第118話 お姉さまのためならば!
壁に開いた大穴から外に脱出し、駐車場に停めてあったジープに乗って逃亡して行ったティルヴィングとエペタムの二人に、俺はしばし呆然と立ち尽くしてしまった。
まさかアイツら二人が、逃走する選択肢を選ぶなんて毛頭考えていなかったからだ。
「ひょっとして、アイツら……最初から逃げるつもりだったのか?」
「ケケケッ! だろうな。んで、どうするよ相棒? そのランスを使えばティルヴィングとエペタムに追いつけるかもしれないぜ?」
スレイブの言う通り、この大槍を使えば奴らを追撃できるかもしれない。
それなら今すぐにでも壁にできた大穴から外に出て、奴らを追いかけ――。
「ツルギくん!?」
「――っと!」
突然、背後から聴こえてきたエクスの呼び声に振り返ると、龍と化したクラウが俺を踏み潰そうと大きく振り上げた片脚を勢い良く下ろしてきた。
それから逃れるように俺は真横へ大きく飛び退くと一定の距離を取り、高速回転を続ける大槍を構えてクラウを見つめた。
「チッ、奴らを追いかけたいのは山々だけど、今のクラウをそのままにはできねぇな……」
龍の姿になったクラウはとても危険であり、鎧化した俺でなければマトモに相手をするのも至難の業だろう。
それに、この場にはエクスだけでなく、カナデもいるし負傷したソラスだっている。
そんな彼女たちを置いてティルヴィングとエペタムを追跡するのが得策とは到底思えない。
とは言っても……。
「……ティルヴィングを捕まえねぇと、クラウを元に戻せねぇよな」
クラウの聖剣を魔剣化させた元凶であるティルヴィングを倒せば、彼女にかけられた魔剣化を解除できると思っていたが、その肝心のティルヴィングには逃げられてしまった。
それなら、一体どうするべきか……。
「どうするんだネギ坊? ティルヴィングを逃しちまった以上、その槍でクラウを仕留めるしかなさそうだぜ?」
「……っ」
スレイブの言葉に俺は下唇を噛む。
確かにこの大槍ならグラムの硬い装甲をも粉砕できたし、例え龍と化したクラウのことでも倒すことができるだろう。
だが、俺の目的はソラスの妹であるクラウを助ける事だ。
それなのに、そのために必要だったティルヴィングを逃してしまった。
これはもう、望みを絶たれたのと同じことだ。
しかし、そうだとしても――。
「この大槍でクラウの命を奪うなんてできるわけねぇだろ……」
そんな事をしたらソラスに会わせる顔がない。それに、たったひとりの家族を失えば、ソラスの心は壊れてしまうだろう。
やっと彼女が再会を果たせた大切な妹を俺が手にかけるなんてありえない。
離れた位置でランスくんたちを相手に暴れ回るクラウを見つめて俺が歯噛みしていると、不意に後ろから声をかけられた。
「クカカカッ! 小僧、久しぶりじゃのう?」
「その声は……師匠!?」
掠れたようなその声に俺が振り返ると、白衣姿のダーイン師匠がセレジアちゃんだけでなく、他のラブドールたちを引き連れて現れた。
その隣にはレイピアさんとヘジン司令官も付き添っており、なにやら現場の状況を見て眉を顰めている。
「クカカカッ! 話はレイピアから聞かせてもらったわい。なにやら面倒な事になっとるようじゃのぅ?」
「ふむ。例の魔剣二人には逃げられてしまったようですね? それにしても、アレがクラウですか……」
龍となり、黒い龍鱗に包まれたクラウを見てヘジン司令官が目を細めていると、隣に立つレイピアさんが言う。
「彼女はティルヴィングの持っていたリジルという魔剣により、あのような姿に変貌を遂げてしまいました……先生、なにか彼女を救う手立てはないでしょうか?」
豊かな胸の前で両手を握り、泣きそうな顔で質問するレイピアさんを一瞥すると、師匠が鼻を鳴らして答える。
「フンッ、そんなもん簡単じゃわい」
「え!? クラウを元に戻す方法があるんすか師匠!」
驚愕する俺に師匠はニカッと笑い金の八重歯を光らせると、ヘジン司令官に言う。
「ヘジンよ。ここからはワシの可愛い【ヴァルキリーズ】と小僧。それと、ヘグニの娘でなんとかするわい。他の連中は邪魔じゃ、早々に退避させろぃ!」
「まったく、アナタはいつも上からの物言いですね? まぁ、いいでしょう……ランス、ヘグニ!」
ヘジン司令官のよく通る声に気付いたのか、ヘグニさんとランスくんが驚いた表情でこちらに振り向いた。
「ぬぅっ!? アレは!」
「へ、ヘジン司令官!?」
「ランス、ヘグニ! なにをボサっとしているのですか? 他のセイバーたちを今すぐ下がらせ、負傷者の手当に回しなさい!」
ヘジン司令官の指示にランスくんとヘグニさんの二人は敬礼をすると、クラウを取り囲んでいた他のセイバーたちに声を張る。
「皆、早急に負傷者を連れて退避するんだ!」
ランスくんの甲高い声にセイバーたちは頷くと、負傷者を抱えて蜘蛛の子が散るように
退避してゆく。
その光景を目にしながら俺が大槍を構えていると、師匠が声をかけてきた。
「さてと、そろそろこの騒動も終わりにするとするかのぉ……小僧、お前も手伝え」
「師匠、どうやってクラウを元に戻すんですか!?」
俺が食い気味にそう訊くと、師匠が立派な白い顎髭を片手で擦りながら言う。
「ふむ。今のクラウは、あのセクシーな魔剣の姉ちゃんの能力で聖剣のシステムコンピューターに特殊なウィルスを感染させられてしまい乗っ取られている状態じゃ。しかし、そのウィルスを死滅させる方法がある……それが、レイピアの造りだした聖剣じゃわい」
師匠はドヤ顔でそう言うと、気恥ずかしそうに畏まるレイピアさんを指差した。
「最初はクソの役にもたたん能力じゃと思っとったが、まさかの活躍じゃわい」
「レイピアさんの聖剣ってことは、カナデが契約した聖剣でヒルドが持っているあの突剣のことすか?」
「その通りです。私の造ったあの聖剣には【アンチウイルス】つまり、聖剣を魔剣化させたあのウィルスを死滅させる事のできる能力があるのです!」
「クカカカッ! おっぱいが大きいこと以外はなんの取り柄もない奴だと思っておったが、今回だけはようやったぞ我が愛弟子よ!」
『いよ、レイピア! ゴイス〜ゴイス〜! 普段はポンコツだけど、今回は偉いよ〜!』
……完全にディスってるじゃねえか。
さり気なくディスりを混じえながら他のラブドールたちと共に拍手喝采を贈るセレジアちゃんと師匠に、えっへんと大きな胸を張るレイピアさんがなんだか涙ぐましい。
それを見ていたヘジン司令官はこめかみに片手を添えると、和気藹々とする師匠に声をかけた。
「……ダーイン。今は馬鹿騒ぎをしている場合ではないですよ?」
「わぁっとるわい! 相変わらずノリの悪い男じゃのぉ〜……それでは、行け! ワシの可愛い【ヴァルキリーズ】よ! お前たちのキュートでストロングなパワーを見せつけてやるのじゃ!」
『よぉ〜っし、みんな〜! 博士のために頑張るぞ〜い!』
龍となったクラウを指差して師匠が命令すると、聖剣を持ったセレジアちゃんを筆頭に他のラブドール型の精霊たちもクラウに向かい次々と駆け出して戦闘を開始する。
その姿を俺が見つめていると、師匠が肩を叩いてきた。
「小僧。さっさとヘグニの娘をここに連れてこんかい」
「ヘグニさんの娘って、ヒルドっすか? いや、でも師匠。流石にあのクラウを相手にヒルドは……」
「アホ抜かせ! そのためのお前じゃろうが!」
「え? 俺?」
「そうじゃわい。この中で最も頑丈な盾となれるのはお前だけじゃろうて。じゃから、ヘグニの娘を守りながらクラウを元に戻すんじゃ!」
師匠に背中を引っ叩かれ、俺は後頭部を掻くと、壁際でカナデとエクスの二人と一緒に暴れ狂うクラウを見つめていたヒルドを呼びつけた。
「ヒルド! ちょっとこっちに来てくれ!」
俺の呼びかけにヒルドはとてとてと駆け寄ってくると、途中でなにかに気が付いたのかハッとした顔をして立ち止まった。
「あのぅ〜、ツルギ先輩? まさかとは思いますけど、私にあのクラウさんと戦えとか言いませんよね〜?」
「あぁ。勿論、そのつもりだ」
「はぁっ!? そんなの無理ですよ! あんな巨大で恐ろしい龍になったクラウさんと戦えだなんて死ねと言っているようなものじゃないですか!」
「安心しろ。俺がお前の盾になってやるからその心配はねえって」
「心配ありますよ!? だって私は、非力でか弱い美少女なんですよ!」
しれっと自分を美少女と呼称するヒルドに俺と師匠は目を細めた。
コイツ、さっきエペタムと互角に渡り合っていたじゃねえか。それを非力とか、か弱いなんてよく言えたもんだな……。
およよと泣くフリをして鼻を啜るヒルドにレイピアさんは近づくと、豊かな胸の前で両手を握り合わせて懇願する。
「お願いしますヒルドちゃん! その聖剣を扱えるのはアナタだけであり、今のクラウさんを救えるのもアナタだけなのです。どうかここは、ツルギさんと協力してください!」
「ヒルド。お前の持つその聖剣には、龍となっちまったクラウを救うことができる能力が備わっているらしいんだ。だから、俺と協力してクラウを魔剣の呪縛から救うのを手伝ってくれ!」
「じ、実戦経験の少ない私にいきなりあんな超弩級の恐ろしい相手と戦えなんて無理ですよぉ〜……」
「ヒルドちゃん、お願いします!」
「頼む、ヒルド!」
「うぅ……そんなこと言われてもぉ〜」
「やれやれ。これでは話が進まんわい」
説得する俺とレイピアさんを見て師匠が肩を竦めるも、ヒルドは相変わらず困った表情を浮かべたままだ。
まあ確かに、龍となったクラウを相手に戦えと言われたら、誰でも尻込みしてしまうのは理解できる。
しかし、俺が盾になると言っているのだから少しは安心して欲しいものなのだが、当のヒルドはかなり難色を示している様子だ。
なにかコイツを奮い立たせることのできる方法でもあればいいのだが……。
「つーくん!」
「ツルギくん!」
いつまでも変わらない状況に俺が手をこまねいていると、カナデとエクスの二人がこちらに駆けてきた。
「つーくん、ヒルドちゃんがどうかしたの?」
「いや、クラウを元に戻す方法がわかって、そのためにヒルドの聖剣の力が必要なんだが、肝心のヒルドがビビっちまって話が進まねえんだ。お前たちからもなんとか説得してくれねえか?」
俺がそう頼むと、エクスとカナデの二人が、今も踏ん切りのつかない様子のヒルドに歩み寄った。
「ねぇ、ヒルドちゃん? ツルギくんが守ってくれるならなにも心配なんていらないよ?」
「そうだよヒルドちゃん! つーくんはバカでスケベで最低だけど、こう見えて男らしくて頼りになるところ一杯あるし!」
「おい、カナデ。それは俺をディスってんのか褒めてんのかどっちだコラッ!?」
「そ、そうは言われましてもお姉さま。私は強大な敵を前にして、とぉ〜っても怖いんです……」
そろりとカナデに近づいてそのまま抱きつくと、ヒルドが上目遣いをする。
そんなヒルドの頭をカナデは優しく撫でると、柔らかな表情を浮かべた。
「うんとさ、ヒルドちゃんがおっかない魔剣と戦う事に怖いって思うのはアタシもすごくわかるよ。でもさ、今からやろうとしている事って、つーくんにはできなくて、ヒルドちゃんにしかできない事なんだよね?」
「まぁ、はい……そうですね」
「それならさ――」
「え?」
と、瞳をぱちくりさせたヒルドにカナデは顔を近づけると、互いのオデコをくっつけてニッコリと微笑んだ。
「アタシは見てみたいな。ヒルドちゃんが誰かのために戦うカッコイイとこ……」
「お、お姉さまぁ!?」
予期せぬカナデの行動に気が動転したのか、ヒルドの顔が真っ赤になり突然アワアワとしだす。
すると、カナデがヒルドの顔をその豊満な胸に抱きしめて話を続けた。
「ヒルドちゃん、クラウちゃんはソラスさんにとって大切な妹なんだって。そんな大切な人を失ったら悲しいよね? だから、アタシもクラウさんを助けたい……ねぇ、ヒルドちゃ? アタシからのお願いを聞いてくれる?」
「フッフッフッ、勿論ですともカナデお姉さま。このヒルド、お姉さまのためならば、命に変えてもこのミッションを必ず成功させてみせます!」
「ありがとうヒルドちゃん! それでこそ、アヴァロンのセイバーっしょ!」
カナデは自身の胸からヒルドを開放すると、俺にウィンクを投げてくる。
その仕草にレイピアさんは拍手を贈り、師匠とヘジン司令官がため息を吐いた。
どうやら、カナデはヒルドの扱い方を熟知しているようだ。
今のヒルドは先程とは打って変わり、そのチャコールグレイの瞳に闘志の炎を燃やしている。
これなら、クラウを助けることができるかもしれない。
それなら、俺も全力を尽くすまでだ。
「ねぇ、ツルギくん。なんというか、そのさぁ……」
「エクス、その辺は気にしたら負けだ」
「なんだか、ヒルドちゃんを見ていると居た堪れない気持ちになるよ……」
苦笑して頰を掻くエクスに俺が肩を竦めていると、見事にヒルドを口説いたカナデが俺の前に歩み寄り、ムフフと笑った。
「これでオッケーっしょ、つーくん? アタシに感謝してよね!」
「サンキュー、カナデ。これでクラウを助けることができそうだ。本当に助かったよ」
「えへへ〜、じゃあさ? ひとつだけ、つーくんにお願い事をしてもいい?」
「ん? なんだ?」
カナデはそう言うと、ちょいちょいと手招きをしてくる。
それに対して俺が顔を近づけると、なにやら耳打ちをしてきた。
「……つーことだから、よろしくね?」
「あ、あぁ……わかった。検討するよ」
「ねぇ、ツルギくん? 今、カナデさんからなにをお願いされたのかなぁ〜?」
カナデからの耳打ちが終わると同時、黒い笑顔を浮かべたエクスが俺の片腕を掴んでくる。
……やだなにこの殺気? 掴まれた腕が恐怖で動かせないんですけど!?
「た、大したことじゃねぇよ! ただ、それについては、この件が片付いたあとに説明するからまたあとでな?」
「ふぅ〜ん……なんか怪しいね?」
マスク越しに頰を掻いてはぐらかす俺に、エクスがジト目を向けてくる。
カナデからのお願い事――それは、エクスからの承諾をもらわないといけないような内容だった。
しかし、今はそれを説明している場合ではない。
なぜなら、俄然ヤル気全開となったヒルドが、聖剣を構えてクラウに向かいツカツカと歩き始めていたからだ。
「さぁ、ツルギ先輩! カナデお姉さまのためにもサクッと片付けちゃいましょう!」
「どんだけテンション上がってんだよお前は……」
「よし。ほいじゃあ、クラウを元に戻す方法を説明するからよ〜く聞いておけい」
こうして、俺とヒルドは師匠考案の作戦に従い、クラウを助けるための最終段階へ挑むことになった。
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