第116話 視界ゼロの攻防

 クラウの持つショートソードから放たれた閃光に当てられた俺は目の前が真っ白になり、完全に視界を奪われた。

 前にも同じような光を浴びた経験があったけど、今の閃光はそれの比ではない眩さを放っていた。

 そして、いくら待っても視界が元に戻らない。

 まさかとは思うが、これは――。


「俺は……失明、したってのか?」


 強烈な光を直視すると、人は失明すると聞いたことがある。

 もしそうだとしたら、これはかなりマズイ状況だ!?


「あははっ! 今のはクラウの聖剣の能力が魔剣化して更に強化されたのよん? 坊やのお仲間たちで何人かは免れた連中がちらほらいるようだけれど、ザコに等しい……これで形勢は逆転。今度こそ坊やを始末してあげるわん!」


「キシャシャシャ! 失明した気分はどうだよ〜? 今から俺っちがお前の身体をバラバラにしてやるから楽しみにしてろよ〜?」


 真っ白になった視界の正面から聴こえてくるティルヴィングとエペタムの嬉々とした声に俺は身構える。


 ……最悪だ。

 まさか、今の閃光で失明させられるなんて予想もしていなかった。


「ランスよ、前衛は俺が務める! 今の光に当てられた者を修練場の外へ避難させろ!」


「わかりましたヘグニさん! 今の閃光を免れた者は失明してしまった者を修練場の外へ避難させるんだ! それ以外の戦える者はボクに続け!」

 

「やっべぇ、なんも視えねぇっ!? つーか、みんなどこにいんだよ!」


 少し離れた位置からヘグニさんとランスくんの声が聴こえてくる。

 どうやら、俺と同じようにクラウの閃光で視界を奪われた人間を避難させるよう指示を出しているようだ。

 その中にオジェの狼狽した声が混じっていたが、アイツも俺と同じように目をやられてしまったようだ。

 それにしても、これじゃあマトモに戦えない。

 せっかく、この鎧を纏っていても目が視えないんじゃ防御力の高さも意味をなさないだろう……一体どうすれば。


「おい、ネギ坊! ここは俺様に任せろ!」


 光を失い、真っ白になった視界の中で俺が眉根を寄せていると、左腕からスレイブの声が飛んでくる。

 その声に俺が耳を傾けていると、今度は正面からチェーンソーを唸らせる音が聴こえてきた。


「距離にして二メートル弱だ。正面からエペタムの野郎がまた性懲りもなくチェーンソーの刃を重ねて突っ込んでくるぞ! その背後には魔剣を振り回したティルヴィングが控えてやがる。俺が合図を出したら、左に飛び退いて右側に剣を振り抜け!」


「わかった。タイミングは任せたぞスレイブ!」


 スレイブのナビゲートとチェーンソーの音に意識を集中させると、俺は双剣を構えてその時を待った。

 すると、チェーンソーの音が近づいてくると同時に、奴らの足音が聴こえてくる。


「今だ! 飛べ!」


 スレイブの声に瞬時に反応して俺が左に飛び退くと、すぐ近くをチェーンソーの音が通り過ぎて行った。

 その音を頼りに俺が聖剣を右側に振り抜くと、なにかを斬りつけた手応えを感じた。


「ぎぎゃあっ!? なんで!」


 エペタムの悲鳴が聴こえたあと、立て続けにスレイブから指示が飛んでくる。


「次はそのまま魔剣を左斜め上に振り抜け!」


「了解だ!」


 スレイブに言われた通り魔剣を振り抜くと、金属の衝突音を響かせて魔剣がなにかを打ち払った。

 おそらく、この重さから想像するにティルヴィングの魔剣を打ち払ったのだろう。

 その証拠にティルヴィングの驚愕した声が聴こえてくる。


「う、ウソでしょん!? 坊やは目が視えていないはずでしょ!」


「ケケケッ! 甘いぜティルヴィング。ネギ坊、ジャンジャン行くぞ!」


「頼む!」


 スレイブの的確な指示に従い俺が双剣を振るうと、それが面白いようにヒットしてゆく。

 多分だけど、スレイブはただ単に見たものに対して指示をくれるのではなく、俺の鼓動や身体の動きなどを先読みして最高のタイミングで声をかけてくれているから、こうも上手く行っているのだろう。

 本当に大した奴だと思うし、視界ゼロとなった今の俺にはこれほど心強いサポートはないだろう。

 本当にありがたいの一言だ。

 

 視界を制限された攻防を繰り広げていると、近くに感じていたエペタムとティルヴィングの気配が一気に遠のいた。

 どうやら、思い描いていたシナリオとは違う展開に焦りを抱いて体制を整えるつもりなのだろう。


「あぁ……マジかよあのガキ。つーか、スレイブと阿吽の呼吸とか普通にビビるわ」


「んもぅ、どれだけ相性がいいのよん! スレイブをあの坊やに寄生させたのが間違いだったわん!」


「ケケケッ! どうしたよティルヴィング? 随分と苛ついているじゃねえか!」


「あったり前でしょん! こうなったら……クラウ!」


 ティルヴィングの呼び声に、地響きが鳴る。

 この音は、クラウがコチラに身体の向きを変えた音だろう。


「クラウ、坊やを殺るの手伝ってちょうだい!」


 ティルヴィングがそう言った直後、龍になったクラウが地響きを立ててこちらに迫ってくるのがわかる。

 それに混じって聴こえてくるチェーンソーの唸る音と、鎧が擦れ合うような音から察するに、ティルヴィングとエペタムの二人がクラウと同時に仕掛けてくるようだ。


「チッ、コイツは手間だぜ。ネギ坊、行けるか?」


「あぁ。宜しく頼む!」


 俺は双剣を構えると、地響きのする方へ身体を向ける。

 すると、スレイブがどうすべきかを判断したのか、迷いのない言葉で言う。


「ネギ坊! クラウがあと十秒ほどで突っ込んでくるぞ。俺のタイミングに合わせて前方に高く跳躍しろ」


「わかった! それじゃあ、カウントを――」


「そんなことさせないわよん!」


「!?」


 クラウの尻尾による一撃に備えた俺がスレイブからの指示に身構えた次の瞬間、片足になにかが巻き付いてきた感覚がした。

 その感覚に戸惑っていると、離れた位置からティルヴィングの高笑いが飛んでくる。


「あはは! 捕まえたわん……そお〜れ〜っ!」


「なっ、しまった!?」


 片足に巻き付いたソレに引き倒させると、俺の身体が振り回され、そのまま空中に放り投げ出されたような浮遊感に包まれた。

 どうやら、俺は片足をティルヴィングの魔剣に捕縛され、そのままぶん投げられたらしい。

 

「キシャシャシャ! この時を待ってたぜ……オラアアアアッ!」


 放り投げられた俺が地面に落下すると、今度はすぐ近くでチェーンソーを唸らせる音が聴こえてくる。

 その刹那、エペタムの嬉しそうな声が耳に届き、俺の胸部装甲に強烈な衝撃と鉄を削るような甲高い音が響いた。


「キシャシャシャ! このまま胴体を真っ二つにしてやんよ~!」


「があっ!? クソ……ざけんなぁ!」


 真っ白な視界にぼんやりとしたオレンジ色のような色が幾つも視えた。

 この色は、エペタムが俺の胸部装甲をチェーンソーで削って発生している火花なのだろう。

 このままだと本当に身体を真っ二つにされてしまう。

 それだけはマジで勘弁だ!


 俺は双剣を無理やり前方に突き出すと、エペタムのチェーンソーを力づくで押し返す。

 その時、俺たちの方に向かって地響きが近づいてくる。


「ヤベェぞ、ネギ坊! 今度はクラウが攻撃を仕掛けてくるぞ!?」


 スレイブが焦った声を上げた直後、俺の胸部装甲を斬り裂こうとしていたエペタムがその手を止めて怒号を上げた。


「あぁ……邪魔すんなよクラウ! コイツは俺っちが――ごはあっ!?」


「ぐあああああああああっ!?」


 激怒したエペタムの声が途絶えると、突然真横から凄まじい衝撃が襲ってきて俺の身体が再び空中へと放り出された。

 しかも、さっきとは比べ物にならない高さで宙を舞っているような感覚がする。


「ちょ、クラウ!? エぺ公はアタシたちの仲間でしょん? 坊やと一緒に尻尾で殴り飛ばしてどうするのよん!」


 ティルヴィングの台詞から察するに、俺だけでなくエペタムもクラウに尻尾で殴り飛ばされたらしい。

 奴がどの辺を飛んでいるのかはわからないが、アイツも運のない奴だ。


「ネギ坊! 真下でクラウが大口を開けて待機してやがるぞ!?」


「なっ……マジかよ!?」


 なにも視えない状況下で落下する感覚は恐怖しかない。

 しかもそれに加えて、俺の真下では大口を開けたクラウがいると聞かされれば尚のことだ。


「ヤバいぞヤバいぞ、ネギ坊! あと二十メートルくらいしか距離がねえぞ!?」


「んなこといわれてもなあ!?」


 落下する中で顔を下に向けてみると、真っ白な視界の中に妙に仄暗い部分が覗えた。

 多分、アレがクラウの口なのだろう。

 その中に落ちて噛み砕かれたら、この鎧を纏う俺でも死ぬことは免れないかもしれない。


「チクショウ、どうすりゃいいんだよ!?」


「やむを得ねえ……ネギ坊、俺様の魔剣を真下に投げつけろ!」


「はあっ!? そんなことしてどうすんだよスレイブ!」


「いいから投げろっつってんだろ!」 


「わかったよ、ウオラァァァァァァァッ!」


 徐々に大きく広がってゆくその黒い部分に俺が左手の魔剣を思い切り投げつけると、それから程なくして龍となったクラウの悲鳴が響き渡った。

 それとほぼ同時、俺の身体がクラウの尻尾らしき太い影に真横から叩き落とされた。


 壁だか地面かわからないが、受け身も取れずにどこかに身体を強く打ちつけた俺が悶絶していると、左腕からケタケタと笑うスレイブの声がする。


「ケケケッ! 上手く行ったみてえだぞ相棒?」


「上手く行ったっていうのかよこれ……。流石に受け身も取れない状態であの一撃をマトモに喰らうのはどギツイぞ……ゲホッ!」


 背中に走る激しい痛みに耐えながら俺が上半身を起こそうとしたその時、離れた位置からエクスの声と軽い足音が聴こえてきた。


「ツルギくぅぅぅぅぅぅん!」


「え、エクス……どこだ!?」


 上半身を起こして首を巡らせてみると、視界の端にぼんやりとした人影が映る。

 俺はその人影がエクスであると直感して左手でマスクを上げると、近づいてくるその人影を見つめて口を開いた。


「エクス! 回復を――」


「ンッ!」


 と、最後まで伝えずとも、俺のパートナーであるエクスは全てを察しているかのように駆けつけと、勢いそのままにディープキスをしてくれた。


 そのキスを受けてから数秒も経たないうちに、失明して景色を視ることができなかった俺の視界が完全に取り戻され、眼前にはエクスの可愛いキス顔があった。


「ぷはぁっ! ありがとうエクス、おかげで目が視えるようになったぜ!」


「ううん、間に合って良かったよ〜。やっぱり、さっきの閃光で目が視えなくなっていたんだね?」


「あぁ。でも、これでまたお前の可愛い顔が見れるようになって安心したよ」


「ふぇっ!? そ、そんな……もぅ、ツルギくんたら~」


「おいおい、イチャつている場合じゃねえだろネギ坊。これからどう戦うよ? 俺様の魔剣がないと、ティルヴィングの魔剣を聖剣で受けることになるんだぞ?」


 スレイブの言う通り、俺の魔剣は地面の上で転げ回り悶絶しているクラウの口内だ。

 魔剣がなければ、ティルヴィングの魔剣を聖剣で受けなければならないのだが、そうなると奴の能力の餌食となり、エクスまでもが魔剣化されてしまう恐れがある。

 それだけはなんとしても避けたいところなのだが、なにか奴の魔剣を打ち払うことができるような方法はないだろうか……。


「奴の魔剣を打ち払えて尚且つ攻撃をできる手段か……ん?」


 色々と考え込んでいたその時、失神しているのか離れた位置で仰向けに倒れていたエペタムの両腕のチェーンソーに俺の目が留まった。


「魔剣を打ち払う……回転……攻撃……そうか!」


「ツルギくん?」


「エクス、ランスモードを頼む!」


 俺の台詞にエクスはキョトンとした顔を見せると、可愛らしく小首を傾げた。


「それは構わないけれど、ランスモードでもあの魔剣に触られちゃったら魔剣化されちゃうんじゃないのかなぁ~?」


「いや、俺の勘が正しければ、奴が聖剣を魔剣化させるには触れるだけでなく、数秒間だけ接触させる必要があると思うんだ。でも、おそらくだが、ランスモードを使えばそれを阻止できるはずだ。だからエクス、ランスモードを頼む!」


「うん、わかったよ。聖剣、ランスモード!」


 真剣な顔で俺がそう言うと、エクスがうんと頷いてランスモードを起動させる。

 俺は背面部から出現したもう一本の聖剣を手元の聖剣と重ね合わせると、大槍の形状に変化させた。


「これなら奴の魔剣化を阻止できるはず……行くぞ、スレイブ!」


「ケケケッ! なにか策があるみてえだなネギ坊? わかったぜ、オメェに任せるぜ!」


 ティルヴィングの魔剣化を阻止できる作戦――それがランスモード。

 これを使えば、ティルヴィングの能力に抵抗することができると、俺は睨んでいる。


「……これで奴らを倒すぞ!」


 俺は大槍の柄部分にあるスライダーを手前に引いて、中腹にある撃鉄を上げてリボルバーを回転させると、ドリル状になっている大槍の先端を高速回転させた。




 

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