第92話 カナデと聖剣

 修練施設にて上層部が選出したエクスの次なるセイバー候補であるカエサルと出会ったあとから、カナデとヒルドは怒り心頭していた。

 

「つーか、なんなのアイツ! マジでムカつくし、キモいし、勘違い野郎って感じだし!」


 目尻を吊り上げ、プンスカ怒りながら通路を闊歩するカナデに隣を歩くヒルドが続く。


「本当に失礼な人でしたよね! レディが二人とか、三人目のレディであるこの私の存在を無視するとか本当に許せませんよね!」


 怒りのベクトルは違えども、二人がカエサルに対して心の底から嫌悪しているのは明確だった。

 エクスはカエサルと会ったあとに体調が悪くなってしまい、用意された部屋へ戻ることになった。

 そんな彼女を部屋まで送り届けた二人は、横を通り過ぎる研究員や職員たちに八つ当たりのような視線を投げると、その鬱憤を愚痴として消化するためにレイピアの研究室を目指していた。

 するとその時、曲がり角から丁度レイピアが慌てた様子で姿を見せた。


 レイピアは自分が製造した聖剣を胸に抱えており、ヒールのカカトをカツカツと鳴らして小走りをしている。

 そんな彼女の姿を見つけると、カナデが声をかけた。


「あ、レイピアさん!」


「へっ? あ、カナデさ……ひゃあっ!?」


「危ない――って、むぐぅっ!?」


 カナデの声に反応して急激に身体の向きを変えた時、ヒールのカカトが折れたのか、レイピアが前傾姿勢で転倒しそうになっていた。

 その際に空中へと放り投げられた聖剣をカナデは見事に両手で受け止め、転倒しそうになっていたレイピアをヒルドが抱きとめようとして彼女の前に躍り出たが、その勢いを抑えることができずヒルドはレイピアの豊かな胸と地面に挟まれた状態で転倒し、両手両足を必死にばたつかせていた。


「ちょ、ヒルドちゃん! 大丈夫!?」


「ご、ごめんなさいヒルドさん!? 大丈夫ですか?」


「……えぇ、身体の方は割と丈夫なので平気ですけど、心の方は少し傷つきましたけどね? ははっ」


 やはり胸の大きな女性に対して執着をしているのか、レイピアの胸を恨めしげに見たあと、ヒルドは自嘲するような乾いた笑いを漏らして自分の両胸に手を添えて俯いた。

 そんなヒルドを心配してカナデが駆け寄ろうとした時、彼女が胸に抱く聖剣の鍔部分に埋め込まれていたホーリーグレイルが淡い光を帯びた。

 その異変にカナデだけならぬレイピアも目を見張る。


「レイピアさん。これって……?」


「ウソ……共鳴反応って、カナデさんが!?」


「共鳴反応って、なんですか?」


 小首を傾げるヒルドにレイピアがどこか興奮気味に言う。


「共鳴反応とは、聖剣が宿主となる精霊を選出した時に起こる反応のことです! 今までどの精霊候補たちにも反応を示さなかったのですが、まさかカナデさんに反応するなんて……」


 手渡された聖剣とカナデを交互に見てレイピアが瞳を白黒させる。

 過去から現在に至るまで、レイピアの造り出した聖剣が誰かに共鳴反応を示すことは皆無だった。

 それがここにきて、ようやく反応を示した事にレイピアの心は舞い上がった。

 しかし……。


「カナデさんはアヴァロンで訓練を受けた精霊候補ではないですし、ただの一般人……せっかくこの子が宿主となる相手を選出したというのに、とても残念ですぅ~」


 悔しそうに下唇を噛むレイピアを見てカナデは首を捻ったが、もしそれが叶ったとすれば、ツルギの傍にいられるのでは? という思考に至り、やや食い気味でレイピアに凄んだ。


「ねぇ、レイピアさん! その精霊候補ってのにはどうしたらなれるの!?」


「いや、それは……」


「カナデさん。それは無理ですよ」


 言い淀んだレイピアに打って変わるようにヒルドが首を横に振る。


「精霊候補になれるのは、アヴァロンが指定した特殊訓練学校を卒業できたエリートだけです。残念ですけど、カナデさんは一般市民ですから、それは不可能というものです。ちなみに、私はその訓練学校を首席で卒業しましたけどね?」


「そ、そんなのやってみなきゃわからないっしょ!?」


「いやいや、やってみるもなにもその学校に入学すらしていないんですから無理ですってば。ていうか、カナデさんは英語が話せないじゃないですか? 訓練学校の講師は全員外国人ですし、英語が必須なんですよ?」


「うぅ、それは……むぅーっ!」


 白人美少女と交際をしたいがために必死に英語の勉強を続けて英会話スキルを習得したツルギならまだしも、カナデの英語の成績はかなり芳しいものではなかった。

 それを理解した上で説得するヒルドにカナデはぷーっと頬を膨らませると、レイピアが胸に抱く聖剣を見る。

  

(……せっかく、つーくんともっと一緒に居る時間を作れるチャンスだと思ったのに)


 不満そうに口先を尖らせるカナデを見てレイピアは苦笑すると、その胸に抱いた聖剣を撫でた。


「正直、私もこの子が誰かを選出してくれたことに喜びを隠せません。でも、それでカナデさんが危険な目に遭うとなれば、話は別ですからね。今回の事は諦めざるをえません……」


「まぁ、ツルギ先輩とエクスさんみたいなでもない限りはカナデさんが聖剣の精霊になるのは難しいと思います。と、いうことですから、諦めましょう!」


「むぅーっ、ヒルドちゃんの意地悪ぅ……」


 場の空気を変えるように話を反らしたヒルドをカナデがジト目で見ていると、レイピアがなにかを思い出したかのようにハッとして立ち上がった。


「あ、いけない! 博士に早く研究室へ戻って来いと言われていたのをすっかり忘れていました! それでは二人とも、また今度にでも……きゃあっ!?」


 カナデとヒルドに詫びを入れると、レイピアが聖剣を胸に抱えて走り出す。

 しかし、カカトの折れたヒールで再びバランスを崩して転倒した彼女の後ろ姿を見て、カナデとヒルドは心配そうな面持ちでその背中を見送った。

 

 

 

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