア。その客人をワシのラボまで連れてこい! いいか、わかったな!』


『はぁ〜……わかりました〜』


 戸惑う俺たちをよそに、ダーイン博士は目的のフロアへ着くと、ズカズカとした足取りで先へと進んで行く。

 それを見ていたレイピアさんは諦めたように肩を落とすと、俺たち三人を博士のラボへと案内してくれた。

 

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