第119話 呪縛からの解放

 師匠からの作戦を聞かされた俺とヒルドは、セレジアちゃんを筆頭にクラウと戦う【ヴァルキリーズ】の元へ足を進めていた。


「準備はいいか、ヒルド?」


「はい! 大丈夫です!」


 カナデの説得でかなりテンションが上がったのか、今のヒルドは自身に満ち溢れて堂々としている。

 というか、多分コイツの事だから、カナデに良いところを見せたい一心で気合が入っていると言った方が正しいかもしれない。

 

「ツルギ先輩、私はいつでも行けます。ですから、ちゃっちゃとクラウさんを引っ張り出しちゃってください!」


「お、おぅ……わかった」


「あ、それと」


「なんだ?」


「なにやらお姉さまにコソコソと耳打ちをされていたようですけど、私のカナデお姉さまに変なことしたら……殺しますよ?」


「……」


 鋭い眼光で俺を見据えてくるヒルドに、背筋が凍りつくような感覚がした。

 なんだこの殺気は? 明らかにさっきまでのヒルドとは違うオーラを放っていやがる。

 ていうか、なんで俺が殺されなきゃならんのだ?


 ヒルドはその手に持つ聖剣の刀身を細い指先でなぞると、不敵な笑みを浮かべた。


「フフフッ。私の聖剣がお姉さまの愛情欲しさで血に飢えております……。この一件が片付いたら、ツルギ先輩をして、カナデお姉さまからのご褒美を私がひとり締めして……えへ、えへへへっ〜」


「俺を始末する前提で勝手に盛り上がってんじゃねえよコラッ!?」


 ……やだこの子、マジで目が怖いわ。

 しかも、さり気なく俺を始末するとか口にしている辺りガチっぽくて困っちゃう。

 ここはカナデにお願いして、ヒルドを抑制してもらわないと……。


 どこぞの嵐を呼ぶ園児のような厭らしい笑みを浮かべているヒルドから視線を外すと、俺は後ろを振り返る。

 俺たち二人から離れた位置では、祈るように両手を胸の前で握り合わせ、俺を見つめるエクスと、自分の貞操の危機が迫っているとも知らず、試合の応援をするかのような声援を俺とヒルドに送っているカナデがいる。

 その隣では、自らの造り出した聖剣の活躍を期待して瞳を輝かせているレイピアさんと、白衣のポケットに両手を突っ込んで真剣な顔でこちらを見つめている師匠。

 そして、その四人から少し離れた位置でヘジン司令官が両手を腰の後ろで組んで立っていた。

 そんな五人の視線を背中に浴びて俺は一息吐くと、隣でニヤケ顔を浮かべているヒルドに言う。


「それじゃあ、行くぞ。ヒルド!」


「お願いします、ツルギ先輩!」


 突剣型の聖剣をヒルドが顔の前で縦に構えると、その刀身が青く輝き始めた。

 師匠の話によれば、龍の外殻を纏ったクラウの本体が持つ魔剣にヒルドの聖剣をぶつければ、その能力である【アンチウイルス】が発動され元に戻るという。

 ちなみに、セレジアちゃんたちの持つ聖剣にも同様の能力がインストールされているらしいのだが、その効果はやはりオリジナルには及ばず、魔剣化を防ぐ事しかできないようで、ヒルドの聖剣でなければならないとの事だった。

 そして、この作戦の肝は【ヴァルキリーズ】の援護を受けながら、俺がこの大槍でクラウの纏う龍の外殻を破壊し、そこから彼女を引っ張り出して魔剣化をしたクラウの聖剣をヒルドが元に戻すというモノだ。


「ヒルド、俺が合図を出したらクラウを頼むぞ!」


「了解です!」


「よし……行くぞ、スレイブ!」


「おうよ!」


 縦横無尽に聖剣を振るって飛び掛かる【ヴァルキリーズ】たちを相手に怒り狂ったように暴れるクラウを前にして俺は柄部分にある引き金に人差し指をかけた。


「ふぅ〜……行くぞ!」


 引き金にかけた人差し指を引いた瞬間、修練場内に爆発音を轟かせると、俺は大槍の先端を高速回転させながらクラウへと向かい地面スレスレを低空飛行する。


 まず最初にすべきは、クラウの動きを止めるためにその手足を破壊する事だ。


「ウオラァァァァァァァァッ!」


 稲光を纏い高速回転する俺の大槍の先端が【ヴァルキリーズ】に気を取られていたクラウの前脚を一直線に貫く。

 その瞬間、大木のように太く、黒く堅牢な龍鱗を纏っていた両前脚が爆散し、クラウが前のめりになって地面に顎を打ち付けた。


『よっしゃぁ〜! みんな、今がチャンスだぞぉ〜! 一斉にかかれ〜!』


 前脚を失い、バランスを崩して顎を地面に着けたクラウに【ヴァルキリーズ】たちが聖剣を煌めかせ一斉に飛び掛かる。

 だが、その行動に反応してクラウは残された後脚に力を込めると弧を描くように長い体をその場で回転させ、襲いかかった【ヴァルキリーズ】たちを尻尾で薙ぎ払った。


 クラウの尻尾で殴り飛ばされた【ヴァルキリーズ】たちは、修練場の壁に次々激突すると、行動不能になったのかピクリとも動かなくなってしまった。

 その惨状にセレジアちゃんは自らの額を掌で打った。


『あちゃ〜、失敗だったか〜』


「セレジアちゃん! 俺が残りの脚を破壊するから、その隙に龍の眉間からクラウの本体を引っ張り出してくれっ!」


 両脚を地面に着けて砂埃を巻き上げながら大槍の軌道を変えて叫ぶ俺に、セレジアちゃんが『ほいさ〜!』と、愛らしい声を返して敬礼をしてくる。

 それを確認して俺は大槍を力ずくでコントロールすると、腹這いになり赤い眼を細めてこちらを睥睨しているクラウに突撃した。


「行くぞ、クラウ……ウラァァァァァッ!」


 残された後ろ脚を狙い、俺は再び地面から脚を離すとそのまま低空飛行し、クラウに向かった。

 するとその時、クラウが残された後ろ脚に力を込めて上半身を起こすと、高々と跳躍した。


「んなっ!? マジかよ!」


 大槍を構えた俺をその巨躯で真上から圧し潰そうと考えているのか、クラウが絶妙なタイミングで落下してくる。

 それを回避するため大槍の軌道を無理やり変えた俺だったが、敢えなく修練場の壁を支えている鉄骨に突っ込んでしまい二発目を使い果たしてしまった。


「クソッ、二発目を使い切っちまった……」


「ケケケッ! とは言ってもよ、クラウの外殻は前脚を失ってんだ。慎重に狙えば問題ねぇだろ?」


「簡単に言ってくれるけどよ、この大槍を上手くコントロールするのがどれだけ難しいのかわかって――」


「ツルギ先輩!?」


 楽観的な事を口にするスレイブに俺が文句を吐いていた矢先、腹這いになったクラウが後ろ脚で地面を蹴り、大口を開けて襲いかかってきた。

 それに反応して俺は素早く真横へ飛び退くと、地面の上を転がりながら素早く大槍のスライダーを引いてリボルバーを回転させ、薬莢をひとつ吐き出させた。


「あっぶねえ〜……こんだけデカイ図体してるのになんつー俊敏さだよ」


「ネギ坊、今が絶好のチャンスだぜ!」


 スレイブの言葉に俺が振り返ると、壁に食らいついた際に鋭い牙がそこから抜けなくなったのか、クラウが大暴れしていた。

 その姿を見て俺は稲光を纏い高速回転を始めた大槍の先端に目を向けると、慎重に狙いを定めて構え直す。


「ふぅ〜……残り二発、絶対に当てさせてもらうぜ!」


 柄部分にある引き金を引くと、俺は壁に食らいついたままのクラウに突撃する。

 だがその刹那、壁に食い込んでいた牙が抜けたのか、クラウが地面の土を盛り起こすように長い体をぐるりと反転させ、腹這いになりながら大口を開けて再び迫ってきた。


「あらぁっ!? これは流石にヤバイんじゃねえのぉぉぉぉぉっ!」


「ケケケッ! そうでもねえぜネギ坊? このままクラウにとびっきりの一発をブチかましてやれ!」


 焦る俺とは対照的にスレイブが下顎をカタカタと鳴らして愉快そうに笑う。

 そんなスレイブを尻目に、俺は大槍の柄をしっかり握りしめると、大口を開けて迫ってきたクラウに突っ込んだ。


「こんちくしょうがああああああああっ!」


 大槍の先端を真っ直ぐ構えた俺が大口を開けたクラウの口内にそのまま突っ込むと、程なくしてクラウの体を貫通し、対面する壁に突き刺さって停止した。

 そして、慌てながら背後を振り返ってみると、龍となったクラウが腹を地面に着けた状態で静かにそこに居た。


「やった、のか……?」


「ケケケッ! 見てみろよ相棒。クラウの纏う龍の外殻に見事な風穴が開いてやがるぜ?」


 スレイブに言われてよく見てみると、クラウの纏う龍の外殻には直線的にトンネルのような大穴が開いており、向こう側の景色が覗けるようになっていた。

 どうやら、今の一撃でクラウは活動を停止したらしい。


『ナイスだぜツルくん! あとは、私がクラウちゃんの身体を眉間から引っ張り出してやんよ!」


 死んだように動かなくなったクラウの頭に乗っかると、セレジアちゃんが意気揚々と聖剣を構えて眉間を切り開こうとする。

 しかし突然、師匠が声を張った。


「待つんじゃ、セレジアちゃん!」


『へっ?』


 聖剣の先端をセレジアちゃんが下に向けた次の瞬間、龍の眉間からクラウの本体が現れ、セレジアちゃんの胸に魔剣化した黒いショートソードを深々と突き刺した。

 その光景に俺たち全員が戦慄する。


『あ……博士、失敗……しちゃ……』


「いかん! セレジアちゃん、逃げるんじゃ!?」


 師匠の悲痛な叫びが彼女に届く事はなく、龍の眉間から現れたクラウはなんの躊躇いもなくセレジアちゃんの胸からショートソードを引き抜くと、そのまま首をはねた。


 頭部を失い仰向けに倒れて地面に落下したセレジアちゃんを見てからクラウは黒いショートソードを顔の前で縦に構えると、再び閃光を放とうとしてくる。


「ヤバイ、閃光がくるぞ!?」


 俺の張り上げた声に各々が腕や手などで視界を覆い隠し、閃光から身を守ろうとする。

 しかしそんな中、なにを血迷ったのか、聖剣を構えたヒルドが俺の合図もなしにクラウへと飛びかかった。


「隙ありです!」


「んなっ!? 待て、ヒルド!」


 クラウに迫ったヒルドに俺が叫んだ直後、顔の前で構えていた黒いショートソードから閃光を放たず、クラウがその先端をヒルドに向けて真っ直ぐ突き出そうとしていた。

 恐らく、クラウはヒルドが飛びかかってくるのを予想していたのだろう。

 そのタイミングは完璧であり、突剣を構えたヒルドは驚愕した表情で目を剥いている。

 その姿にカナデとエクスが悲鳴のような声を上げた。


「ひ、ヒルドちゃん!?」


「ツルギくん、ヒルドちゃんを!」


「ダメだ、間に合わねぇ!」


 まるで、時間がスロー再生されているかのようにゆっくりとクラウの握るショートソードの先端がヒルドの胸へと伸びてゆく。

 この距離では、大槍を使ったところで間に合わない。

 このままじゃ、ヒルドが殺される!


「ヒルドォォォォォォォォッ!?」


 俺が上げた声に反応すら見せず、クラウが黒いショートソードでヒルドの身体を貫こうとする。

 しかしその時、俺の背後から聴こえたの声にクラウがその動きを止めた。


「クラァァァァァァァァァァァァウッ!」


 突如、修練場内に響いたその声はヒルドを一突きにしようとしていたクラウの動きだけでなく、その視線すらも奪った。

 そして、振り返ったクラウの視線の先には、彼女にとって唯一無二の姉であるソラスが、アロンちゃんに支えられながらそこに立っていた。


「クラウ……もう止めて!」


「……ソラ、ス……お姉……ちゃ――」


 涙を流して声を上げたソラスに、クラウが赤い瞳を白黒させ動揺している。

 ティルヴィングに操られていたとはいえ、やはり、潜在意識の奥底にはソラスの存在が確かに残っていたのだろう。

 ソラスを見つめるクラウは、完全にその動きを止めていた。


「おい、ネギ坊!」


「わかってる! ヒルド、今だ!」

 

 動きを止めたクラウを見た俺は、黒いショートソードを胸の手前に突き当てられいたヒルドに叫んだ。

 すると、ヒルドはハッとした顔を浮かべ、聖剣を握り直して返事をする。


「あ、はい……とおりゃあああああっ!」


 左胸の手前でピタリと止まっていたクラウのショートソードをヒルドは聖剣で斬り上げ空中へ飛ばすと、そこから跳躍して凄まじい速さの突き技を繰り出した。

 

「とりゃとりゃとりゃとりゃとりゃああああああああっ!」


 空中に放り出されたクラウのショートソードに青い輝きを放つヒルドの聖剣で何度も打ち付けられると、刀身から黒い靄のようなモノが発生し、やがて霧散して消えた。

 すると、黒い刀身だったはずのショートソードが本来の輝きを取り戻し、美しく煌めいたのち、とすっと静かな音を立てて地面に突き刺さった。


 その直後、クラウの瞳が元の色に変わり、龍の外殻が黒い砂山に変化すると、彼女は意識を失くしたようにそのまま倒れた。






 



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