第9話 修羅場なショッピング

 俺たちがショッピングモールに到着したのは、時計の針が午前十一時を指した頃だった。


 駅前に堂々と存在するそのショッピングモールは、地元でも有名なスポットとなっている。

 当然そうなると、俺の通う高校の同級生や、先輩方もここに足を運んでくることがある。

 祝日ともなれば、この場所で偶然にもバッタリ鉢合わせすることなどザラな話だ。

 とまあ、そんなことはさて置いて……。


「ねぇ、みてみてあの子? 超可愛い!」


「外人のモデルかな? 脚長いよね~」


 喧騒と人混みで賑わうショッピングモール内。

 その中をエクスのような美少女と歩く行為が、これほど人目を引くとは思わなかった。


「やっべ、あの子マジ可愛くね?」


「白人の女の子とか、マジで付き合ってみてえわっ!」


 俺たち二人の横を通り過ぎる若い男子たちが、こぞって同じような台詞を口にする。

 その光景に、ちょっとした優越感を抱いてどや顔をする俺ナウ。

 そして、彼らはそのあとに俺の事を見て羨望の眼差しを向けてくる。

 この勝ち組感はクセになりそうだ。


「クックックッ、愚かなる愚民どもめ。貴様らにはメスブタがお似合いだ」 


 そんな邪気を孕んだ悪い笑顔を称えながら歩く俺の隣には、瞳を輝かせるエクスがいる。

 エクスはショッピングモール内を見渡すと、両手を合わせて感嘆の声を漏らしていた。


「……うわあっ~! ね、ツルギくん? あっちのお店見に行こうよ! 早く早く!」


「わかったから袖を引っ張るな。別に時間制限があるわけじゃないんだから、落ち着けって、な?」


 あどけない笑顔で俺の手を引いてくるエクスに、荒んでいた心が自然と癒されてゆく。


 本当なら、普通の女の子たちと同様に、お洒落して遊びに行きたい年頃だろう。

 でも、エクスは両親の仇を討つために聖剣の精霊になり、魔剣と戦う道を選んだ。

 それが、どれほどの覚悟を必要とすることなのかと思うと正直、胸の奥が疼いてしまう。

 せめて、こういうときだけでも、エクスには楽しんでもらいたい。

 そんな風に思う。


 ショッピングモールに足を踏み入れてから小一時間。

 俺とエクスは、様々なショップを巡って買い物を楽しんだ。


「……え〜っと、エクスの洋服と下着類、それと、生活必需品にアクセサリー……って、あれっ? なんか洋服以外の物も買ってないか? この漢字だらけの湯呑とか必要か?」


「必要かどうかはわからないけれど、こうやって買い物をしているとなんだか色々と目移りしちゃって欲しくなっちゃうんだモン! あ、今度はあっちのお店を見に行こ?」


「はいはい、わかったよ。まったく……」


 両肩に紙袋を下げた俺を急かすように、エクスが平然と手を握ってくる。

 その行為が、余りにも自然体過ぎて傍から見ればカップルのようだろう。

 憧れの白人美少女と手繋ぎデート。

 これは、VRゲームではない……現実だ。


「若い男女が、共に有意義な時を過ごす……これがデートというものなのか」


 感慨深く思いながら青空を見上げていると、涙が出そうだった。


 両肩の荷物が邪魔ではあるけれど、エクスと二人きりで過ごす時間が至福に感じる。

 

「これがリア充共の日常か……。いつもこんな幸せに包まれながら生きているなんて、なんと素晴らしいことか……」


「ちょ、ツルギくんどうしたの!? なんか涙目になっているよ!」


「いや、なんでもない。俺はいま、幸福論について考えていたところだ」


 熱くなった目頭を押さえて鼻をすする。

 そうだよ。傍から見れば、俺もリア充じゃないか。

 例えエクスと、恋仲ではないとしても、俺は今、猛烈に幸せを感じている!


「リア充の神よ……俺は、あなたに感謝する!」


「な、なんかよくわからないけれど、そろそろお腹すかな……」


 エクスが何気なくそう言った直後、くぅ〜と、彼女のお腹が鳴った。


「……エクス?」


「……わ、私じゃない、よ?」


 しれっとそんなことを口にして、俺から視線を外すエクスだが、赤面しているところを見るに、やはり彼女の腹の虫が鳴ったのだろう。


「……あのさ」


「ち、違うモン……」


 エクスはプイッと顔を逸らすと、頬を膨らませた。

 なんというか、正直にお腹すいたと言えばいいのに……。


「……まあ、アレだな。もう昼過ぎだし、なにか食いにでも行くか?」


 俺がそう言うと、エクスは「うん、行く!」と、元気よく返事をした。


 ○●○


 俺たちがファーストフード店に到着すると、店内は既に昼食待ちの人々で溢れていた。


 その人ごみを掻き分けながら、なんとか入店した俺たちは、もみくちゃにされた我慢の末に、ようやく受付カウンター付近に辿り着いた。


「エクス、お前はなにが食べたい? ここでの一押しメニューはな……」


「あ、これおいしそう! ツルギくん、私これが食べたい!」


「お、なかなか良いチョイスだぞそれ! それじゃあ、そのサンドを二つ注文して――」


「つーくん!?」


「あ?」


 エクスと密着しながらメニューを見ていると、すぐ近くで聞き覚えのある声がした。

 その声に俺が振り返ると、私服姿のカナデがクラスの友人と一緒に立っていた。


「か、カナデ……?」


「ほらやっぱ、つーくんだし!」


 カナデはアパレルショップの紙袋を持つ手で俺を指差すと、ドヤ顔を決めてくる。

 その隣に立つ友人の女子は、トレイを片手にこちらを見つめていた。


「……カナデ。なんでいるの?」


「なんでって、逆になんでだし!? ていうか、会っていきなり嫌そうな顔するとかマジ酷いっしょ? それより……」


 と言って、カナデは目を細めると、その視線を俺からエクスに向けた。


「つーくん、その子だれ?」


「ツルギくん、この子だれ?」


「あーっ……えーっと」


 二人が視線を交えたまま異口同音を口にする。

 この展開はかなり面倒だ。

 説明する手間もそうだが、カナデに遭遇したのはかなりの痛手だ。


「ねぇ、つーくん? もっかい訊くけど、その隣にいる外人の女の子ってだれ?」


「ねぇ、ツルギくん? 一応聞くけれど、さっきから私のことを睨んでくるこの女の子はだれ?」


 微笑んではいるけれど、エクスの目が笑っていない。

 カナデに至っては、ガルルルッとか、言い出しそうなほど剣呑だ。

 このままだと、絶対に面倒なことになりそうだ。

 こういうときは、さらっと互いの紹介をして、もやっとした空気を払拭するのがベスト。うん、それに限るな!


 互いに睨み合うエクスとカナデに俺は咳払いをすると、和やかな雰囲気を装い口を開く。


「あ~っと、カナデ。この子はエクスって言って、なんていうか、俺の同棲――」


「は? 同棲?」


「じゃなくてアレだ!? 仲の良い女友達だよ! まったく、変な勘違いとかやめろよ〜?」


 あ、危なかった。

 思わず本当のことを話しそうになりマジで焦った。

 だが、しかし……。


「……ふぅ~ん。私とツルギくんは、仲の良い友達なんだ~?」


 ……あっれ~? エクスがとっても不機嫌になっちゃったよ? この空気読んで~。


 割と無難な言葉を選んだつもりだったが、エクスはお気に召さない様子だ。

 とはいえ、これが最善策である。

 このまま何事もなく流れてくれることを祈ろう。


「え、えっと……エクス? こっちの子なんだけど、彼女は十束カナデっていう俺のクラスメイトで――」


 とまあ、俺が紹介をしている最中にもかかわらず、その二人が互いのおでこがくっつきそうなほど接近し、ガン見し合っていた。


「お、おい、お前ら! 女の子同士がガンのくれ合い飛ばし合いとかやめろよ! 昭和のヤンキー女子か!?」


「だって、ツルギくん! さっきからこの子、私の顔を見てずっと睨んでいるんだよ? ここは退いちゃいけない大事なところでしょ!」


「やめてそういう対抗意識燃やすの!? 俺の可愛いエクス像を壊さないでホント!」


「はっ? なに言ってるし? アタシのことを最初に睨みつけてきたのは自分の方っしょ! そういう被害もうしょう……もうちょう? えっと、被害とかマジ迷惑だし!」


 うん? いきなりお腹痛くなっちゃったのかな?

 カナデはあたふたしながらそう言い切ると、エクスを指差す。


「……ツルギくん。この子、バカなの?」


「まあな」


「なにそれムカつくんですけどマジで!? その子、完全にアタシのことバカにしてるっしょ! アタシ、バカじゃないし!」


「ねぇ、ツルギくん。そろそろ帰ろ? なんか疲れちゃった……この子と話していたら」


「んなっ!? あ、アタシだって! アンタみたいな女子と話して疲れたし! つーくん、早く帰ろ!」


「なんで俺がお前と帰らなきゃいけねえんだよ? お前の家、逆方向だろ?」


「そ、そうだけど……な、なんか今日はそっちの方に帰りたい気分なの!」


 ……め、面倒臭せぇ。

 予想していた以上にややこしくなってきたな。

 

「あのぅ~お客様? もし宜しければお席までご注文の品をお運び致しますけど~?」


「あ、すみません。それ、テイクアウトで」


「かしこまりました! それでは、お席までお持ちいたしますね~」


「おーい。テイクアウトって、言うたやないか~い?」


 ……どうやら、この女子店員さんは、男女のこういう修羅場がお好きらしい。

 女子店員さんはニンマリ微笑むと、頼んでもいないのに俺たちのサンドイッチをテーブルまで運んいった。

 

「ね、カナデ。あとでどうなったかメールして?」


「え? トモちゃん帰るの?」


「ウチがここにいたら、おもんないやん? ほいじゃ、またね〜」


 カナデの友人であるトモちゃんとやらは、俺の顔を見てニヤリと微笑み、そのまま去って行った。

 まったく、どいつもこいつも、人の不幸は蜜の味ってか?





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