第178話 新手

 泰盛さんからの強烈な一撃を受け、錦鯉が泳ぐ大きな池の中へと突っ込んだ俺は天高く舞い上がった水飛沫を浴びながら池の岩囲いに背中を預け座り込んでいた。


「おい、ネギ坊! 大丈夫か!?」


 身動きひとつしない俺の身を案じてか、スレイブが必死になって声を掛けてくる。

 別にくたばっているわけではない。

 ただ少し驚いたというか、油断した自分を反省して黙り込んでいただけだった。


「……大丈夫だよスレイブ。俺なら平気だ」


「んだよ驚かせやがってよぉ〜。しっかし、流石の俺様でも今のはビビっちまったぜ。なにせネギ坊がめちゃくちゃ吹っ飛ばされたんだからな」


 スレイブが言う通り、俺は泰盛さんの一撃を受けて屋敷の壁をぶち抜き、そこから数百メートルくらい先へとぶっ飛ばされた。

 あの時、一瞬で体を捻り、鎧化した部分で受けていなければ俺は死んでいただろう。

 現に泰盛さんの斬撃を受けた装甲部分には深い傷痕があり、その威力の凄まじさを物語っている。

 本当にさっきのは恐ろしい一撃だった。

 改めて思い出すと全身からブワッと冷や汗が噴き出してくる。

 油断大敵とは、まさにこのことだ。


「つーか、俺たちの魔剣をコピーされてエリザベスとかいうとんでもない魔剣が誕生しちまったけど、どうするよスレイブお兄ちゃん?」


「おい、俺様をアイツの兄貴呼ばわりするんじゃねえ! いくらネギ坊でも許さねえぞ!?」


「ははっ! 冗談だよ。そんに怒るなって?」


「チッ、気分が悪いぜコンチクショウ!」


 マジレスをしてくるスレイブを宥めつつ俺は視線を上げると、池の中から出て屋敷の方を見つめた。

 ちょっと遠いけど、屋敷の壁に開いた大穴から泰盛さんが確認できた。

 おそらく、ぶっ飛ばした俺の様子を壁の大穴から窺っていたのだろう。

 泰盛さんは池から出てきた俺を見るなり背中の羽を広げてゆっくり宙に舞い上がると、ユラユラと浮遊しながらコチラに向かってくる。


「ケッ、もう来やがったな。んで、どうするよネギ坊?」


「どうするもこうするも選択肢はひとつだ。コッチも本気の本気でいくだけだ」


 とはいえ、流石にさっきの強烈な攻撃が連続してくるとなると、今の俺とスレイブでは圧倒的に分が悪い。

 もし、ここにエクスがいたのなら聖剣を使って鎧化し、互角かそれ以上に渡り合えるのかもしれないけれど生憎と今この場にエクスはいない。

 ならばどうするかという話になるのだが、ここはやはりアレを使うしかないようだ。


「スレイブ、例のを使うぞ」


「お? ようやくおでましか?」


「あぁ。流石に今の泰盛さんを相手にするにはキツ過ぎる……。とりあえず、六十パーセントで様子を見るか」


「オーケーだぜ相棒。ケケケッ、ちょうど野郎が来やがったぜ」


 スレイブがケタケタと笑っていた矢先、背中の羽を優雅に羽ばたかせ泰盛さんが飛行しながら接近してきた。

 少しは休憩くらいしたいところだけど、そうも言ってられない状況だ。


「おや? 意外と元気そうじゃないか。まぁ、あの程度で倒れてしまうようだったら落胆してしまうところだったから良かったよ」


「ご期待に応えられて光栄ですよ泰盛さん。まぁ、俺としてはもうちこっと休みたいところでしたけどね?」


「ふむ。僕的にそうしてあげたいのは山々なんだけど、エリィがそれを許してくれそうもないんだ」


「ウフフッ、アタシの力で強くなったダーリンの一撃はどうだったかしらボーイとスレイブお兄様? ちなみにアレはまだ序の口よ」


「ケッ、調子こいてんじゃねえぞこの野郎。俺様たちもちょうどてめえらに本気を見せてやろうと思っていたところだぜ!」


「おや? ということは、キミたちにもまだ隠し玉があるというのかい?」


「たりめぇだぜこの野郎。覚悟しやがれ!」


「あらヤダそれでこそアタシのお兄様ね。薔薇のように美しい女がその心に棘を隠しているように、スレイブお兄様もまた爪を隠していたワケなのね。流石ですお兄様って感じだわ」


「まあそういうことだ。だから、テメェら二人に俺様とネギ坊の本気ってもんを見せてやるよ。ビビッて小便ちびるなよ? いくぜ、相棒。まずは六十パーセントだ!」


「あぁ、こいスレイブ!」


 俺の掛け声と共に左半身を覆う真っ赤な鎧が、右半身へと侵食するように伸びて更に鎧化してゆく。

 これは以前、俺が暴走して意識を乗っ取られた時に得た能力だ。

 あの時は、体の九割以上を鎧化して完全に自我を奪われたが、今ではその手前くらいまでなら自我を失わず鎧化して戦えるようになった。

 エクスが傍にいない時、この力がかなり必要になるだろうと思い、俺はスレイブと共に訓練を積んできたのだ。

 それを披露する場面が今この時だ。


「……鎧化六十パーセント完了したぜネギ坊。調子はどうだ?」


「あぁ、悪くねえ。いつでも行けそうだ」


「ふむ。ただ単に鎧の面積が増えただけに思えるけど、それだけで違うものなのかい草薙くん?」


「それを今から見せてあげますよ」


「ほぅ。それは楽しみだね」


「ウフフッ。それで果たしてアタシのダーリンに勝てるかし――」


「ケケッ、勝てるに決まってんだろ?」


「!?」


 余裕綽々といった様子で宙に浮いたまま腕組み後方おじさんヅラをしていた泰盛さんに俺は一瞬で肉薄すると、躊躇う事なく魔剣を振り下ろした。


「早い!?」


「おらあああああああああっ!」


「ダーリン、防御よ!」


 咄嗟に魔剣を構えた泰盛さんだったが、俺の振り落とした魔剣の威力を殺しきれずそのまま勢いよく地面に激突した。

 濛々と舞い上がる砂煙を見つつ俺が着地してみると、地面には見事なクレーターが完成されていた。

 今の一撃はかなり効いた事だろう。


「泰盛さん。どうっすか俺の一撃は?」


「ふむ。なかなか良い一撃……だったよ!」


「ネギ坊、来るぞ!」


 いまだに舞い上がる砂煙へ向けて俺が声を掛けた直後、その中から泰盛さんが勢いよく飛び出してきて俺に襲い掛かってきた。

 そこから息つく間もないほどの猛攻を互いに繰り広げ、庭園内に激しい金属の衝突音が鳴り響かせていると、泰盛さんが弾んだ声で言う。

 

「いやはや、今のは驚かされたよ草薙くん。だが、その程度ならまだまだ僕には適わないね」


「俺が泰盛さんに適わないかどうかは、もう少し相手をしてもらってから判断してもらえませんかね!」


 互いの魔剣を振り抜く速度が上がり、普通の人間からして見れば幾つもの煌めく白人と重厚な金属の衝突音しか認識できないことだろう。

 それ程までに俺と泰盛さんの攻防は苛烈を極め高速化し、誰も立ち入れない状況だ。


「流石は草薙くんだね。本来の六割の力しか解放されていないというのに完全鎧化した僕と互角に渡り合うなんて恐ろしい限りだよ」


「そいつはどうも。そんじゃま、更に本気を出させてもらいますよぉぉぉぉっ!」


「ダーリン気を付けて! このボーイ、剣技だけじゃないわよ!」


 激しい剣戟を繰り広げる中で俺はその合間に殴打や蹴り技といった体術を織り交ぜていく。

 剣技と体術による変幻自在の俺の攻撃に流石の泰盛さんも防戦一方となり、遂には攻撃がヒットし始めた。

 このまま押し込めば、間違いなく俺の勝ちだろう。


「グッ、剣術だけでなく体術まで組み合わせた攻撃を次々と繰り出してくるなんて予測できないね」


「ダーリン、ここは一旦ボーイから距離を取って体勢を立て直しましょう!」


「ケケケッ! そんな暇があると思うのかよええ?」


「泰盛さん、悪いけどこれは俺の勝ち……!?」


 完全に劣勢となった泰盛さんに最後の追い込みを掛けようとしたその時、左から鞭のようにしなる斬撃が俺に襲い掛かり、その直後には背後からけたたましい音を響かせチェーンソーの刃が襲い掛かってきた。

 その二つを魔剣で受け流し、バク宙して大きく距離を取ると、鎧化したティルヴィングとエペタムの二人が不満そうな声を上げて地団太を踏んでいた。


「ああ〜んもぅ! アタシたちの事を忘れるなんて酷いじゃないのよん坊やん!」


「おっさんとばかり遊んでないで、俺っちたちとも遊んでくれよ!」


「……ヤベ、コイツら二人がいるのを忘れてたな」


「ケッ、例え魔剣が三人いようと俺様たちの相手じゃねえぜ。ネギ坊、ここは一気に八十パーセントで行くぜ!」


「はぁっ!? いきなり八十はキツいだろ!」


「うるせぇ! いいから八十パーセントだ!」


 俺の承諾もなしにスレイブは意気込むと、強引に鎧化を進めてくる。

 ぶっちゃけ、この鎧化解放はそれに見合って力が増すというメリットがあるけれど、それと比例して体力の減りも早くなるというデメリットがある。

 今はまだ余力があるから良いけれど、ペース配分を間違えたら負けを見るのは明らかに俺たちの方だ。

 それをセーブする役目を担うスレイブがムキになってたら、ピンチ以外のなにものでもない。

 一応、忠告しておこうと思う。


「お、おいスレイブ。あんまり飛ばすと俺の体力の方が先に尽きるんだぞ? わかってんのか?」

 

「てやんでぇ! こんな奴ら相手に時間なんか掛けてられるかよ! 今日は深夜に俺様が前から観たかった時代劇スペシャル『暴れん坊将ちゃん』の劇場版が放映されるんだ。さっさと終わらせて家に帰るぞ!」


「理由がそれ!? つーか、お前それは……あれ?」


  スレイブの発言に俺がツッコミを入れた時、正面に立つ三人の空気が変わった。

  あるぇ〜? なんか途轍もなく嫌な雰囲気が漂い始めたんだけど、大丈夫なのかなこれ~?


「……映画を観たいから?」


「……俺っちたちをさっさと倒す、だと?」


「あ、いや。今のはスレイブが勝手に言っただけで別に俺は……」


「随分と舐めたこと言ってくれるじゃないの坊や?」


「あー……俺っちたちをザコ扱いするとか殺すしかねぇなコレ?」


「おやおや。二人の逆鱗に触れてしまったようだけど、大丈夫なのかい草薙くん? ちなみに、今の発言は僕もカチンときたよ」


「いくらスレイブお兄様といえど、実の妹であるアタシとのスキンシップより、時代劇を選ぶなんて許せないわね……。後悔させてあげるわ」


 ……ですよね~。まぁ、俺が三人の立場で同じこと相手に言われたら、そりゃあ腹も立ちますよねって、おい! ヤバいんじゃねえのかコレ!?

 

 完全に口を滑らせたスレイブに激怒したのか、ティルヴィングたちの纏う殺気が一段と色濃くなった気がする。

 というか、俺のせいじゃないよね?

 口は禍の元ってよく言うけれど、俺のせいじゃないよねぇっ!?


「覚悟はいいかしらん。坊や?」


「俺っちたちを本気で怒らせた罪はクソ重てぇぞ」


「というわけで、覚悟を決めてもらうよ草薙くん」


「ちょ、待って三人とも! 俺なにも言ってないから!? スレイブが勝手に言ってるだけで俺はそんな風に思ってないから!」


「キシャシャシャシャ! そんなに時代劇が好きなら俺っちが斬り役でテメェを何度も切り刻んでやるよクソガキ!」


「それじゃあ、アタシは坊やを木に縛り付けてこの蛇腹剣を鞭代わりにしてた〜っぷりと可愛がってあげるわねん?」


「男なら自分の発言にちゃんと責任を持たなければいけないね草薙くん。それが大人の対応というものだよ」


「いやいや、俺の話を最後までちゃんと聞いてって、おいスレイブ! お前のせいなんだから三人に謝れよ!」


「ケッ、嫌なこった」


「お前ぇぇぇぇぇぇぇっ!?」


「「「覚悟!」」」


 弁明する余地も与えてくれない勢いで襲い掛かってきた魔剣三人を相手に、俺は夢中で剣を振るうしかなかった。

 つーか、三人とも相当頭にきてるのか動きにキレがあってめっちゃ手強い。

 それでもなんとか耐え凌げているのは、やはり鎧化解放のおかげなのだろう。

 

「んもぅ! アタシたち三人が本気で束になってもダメージを与えられないのん!?」


「チッ、こんだけ全力で戦ってんのに掠りもしねぇとかムカつくぜ!」


「ふむ、まさかこれほどとはね……。エリィ、キミの力を最大限まで解放できないのかい?」


「ごめんなさいねダーリン。今のアタシとダーリンのシンクロ率だとこれが精一杯だわ。これ以上の力を望むならここから先は有料コンテンツになるわね」


「なるほど。ちなみにその支払は?」


「ウフフッ。それはダーリンのカ・ラ・ダよ?」


「さっきからなんの話してんの!? つーか、気色悪いからやめろよエリザベスぅ!」


 八割まで鎧化を解放した俺の戦力は、魔剣三人を相手にしても引けを取らないほどに強化されている。

 この調子なら体力が尽きる前に片が付くかもしれない。

 そうとわかればこのまま全力で迎え撃つまでだ。

 

「よっしゃスレイブ! 一気にこのまま畳み掛け――」


「ちょっと待てネギ坊! 新手だ!」


「なに!?」


 慌てたスレイブの声に俺が反応して背後を振り返った直後、目を疑うような速度で赤黒い長剣が俺を目がけて飛んできた。

 それを寸でのところで回避すると、その長剣は地面に突き刺さり禍々しいオーラを刀身から放った。

 その光景に泰盛さんたちがその手を止めて硬直していると、どこからともなく低い男の声がした。


「お前たち、なにを遊んでいるんだ?」


 どこからか聞こえてきた抑揚のない男の声に俺が周囲を見渡すと、その男は頭上高く宙に浮いており、ゆっくりと俺たち四人の中心に降り立った。


「もう一度聞く。お前たち、なにを遊んでいるんだ?」


 俺たちの中心に降り立ったその男は二十代くらいの青年であり、赤い髪に黒いロングコートを着ていた。

 だが、そんな風貌よりも先に俺の目を惹いたのは、奴が両脇に抱えていた二人の人物だった。


「……マドカさんと北条先輩!?」


 突如として俺たちの前に現れた赤髪に黒いロングコート姿の男は、ボロボロになったマドカさんと北条先輩を両脇に抱えたまま俺を値踏みするような目でジッと見つめ、静かな殺気を放っていた。




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