第120話 それから
ティルヴィングとエペタムによるアヴァロン本部襲撃事件から数日後、俺たちは特別棟にある式典会場で喪に服していた。
「アヴァロンのために命を懸けて戦った英雄たちへ黙祷!」
黒の礼服で身を包んだヘジン司令官の声に皆一様に顔を伏せて黙祷を捧げる。
今回の襲撃事件で命を落とした人たちの数は尋常ではなかった。
その中で生き残った人たちの多くは、今も医療棟で治療中であり、アヴァロンが創立されてから前代未聞の大事件だったと囁かれている。
俺とエクス、それにカナデやヒルドも皆と同様に黒いローブを服の上から纏い、式典会場の上座に並べられた沢山の黒い棺を見てそっと目を伏せた。
たった二体の人型魔剣に、これほど甚大な被害を出されたのはアヴァロンとしてもかなりの痛手であり、今後の対策についても注視される問題点が山積みという結果となった。
それ程までに、今回の襲撃事件は俺たちアヴァロン側にそれだけの大きな爪痕を遺したのだ。
それに、奴らはクラウを龍に変貌させた【リジル】という魔剣を諸事情している。
ティルヴィングとエペタムの行方は、今も各国にあるアヴァロンで懸命な捜索が行われているらしく、アイツらが日本に来る可能性もあるから俺も油断はできない。
これからは、今まで以上に気を引き締めていかないとダメだろうと思い、俺はそっと目を開けると、壇上に立つ黒い礼服姿のヘジン司令官を見つめた。
「彼らは我らがアヴァロンの誇りであり、勇敢な英雄たちでした。そんな彼らの想いを我々は繋ぎ、魔剣から人類を守るために戦う事をここに誓いましょう……敬礼!」
ヘジン司令官の一声に全員が同時にアヴァロン特有の敬礼をする。
こうして、この地における長期に渡った俺たちの戦いがようやく終わりを告げた。
○●○
特別棟の式典会場で行われた葬儀のあと、日本に帰国する前、エクスはランスくんとアロンちゃんと三人でアヴァロンに滞在していた間にお世話になった人たちへ別れの挨拶をするとでかけていった。
カナデは聖剣の精霊となったために、その契約者であるヒルドと共にアヴァロンから今後についての説明を受ける事となり、この場にはいない。
多分アイツのことだから、色々な説明やら契約やらをひたすら聞かされてそれを頭で処理し切れず、プスンプスンと白い煙を上げて混乱している事だろう。
この戦いで負傷したソラスはすっかり傷も癒えて、現在はエミリアおばさんと共に今だ昏睡状態のままであるクラウの看病に努めている。
ソラスの話によれば、今回の事件についてのクラウへの処遇は、ヘジン司令官が上手く取り持ってくれたようであり、彼女たちが上層部の汚職事件に巻き込まれ命の危険に晒されたという事実もあることからクラウが重罪を科せられるような事はないという。
それを聞かされた俺は正直、安堵した。
そういえば、失明をしたオジェだけど、復活したカーテナさんから熱い回復行為(ベロチュー)をしてもらい視力が回復したという。
そんな二人は、来月に入籍を予定しているらしい。
ヘグニさんは今回の件で反省すべき箇所があるとかないとかで、あれからずっと剣術の修行に励んでおり、部下を何人か引き連れて厳しい訓練を行っているとか。
そんな各々が行動する中でひとりになった俺は、師匠の研究室へ足を運んでいた。
なぜなら、俺の左腕になったスレイブが、師匠に大事な話があると言うからだ。
『あ〜! ツルくんじゃん! 博士ぇ〜、レイピア〜! ツルくんが来たよ〜?』
俺が師匠の研究室に訪れると、あの戦いでクラウに首をはね飛ばされたセレジアちゃんがすっかり元通りに修復されたようであり、現在はフリフリのメイド服姿で相変わらずの明るい笑顔と声音を振りまいていた。
そんな彼女の呼び声に研究室の奥から鉄製の箱を抱えたレイピアさんと師匠が現れた。
「ツルギさん、お疲れ様です」
「ふむ。来よったか小僧にスレイブ」
「よぉ、ジジイ。例のモノは用意できたか?」
口悪くスレイブがそう訊くと、師匠がふむと頷く。
「ちゃんと用意してやったわい。そいじゃ、始めるかのぅ」
「あの、師匠? 詳しい事をスレイブから聞かされてないんですけど、これからなにをするんですか?」
俺が怪訝そうに尋ねると、師匠が呆れたように肩を竦める。
「やれやれ、小僧。お前はそんな左腕のままで国に帰るつもりじゃったんか?」
「え? そんな左腕って……あ!?」
師匠にそう言われ、俺は気付く。
そういえば、今の俺の左腕はスレイブと同化していて、肘から下が髑髏を象った赤いガントレットになっている。
こんな姿のまま帰国して久しぶりに学校へなんか行ったら、それこそ痛い奴だと皆から思われてしまうし、陰で色々と変な噂を囁かれてしまいそうだ。
草薙は中二病を患って帰ってきたとか……それはとても痛々しい。
というか、恥ずかしくて死んじゃう!
そんな事を思いつつ、気恥ずかしさに頬を掻く俺を見て師匠が嘆息する。
「まったく、今更気付いたんか……それでじゃ。ブレイブが魔剣化をして得た【同化】という能力を応用して小僧の左腕をなんとかできると言うからそれに必要なモノを用意してやったんじゃよ」
「おい、ジジイ。俺様の事はスレイブと呼んでくれや。そっちの方がイカしてるからよ?」
「まったく、ワシのすんばらしいネーミングを勝手に変えよって……まぁ、よいわい。ほれ、スレイブ。これが例のモノじゃぞ?」
ケタケタと笑うスレイブに師匠は目を細めると、話を戻すようにその視線をレイピアさんが抱える鉄製の箱に向けた。
「レイピア、その箱を開けろい」
「はい、わかりました!」
「師匠、その箱の中にはなにが入ってるんですか?」
特殊な装置が付けられた鉄製の箱に俺が首を傾げていると、レイピアさんが苦笑して答える。
「ツルギさんにはちょっと、ショッキングかもしれないモノが収められているのですが、驚かないでくださいね?」
レイピアさんはそう言うと、近くにあったテーブルの上に鉄の箱を置く。
そして、暗証コードを入力し、鉄製の箱を開けるとその中には……冷凍保存された俺の左腕が保管されていた。
「うぇぇっ……いくら自分の左腕とは言っても、こうやって見ると流石に引くな」
自分の左腕を見て俺が思いっきり頬を引き攣らせドン引きしていると、スレイブが言う。
「ケケケッ! そう言うなよ相棒。それじゃ、始めるとすっかな?」
「なぁ、スレイブ。一体なにをするつもりなんだ?」
「あ? そんなもん見てりゃわかるよ。おい、レイピア! その左腕を俺様に食わせてくれや!」
「……なんだって?」
耳を疑うようなスレイブの発言に俺が当惑していると、ゴム手袋を両手に嵌めたレイピアさんが箱の中にあった俺の左腕を取り出しスレイブの口元に近づけた。
すると次の瞬間、スレイブが大口開ける。
「さぁ、スレイブさん。パクッといっちゃってください!」
「ちょ、待ってレイピアさん! マジでなにを考えて……ああああああっ!?」
と、俺が許可を出す前に大口を開けたスレイブが冷凍保存されて霜が付いた俺の左腕を丸飲みした。
「あがっ……ゴクンッ。あ〜、ご馳走さん」
「ご馳走さんじゃねえよ!? なにしてんのお前ぇぇぇぇぇぇっ!」
「安心しろい小僧。スレイブ、どうじゃ? お前の能力で【同化】できたか?」
立派な顎髭を擦りながらニカッと笑う師匠にスレイブは少しの間だけ沈黙すると、下顎をカタカタと鳴らして言う。
「ケケケッ! 問題ねえな……あらよっと!」
「な……マジか!?」
俺の左腕を食ったスレイブが、掛け声を上げたその刹那、髑髏を象った赤いガントレットがその形状をみるみるうちに変化させ、俺の左腕に変わった。
その光景にレイピアさんとセレジアちゃんの二人が嬉しそうに顔の前で小さく拍手をする。
「成功しましたね博士! ツルギさん、これで無事に高校生活を送れますね?」
『おめでと〜ツルくん! これで学校に行っても中二病乙とか言われてイジられないね〜?』
「いやまあそうですけど……でも、どうしてスレイブが俺の左腕に変化できたんすか?」
「クカカカッ! それならこのワシが説明したるわい!」
師匠は両手を腰に当てドヤ顔をすると、スレイブの能力について教えてくれた。
師匠の話によると、スレイブの保有する【同化】という能力は、人間の細胞組織や物質の分子構造などを解析し、それを読み取る事でなせる能力だという。
そして、スレイブにはそれをコピーして擬態することができるらしく、今回のように変化することができたとの事だ。
「小僧の左腕を取り込み同化させることにより、スレイブはそれに擬態できるようになったわけじゃわい。まさか、魔剣化をするとそんな特異な能力を発動できるようになるとは、今後の研究に是非とも活かすべきことじゃろうな」
「おい、ネギ坊。これでなんも問題ねぇだろ? この俺様に感謝しろよ!」
「そうだな。確かにこれなら……」
……エクスのおっぱいを左手でも揉むことができる!
ガントレットの状態だと、エクスの綺麗な柔肌に傷を付けてしまうかもしれないから、あえて右手でモミモミしていたけれど、これならなんの躊躇いもなく今までのように両手を使ってエロイ事ができるだろう。
やだなにそれ超ハッピーじゃない?
早くエクスのおっぱいを揉みしだいてみたいわん!
自身の左手を何度か握りしめ、その感触に頬を緩めていると、人間の左腕に擬態しているスレイブが言う。
「……おい、ネギ坊。お前、絶対にエロイことを考えてるだろ?」
「バカを言え。俺は今、日本の少子化問題について真剣に考えていたところだ」
「……そうかよ。それなら、そういう事にしといてやるわな。それより、そろそろ行くか?」
スレイブに促され、俺は研究室の壁に掛けられていた時計に目をやる。
そらそろ出発の時刻が迫ってきたようだ。
「あぁ、そうだな。師匠、レイピアさん。色々とお世話になりました!」
「くすん……ツルギさん、どうかお元気で!」
「クカカカッ! 小僧、たまには遊びに来い。その時は、ワシの自慢のラブドールちゃんたちを堪能させてやるわい!」
深々と頭を下げた俺にレイピアさんが涙目で鼻を啜り、ハンカチで目元の涙を拭う。
その隣に立つ師匠は、ニカッと笑いながら横に侍らたメイド姿のセレジアちゃんのお尻を撫でていた。
そんな二人に俺は微笑むと、研究室をあとにした。
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