第147話 意外な繋がり

 声の聞こえた方に俺とエクスが振り返ると、その男は一輪の薔薇を鼻先に当てながら教室の引き戸に背中を預けて立っていた。

 その姿を視界に捉えた瞬間、俺のお尻がキュッとなって背中に悪寒が走る。


「やぁ、草薙くん。元気だったかい?」


「ええっと、どちら様でしたっけ?」


「フフッ、相変わらず照れ屋さんだねキミは。まあ僕としても、キミのそういうところに魅力を感じるんだけどね」


「相変わらずのこのキモさ……まさか、お前は――」


 と、この男の描写説明をするのも面倒で俺としては至極気が進まないのだが、忘れた人も多いだろうから説明しておこう。


 高身長に甘いマスク。

 何気なく歩けば、行き交う女子たちの視線をあっという間に掻っ攫い、その場に釘付けにしてしまうという天から与えられたテンプテーション能力を無駄遣いする男子好きのクソ野郎。

 それでもモテるから非リア男子たちを瞬時に敵へ回してしまうある意味では天性のカリスマ持ちの上級生。

 なにより腹が立つのは、奴がそのサラサラとした髪をひとたび掻き上げるだけで周囲の女子生徒から黄色い声援が飛んでくるからさあ大変。

 誇張とかではなく、俺がこの世で最も嫌うであろうその男の名は――。


「こうやって話すのはとても久しぶりだね草薙くん。僕はキミと会話ができて、とても胸が熱いよ」


 男子剣道部主将『犬塚信乃』である。


 そんな犬塚先輩に対して俺が顔をしかめると、奴はその頬を朱色に染めて一輪のバラで口元を隠した。

 

「フフッ、やはりキミの姿は遠目に見るよりも近くから見る方が断然にいいね。なんだか急に興奮してき――」


「はい、ドア閉まりまーす」


 身の毛もよだつような台詞を口にしようとする変態野郎を他所に俺は教室の引き戸に手を掛けると、駅のホームに立つ車掌さんの声マネをしてそのまま閉めることにした。


「ちょ、ちょっと待ってくれたまえ! 久方ぶりの会話だというのに流石にそれはツレないんじゃないかい!?」


「お客様ぁ〜、駆け込み乗車はおやめくださ〜い」


「ぐくっ……草薙くん! ここは教室であって駅のホームではないんだよ。だから、僕を廊下へ弾き出そうとしないでくれるかな!?」


 教室の引き戸を閉めようとする俺に対し、自身の体を挟んでそれを食い止めようとしてくる犬塚先輩には本当に恐れ入る。

 とはいえ、これ以上マジで関わりたくないので引き戸を閉める手により一層の力を込めてみた。


「ぐふっ!? く、草薙くん? 今日もキミの僕に対する愛情表現は過激だね。教室の引き戸で挟まれた僕の肋骨が悲鳴を上げているよ!」


「はい、ドアで潰しまーす」


「痛い痛い痛い!? ちょ、草薙くん? 冗談ではなく本当に肋骨が軋んでいるんだよ! だから、僕をドアで挟むのはそろそろ止めてくれないかな!?」


 ふむ、なかなかしぶとい男だ。


 俺に引き戸で挟まれ、その顔を真っ赤にしながら抗う犬塚先輩に周囲の女子たちから意味のわからん声援が飛んでくる。

 その熱い声援を受けて力が湧いてきたのか、犬塚先輩は引き戸に挟まれながらも懸命に俺へと声をかけ続けてきた。


「く、草薙くん……。僕はキミに真面目な話をしにきただけであって!」


「おい、エクス。コイツの体をドアで潰すからちょっと手伝え」


「うん、わかった。体を潰すとなると色々と口から出てきちゃうからなにかふき取る雑巾とタンパク質分解酵素に……あ、それと黒いポリ袋にトングが必要だね!」


「エクスさん、そういう凄惨な事件現場の処理に必要そうな物を笑顔で用意しようとするのはやめてくれないかい!? というか、しばらく見ないうちにキミもかなり狂気じみた女の子になった――のはぁっ!」


 これ以上この変態をかまうのもそろそろ飽きたのでドアから手を放してみると、犬塚先輩が教室側に勢いよく倒れ込んできた。

 なんというか、この人はドアに挟まれるのが本当に好きなのだろう。


「ハァ、ハァ……。草薙くん、キミは相変わらず僕を弄んでくれるね?」


「とりあえず、残りの休憩時間をエクスとイチャコラして過ごしたいんで話があるならさっさと本題に入ってくださいよ犬塚変態」


「フッ、さり気なく僕を先輩とは呼ばず変態と呼ぶその口ぶりが相変わらずキミらしいね……。ならば本題に入るけれど、僕が今日ここに来たのはキミにお礼を言うためなのさ」


「お礼?」


「そう。お礼さ」

   

 制服に付いたホコリを両手で払いながら立ち上がると、犬塚先輩は胸ポケットから一輪のバラを取り出してそれを再び鼻先に当てて微笑んだ。

 というか、この変態にお礼を言われるような事を俺はした覚えがないのだが、一体どういうことなのだろうか? 

 というか、いちいちバラの花を鼻先に当てんのやめろ。


「その顔付きだと、僕の話がピンと来ていない様子だね?」


「まあそうッスね。んで、なんの件で先輩がお礼に来たんスか?」


「それだけど、今朝キミは女子剣道部の時音くんを助けてくれたそうじゃないか? そのことについて僕は感謝をしているのさ」


 犬塚先輩はそう言うと、白い歯をキラリと光らせてバラの花を胸ポケットに戻した。

 というか、どうしてコイツはいつも一輪のバラを持ち歩いているのん?


「確かに北条先輩を助けたけど、なんで犬塚先輩がそれに対して俺に礼なんて言う必要があるんスか?」

 

「フフッ。実を言うと僕はね、幼い頃に彼女の母親である北条師範代の剣道場に通っていて、彼女と共に剣道を習っていたんだ。そして、僕と時音くんは幼馴染であり、良きライバル関係にあったのさ」


 犬塚先輩と北条先輩が幼馴染?

 それは初耳だ。


「こんな事を自分で口にするのは恥ずかしいけれど、時音くんとはもう十年近くの付き合いでね。気心知れた友なんだよ」


 意外な事実に俺は驚愕した。

 犬塚先輩がまさかあの美人で有名な北条先輩と接点があったなんて知らなかった。


「北条先輩と犬塚先輩が幼馴染だったとか普通に驚きッスね。でも、それがどう道を間違えたら男好きの変態になっちゃうんスか?」


「草薙くんの言っている言葉の意味がよくわからないけれど、幼馴染とは言ってもキミたちが想像するような関係とは違い、どちらかといえば僕たちは兄妹のような感じでね。僕は昔から彼女にそういった恋愛感情を持ち合わせた事はないのさ」


「いや、ドヤ顔で言われてもな……」


「フフッ。やはり僕と彼女との馴れ初めが気になるかい? それならその誤解を解くためにちょっと僕と時音くんの昔話に付き合ってもらえるかな……アレは僕たちがまだ六歳くらいの頃だったかな――」


「ツルギくん。犬塚先輩が勝手に思い出語りを始めちゃって遠い目をしているけれど、どうするの?」


「この流れだと話を聞くまで帰らねえパターンだな。はぁ〜、面倒くさっ!」


 誰も頼んでいないのに北条先輩との馴れ初めを犬塚先輩が雄弁に語り出した。

 というか、誤解を解くとか意味わからんし、なんでそんな事に俺とエクスの貴重な休憩時間を消費しなければならんのか。


 結局この後、俺とエクスは過去の話しを語り始めた犬塚先輩に付き合うべく耳を傾ける事になった。

 これにより俺のストレスが増大されたのは言うまでもない……。

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