第146話 変態再び

 意識を失くした北条先輩を救急車で病院に搬送させたあと、俺たちはそのまま高校へと向かい、いつもの日常を送っていた。

 そして、現在は昼休憩時間となり、俺たち四人は教室の中にいた。


 教室の端に席を持つ俺たち三人は後輩のヒルドも含めて四人で席を囲み、昼食を摂りながら今朝の北条先輩のことについて話していた。


「剣聖高校三年『北条時音』。運動神経バツグンで成績優秀、まさに絵に描いたような完璧美少女。さらに、同級生や下級生たちに分け隔たりなく優しく接し、面倒見の良いお姉さんタイプの女子生徒としても有名。そして、彼女の父親は特殊精密機器の開発者であり現在は海外で活躍しており、彼女の母親は由緒正しき北条家の先祖代々から受け継がれてきた華道やら茶道、それと剣術の指南をしている先生らしいですね。ちなみに、北条先輩のお父様は婿養子らしく、先輩が幼い頃に仕事で海外へと行ってしまわれたとか。まぁ、婿養子で肩身が狭かったから海外に逃げちゃったのかもしれませんねきっと」


「あのさ、ヒルド」


「へっ? なんですかツルギ先輩?」


「お前、いつからそんな探偵業みたいな事を始めたの? ていうか、かなりどん引くレベルの情報で鳥肌が立ったわマジで」


 スマホの画面を指で操作し、キョトンとした顔で北条先輩についての情報を語るヒルドに俺は戦慄する。


 どういうツテでコイツが他人の個人情報を取得しているかは甚だ疑問なのだが、頼むから法に触れるようなマネだけはしないで欲しい。


「フッフッフッ、私を甘く見ちゃあダメですよツルギ先輩。この私にかかればどんな人物であろうと丸裸にしてみせますよ! カナデお姉さまみたいに」


「ヒルドちゃん。それ、完全にアウトなセリフだよ?」


「てかさ、北条先輩がそういうスゴイ家系の生まれだって話は超有名だよね。それに、頭良くてめっちゃ性格も良くてオマケにスタイル抜群の美人な先輩とかみんなが憧れるのは当然っしょ。しかも、お母さんがめっちゃ剣道強いらしいから先輩も女子剣道部の中で一番強いとかって噂だしね〜」


 自身の机の上に頬杖を付き、ポリポリとポッキーを齧りながら話すカナデに俺の隣に座るエクスが続く。


「この学校に私が転入してきた時から噂には聞いていたけれど、学力テストでは常に一位をキープしつつ、陸上競技会では女子陸上部を抑えて女子の部で上位に入った経験のある凄い人なんだよね!」


 やや興奮した様子でそう語るエクスに、カナデが身を乗り出してきた。


「それそれ! アタシも運動神経には自身がある方だけどさ、北条先輩には全然適わないっしょ。しかもそれでめっちゃ強いとか超格好良くない!」


「むぅー……。お姉さまをこんな夢中にさせるなんて、北条先輩恐るべしですね」


 北条先輩の事を前のめりになって熱く語るカナデに嫉妬しているのか、その隣に腰かけていたヒルドが不満そうに頬を膨らませていた。


 確かに、超ハイスペックな能力を持つ北条先輩の噂は俺でも耳にしたことくらいはあった。

 とはいえ、本人を間近で見たのは俺にとって今回が初めてであり、皆がこぞって口を揃えるようにとても美人な先輩であるとは思うが、白人美少女をこよなく愛する俺からしてみればさして興味のないことだった。

 それに、我が校の剣道部といえば、犬塚先輩(変態)が率いる男子剣道部のイメージが強烈過ぎるため女子剣道部の存在が霞んでしまっている。

 カナデの話によれば、女子剣道部も男子剣道部に次いでかなりの強豪揃いらしいのだが、そんな女子剣道部が目立たないのはやはりあの変態と愉快な仲間たちのせいなのだろう。

 まったく可哀想な人たちだ。


「で、でもお姉様。いくら才色兼備なお嬢様とはいえ、私からしてみればカナデお姉さまを上回る存在とは思えませんでしたけどね? まあ確かに、いかにも清楚で美人な先輩だとは思いましたけど」


「けど?」


「なんといいますか、あの時に見た北条先輩はどこかやつれていたというか顔色も悪くて、なんだか美人が台無しな印象でしたね~」


「確かにな……」


 ヒルドが言うように、俺も同じ印象を彼女に抱いていた。

 流れるような艶のある黒髪ロングヘアーとぱっちりした二重瞼に整った顔立ち。 

 しかし、その目元には濃いクマが浮かんでおり、頬もこけている感じがした。

 それに薄く綺麗なはずの唇は病人のように薄紫色をしていて見るからに不健康そうだった。

 ただひとつ称賛すべき点を挙げるとすれば、それはあのスラリとした身体に似つかわない豊満な胸だろう。

 当時の感触を思い返すと、俺の股間が思わず疼いてしまう。

 ふーん、エッチじゃん。

 そんな感触を俺の掌が今も鮮明に覚えている。


「あのさぁ、ツルギくん。こんなことを言いたくはないんだけれど、今のツルギくんものすんごく厭らしい顔をしているよ?」


「バカを言えエクス。俺の顔は常に凛々しさで満ち溢れているだろ?」


「ううん。凛々しさの欠片も感じ取れないくらいに酷いさまだよ?」


「うそーん」


 俺の隣に腰掛けているエクスに半眼でそう言われ、思わず自分の顔を撫で回した。

 あらやだ俺ってば、素直な心の持ち主だからついつい顔に出ちゃっていたみたいだわん。

 でも、素直さが売りの純情ボーイだから仕方ないよね? なんつって。

 とりあえず、顔を引き締めておこう。


「はぁ~……。ツルギ先輩ってばエクス先輩だけでなく、絶世の美少女たるカナデお姉さまもいるというのに、他の女性に目移りするとか本当にゴミのような人ですね」


「おい、ヒルド。人をゴミ呼ばわりするのはやめろ殺すぞ」


「だって事実じゃないですか。まあ私はツルギ先輩と違ってカナデお姉さま一筋ですけどね〜? えへ、えへへへ〜」


「こんな事を言いたくはないけれど、ヒルドちゃんの今の顔はツルギくんよりも酷いよ。それに、隣のカナデさんがものすごく引いているのがわからないかなぁ〜?」


「バカなことを言わないでくださいよエクス先輩。私とカナデお姉さまはスールの契約を交わしてエトワール選に出場することを誓った仲なんですよ? そんな私にカナデお姉さまがドン引くなんてあり得ません!」


「ゴメン、ヒルドちゃん。なに言ってるかマジでわかんない。ていうか、スールの契約とかエトワール選ってなに!?」


 マリみてなのかストパニなのかハッキリして欲しいところだが、ヒルドの頭オカシイ発言に流石のカナデも青ざめた表情を浮かべている。

 どうやら、ひとつ屋根の下で暮らしていてもヒルドの事をマリア様は見ていないらしいし、コイツにとってのエトワール様もかなりドン引きしている様子だ。

 やはり最初は、ゆるゆりくらいから始めた方が良いのだろう。


「悪いんだけど、アタシはヒルドちゃんが望んでるような事はできないかんね! ていうか、そうやってさり気なく太ももを擦ってくるのやめてホント!?」


「え〜っ! そんなこと言わないでくださいよカナデお姉さむわぁ〜。女の子同士だってぇ〜、愛さえあればなんでもできるんですよぉ~?」 


「なんでもできるってなに!? ていうか、お願いだからそれ以上アタシに近づかないでヒルドちゃん!」

 

「それは無理な話ですねカナデお姉さま。だって、私は一日一回はこうやってお姉さまと肌と肌を合わせてお姉チャージしないと死んじゃいますも〜ん!」


「お姉チャージってなに!? ていうか、ホントちょ、やめっ……ひゃうっ!」


 これみよがしにカナデへと密着し、豊かな胸にすりすりと頬ずりをするヒルドの姿を見てクラスの男子たちが『てぇてぇ』と口にしている。

 ここ最近、カナデとヒルドの二人による百合っプル姿は我が校の男子たちの癒しになりつつあるようだ。


「どうするツルギくん? この二人を放っておいてどこか静かな場所にでも移動する?」


「ナイスなアイデアだぜエクス。俺も今ちょうどそう思っていたところだ。そんじゃカナデ達者でな!」


「ちょ、つーくんにエクスちゃん!? アタシとヒルドちゃんを二人きりにしようとすんなしマジで!」


「あぁ〜んもう、カナデお姉さまったらぁ〜! そんないかにもなツンデレな反応を私にしてくれるなんて余計に興奮しちゃうじゃないですくわぁ〜」


「いや、意味わかんないし!? ていうか、つーくん助けて!」


 ヒルドに絡み取られ助けを懇願するカナデに俺は優しく微笑みかけると、エクスを連れてそのまま背を向けた。

 カナデとヒルドの二人にとって、俺とエクスは邪魔者でしかない。

 ここは空気を読んで退出するとしよう。

 ああホント、俺ってばなんて優しいだんすぃ~なのだろうか。


「なぁ、エクス。まだ休憩時間も余ってるから屋上辺りでのんびりしないか?」


「フフッ、そうだね。じゃあツルギくんに膝枕をしてあげるよ」


「……それはお触りOKか?」


「え? まあ、うん……いい、よ?」


「マジでか!? よっしゃそれなら屋上までダッシュして――」


「そうはさせないよ、草薙くん」


「そ、その声は――」


 どこかで聞き覚えのある声に俺とエクスが振り向くと、ソイツは教室のドアに背中を預けて立っていた。

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