第192話 姉弟の関係


 突如として現れた白い甲冑を纏う美人なお姉さんに意表を突かれ、俺はめちゃくちゃ動揺していた。

 というか、あのお姉さんが両手に持っているデカくて半月型の鏡面みたいな盾はなんなんだ? 

 両方を合わせるとそれこそ満月みたいにまん丸な鏡みたいになるみたいだけれど、あの形状になにか特殊な機能でも隠されているのだろうか? 

 ともかく、頑丈なレーヴァテインの鎧を容易く破壊したスサノオの大槍を完全に防いで盾の表面に傷ひとつすら付いてないのは流石に凄すぎる。チタン合金にも勝るような防御力を誇っているのだろう。

 それにしても、あんなに体の線が細いのに自分の体より大きな盾を両手に持って軽々と扱うとか強過ぎん? 一体何者なんだあのお姉さんは?

 そんな風にひとりであーだこーだ考えていると、謎のお姉さんがこちらを見てどこか落胆したようにため息を吐いた。


「ハァ〜、相変わらず力任せで猪突猛進な戦法なのねスサ。なんだかガッカリよ」


「そういう姉上こそ相変わらずのバカ力ではないか。女としての魅力もクソもないな」


「へぇ〜。随分と言ってくれるじゃないのスサ。アンタ、本気で殺すわよ?」


 両手に持つ半月型の盾を謎のお姉さんが地面に突き立てると、足元が少しだけ揺れた。

 あの盾、見るからにめっちゃ重そうだ。

 それをあんな風に軽々と扱うなんて、スサノオが言う通り普通じゃない。でも、美人でスタイルいいから俺は有りだと思うけどね!

 と、そんな事はどうでもいいか。

 とりま、あのお姉さんが何者なのかを知る必要がある。

 というか、なんかスサノオが知っているようだからちょっとコイツに聞いてみようと思う。


『おい、スサノオ。あの美人なアマテラスお姉さんって、何者なの? とりあえず、スリーサイズと好きな男のタイプを俺に教えてくれないか?』


「は? お前、アマテラス姉上に欲情しているのか? 流石にそれは俺も引くぞ」


『は? なんで? あの人はお前の姉ちゃんなんだろ? つーか、俺の体の中にいるお前も意味わからんけど、あのお姉さんも意味わからん。お前ら、一体なんなの?』


「……お前、なにも覚えていないのか?」


『なにも覚えていないって、なにそれどう言う意味?』


「いや、なんでもない。それより、ただひとつハッキリしていることは、俺たちにとってアイツが最悪な相手ということだけだ」


 どこか歯切れの悪い返答をしてきたスサノオに少し違和感を覚えたけれど、目の前のアマテラスお姉さんが俺たちにとって良くない存在であると聞かされたら今はそれを信じることしか俺には出来ない。

 でも、アマテラスお姉さんを見ていると、なぜだかノスタルジックな気持ちになるのは、彼女を知るスサノオに体を奪われてなにかしらの感覚を共有しているからなのだろうか? ともかく、今はスサノオを信じてアマテラスお姉さんに警戒した方が良いのだろう。

 アマノヌボコを構えて目の前のアマテラスお姉さんに身構えるスサノオと共に、俺も気を引き締める。

 すると、アマテラスお姉さんが眉根を寄せて頬を膨らませた。


「実の姉に向かってアイツ呼ばわりとは随分と生意気な口を聞くじゃないスサ。やっぱり、私はアンタが嫌いだわ」


「嫌いで結構だ。まぁ、俺にとって、ここに居ないもうひとりの姉上も同様だがな?」


「アンタのそのセリフを聞いたらもきっと怒るでしょうね」


「フンッ。ここに居ないツクヨミ姉上の話なぞどうでもいい。アマテラス姉上、俺はようやく表に出て来れたのだ。余計な邪魔は御免被りたい」


「アンタが表に出て来てはいそうですかなんて私が許すと思う?」


「それならこれ以上の話し合いは不毛だな。姉上には悪いがここで塵になってもらうまでだ!」


「へぇ〜。私と殺り合う気なんて良い度胸しているじゃないのスサ? 言っておくけど、私はにだけは容赦しないから!」


「上等だ。ここで決着を付けようではないか!」


 実の姉に対して、本気の殺意を放ってアマノヌボコを構えるスサノオ。

 そして、その言葉を受けたアマテラスお姉さんもその眼光を鋭くして両手の盾を構えると、コチラに敵意を剥き出し睥睨してきている。

 なんかよくわからんけど、この姉弟は不仲っぽい。

 というか、俺の中にスサノオという人格のがいて、そのスサノオに実のお姉さんがいる……なにこれ、マジで意味わからん。

 つーか、これって俺の体だよね? それなのに、俺の中に知らない空間があってそこに知らない人格がいて、さらには美人なお姉さんがいるとかマジでなんなの? これはエロゲ設定なの?

 そんな謎が謎を呼ぶ急展開に混乱する俺を他所に、スサノオが冷静な声音で口を開いた。


「いいか、ツルギ。アマテラス姉上が両手に持つアレは三種の神器のひとつである【八咫鏡】という大楯だ」


『三種の神器のひとつ八咫鏡……って、なんかどこかで聞いたことのある名前だけれど、それがなんなんだよ?』


「あの大楯の放つ【神光の波動】を受ければ、魔剣と融合したお前の体も無事では済まされない。それ故に、ここはアマテラス姉上を殺す覚悟で戦うぞ!」


『いや、殺す覚悟って、あの美人なお姉さんはお前の姉ちゃんなんだろ? なんで戦うんだよ!』


「姉上の目的が面倒だからだ。ともかく、もう一度アマノヌボコで……」


「油断大敵ですよ。スサ」


「!?」


 スサノオが大槍を頭上で回転させアマテラスお姉さんに挑もうとしたその刹那、今度はどこからともなくお淑やかな女性の声が聞こえてきた。

 その直後、突然俺たちの足元がグラグラと揺れだし、地面の中から翡翠色をした大蛇のような物が二つ勢い良く飛び出してきた。


「なっ! これは!?」


「さあて、これでもまだ生意気な口がきけるのかしらね? スサ」


『やだなにこの触手みたいなやつぅ! スサノオ、どうすんだよ!?』


 地面から現れた翡翠色の触手的なそれは、迷う事なく俺たちに向かい襲いかかってくる。

 だが、スサノオがアマノヌボコを巧みに振るい薙ぎ払うと、翡翠色をした触手のようなモノは諦めたように俺たちから距離を取り、アマテラスお姉さんの真横まで後退してその先端をユラユラと揺らしていた。


「ちょっと、ツクヨミ。奇襲に失敗してんじゃない。なにしてんのよ?」


「申し訳ありません姉様。久方ぶりに見たスサの成長した姿に感動して、思わず手元が狂いました。どうかご容赦を」


 どこからか聞こえてきたお淑やかな声の主は、どうやら地面の中に身を潜めていたようであり、土を盛り上げてゆっくり這い出してきた。

 その姿を見てスサノオが肩を落とす。


『なぁ、スサノオ。あの人は……』


「……最悪だな。アレは俺の二人いる姉のもうひとり姉上だ」


 スサノオが忌々しく睨みつけるその先に現れたのは、アマテラスお姉さんと同じく白い甲冑を見に纏った小柄な女性だった。

 彼女は、その腰回りに翡翠色の触手的なものを巻き付けており、まるでそれを自分の手足のように操り地面から姿を現した。

 よく見てみると、彼女の操る翡翠色のそれは、幾つもの勾玉が連なったモノだった。

 アレは、一体なんなのだろうか?


「さて、スサを捕まえられなかったけれど、次はどうするのツクヨミ?」


「そうですね。出来る事なら可愛い弟に傷を付けたくはないのですが、が出てきている以上、容赦はできないかと」


「正論ね。それじゃあ、二人で一気に畳みかけちゃおっか?」


「チッ、ようやく表に出れたというのになんて最悪な日なんだ……」


 地面から現れたツクヨミお姉さんとアマテラスお姉さんの二人が、それぞれの持つ武具的なモノを構えるとスサノオが舌打ちをした。

 なんかよくわからないけれど、あのお姉さんたち二人はかなり変わった武器を所持しているようであり、それにスサノオはかなり警戒している様子だ。

 つーか、コイツら本当になんなの? 

 というか、俺の体は一体どうなってんの!? 

 というわけで、その理由も知らずにただの巻き込まれ型主人公をできるほど俺も大人じゃない。 

 ここはシッカリとスサノオに聞くべきだろうと判断し、スサノオに尋ねてみることにした。


『あのさぁ、スサノオ。ものすんごく今更なんだけど、なんでお前はお姉さんたちに狙われてんの? そもそもなんでお前は俺の中にいんの?』


「ツルギ。お前は本当になにも覚えていないのか?」


『は? だから、なにがだよ?』


「……そうか。なら、その辺りの経緯はこの急場を凌いでからだな。それより、ツルギ。ツクヨミ姉上が操るアレは【出雲勾玉】と言ってアマテラス姉上が持つ八咫鏡と同じ三種の神器のひとつだ。あの勾玉に捕まったら最後、一切の動きが取れなくなるから気を付けろ」


『いやいや、体の主導権を握ってんのお前だから! 気を付けんのお前だから!?』


「ツクヨミ。そろそろ行くわよ?」


「元よりそのつもりです姉様」


「来るぞツルギ! 俺に波長を合わせて瞬間的に心を重ねろ!」


『なにそのエヴァ九話のタイトルみたいな台詞!? 心を重ねるどころか、その主導権を握ってんのお前だからね!』


 ツッコミたい部分は山ほどあるけれど、今はあのお姉さんたち二人をなんとかしなければならないようだ。

 俺はスサノオに言われた通り、それとなく瞬間、心、重ねてみる事にした。


「スサ、覚悟しなさい!」


「スサ、覚悟」


 ツクヨミお姉さんがその細い腰回りに巻き付けた二股に分かれている翡翠色の勾玉を変幻自在に操り、地面を抉りながら再び襲いかかってくる。

 それと並行して、アマテラスお姉さんも両手に持つ半月型の盾をブンブン振り回し連携攻撃を仕掛けてきた。

 つーか、なんで魔剣と戦っていた俺がいつの間にかスサノオとかいう人格に体の自由を奪われて、そこからアマテラスさんとツクヨミさんとかいう二人のお姉さんに襲われなくちゃいけないわけぇ!? ホント意味わからないんですけど!

 あ、でも、この流れはエロゲー設定で例えるところの近親◯姦ネタということになるんじゃないだろうか? ……ふーん、エッチじゃん。って、んなわけねぇだろ!? 知りもしない二人のお姉ちゃんが、俺の中にいるよくわからねえ人格に容赦なく襲いかかってくるとか意味わからねぇだろ!


 混乱を極める俺を置き去りにして、当人たちは激しい戦闘を繰り広げている。

 なんかもう、今すぐエクスの胸に飛び込んでいいこいいこされながら癒されたい……。

 でも、そんな俺のささやかな妄想をこの人たちが問答無用に打ち消してくる。


「スサ、大人しく観念しなさい!」


「姉様の言う通りですよスサ。ここは黙って捕まりなさい」


「バカを言え! ようやく表に出て来れたのだ。簡単に捕まってたまるものか!」


「あ、そう。それなら、仕方ないわね。ツクヨミ?」


「了解です。姉様」


 アマテラスお姉さんが顎で合図をすると、ツクヨミお姉さんの勾玉がその数を一気に増やし、二股どころか八股まで増殖した。

 これはなんというか、かな〜りピンチなのではないだろうか。


『やだちょっと流石にこれは無理じゃねスサノオ!? このままだと、俺の体がヌルヌルした触手によって、陵辱プレイされちゃうよぉ〜!』


「なにを言っているんだお前は頭がイカれてるのか!? 出雲勾玉にさえ捕まらなければ勝機はある。それに、やっと表に出られたというのに、こんなところで再び封印されてたまるものか!」


『さっきから封印封印って、俺の知らないところでなにしでかしたのお前? まさか、あの美人なお姉さんたちのパンツを盗んだとかそういうアレか? 俺でもやらねえぞそんなこと!』


「バカかお前は!? そんな頭のおかしなことをこの俺がすると思うのか!」


「ねぇ、ツクヨミ? さっきからスサが独りでぶつぶつと話をしているけど、アレってまさか……」


「姉様。それはあとにしてください」


「で、でもぉ! 絶対にスサが話している相手って、よね?」


「姉様。今は辛抱です」


「ああんもぅ、わかったわよ! さっさと【裏】を封印して、私の可愛い【表】を解放してあげるわ!」


「姉様。そこはではなく、です」


「そんな細かいことはいいじゃない。それより、一気に行くわよ!」


 大槍を振るって抗うスサノオにアマテラスお姉さんとツクヨミお姉さんの二人が息の合ったコンビネーションで容赦なく追い詰めてくる。

 理由はわからないけれど、この二人の目的はどうやらスサノオの再封印らしい。

 あれ、待てよ? もしそうなったら、俺はまたこの体を取り戻すことができるということになるんじゃないのか? だとすると、ここは大人しくスサノオが捕まってくれた方がいいのでは……?

 と、不意に考えた俺にスサノオが怒鳴りつけてくる。


「おい、ツルギ! もし、姉上たちに捕まったらお前もタダでは済まされないぞ!」


『え? なんで?』


「お前はなにも覚えてないようだが、あの二人は筋金入りのブ……」


「隙ありです」


「ナイス、ツクヨミ!」


「しまった!?」


 俺との会話でほんの少しスサノオが油断をした次の瞬間、ツクヨミお姉さんの腰裏辺りから生えた勾玉の一本が俺たちの片脚に巻き付き、とんでもない力で空高く宙吊りにされた。

 ……ヤバい、このままだと俺の体が触手で汚されちゃう〜! なんつって。

 次回に続く。





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