第44話 頼乃と安綱
魔剣のオーラを感知したエクスを抱きかかえ、俺は長い石段を駆け下りる。
カナデと琥珀ちゃんには、危険が生じないよう二人で神社のお社で待機するよう命じておいた。
「……あっ! アレだよツルギくん!」
エクスが指を差す方向に視線を向けてみると、そこに人影が見て取れた。
「アレが、魔剣の精霊か……しかも」
……複数いる。
亡者のようにフラフラとした足取りで鉄門へと向かう奴らの姿は、真っ赤な侍の甲冑を身に纏った落ち武者のようだった。
ただ、奴らは皆揃ってその顔に夜叉の面貌を被っており、一見すると鬼のようにも見える。
ひょっとして、安綱さんが話していた鬼とはコイツらのことなのか?
「どちらにせよ、鉄門の先へ行かせるわけには行かねぇな。エクス、《ミラー》を頼む!」
「オッケー! それっ!」
手の甲にホーリーグレイルを出現させると、エクスがその手を水平に振り払う。
その直後、俺たち二人と奴らを包むように《ミラー》が展開された。
魔剣の精霊たちは、自分たちの置かれた状況の変化に困惑している様子だった。
「よし、あとは聖剣の召喚を――」
「あら? こんなところで会うなんて奇遇ね。草薙くん?」
「え?」
すぐ近くから聴こえたその涼しげな声音に俺とエクスが振り返ると、口元に微笑を称えた頼乃さんと、腕組みをしてほくそ笑む安綱さんが立っていた。
「よ、頼乃さん!? どうして!」
「それはこっちの台詞なのだけれど。と、言いたいところだけれど……今はそれどころじゃないわね」
頼乃さんは長い髪を片手で払うと、隣の安綱さんに一瞥くれることなく言う。
「安綱。剣の用意を」
「御意」
頼乃さんの言葉に安綱さんは神妙な面持ちで頷くと、一歩前に進み出る。
すると、次の瞬間――。
「せいやぁっ!」
「なっ!?」
……赤色のフンドシ一枚という姿になった。
「……」
「……」
なんだ? この人は、何を考えているんだ?
予期せぬ安綱さんの奇行に俺とエクスが当惑していると、頼乃さんがくすりと笑う。
「さてと、それじゃあ始めようかしら?」
頼乃さんは赤フン一枚になった安綱さんの背後に立つと、トレンチコートの内側から六条鞭を取り出した。
まさかとは思うが、これは……。
そんなことを思いつつ、二人の行動を見守っていると、それは突然始まった――。
「さぁ、喜びなさいブタ野郎! 調教の時間よ!」
愉悦に満ちた表情で頼乃さんは六条鞭を振り上げると、目の前で四つん這いになった安綱さんの背中に鞭を振るった。
「はふぅっ!? もっと……もっと、強くお願いするでござるよぅっ!」
「それなら、その汚い尻を私が踏みつけやすいように突き出しなさい!」
頼乃さんに罵倒されると、安綱さんは「ぶひぃ!」と、声を上げて尻を突き出した。
その尻を見て頼乃さんはニタリと笑いブーツのカカトで容赦なく踏みつける。
「ほらほら! お前の好きな鞭で可愛がってあげているのだら、もっと喜びの声を上げなさいこのブタ野郎!」
「はふぅー……はふぅー……こ、こんなに罵倒されながら鞭でシバかれたら拙者――」
と、安綱さんは上半身をグッと仰け反らせると、頬を紅潮させる。
「……も、もぅ……ラメエエエエエエッ!」
俺たちはその光景を前にして、あんぐりと口を開けた。
やだなにこれ? なんかものすんごく見覚えがある光景なんですけどっ!?
「さて、準備完了ね……」
絶頂した安綱さんの背中から突き出た赤い漆塗りの日本刀を頼乃さんは引き抜くと、それを帯刀して身構えた。
「まさか、聖剣……なのか?」
「じゃ、じゃあ、あの人たちって……」
「フフッ。黙っていてごめんなさいね草薙くん。実は、私たちもアナタたちと同じアヴァロンの人間なのよ?」
「「……えええええええっ!?」」
衝撃のカミングアウトに俺とエクスは、驚愕の声を上げた。
頼乃さんと安綱さんがアヴァロンの人間?
つーか、あの聖剣召喚方法なに!?
色んな意味で大丈夫なの!?
予想外の展開で当惑する俺たち二人に、頼乃さんは軽くウィンクを投げてくると、魔剣の精霊を睨みつける。
「それじゃあ、早速鬼退治を始めようかしら!」
いうなり、頼乃さんは目にも留まらぬ速さでその場から駆け出し、黒い刀を構えた魔剣の精霊たちに一閃を放った。
その瞬間、複数いた魔剣たちの頭部が次々と落ちてゆく。
しかし、その斬撃から逃れたとおぼしき他の魔剣たちが、彼女の背後から斬りかかろうとしていた。
「頼乃さん! 危ねぇっ!?」
「大丈夫よ、草薙くん」
「え?」
「私の抜刀術は、一撃必殺……刹那に終わるのよ」
背後に迫る魔剣たちに背を向けたまま、頼乃さんは静かに納刀すると、鍔の部分をカチンと鳴らした。
「残念だけれどアナタたち、もう斬られているわよ?」
頼乃さんがくすりと笑ったその直後、彼女に迫っていた魔剣たちの頭がコロリと地面に転がった。
それを確認してから頼乃さんは振り返ると、長い髪を優雅に払って腰に手を当てた。
「任務完了ね」
呆然とする俺に、再度ウィンクを投げてきた頼乃さんに思わず見惚れてしまった。
まさにクールアンドビューティー。
美人でスタイルも良くて、おっぱいも大きい……まさに言うことなしだろう。
ただ、一つ難点があるとすれば、彼女がドSということくらいだ。
「やべぇ……頼乃さん、マジ格好良いッスよ!」
「スゴイ、スゴイ! なんか、侍の映画みたいだった!」
あまりの見事な立ち回りに興奮する俺とエクスに頼乃さんは照れ笑いを浮かべると、地面で四つん這いになった安綱さんの背中に腰を下ろした。
「あら。そんなに褒めてもらうと照れちゃうわね?」
「フッフッフッ。これが頼乃殿の実力でござるよ草薙ど……ぴぃぎゃあっ!?」
「お前に発言の許可を与えたつもりはないのだけれど?」
彼女を自慢するように語ろうとした安綱さんのお尻に頼乃さんが鞭を浴びせる。
なんというか、それさえなければ完璧だった。
「それじゃあ、お互いの身元も明かしたことだし、そろそろ現実世界に戻りましょう。可愛い精霊さん?」
頼乃さんにそう言われ、エクスは瞳を瞬かせると慌てて《ミラー》を解除する。
するとその直後、俺たちが元の世界に戻ってきたと同時に、石段の方から甲高い声が聴こえてきた。
「お兄ちゃーん!」
「ちょっと待ってよ、琥珀ちゃーん!」
声のする方に顔を向けてみると、血相を変えた琥珀ちゃんと、それを追いかけるカナデが石段を駆け下りてきた。
琥珀ちゃんは俺の足元に抱きつくと周囲を警戒したようにキョロキョロと見渡し、鬼気迫った表情で俺の顔を見上げてくる。
「お兄ちゃん! 大丈夫だった!?」
「え? あぁ。大丈夫だぞ」
「ごめんつーくん! あのあと、琥珀ちゃんが急に飛び出してっちゃったから慌てて追いかけてきたんだけど!」
肩で息を切らせるカナデを見てから琥珀ちゃんのことを見る。
なぜ、この子はそんなに慌ててお社を飛び出してきたのだろう?
「琥珀ちゃん。どうして急に飛び出してきちまったんだ?」
「だって……お兄ちゃんたちが危ないとおもったから」
どこか拗ねたように口先を尖らせると、琥珀ちゃんが俺のデニムをギュッと握る。
なんというか、この子は俺たちのことを本気で心配していたのだろう。
しかし、そうだとしたら、琥珀ちゃんに対して深い疑念が残る。
「ねぇ、お嬢さん。アナタの口ぶりだと、ここが危険な場所ということを理解していたように思えるのだけれど、どういうことかしら?」
豊かな胸を抱くように腕を組むと、頼乃さんが怪訝な表情を琥珀ちゃんに向ける。
その視線を受けた琥珀ちゃんは、俺の後ろに隠れた。
「琥珀ちゃんは奴らのことを知っていたのか?」
「……」
俺が問いかけても、琥珀ちゃんは口を引き結んで黙り込んだままだ。
理由はどうであれ、幼いこの子を今この場で糾弾しても可哀想なだけだ。
その辺りの事情は、追々確かめてみればいいだろう。
「なぁ、琥珀ちゃん?」
「……っ」
「今から、テーマパークに行かないか?」
「え!? いいの!」
俺の発言に琥珀ちゃんがクリクリとした目を輝かせた。
それに対して、頼乃さんが目をぱちくりとさせる。
「ちょっと、草薙くん。その子はこの案件に関わる重要参考人だと思うのだけれど?」
「それはわかっています。でも、こんな殺伐とした雰囲気じゃ、琥珀ちゃんも素直に話せないと思えたんでここはどうか……」
納得のいかない表情を浮かべる頼乃さんに俺は頭を下げた。
今の琥珀ちゃんになにを聞いても無駄なことだろう。
それなら、自分からその事情を話せるような雰囲気を作り、それからじっくり聞き出す方が正しいと俺は判断した。
「頼乃さん。私からもお願いします!」
「頼乃さん! アタシからもお願いします!」
「アナタたち……」
俺に続いてエクスとカナデの二人が頭を下げた。
その様子に四つん這いになって頼乃さんの椅子となっている安綱さんが言う。
「頼乃殿。ここは草薙殿たちに彼女を一任すべきかと」
「はぁ〜っ。今時の若い子は、本当に困ったものね……」
安綱さんの言葉を受け、頼乃さんは諦めたようにため息を吐くと、柔和な表情を浮かべた。
「……わかったわ。その子についてはアナタたちに一任するけれど、少しでも奴らに関する情報が入手できたなら連絡をくれるかしら?」
その言葉に俺は顔を上げると、優しく微笑む頼乃さんにもう一度だけ頭を下げた。
「わかりました。ありがとうございます頼乃さん!」
「拙者たちはこの案件についてしばらくこの地で調査をしておりますゆえに、いつでも連絡をくだされ!」
そのあと、頼乃さんと安綱さんの二人は、山林の中をもう少しだけ調べると言い残して姿を消した。
あとに残された俺たちは、互いに顔を見合わせると、喜々として興奮した様子の琥珀ちゃんに言う。
「それじゃあ、琥珀ちゃん!」
「俺たちと一緒に!」
「テーマパークで遊んじゃおっか!」
「うん!」
満面の笑顔で頷いた琥珀ちゃんの手を握ると、エクスとカナデがニコニコしながら鉄門の方へと連れてゆく。
その後ろ姿がなんとも微笑ましい。
「さてと、それじゃあ俺も……ん?」
不意に背後から視線を感じて振り返ると、俺たちのことを離れた位置からジッと見つめている一匹のタヌキがいた。
そのタヌキは、しばらくこちらを見つめていたが、そのまま踵を返して山林の奥へと走って行った。
「なんだあのタヌキ……? まぁ、いいか」
その後、俺はエクスたちと合流して琥珀ちゃんをテーマパークに連れて行き、四人でクタクタになるまで遊びまくった。
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