第91話 魔剣化の正体

 エクスたちが修練施設に向かっていたその頃、レイピアはダーインと共に研究室に籠っていた。

 それは、魔剣化したカーテナの聖剣についての解析を急いでいたからだ。


「ふむ。準備はよいかレイピアよ?」


「はい! 大丈夫です」


「よし、それでは始めるぞい」


 カーテナの聖剣は台座のような特殊機器の上に刃を下に向けた状態で突き立てられており、その台座から無数に延びたケーブルを辿ると、デスクの上に置かれた一台のノートパソコンへと繋がれていた。

 レイピアは、カーテナの聖剣が納められた台座とケーブルで繋がれたそのノートパソコンの画面を食い入るように見つめており、豊かな胸の前で両手を握り合わせ息を呑んでいる。

 すると、聖剣側に立っていたダーインが、ラブドール型の精霊であり彼の助手を務めるセレジアを横に侍らせながらレイピアに声を張った。


「レイピア、聖剣にエネルギーを供給するからよ〜く画面を見とれ!」


「わかりました!」


 威勢よく返事をするレイピアにダーインは頷くと、カーテナの聖剣が納められた台座にあるスイッチを押した。

 電源が入れられた事によりエネルギーが供給され、カーテナの聖剣が淡く光を放つと、その刀身から黒い靄のようなものが滲み出し始めた。

 その様子に危惧したのか、ラブドール型の精霊であるセーラー服姿のセレジアが、台座にあるカーテナの聖剣を真剣に見つめているダーインに言う。

 

『博士ぇ〜。危ないから私の後ろに隠れた方がいいよ〜』


「クカカカッ! セレジアちゃんは優しいのぅ〜? でも、ワシは大丈夫じゃよ」


『ええ〜でも〜、セレジアはとぉっても心配だよ〜。じゃあ、博士が大丈夫なように抱きしめてあげるね〜?』


「おっほほぅ! ありがとなセレジアちゃん。愛しておるぞい」


 台座の近くに立つダーインの顔をその豊満な胸で挟むように抱きしめると、セレジアがにっこりと笑う。

 しかし、当のダーインは、普段のような厭らしい顔は一切見せずに真剣な表情でカーテナの聖剣を見つめていた。


「これは……博士!?」


 緊迫したその声にダーインとセレジアは振り向くと、ノートパソコンの画面を見つめながら必死に手招きをしているレイピアへ駆け寄った。


「どうじゃ? 変化はあったか?」


「は、はい。確かに変化が起こりました」


 デスクの上に置かれたノートパソコンの画面を見てダーインは眉を顰めると、なにかを確信したように唸った。


「……やはりそうじゃったか」


 鋭く細めたダーインの視線の先では、ノートパソコンの画面上を覆い尽くすような勢いで数字の羅列と英単語が右から左へと駆け巡っていた。

 やがて、それらが全て消失すると、今度は画面上に髑髏どくろのマークが幾つも現れ、ケタケタと笑い始めた。


「博士……こ、これは?」


「ウイルスじゃよ」


「ウイルス?」


「そうじゃ。コイツらは、聖剣のシステムコンピューターを侵食するじゃ」


 ダーインは苦虫を噛んだような顔でそう告げると、後方にあるカーテナの聖剣を見た。


「聖剣が魔剣化したなどと聞かされた時は信じられん話じゃと思うとったが、まさかその方法がウイルスによるシステムコンピューターへの侵食だったとは想像もつかんかったわい」


「えっと、つまりそれはどういうことなのでしょうか?」


「パソコンに起きる現象と似たようなもんじゃ。聖剣への直接的なウイルス侵入方法は不明じゃが、奴らの中にはどうやらことができるとんでもない能力者がいるということじゃわい……」


 聖剣とは、兵器である前に科学の結晶によって生み出されたひとつの精密機械である。

 そのデバイスの中には、膨大な演算処理を行えるように特殊なシステムコンピューターが内蔵されていた。

 そのデバイスに特殊なウイルスを侵食させることで聖剣のシステムコンピュータープログラムを変換して聖剣の魔剣化現象を引き起こしたのだろうとダーインは睨んでいた。

 そして、更に……。


「オマケに魔剣化の影響を受けたホーリーグレイルから発せられるこの波長は、宿主である精霊の脳波にまで影響を与えるようじゃな……」


「精霊の脳波って……つまり、どういうことなのでしょうか?」


『簡単に言うとね〜。聖剣がウイルス感染しちゃったら、その持ち主の精霊も操られちゃうって感じなんだよ〜』


 頬に人差し指を当て、小首を傾げながら説明をするセレジアにレイピアが目を見張った。


「要するに、マインドコントロールをされてしまうということですか?」


「その通りじゃ。ワシがヘグニのために造った自律型AIの『ブレイブ』のような機械製の精霊ならそんな影響は受けんのじゃが、魔剣化したホーリーグレイルから発せられるこの特殊な電気信号は、宿主である人間の精霊の脳に直接働きかけ、その自我を奪うようじゃて……。そして、自我を奪われた精霊はそのマスターとなる魔剣の思うままに操られてしまうというわけじゃな……」


 カーテナの聖剣が魔剣化した直後、彼女はティルヴィングに操られた。

 それは、カーテナの体内に移植されたホーリーグレイルから発せられる特殊な電気信号がその脳に直接影響を与えた結果によるものだった。


 そこまでの事実に行き当たり、レイピアは今回の相手である魔剣に底しれぬ恐怖を覚えた。

 もし、そんな魔剣の精霊がアヴァロンに現れ、他の精霊たちもカーテナのように操られてしまったらどうなるのだろう。

 深く思慮せずとも、その答えは火を見るよりも明らかであり、そうなればアヴァロン始まって以来の大事態を招くことになると、レイピアは悟ったのだ。


「そ、そんな恐ろしい能力を持つ魔剣がいるなんて……博士、なにか対抗策はないのでしょうか?」


「それはどうじゃろうな。まさか敵の中に、そんなことができる奴がおるなんぞワシにも想像すらできんことじゃったわい」


「敵はコンピューターウイルスのようなものでこちら側の聖剣を狙ってくるのですよね? それなら、これから生産する聖剣にそのようなウイルス感染を防ぐための新しいシステムを導入するというのはどうでしょうか?」


「アホぬかせ。今からそんなシステムを造るとなれば時間が足り……ん? そう言えば、レイピアよ。以前にお前が造った聖剣にそんな能力を持たせたとか話しておらんかったか?」


 ダーインの台詞にレイピアは暫し考えたあと、「あ!」と、声を漏らして両手をパンッと合わせた。


「あります! まさに博士が今おっしゃったアンチウイルスを内蔵した聖剣が!」

 

「アンチウイルスなどと最初に聞いたときは、実戦でクソの役にもたたん能力じゃと思うとったが、まさかそれが必要になるときが来ようとはのぅ……レイピアよ、その聖剣を使えばこの由々しき問題を解決できるやもしれん。急いでここへ持って来るんじゃ!」


「は、はい! わかりました……って、きゃあっ!?」


 ダーインに催促され、レイピアが研究室を飛び出そうとした時、足下に張り巡らされた数多のケーブルにつま先を引っ掛け転倒した。

 その勢いですぐ近くにあった丸型のテーブルも横倒しになり、その上に積まれていた分厚いファイルの山がレイピアの頭部にドサドサと落ちてくる。

 その様子にダーインとセレジアが、またやらかしたかと呆れたようにため息を吐いた。


「なにをしとるんじゃこのドジっ子おっぱい眼鏡! お前は人様の部屋を何度散らかせば気が済むんじゃ!?」


『アハハハッ! 今回はコーヒーじゃなくて良かったけどね〜』


「うぅ……ごめんなさいですぅ〜。あら? コレって……」


 不意に視界に入った分厚いファイルを手に取ると、レイピアが驚いた表情でダーインの顔を見た。


「あの、博士! どうして博士がこの『魔剣サンプルリスト』をお持ちなのですか?」


 以前、それを見かけた時はヘジンが所持していたという姿が記憶に新しい。

 しかし、それをなぜ現在、恩師であるダーインが所持しているのかレイピアにはわからなかった。


「それはワシが独房にぶち込まれていたときにヘジンが持って来たんじゃよ」


「ヘジン総司令官がですか?」


「そうじゃ。魔剣サンプルリストに記載されている魔剣たちは、ワシが聖剣の研究で実験用に使い廃棄処分してきたものじゃ。ヘジンの奴はそれを独房にいたワシに渡してきてのぅ『この中で廃棄処分した覚えのない魔剣サンプルはないか?』と、尋ねてきたんじゃ」


 ダーインが投獄されたあと、レイピアがヘジンとすれ違った際に彼の足が収容施設の方へと向っていたのを思い出す。

 しかし、それがまさかダーインの独房へ向かっていたとは思っていなかった。

 とはいえ、その意図が見えてこないのもまた事実だった。


「なぜ、ヘジン総司令官は博士にそんな事を確認なさったのでしょうか? 廃棄処分した覚えがない魔剣というのが引っ掛かりますね……」


「ふむ。まぁここだけの話なんじゃが、ヘジンの口ぶりじゃと、ワシが廃棄処分認定していないサンプル魔剣を何者かが捏造して廃棄処分扱いにし、それをクソたわけがいるという話じゃ」


「な……それって!?」


「そうじゃ。とんでもないじゃわい」


 ダーインの口から聞かされた驚愕の内容にレイピアは愕然としたのち、言いしれぬ怒りを抱いた。

 アヴァロンは魔剣の脅威から人類を守るための組織である。

 それにもかかわらず、その組織に身を置きながら敵である魔剣を紛争地域に兵器として売り込んでいる人間がアヴァロン内部にいると聞かされて腹が立たない人間はいないだろう。

 少なくとも、レイピアにとってははなはだ遺憾の極みだった。


「まぁ、そのへんの下手人についてはヘジンが既に目星をつけているようじゃからワシには関係ないがのぅ」


「か、関係ないって……関係あるじゃないですか!?」


「アホぬかせ。今はそれよりも、この魔剣化について対策を練る方が優先じゃわい」


「で、でも……」


「ええい、いつまでもしつこい奴じゃのぅ! そんなアホよりも、アヴァロンにとって最も恐ろしい能力を持った魔剣が侵入してきた時を考えてみればそちらの方が何倍も恐ろしいじゃろうが! つべこべ言っとらんでさっさとお前の聖剣をここへ持ってこんかい、このおっぱい眼鏡め!」


「え、えぇ〜……」

 

『ほら、レイピア〜! 急げ〜!』


 半ば強制的に追い出されるような形でレイピアはダーインの研究室を出ると、俯いたままヒールのカカトを廊下に響かせていた。


「アヴァロンの内部にそんな事をしている人がいるなんて……って、痛っ!? ご、ごめんなさい!」


 下を向いて歩いていたがために、曲がり角から現れたら誰かとぶつかり、レイピアは痛む鼻頭を押さえた。

 そして、慌てて謝罪の言葉を口にして顔を上げてみるとそこには、見慣れぬ白髪の男性研究員がボーッとした表情で立っていた。


「あぁ〜……だれ〜?」


 白髪の男性研究員はぎょろりとした死んだ魚のような目を細めると、何度も頭を下げているレイピアを見下ろしながら、首の骨をごきりと鳴らして頭を傾けた。

 その異様な姿にレイピア頬を引き攣らせると、ことさらに深く頭を下げた。


「よ、よそ見をしてしまい本当に申し訳ございませんでした! 以後、注意致します!?」


「あぁ……そ。んじゃ」


 白髪の男性研究員は面倒そうに短く告げると、フラフラとした足取りで去ってゆく。

 その後ろ姿を見つめながらレイピアは、こてんと首を傾げた。


「見かけない方でしたね。研修生でしょうか……って、あ! 急がなきゃ博士に怒られちゃう〜!?」


 既に見えなくなった男性研究員はさて置き、レイピアは再び駆け出すと、自分の研究室に向かい足を走らせていた。


 

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