第90話 動き始めた計画

 アヴァロンから数十キロ離れた街中を気怠そうに歩く白衣姿の男がいた。

 人目を気にせず白衣姿で歩くその男は、両手をポケットに突っ込みながらフラフラとした足取りで街中を歩いている。


「あぁ……ダリぃ〜」


 長めの白髪から覗く両眼はぎょろりとしているが今は眠たそうに半分閉じられており、ギザギザとした鋸歯きょしを噛み合わせてはギチギチと耳障りな音を奏でていた。


「あぁ……ここか?」


 太陽光を毛嫌いするように顔をしかめた男は、街中にあるファーストフード店の看板を見上げた。

 すると、その窓際席で男に手を振る赤いコート姿の若い女がいた。

 その女を確認するや否や、白衣姿の男は後頭部をボリボリと掻きながら、ファーストフード店の中へと足を踏み入れた。


「んもぅ、随分とおそいじゃないのよん! 女を待たせるなんて男として三流よん?」


「あぁ……? なら俺っちは三流でいいや」


 白衣姿の男が覇気のない声でそう答えると、赤いコート姿の女――ティルヴィングは、やれやれと肩を竦めた。


「はぁ〜……アンタはホント、人間を殺す時以外はヤル気の欠片も見せないわよね〜ん。エペ公」


「あぁ……いや、ティル姉。エペ公じゃねえから。俺っちの名前は『エペタム』だから」


 自らをエペタムと名乗った男は、近くにいた店員を見つけて片手を挙げると、ブラックコーヒーを頼んだ。

 それから数分してテーブル席に届いたブラックコーヒーを一口啜ると、エペタムはそのまま溶けるようにテーブルに突っ伏した。


「はぁ〜……ティル姉よぉ。俺っちはいつまでアヴァロンの中で大人しくしてりゃいいんだ? もう飽きちまったよ」


「もう少し頑張りなさいよん。ちゃんと順調に進んでいるのだからん」


「とは言ってもよぉ……前に見つけたあの小隊の連中をバラバラに斬り裂いてから、ずっと血を見てねぇんだぜ? そろそろ限界だぜぇ〜」


 エペタムはテーブルに突っ伏しながら死んだ魚のような目でティルヴィングを見上げる。

 その濁った目を見て、ティルヴィングはくすりと笑い、テーブルに頬杖をついた。


「安心しなさいよん。ちゃ〜んとアヴァロンでの諜報活動をしたご褒美に、沢山の人間をバラバラに斬り裂かせてあげるからさん?」


「あぁ……マジぃ〜?」


「マジよん。それに、アンタのそのがないと、アヴァロン本部内に侵入できないし、アタシたち魔剣にとって一番面倒な感知システムをダウンさせないと、同胞たちを引き連れて一斉に襲撃できないでしょん?」


「あぁ……そだね〜」


 手元に置かれたエスプレッソを口に運ぶティルヴィングを見上げながら、突っ伏したテーブルの上でエペタムがゴロゴロと頭を動かす。

 その様子をファーストフード店の男性店員が胡乱な目で見ていたが、ティルヴィングが彼にウィンクを投げると、その男性店員は頬を赤くして去って行った。


「それよりティル姉……あのガキはいつまで傍に置いとくつもりなんだ?」


「それって、クラウの事かしらん?」


「そうだよ……。アヴァロンから情報を引き出すためにあの小隊の中で唯一生かしてやったあのなんとか大佐とかいう奴が、さっさとガキの身柄を寄越せとかしつこくてさぁ……鬱陶しいから早く殺したいだけどよぉ〜」


「そんなのダメよん。だってクラウは、アタシのお気に入りだから渡すつもりなんてないからねん?」


「まぁ、俺っちとしてはどうでもいいんだけど、アイツにとってあのガキは、を持っている生き残りだから早く始末したいんだとさ〜……つーか、あのガキここにいねぇの? 小便とか?」


 テーブルに突っ伏したまま、眼球だけを動かして店内を見渡すエペタムにティルヴィングが首を横に振る。


「クラウはホテルでちゃ〜んとお利口さんに待機しているわよん。それに、あの子にはこの計画の全容を伝えていないから連れてくるわけにはいかないのよん」


「あぁ……そう。んで、スレイブの方はどうなってんの? グラムを殺したあのガキに上手く寄生できたの?」


「そこらへんは大丈夫よん。これでスレイブがあの坊やを抑えて、あの子のパートナーであるお嬢ちゃんとの契約を解除させちゃえば、アタシたちにとっての脅威は皆無も同然だわん。あ、それと、ちゃんとあのパートナーちゃんが別の奴と契約するようには手配できたのん?」


「あぁ……それなら、アイツに頼んで手配しといたぜ。とりあえず、俺っちもまだもう少しだけ我慢するよ……。そしたら、人間共をバラバラに斬り裂いて遊べるんだろ?」


「そうねん。でもその前に、アンタはちゃんとアヴァロンの管制システムをダウンさせなさいよん? そうじゃないと、アヴァロンの中でモルモットにされている同胞たちも暴れられないんだからねん?」


「それなら抜かりはねえよぉ……散々、アヴァロンの施設ん中を歩き回って調べたんだ。つーか、アイツらが悲鳴を上げて逃げ惑う姿が目に浮かぶぜぇ〜」


「ンフフ。奴らも気付かないでしょうねん? まさか、自分たちが所属するアヴァロンの中になんてことをさん? ンフフフフッ♪」


「へへ……まったくだぜ。キシシシシ……」


 鼻歌を交えながら空になったコーヒーカップにスプーンを入れて、ニッコリと笑うティルヴィングにエペタムが同調して鋸歯を噛み合わせながらギチギチと不快な音を立てて嗤う。


 アヴァロン本部を恐怖に貶めるために計画されたその作戦は、既に動き始めていた。

 そしてこの日から数日後、アヴァロンにとって最も恐ろしい日が訪れる事になるとは、誰も予想すらしていなかった。




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