第89話 最悪のセイバー候補

 スヴァフルからの非情な宣告を受けた日から翌日、エクスはカナデとヒルドの三人と共にアヴァロンの上層部が選出したというセイバー候補を確認するため、彼がいるとされた修練施設に向かっていた。

 だが……。


「あの、エクスちゃん。大丈夫?」

 

「……」


「エクスちゃん?」


「……ふぇっ? あ、ご、ごめんカナデさん! ちょっと、ボーッとしちゃってて」


「大丈夫ならいいんだけどさ……」


 心配そうな面持ちでカナデが気遣うも、当のエクスは心ここにあらずといった様子で上の空だった。


「話によるとエクスさん、あれから全然眠れていないみたいなんですよね……」


 耳打ちをしてきたヒルドにカナデは小さく頷くと、再びエクスに視線を向ける。

 突然言い渡されたツルギとのセイバー契約解除宣告に、エクスの精神面が大丈夫なはずがない。

 現に今のエクスは目が虚ろであり、その足取りもどこか覚束ない様子でフラフラとしていた。


(このままだと、エクスちゃんが倒れちゃいそうじゃん……。つーくん、早く戻って来てよ!)


 昨晩からあまり睡眠をとれていないのか、カナデの隣を歩くエクスの目元には薄っすらと隈が浮かんでいる。

 それにいち早く気付いたカナデは、エクスの身を誰よりも心配しており、その身体を支えるため常に彼女の横に張り付いていた。


「あのさ、エクスちゃん? なんか体調がすごくヤバそうだしさ、その新しいセイバー候補って人を今日見に行かなくてもいいんじゃない?」


「ははっ……本当はそうしたいところなんだけど、副司令官の命令だからそうもいかないんだよね」


「そう、なんだ……」


 苦笑して頬を掻くエクスを気の毒そうに見つめてカナデが小さなため息をこぼす。

 学校とは違い、例え体調が悪くても上官の命令には絶対従わなければならないという組織のルールに異議を唱えたくなるも、アヴァロンの関係者ではない自分がそれに対して口を挟むことができないため、カナデはもどかしさを感じていた。

 そんなカナデの様子をちらりと横目にしてヒルドが言う。


「まあアレですよ。副司令官の命令とは言っても、そのセイバー候補さんの確認だけですし、その人を遠目に見たらちゃちゃっと帰っちゃいましょう!」


 あっけらかんとした態度でヒルドがそう言うと、エクスとカナデが同意したように頷く。

 その提案に関してはエクスも異論はなかった。


「そうだね。今日はその人がどんな人物なのかだけを遠目に確認して終わりにしよう。それに、まだ私も諦めたわけじゃないしさ……」


「それって、つーくんとの契約のこと?」


「うん。だって、ツルギくんは今もどこかで生きているわけだし、それならその帰りを待つのがパートナーである私の務めというか、彼が帰ってくることを私は信じて待っていたいんだ」


 遠い目をしてそう語るエクスの瞳には薄っすらと涙が浮んでいる。

 その横顔を見たカナデは、エクスのツルギに対する強い想いを感じざるを得なかった。


(エクスちゃんがこんなに心配してんのに、つーくんは一体どこでなにしているし! つーか、さっさと帰って来いってーの!?)

 

 心の中で悪態をつきながらエクスの隣を歩くカナデが、ひとり頬を膨らませていると、先頭を歩くヒルドが足を止めた。


「到着しましたね。ここに来るのは久しぶりですよ!」


 ヒルドが足を止めた先には、観音開きとなった扉があり、その先には天井がドーム型になった広い空間が存在していた。


 東京ドームをやや縮小したような構造をしたその施設の中では、セイバー候補生たちと思しき若い男女たちが、その手足にプロテクターのような防具を身に着け、木剣のような物を手にして稽古をしている。

 その周囲には、数人のセイバーたちが木剣を片手に立っており、彼ら彼女らを見守りながら剣術指南をしているようだ。

 すると、その中に見知った顔をみつけて、ヒルドが思わず声を上げる。


「え? ランスロッド様!?」


 ヒルドの上げた黄色い声に施設内で稽古をしていたセイバー候補生たちがその手を止めて振り返る。

 それに合わせて、謹慎中の身であるがために指導役を務めていたランスも施設の外にいたエクスたちの姿に気が付き振り返った。


「おや? エクスに十束さん、それにヒルドじゃないか!」


 ランスは爽やかな笑顔を浮かべると、白い歯をキラリと光らせ駆けてくる。

 その姿に周囲にいた女性セイバー候補生たちが、憧れを抱くような視線を向けては恍惚としていた。


「久しぶりだね三人とも。でも、どうしてここに?」

 

「えっと、それは……」


 表情を曇らせたエクスにランスはなにかを悟ったのか、その顔を強張らせた。


「まさか……契約を?」


「……うん」


 頭の中を過った最悪の展開にランスは悔しそうに歯噛みをした。

 エクスのパートナーであるツルギが、魔剣に寄生された可能性があると知って今回の展開はある程度予想がついていた。

 しかし、それはもっと先の話になるだろうと予測していたのだが、あまりにも早い上層部の判断に顔を伏せるしかなかった。


「すまない、僕たちが彼を見つけることさえできていれば」


「ううん、それは仕方ないよ。それより、ここにいるセイバー候補の中にカエサ――」


「おおっと、噂には聞いていたが、これはまた随分と良い女じゃねえか?」


「!?」


 突然背後から聴こえた男の声にエクスとカナデが振り返るよりも先に、二人はその肩を見知らぬ男に抱かれていた。

 すると、二人の肩口の間から顎髭を生やした白人男性がぬぅっと顔を出す。


「ククッ。どっちも俺好みの女だな。どうせなら、二人とももらっちまおうか?」


 エクスとカナデ二人の肩を抱いて現れたのは、『カエサル』という二十代の男だった。


 百八十を超える高身長と鍛え抜かれた身体に甘いマスク。

 肩まであるブロンドの髪を後ろで束ねており、彼はエクスとカナデの顔を交互に見てから青い瞳を厭らしく笑ませた。


「お前がエクス・ブレイドか。いいねぇ〜、実に良い女じゃねえか。それに、こっちの日本人の子もかなり可愛いくて……」


 と、カエサルはその視線でエクスとカナデの全身を舐めるように見ると、口元を笑ませて舌なめずりをした。


「……色々と楽しめそうだな。ククッ」


「気安く触らないでよ!」


「つーか、触んなし!」


 嫌悪感を剥き出したエクスとカナデがその肩に乗せられた腕を払うと、カエサルは両手を挙げてクツクツと笑い一歩下がった。


「おおっと、これは失礼した。あまりにも二人が良い女過ぎてついつい手が出ちまったぜ?」


「カエサル、キミのその軽率な行動は本当に控えるべきだ」


 咎めるような視線を送るランスにカエサルはヒラヒラと片手を返すと、おどけたように肩を竦める。


「ククッ。そんなに怖い顔しないでくれよランス隊長? 俺はただ、初対面のレディ二人に対して普通に挨拶をしただけだぜ?」


(……どうしてその中に私は含まれていないんですかね!)


 ひとりだけ蚊帳の外にされたヒルドが不満そうに頬を膨らませている中、ランスはカエサルを睨みつけているエクスに言う。


「エクス。もう既にわかったと思うけれど、彼がカエサルだよ」


「ホント、最悪だね……」


「そんな冷たいこと言わないでくれよ? 俺たちはこれから同じ時を生きて魔剣と戦う仲になるんだぜ? だから、よろしく頼むよ俺の未来の花嫁ちゃん?」


「ふざけないでよっ!」


 頬へと伸ばされたその手を叩くと、エクスがその瞳を鋭く細めてカエサルをキッと睨みつける。

 すると、カエサルはやれやれとかぶりを振り、腕組みをした。

 

「これはまた随分と嫌われたもんだ。まあ正直、気の強い女は俺のストライクゾーンだから、逆に燃えてくるけどな?」


「アナタみたいな人なんかと私は絶対パートナー契約なんてしない! 二度と近寄らないでよ!」


「そうは言ってもよ、俺たちがパートナー契約を結ぶのは上層部の決定事項だ。そんなにツラく当たられても困るんだがなぁ〜?」


「……っ」


 上層部からの決定事項。

 それに逆らうことは決して許されない事であり、幾らエクスが祖父に懇願してもまかり通らないほどの権限があった。

 それを知るからこそカエサルは、悔しがるエクスを見て口元を笑ませていた。


「そう言えばよぉ……」


 と、カエサルは腰を曲げて前傾姿勢になると、眉を顰めるエクスにニヤケ顔を近づけて言う。


「お前の元パートナーのなんつったか? 草なんとかってガキ……魔剣にやられて寄生されちまったらしいじゃねえか?」


「なっ、どうしてそれを!?」


 アヴァロンでも一部の人間しか聞かされていないはずの情報を口にしたカエサルに、エクスが同様を隠せず瞳を白黒させる。

 その様子を見たカエサルは、愉悦に満ちた笑みを口元に称えた。

 

「ククッ。なんせ有名な話だからなぁ? しかもよ、俺の聞いた噂によればその魔剣に寄生されちまったガキを討伐するチームが既に編成されたとかで、ソイツの居場所を突き止めたとかでよぉ……魔剣もろともぶっ殺しに行く作戦が既に決行されているって話だ。知ってたか?」


「そ、そんな……ウソ、でしょ?」


「ウソなんかじゃねえよ。なぁ、ランス隊長?」


「カエサル、貴様っ!」


 カエサルの言葉にエクスは振り向くとランスの顔を見た。

 すると、咄嗟にランスが下唇を噛んで俯いてしまう。

 その反応にカエサルの情報が真実であると、エクスは確信してしまった。


「ランス、そうなの?」


「……いや、それは」


 その知らせを受けた時、ランスはツルギを救出するために名乗りを上げたのだが、その申請をアヴァロンの上層部が退けた。

 前回の命令違反で謹慎処分を受けてしまった身であるがゆえに、ランスは泣く泣く諦めざるを得なかったのだ。


「ほらな、本当だったろ?」


「ランス……」


「……すまない、エクス」


 苦渋の色を浮かべるランスに、エクスは絶望して倒れそうになる。

 そんなエクスにカナデは素早く駆け寄ると、その身体を支えるように腕を回し、ニタニタと嗤うカエサルを見上げて怒りの声を上げた。


「アンタ、どういうつもりっしょ!? なんでそんな酷いことを平気で言えるわけ!」


「おいおい。これは俺の優しさだぜ? いつまでも過去の男にこだわっているようだから、いい加減目が覚めるように現実を教えてやっただけだろ?」


「コイツ、マジでふざけんなし!? アンタみたいな最低男は、そのうちつーくんにぶっ飛ばされるかんね!」


「つーくんだぁ〜? ソイツはエクスの元パートナーのガキの事か?」


「元じゃないし、だし! つーくんはアンタなんかより超絶強いから必ず帰ってくるし、エクスちゃんとアンタが契約するなんてあり得ないってーの!」


 激昂するカナデに修練施設にいる皆の視線が集中する。

 だが、それだけの注目を浴びたカエサルは逆に余裕の表情を浮かべ、カナデの台詞を笑い飛ばした。


「ハハハッ! そいつは面白いな? まぁ万が一にソイツが戻って来るとしてもその頃にはもう……」


 と、口にしたカエサルは呆然自失としたエクスに歩み寄ると、その顎先に手を添えて強引に顔を上げさせた。


「お前はだ」


 口角を上げてそう断言すると、カエサルがエクスの口に自らの唇を近づける。

 だが、それが成される前にランスの握る木剣の刀身が、その進路を防いだ。


「いい加減にしたまえカエサル……これ以上、僕の友人を貶し、横暴を続けるというなら上層部の処罰を受ける覚悟でこの僕がそれに見合った対応を取るよ?」


 殺気立ったランスの視線にカエサルは舌打ちをすると、エクスの顎先に添えた片手を下げて踵を返した。


「チッ。そうですか……それは失礼しましたねランス隊長」


 悪態をついて去ってゆくその後ろ姿をランスを含むカナデとヒルドの三人は憎々しげにめつけながら、エクスのパートナーであるツルギの帰還を心から願ったのは言うまでもない。

 無論、それは彼のパートナーであるエクスもだ。


「……ツルギくん、お願いだから……帰ってきて」

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