第145話 北条時音
エクスとの早朝えちえちイベントをカナデとヒルドに妨害された俺は、酷く重い足取りで高校へと向かい歩いていた。
「……はぁ〜っ」
俺が思うことはただひとつ。
あの時、もっと沢山エロい事をさっさとエクスにしておけばよかったという後悔だ。
カナデたちさえ現れなければ、今頃は童貞を卒業できていたかもしれない。
そう思えてしまえるほどの大チャンスを俺はみすみす逃してしまった。
これはもう大失態だ。
「……はぁ〜」
普段だと、家の中に琥珀ちゃんがいるから多少の乳繰り合いはできてもその先へ進むことはなかなかできない。
そうして迎えた激レアな日だったというのに……今回の件は、悔やんでも悔やみきれないほどの事なのだ。
え? それなら琥珀ちゃんもいなかった昨晩にチャンスがあったんじゃないかって? それができたならこんな後悔してねぇんだよボケ!?
ぶっちゃけ昨晩にこそ、そのチャンスはあった。
しかし、せっかく身体の隅々まで綺麗に洗ってベッドの上で待機していたのに、エクスが眠いと言うので結局お預けをくらってしまったのだ。
その時のなんとも言えない切なさといったらもうアレだ。
沖縄に旅行へ行こうとしてたら台風が来て、飛行機が飛べなくなったからやむなくキャンセルしたってくらいの絶望感だ。
そして、ようやく巡ってきた今朝のチャンスもまたこうして失われてしまった……。
これはもう落胆せずにはいられない。
ホント、世界とか滅びちまえ!
「はぁ〜……マジでさぁ〜、ホントさぁ〜……くぅ〜ん……」
「つーか、つーくん朝からため息ばっかでマジうるさいし。そろそろやめてくんない?」
「ため息をついてなにが悪いんだこのバカ乳め!? せっかくの尊い時間を奪われた俺の気持ちがお前にわかるかってんだコラッ!」
「ば、バカ乳じゃないし! ていうか、琥珀ちゃんが村雨先生の家に泊まるって聞いてたからまさかと思って迎えに行ったけど、やっぱ正解だったっしょ! ねぇ、ヒルドちゃん?」
「ホントに朝からいい迷惑ですよね。ツルギ先輩とエクスさんのせいで私がカナデお姉さまとイチャイチャする時間が失われちゃったじゃないですか! この落とし前はどうしてくれるんですくわぁっ!?」
「ヒルドちゃん。本音が漏れてカナデさんがかなり引いているけれど、それは大丈夫なの?」
エクスが言う通り、声を荒げるヒルドを見てカナデが頬を引き攣らせている。
というか、コイツがカナデとイチャコラする時間が失われたとかほざいているけれど、それはコッチの台詞だ。
「お前とカナデのイチャコラする時間が失われたとか知るかそんなもん。そんなにカナデと乳繰り合っていたいなら、体育倉庫にでも隠れて乳繰り合ってろ!」
「それができるなら苦労はないんですよツルギ先輩! 私だって、カナデお姉さまと乳繰り合えるのなら喜んで体育倉庫に向かいずっとそうしてます!」
「ちょ、ヒルドちゃん。言ってる意味がマジわかんないし、なんか怖いからアタシに触らないでくんない!?」
「私的にも色々とツッコミたいところがあるけれど、今の会話でカナデさんとヒルドちゃんの間にとても大きな溝が生まれたことだけは理解できたよ」
「つーかよぉ〜! エクスにエッチな事できないなら今日はもう学校に行きたくねえなぁ〜もぅ〜!」
「ツルギくん。流石にその台詞は赤裸々過ぎるし、私も返答に困るんだけど……」
「なぁ、エクス。今からでも遅くないから家に帰ろうぜ、な?」
「そんなのアタシが絶対に許さないし! ていうか、つーくんが逃げられないようにしっかり捕まえとくかんね!」
「ムキィィィィィィッ〜! そうやってまた私のカナデお姉さまからスキンシップをしてもらっているだなんて許せません! というか、そもそもエクス先輩がもっとこうやる気満々じゃないからダメなんですよ!」
「え? それって、私のせいなの!?」
「そうですよ! エクス先輩がツルギ先輩とさっさと合体してくれれば傷心になったカナデお姉さまを私が慰めて、めくるめく二人だけの新世界で一緒にワルツを踊れる構図が完成するんですよ! ベッドの上で」
「ヒルドちゃん、その発想がもうツルギくんと遜色ないよね? というか、ツルギくんよりも邪念が強いよね!?」
「つーかさぁ、つーくんとエクスちゃんが二人きりなるからダメだってーの! んもぅ、こうなったらママに頼んでアタシもつーくんの家で暮らせるように説得するし……あ、もしもしママぁ〜? 今ちょっといい!」
なにをそんなにムキになっているのか知らんが、カナデは眉間にシワを寄せながらスマホを取り出すと、早速お母さんに電話し始めた。
エクスのような事情があるのなら話は別だが、いくら愛娘の頼みとはいえ流石にカナデのお母さんも年頃の娘を同級生の男子の家で居候させるなんてクレイジーな事を許可するわけがない。
まったく、そんな世間一般的な常識もコイツにはわからんのか?
と、思っていたのだが……。
「うっし! ママがオッケーくれたからアタシも今日からつーくんの家で暮らすかんね!」
「「「……ふぁっ!?」」」
……存外、カナデの両親はクレイジーだった。
これには俺もエクスもそして、ヒルドでさえも唖然とせざるを得なかった。
「おま、お前の両親はバカなのか! 年頃の娘を男の家に居候させるとか正気の沙汰じゃねえだろそれ!?」
「エクスちゃんを居候させてるつーくんがそれ言う!? ていうか、ウチのママが、『ツルギくんなら良いんじゃな〜い? ママも早く孫の顔が見たいし〜』って、言うから問題ないっしょ?」
「カナデさん、それはごく普通の家庭からしてみればものすごく大問題だよ!?」
「マジかよ……この親にしてこの子ありとは言ったもんだなおい。世間一般の考え方からズレてやがる」
「ツルギ先輩。それ以上カナデお姉さまとお母さまの事を悪く言うなら私が黙っていませんけど、死ぬ準備はできてますか?」
ヒルドは低い声音でそう言うと、おもむろに背中のリュックから立派な裁ちハサミを取り出し、それを両手持ちして自身の顔の前でシャキンシャキンと鳴らし始めた。
ヤバイ……コイツの目はマジだ!?
「おい、ヒルド。お前なんで裁ちバサミなんてカバンに入れてんの? 今日は家庭科の授業でもあんの? つーか、そのハサミの先端を俺に向けるのとかやめてくんない!?」
「フッフッフッ。そんなのツルギ先輩がカナデお姉さまにおイタをしようとするからイケないんですよ。お姉さまに毒牙をかけるその前に、その汚らわしいソーセージをこれでチョキンと切り落としてやりますよ!」
「誰か警察を呼んでー! この子、おかしいよー!?」
……なんなのこいつ? シザーマンかなんかなの? ていうか、俺のはソーセージじゃなくてビッグマグナムだぜ!
とまあそんな冗談はさて置いて、裁ちバサミを両手持ちしたヒルドが俺に迫ってくる。
あれ? これってガチなの?
「ヒルドちゃん、裁ちバサミはそういう事に使う物じゃないからね。というか、周囲の人たちの目を惹くからそろそろカバンにしまおうよ、ね?」
「ハッ、所詮はエクス先輩もビッチですね。ツルギ先輩のソーセージを切り落とされるのがそんなに嫌ですか? やはりアナタも自分の性欲を満たせなくなるのを恐れて私を宥めようと必死になっているわけですね。あ〜いやだいやだ。性の乱れは心の乱れってヤツですよホント!」
「それをヒルドちゃんにだけは言われたくないんだけどなぁ!?」
「さぁ、そんな事よりそろそろ潔くその汚らわしいソーセージを差し出してもらいましょうかツルギ先輩!」
「まだ使ってもいないのに誰が差し出すかバカ野郎!? 俺の息子は初体験を終えても決して誰にも渡さ……ん?」
裁ちバサミを構えて醜悪な笑みを浮かべるヒルドとアホなやり取りをしていると、視界の端でフラついている女の子の姿が見えた。
俺たちと同じ高校だろうか。
彼女は虚ろな目で交差点の先を呆然と見つめており、車が行き交う道路側へ今にも倒れ込みそうな様子だった。
なんというか、アレはヤバイ気がする!
「おい、あの子ちょっと危なくねえか?」
「勝手に話を逸らさないでくださいよツルギ先輩! さっさとその汚らわしいソーセージをこの裁ちバサミで……」
「つーか、あの子マジでヤバくない? めっちゃフラフラしてるじゃん」
「具合が悪いのかな? ちょっと私が声をかけて――」
と、交差点でフラつく女子生徒にエクスが駆け寄ろうとしたその時、女子生徒が道路側へとふわりと倒れ込んだ。
その刹那、俺はその場から瞬時に駆け出した。
「エクス!」
「うん!」
俺はスクールバッグをエクスに放り投げると、道路側へ倒れ込みそうになっていた女子生徒に一瞬で近付き、その身体を背後から支えた。
すると次の瞬間、彼女の顔面スレスレのところをトラックがクラクションを鳴らして通り過ぎていった。
今のはマジで危なかった。
「おい、アンタ! 大丈夫かよ!」
「……え?」
意識を取り戻したのか、彼女は自分の身に起きた状況に当惑した様子で周囲に目配りをすると、最終的に俺の顔を見た。
「大丈夫かよ? アンタ危うくトラックに轢かれるところだったんだぜ?」
「わたくし……あっ」
「ん? どうし――」
た、と自分で言いかけた時、俺の両手がとぉ〜っても柔らかなモノを鷲掴んでいる事に気が付いた。
それにゆっくり視線を落としてみると、なんということでしょう! 彼女のたわわな両胸をガッチリと後ろからホールドしているではありませんかぁ〜! いやぁ〜、ラッキースケベとは本当に恐ろしいものだね〜!
「この大きさ……Fか!?」
「きゃあああああっ!? なにをするのですか放してください!」
まあ当然の事ながら、俺は助けた彼女に突き飛ばされてめっちゃ悲鳴を挙げられた。
そりゃそうだよね。
命を助けたとはいえ、後ろからおっぱいをガッツリ鷲掴みされたら悲鳴も上げるよね。
でも、お願いだからお巡りさんを呼ぶのはやめてね。捕まりたくなんてないからさ!
という事で、俺は必死に弁解を試みた。
「あ、いや、悪い! わざとじゃねえんだ、訴えないでくれ!?」
「う、訴える事はしませんけれど、わたくしは――!?」
「ん? どうした?」
「……あ、あああアナタは一体……はぅぅぅ〜」
「え? あ、ちょっと!?」
突然、俺を見つめてきたかと思えば彼女は急にガタガタと震えだし、そのまま失神してしまった。
重度の貧血だろうか?
それにしても、俺を見ていきなり気絶するなんてなんか悲しい。
俺ってば、そんなに怖い顔してたのん?
「おい、大丈夫か! しっかりしろ!」
「ツルギくん!」
「つーくん!」
「ツルギ先輩!」
意識を失くした彼女を抱きかかえながら俺が狼狽していると、後ろからエクスたちが慌てた様子で駆け寄ってきた。
「ツルギくん、その人は大丈夫なの?」
「わからんがまた意識を失くしちまったみてえだ……」
「私たちと同じ高校の制服を着ているからうちの生徒さんのようですね。でも、カナデお姉さまの学年では見たことのないお顔ですよ」
「ていうか、この人って……」
俺の腕の中で眠る女子生徒の顔をカナデはマジマジ見ると、なにかを思い出したようにポンと手を打った。
「この人、アレだよ。確か、女子剣道部の主将をやってる『北条時音』先輩だし!」
「北条、時音?」
どうやら、俺が助けたこの人は女子剣道部に所属する三年生の先輩らしい。
ということは、男子剣道部の変態野郎『犬塚』先輩の知り合いということになるのだろうか?
とにかく、今はそんな事に時間を割いている場合ではない。
俺たちは急いで救急車を呼ぶと、青白い顔で意識を失くした北条先輩を見送った。
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