第8話 彼女の事情

 エクスと出会った日から、一夜が明けた。


 我が家のリビングに置かれたソファに腰かけながら、俺は落ち着きなく貧乏揺すりをしていたりする。

 その理由は、浴室の方から聴こえてくるシャワーの音が原因だ。


「……これは、ワンチャンあるかもしれねえな」


 などと、無駄な妄想に耽って、ひとりにやけている俺ナウ。

 まぁ、冗談なんですけどね?

 ともかく、俺の頭の中は、昨日の出来事で一杯だった。


「それにしても、この先どうなるんだ俺の人生は……」


 神社の中で偶然エクスと出会い、俺は魔剣の精霊に殺されかけた。

 その後、エクスと契約を交わすことにより、彼女のセイバーとして復活し、魔剣を倒すことができた。

 こんなアニメみたいな展開が身近で起こるなんて、世の中ホントわかったものじゃない。


「つ、ツルギくん……?」


 控えめな声に振り返ると、エクスがリビングのドアを少しだけ開き、顔を覗かせていた。

 湯上りで上気しているのか、エクスは白い頬を火照らせ、濡れ髪にタオルを巻いていた。


「よぉ、さっぱりしたか?」


「お風呂を貸してくれてありがとう。それで、話は変わるんだけど……」


 どこか視線を彷徨わせながら、エクスがこちらへ来ようとしない。

 その様子に俺は首を傾げると、ソファから腰を上げた。


「どうしたんだよ? そんなとこいると風邪を引くぞ?」


「あ、あのさツルギくん。私的に文句を言えるような立場じゃないんだけど……」


 と、エクスの視線が下を向いた。

 その様子に俺はポンと、手を打つ


「あ、そういうことか。悪いけど、他に変わりがないから我慢してくれ」


 エクスがなかなか入室してこないその理由……それは、彼女が俺のボクサーブリーフを穿いているからである。


 母さんの下着があればそれを貸してやれるところなのだが、生憎と残ってはいなかった。

 というワケで、現在は俺の下着を穿いてもらっているのだ。


「お前の下着の洗濯が終わるまでは、俺の物で我慢してくれ。それと、あとで駅前のショッピングモールに新しい服やら下着やらを買いに行こうぜ。流石にあの格好では怪しすぎるからな」


「う、うん。わかった」


 諦めたようにエクスは頷くと、俺が大事にしているTシャツ『VR白人彼女』と、正面にプリントされたシャツの裾を指先で摘みながら、恥ずかしそうに入室してきた。


 〇●〇


 一段落着いたところで、俺は今後のことについてエクスと話し合った。

 話の内容は、魔剣の事やエクスの在籍するアヴァロンという組織の事、それと、これからのことだ。


 まず、エクスの話によると、事の始まりは今から数十年前に遡るという。


「今から数十年前にね、とある科学者たちが南極で巨大な剣状の形を成す二つの古代兵器を発見したそうなの……」


 発見されたその古代兵器を、科学者たちは持ち帰り、研究しようとした。

 しかしその道中で、古代兵器の一つが大爆発を起こして大惨事となった。

 その忌まわしい事故から数日経ったある日、世界中で魔剣の精霊が出現し、現在に至るという。

 それが魔剣の誕生秘話らしい。

 ちなみに、魔剣の精霊という名前の由来は、奴らが特定の黒い刃状の武器を有している事から名付けられたそうだ。


 この由々しき事態に対して国際連合は、魔剣の精霊に関する情報を一般世間から完全に遮断した。 

 そして、その事実を様々な情報で改ざんし、今も隠蔽しているという。


「まさか、そんな裏事情があったなんて、世の中もわかったものじゃねえな……」


「私たちが目にしている情報や、聞いている情報なんて真実のほんの一部だからね。でも、そのおかけでパンデミックを防げているのも事実なんだ。まぁ、私はそれに直接関わっているから、知っているだけなんだけど……」


 エクスはそう言うと、苦笑混じりに頬を掻いた。

 なんか、聞いてはいけないことを聞いてしまったような気がして、ちょっとモヤっとする。


「なるほどね。それで、その後にどうなったんだ?」


「魔剣が誕生してから数ヶ月後、私たちが所属する『アヴァロン』が創設されたの」


 魔剣殲滅組織『アヴァロン』


 それは、各地に出現する魔剣殲滅を目的とした特殊組織だという。 

 

「アヴァロンは南極で発見されたもう一つの古代兵器を研究し、そこから魔剣を倒すことができる唯一の武器『聖剣』を完成させたんだ」


 湯気が立ち昇る紅茶入りのカップに口をつけると、エクスがほぅっと息を吐く。

 まさか、エクスの中にあるあの剣が、魔剣の発端となった同じ古代兵器から造られたものだとは思いもしなかった。


「あんなすげえ代物が今まで南極に隠されていたなんて、事実は小説より奇なりとは言ったもんだな?」


「そうだね。それと、魔剣の精霊たちなんだけど、奴らは自然界に存在する様々な生き物、つまりは、人間を含む虫や動物などに扮して世界中に潜んでいるんだよ?」


 揺れるカップの表面を見つめて、エクスが捕捉を入れてくる。

 魔剣にも様々な形態をした奴らがいる。

 しかもそれは、俺たちの身近に存在するに擬態してだ。


「……つーことは、俺たちが普段目にしている生き物の中に、魔剣の精霊がいるかもしれないってことか?」


 その話を聞かされて、思わずゾッする。

 しかし、存外エクスはたいしたことはないと言わんばかりにくすりと笑った。


「そんなに怯えなくても大丈夫だよツルギくん。なぜなら、各国で私たちアヴァロンが、魔剣の動向を常日頃から監視しているからね。もし仮に、魔剣の反応が観測されれば、すぐにでもアヴァロンが対応処置をするから、安心してよ」


 エクスは自信満々にそう言うと、豊かな胸の前で握り拳を作った。

 でも、監視しているとはいえ、そんなヤバイ奴らがどこかに潜んでいる事実は拭えない。


「……あの人体模型みたいな奴以外にも、色々な種類がいるんだろ? そんなん考えただけで恐ろしくなるわな」


「ツルギくんが倒したあの魔剣は未完成型であって、まだマシな方だよ……。私たちアヴァロンにおいて、最も恐ろしいと認定されている魔剣の型は『人型』なんだ」


 ――人型魔剣。

 アヴァロンが最も警戒する魔剣タイプのひとつらしい。


 エクスによれば、人型魔剣は人間と変わらぬ知性があり、見た目も人間そのものだという。

 おまけに、人型魔剣には特殊な能力があるらしく、戦う際には十分な警戒が必要との事だ。


「人型の魔剣には私も遭遇したことがないけれど、もし仮に遭遇した場合には、単独での戦闘は極力避け、退却することを推奨されているくらい危険な相手らしいんだ」


「そ、そんなヤバいタイプの魔剣がこの日本にもいるのかよ!?」


「……それはわからないけれど、私がこの地に派遣されたとなればその可能性も低くはないと思う。私の使命は、一足先にこの国に派遣された優秀なパートナーとセイバー契約を結び、この国を魔剣の脅威から守る予定だったんだ。でもね……」


「死にかけた俺を助けるためにその相手との契約を諦め俺と契約を結んだ、か……」


 本来なら、エクスはアヴァロンで選ばれた誰かと契約を結び、魔剣と戦うはずだった。

 しかし、俺を助けるため彼女は契約を結ぶべき相手との契約を諦め、俺と契約を結んだ……。

 要するに、人知れず行われていた人類の存亡をかけた戦いに、俺は偶然にも首を突っ込んでしまったというわけだ。

 そう思うと、俺は相当ヤバいことをしでかしたんじゃないかと、内心めちゃめちゃ焦っていた。


「一つ確認しておくが、俺はお前のセイバーになったわけだよな? そんでもって、その戦いに俺が参加することは大丈夫なのか?」


「うん、それは問題ないよ。ツルギくんがOKならね?」


「そ、そうか……。人類の運命を左右する戦いに俺みたいな一介の高校生が介入すること自体は問題ないというわけか……。別に戦いたくないというワケではないけれど、これって相当に責任重大だよな? お、俺みたいな奴で平気かな?」


「そんなにひとりで責任を感じる必要はないよ。そもそも、ツルギくんをセイバーにしたのは私が決めたことだし、それにあのとき、ツルギくんがいなかったら私は死んでいたと思うしさ?」


 俺の顔を見て、エクスが柔らかく微笑む。

 確かにあのとき、俺と出会わなければエクスはその生涯を終えていたのかもしれない。

 そう思うと、俺は彼女と出会えて良かったと心の底から思えた。


「そう言ってもらえると嬉しいよ。俺も、お前みたいに可愛い女の子が死ななくて良かったと思っているしさ?」


「そ、それは、ありがとう……」


 あら、なんか照れちゃって可愛い。

 両手持ちした紅茶のカップを上げて、エクスが顔を隠した。


「ま、まぁ! アヴァロンに関してわからないことがあったら、なんでも聞いてくれていいよ? なにせ私はこれでも、アヴァロンが誇る優秀な精霊だからね!」


 えっへんと、誇らしげに立ち上がると、エクスが瞳をキラキラと輝かせる。

 それならばと、俺は聖剣に関して気になっていたことを質問してみる。


「なら、一つ気になったことがあるんだけど、あの聖剣ていう武器には、魔剣の精霊と戦うためになにか特殊な機能とか搭載されていたりするのか?」


「よくぞ聞いてくれました!」


 どうやら、この手の質問を待っていたらしい。

 エクスが妙に得意げな表情に変わった。


「私の聖剣には、魔剣との戦闘でと〜っても役に立つサポートアビリティ機能が搭載されているんだ! しかも、そのサポートアビリティは、私の聖剣に全部で四つも搭載されているんだよ!」


「ほぅ、四つもあるのか。普通なら幾つくらい搭載されているんだ?」


「一般的な精霊なら、せいぜい一つか二つというところだね。でも、私の聖剣は最新型だから、四つ搭載されているんだ!」


 妙に嬉しそうだなコイツ。

 まあでも、せっかくだし、その搭載されている機能とやらを聞いておいてもいいかもしれないな。


「それは凄いな。それで、その搭載されているという機能はどんなものなんだ?」


 俺がそう尋ねると、エクスが嬉しそうに語り始める。


「それはね、『シールド』『ランス』『アーマー』『ソード』とそれぞれ名称されている四種類の機能であり、これら全てを駆使して初めて一人前の精霊となれるわけなんだ! でも……」


「どうしたよ? 急に尻すぼみになって」


「あ、えっとね……」


 先程まで得意げに話していたのに、エクスが急にモジモジとし始めた。

 その様子を頬杖つきながら見つめていると、エクスがぽそりと言う。


「……その、知らないんだよね」


「は?」


「だ、だから! 私も知らないんだよね……その、サポートアビリティの解除方法を……」


「なんでだよ!?」


 エクスからの衝撃発言に、思わずツッコんでいた。

 魔剣との戦闘を有利にする重要なサポートアビリティ。それの解除方法を所有者である本人が知らないなんて言われれば唖然とするのは当然だ。


「じ、事前に説明をちゃんと聞かなかったわけじゃないんだよ! ただちょっと、聞きそびれてしまったというか、なんというか……」


「そんな凄い聖剣をもらえて浮かれてヒャッハーしてたんじゃねえの?」


「なんで知っているの!?」


「図星かよ!? つーか、そんな大事な情報を聞きそびれるとかありえないだろ普通!」


「し、仕方ないじゃないか! わ、私だって、ミスの一つくらいしちゃうモン!」


 涙目で頬を膨らませるエクスに、正直、萌えた。

 やだなにこの可愛い生物? このまま自室で飼っちゃおうかしらん?

 などと、やましい事を考えていたその時、彼女の左手の甲にちらりと見えた菱形の青い宝石を見て、俺は目を見張った。


「お、おいエクス? お前の左手の甲にある菱形の宝石って……」


「あ、これ? これは私の聖剣の鞘に埋め込まれていたものと同じ宝石だよ」


 しれっと、そんなことを平然した様子で話すエクスに俺は唖然とした。

 聖剣に着けられた物と同じ宝石を自分の左手に埋め込むとか、普通なら考えられない。

 しかし、エクスはさも当然のように語る。


「これを身体に移植することで、私たちは聖剣を扱う事ができるようになるんだ。ただし、誰でも移植に成功するとは限らなくて、失敗すればそれこそ魔剣のような化け物の姿へと変わってしまうか、移植された者が命を落とすかのどちらかと言われているんだよ? でも、私は無事に移植が成功した。つまり、選ばれし者というワケだね! どう? スゴイでしょ!」


 両手を腰に当て、再びエクスがどや顔を決めて胸を張る。

 正直、Tシャツの内側から大きく突き出た胸の先端に視線が集中しそうになるが、俺は煩悩を振り払い、エクスの手で輝く宝石について話を続けた。


「ず、随分とリスキーだな……。聖剣ってのは、そんな危険性を孕んでいるような兵器なのかよ?」


「元はあの魔剣と同じ兵器の一つだからね。でも、移植が成功した精霊は聖剣をコントロールする事ができ、更には魔剣たちと戦う力を得ることができるようになるのだからそれ相応のリスクは覚悟の上だよ。ところでツルギくん。自分の右手の甲を見て」


「えっ? 俺の手の甲……?」


 そう促され、自分の右手の甲に視線を落してみると、俺の右手にもエクスと同じ宝石が顔を覗かせて思わず絶句した。


「その宝石の名称は『ホーリーグレイル』。ツルギくんが魔剣にお腹を貫かれた時、私が傷口から移植したんだ。失敗すればキミも死んでいたか化け物になっていたかのどちらかだったのだけれど、キミはホーリーグレイルに選ばれたらしい。その成功率はまさに千分の一。しかも、私たち聖剣の精霊が持つホーリーグレイルは自分に移植された分を含めて二つしか存在していないからこれは奇跡そのものだったんだよ?」


 魔剣に腹を貫かれ死にかけていたとき、エクスはこれを傷口から移植していたらしい。

 ちなみに精霊はセイバーを回復させる事ができても自分は回復できない。

 おまけに契約を結んだあと、精霊は聖剣を扱えなくなるらしい。

 そして、精霊が倒れてしまうと、聖剣自体も砕けてしまうらしく、ゲームオーバーとなるらしい。

 それだけ、精霊の存在は重要とのことだ。


「なるほどな。色々とわかったよ。でも……」


 話を一通り聞かされたあと、俺はどうしても気になっていた事を質問した。


「なぁ、エクス?」


「んっ? なに?」


「お前はどうしてそんな危険な物を移植してまで魔剣と戦おうなんて思ったんだ?」


「それは……」


 俺がそう訊くと、エクスが表情を曇らせて俯いた。

 やはり、なにか言いづらいことがあるようだ。


「べ、別に無理に教えてくれなくていいからな? 俺はただ――」


「……私がまだ幼い頃、両親が魔剣に殺されたんだよね」


「え?」


 その一言に思わず目を見張った。

 魔剣に両親を殺された。

 その事実を聞かされた瞬間、俺は自分の発言を後悔した。


「私の両親もアヴァロンの一員で魔剣と戦っていたのだけれど、その時に強力な魔剣と遭遇してしまったみたいで二人は死んでしまったんだ」


 そう話すエクスの瞳には怒りが滲んでいた。


「だから、私は魔剣が許せなくて全ての魔剣を倒すためにアヴァロンへと入隊したんだ。魔剣は絶対許さない……全部破壊してやる、ってね?」


 強い瞳でエクスが俺を見つめてくる。

 彼女がリスクを冒してまで力を手に入れたのは、両親を殺した魔剣に対する復讐が理由だった。


 これは彼女にとって、とてもデリケートな問題だった。

 それなのに、なんの考えもなしに彼女の心の傷に触れてしまうようなことを訊いてしまった無神経過ぎる自分に、胸の奥が苦しくなった。


「そう、だったのか……。すまない、お前の気持ちも知らないでこんな事を訊いちまって」


「ツルギくんが気に病む必要なんてないよ。これは私個人の問題なのだから」


「なぁエクス、本当に俺なんかと契約を結んじまって良かったのか?」


「勿論だよ。私はツルギくんと契約ができて良かったと思っているよ?」


「ほ、本当か?」


「うん。だって、ツルギくんの剣術は見事だったし私を守るために命を懸けて必死に戦ってくれたじゃないか。理由はそれで十分でしょ。私は後悔なんてしていないよ!」


 その発言に目頭が熱くなる。

 エクスが俺を選んでくれたことが、純粋に嬉しかった。

 彼女が戦う理由を俺は知った。

 彼女もまた両親を失った絶望から立ち上がった存在だ。

 ならば、そのパートナーである俺も半端な気持ちで戦ってはいけないだろう。


「エクス。俺は何があってもお前を守り抜いてやる。そしてこの世界を平和にしようぜ!」


「私たちは聖剣によって繋がれたパートナー……これから一緒に頑張ろうねツルギくん!」


 エクスと握手を交わした右手が熱を帯びている。

 俺たちの知らないところで人類の存亡をかけた戦いが起きている。

 そして、それに身を投じている人たちがいることを知り、俺もその一人になった。

 でも、その事に対して不思議と不安はない。むしろ、俄然やる気の方が強さを増したと思う。

 両親の仇を討つために、俺と同じ歳で魔剣という化け物たちと戦うことを決意したエクス。

 彼女のために戦いたいという想いが、今の俺の中で一気に芽生えた。


「あ、そうだツルギくん! ちょっと電話を借りてもいい? アヴァロンに連絡してキミとの事を説明しておきたいんだ」


「そっか。電話なら廊下にあるから自由に使ってくれ!」


「うん、ありがとう。ところでさ……」


「んっ? まだなにかあるのか?」


「ツルギくんのご両親は……あっ」


 そう言って視線を上げたとき、エクスがバツの悪そうな表情を浮かべた。

 言うまでもないが、彼女の目にも確認できたのだろう。

 壁に掛けられた遺影に写る俺の両親二人の姿を……。


「実を言うと、俺の両親も三年前に事故で死んじまったんだ……。二人して、結婚記念日だとか浮かれて海外でも有名なリゾート地に旅行へ行ったきり……それが最期だったんだ」


 俺の両親は、旅行先で不慮の事故に巻き込まれて他界したと親戚から聞かされた。

 事故原因は未だ不明。

 ただ、二人が亡くなる直前、俺宛に送ってきた画像付きのメールがある。

 その写真には、黒く大きな人影のようなものに赤い二つの光が輝いているという不可思議なものだった。

 もう三年以上も経つから、今では気にしていない。いや、気にしないようにしているのだ……。


「……その事故原因がわからないままなんだけど、遺体の損傷が酷いから見ない方が良いって、医者に言われてさ? 親父たちの死に顔は見れなかったけれど、ひょっとしたら魔剣の精霊絡みだったりとかしてな?」


 努めて明るい声音で俺はそう言うと、両親二人の遺影を見上げた。

 すると突然、エクスがソファから立ち上がり、俺の顔を抱きしめてきた。


「ちょ、エクス!?」


「……ごめん、無神経過ぎたよね」


「バカを言え。俺だってお前に同じことを聞いたじゃないか?」


「そうだけど、ごめん。もっと、気を遣うべきだったね……」


 悲哀に満ちた表情でエクスが呟く。

 頬に感じるそのぬくもりに、俺は顔が熱くなった。


「お、おい……。気にし過ぎだって! 一体どうしちまったんだよ?」


「なんていうか、ツルギくんも本当はずっと寂しい思いをしてきたんだろうなって思ったら、急に抱きしめたくなったんだ……」


「エクス……」


 頬に押し付けられたエクスの胸の温もりがとても心地良い。

 確かに俺は静まりかえった孤独感が好きじゃなかった。

 それを紛らわせるために一日中ネットにかじりつき、気を紛らわせようとしていたのかもしれない。


「ねぇ、ツルギくん? 私たちはパートナーになったわけだし、これからは常に行動を共にする必要があるよね?」


 と、唐突に言うエクスに、俺は首を傾げながら答えた。


「え? まぁそうだよな。いつ魔剣が現れるかわからないしな」


「だから、一緒に暮らそ?」


「なんだ、そんなことかって……えっ!?」


 なにくわぬ顔で返答したけれど、改めて考えてみるとそれってとんでもないことだ。

 年頃の男女が、一つ屋根の下で暮らすなんてかなりエロ……じゃなくて、まずい事だろう。

 だが、俺の両肩を掴んで真っ直ぐ見つめてくるエクスの瞳は真剣だった。


「一緒に暮らすって……俺と、この家で?」


「うん。私はそのつもりだけど、ツルギくんは私と暮らすの嫌かな? これでも料理は得意な方なんだけど……」


 途端、エクスの表情が陰りを見せて、頭のアホ毛がシュンとなる。


 こんな可愛い女の子と暮らせることに不満なんてあるわけがない。むしろ、大歓迎だ!

 それなら答えはただひとつだけだろう。


 俺はエクスの肩に手を置くと、その瞳を見つめ返した。


「エクス」


「なに?」


「俺はオールオーケーだ! 空いている部屋を好きなように使ってくれ」


「ホント!? ありがとうツルギくん!」


 満面の笑顔を浮かべて抱きついてくるエクスに、俺の頬が自然と緩む。

 それは下心などではなく、人の優しい温もりに感慨深さを感じているからかもしれない。

 俺が最後に両親と触れ合ったのはいつの頃だっただろうなんて、ふとそんなことを思う。

 その記憶はとうに霞んでしまい、うまく思い出せなかったけれど……。


「エクス、これからよろしくな!」


「うん! こちらこそよろしくねツルギくん!」


 ……その笑顔、プライスレス。

 こうして俺は、最高に可愛いエクスとの同棲生活をスタートすることとなった。

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