第43話 不吉な予兆

 頼乃さんたちとの一件から一週間後。

 俺はエクスとカナデを連れて、再び例のテーマパークを訪れていた。


 エクスとカナデには、俺が鉄門の向こうで出会った琥珀ちゃんの事について事前に話しておいた。

 当初二人は、『また女の子?』と、不快感を露わにしてきたけれど、琥珀ちゃんが小さい女の子だと告げたら、それはそれで白い目で見られた。


 別に俺はロリコンじゃない。

 そう、だよな?


 そんなこんなでフリーパスを使ってテーマパーク内に入場すると、俺は真っ先に琥珀ちゃんが待っているであろう立ち入り禁止区域とされている鉄門の方へ向かった。


「ねぇ、つーくん。ホントにこの先にその琥珀ちゃんって、女の子がいんの?」


 どこか半信半疑のカナデを尻目に、俺は鉄門の周囲にスタッフさんがいないかを物陰から覗いながら答える。


「あぁ。あの門の先に進むと古びた神社があってな、その神社で彼女は暮らしているんだ。信じられないならここで待っててもいいぞ。というか、待っていろ」


「なんで命令!? 別に信じてないワケじゃなから連れてってよ~」


「チッ、仕方ねえな。あとでおっぱい触らせろよ?」


「なんでだし!? それ関係ないし!」


「ねぇ、ツルギくん。その子は神社でどうやって生活しているの?」


 周囲に目配せをしていると、エクスが不安そうな顔で訊いてくる。

 おそらく、琥珀ちゃんがまともな生活を送れていなのではないかと彼女は心配しているのだろう。

 

「詳しいことは知らんが、両親は他界しているらしくて兄だか姉だかと暮らしているらしい。俺的には姉であることを願いたいがな?」


「またそうやって……。あ、スタッフさんがどこかへ行ったよ!」


 鉄門の方を指差すエクスにつられて視線を戻すと、鉄門の前で清掃をしていたスタッフさんがその場を離れていった。

 その隙を見計らうように俺はそそくさと移動をすると、物陰に隠れていた二人を手招いた。


「ここが話した鉄門だ。琥珀ちゃんはこの先の神社にいる」


「うへぇ〜。この門すっごい高さあるけど、どうやって入るの?」


「私とカナデさんじゃ登れそうにもないね」


「安心しろ。こうすれば問題ない」


「はえっ? え? ちょ、つーくん!?」


「ちょっとツルギくん! なにをするつもりなのさ!?」


 鉄門を見上げながら呆けていたエクスとカナデの二人を俺は肩に担ぐと、そのまま助走をつけて鉄門の上を跳び越えた。


「うにゃあああああああっ!?」


「ひゃああああああああっ!?」


「……よっと! これでオーケーだな」


 二人を抱えて鉄門を無事に跳び越えると、山林が広がる敷地内に着地した。

 その際に、エクステリアとカナデのお尻を揉んでいたのだが、二人が気付くことはなかった。

 

「つーか、マジで恐かったし!? 予告なしで跳び越えるとかナシっしょ!」


「鉄門を跳び越えるなら、ちゃんと説明してからにしてよもぅ~」


「仕方ねえだろ。他に思いつかなかったんだから?」


 それぞれ不満を口にする女子二人を地面に下ろし、神社へと続く山道を進む。

 すると、古びてボロボロになった鳥居と、空まで続いているように続く長い石段が姿を見せた。


「琥珀ちゃんのいる神社はこの先だ。よし、行くぞ!」


 石段の頂上を見上げて一歩踏み出す俺に、エクスとカナデがこぞって顔を歪めた。


「こ、これは……かなり苦戦しそうだよね」


「つーか、この石段を上ってくの? マジ~?」


 長い石段を前にエクスとカナデがげんなりとする。

 そんな二人を尻目に俺は石段に向かった。


「当たり前だろ。これくらいお前らなら朝飯前だろうが?」


「そうは言われてもなぁ~」


「いや、流石にこの石段はないっしょ。ねぇ、つーくん。おんぶしてよ〜?」


 甘えるような仕草ですり寄ってきたカナデに、俺はジトっとした視線を向けると低い声音で言う。


「それは構わねえけどその代わり、その丈の短いスカートの中まで手を入れてお前の尻を揉みしだくぞ?」


「な、なんでそうなるし!?」


「タクシーの乗車料金と同じだ。安いもんだろ。んで、どうする?」


「いや、そんなの絶対ダメだし!? ね、エクスちゃん?」


 俺が厭らしい手付きでそう問うと、カナデが顔を赤くしてお尻部分を押さえた。

 しかし、隣のエクスは俺の顔をチラチラと覗いながらモジモジとする。


「わ、私は……それでもいい、かな?」


「エクスちゃんそれマジで言ってんの!?」


「べ、別に、ツルギくんにお尻を触られたいとかそういうことじゃなくて、この石段は流石にキツイというか、ちょっと無理かなぁ~って思えただけだから勘違いとかしないでね!?」


「なんだよその中途半端なツンデレは……。別に遠慮しなくていいんだぞ。俺に尻さえ揉みしだかせてくれればな?」


 満更でもなさそうなエクスに俺が迫ろうとしたら、カナデが突き飛ばしてきた。


「あーもうそれなら自力で上る方で決まり! それでいいよね、エクスちゃん?」


「え? う、うん」


「チッ。仕方ねえな」


 このあと、俺たち三人は太陽光の届かない薄暗い石段をせっせと上って行った。


 ○●○


 石段を上り始めてから十数分。

 俺たちはようやく神社の入り口へと辿り着いた。


「ハァ、ハァ、もう無理~! 脚とか動かないし~!」


「ハァ、ハァ……ま、まさか、こんなに長いだなんて予想以上だったよぉ~」


 頂上に辿り着いた瞬間、エクスとカナデはその場にヘタレ込んだ。

 その間に俺は、神社の境内を見渡して琥珀ちゃんの姿を探した。


「今日は掃除していないのか? お~い、琥珀ちゃ~ん!」


「あ、お兄ちゃん!」


 俺がお社の方に呼びかけると、竹箒を持った琥珀ちゃんが、お社の裏手から笑顔を浮かべて駆けてきた。


「よっ、久しぶり! 元気にしてたか?」


「勿論だよ! それより、そのお姉ちゃんたちは?」


「こいつらは俺の性奴隷――ぎゃふんっ!?」


 と、ユーモラスな冗談な言おうとしたら、エクスとカナデの二人から後頭部を同時に殴られた。 


「小さい子の前で変なことを言わない! 初めまして琥珀ちゃん。私はエクス、エクスお姉ちゃんって呼んでね?」


「エクス、お姉ちゃん?」


 純粋無垢な瞳で小首を傾げる琥珀ちゃんを見て、エクスの顔が一気に緩んだ。


「きゃあっ! 可愛い~! ねぇ、ツルギくん。この子をうちの養子にしようよ~?」


「養子ってお前、琥珀ちゃんにはもうひとり家族がいるって言っただろうが」


 愛らしい仕草を見せる琥珀ちゃんをエクスはギュッと抱きしめると頬擦りをする。

 それに続けて、今度はカナデがニッコリと笑った。


「ねぇ、ねぇ、アタシの名前はカナデって言うから、カナデお姉ちゃんって呼んで!」


「カナデ、お姉ちゃん?」


 まるで小動物のような可愛さを秘めた琥珀ちゃんにカナデも一発で骨抜きにされた。


「ヤバッ!? この子マジで可愛いし! このまま連れて帰っちゃおうよ~」


「このクソたわけ。それじゃあ誘拐と同じだろうが」


「にゃぅっ!? なんでアタシだけ叩くのよ~……」 


 俺のチョップを頭頂部に受けてカナデが涙目になっていると、琥珀ちゃんが不思議そうな顔をして首を捻った。


「ねぇ? お兄ちゃんには、どうして女の子のお友達しかいないの?」


「え?」


 その一言に、なぜか俺は胸が切なくなった。


「い、いやいやアレだよ? 俺はあまりにもモテすぎるから、男の子のお友達よりも女の子の友達しかできないんだ。だからそれ以上は追及しないでください。お願いします割とマジで!?」


 まさか、こんな小さい子に俺が男子の友達がいないと見抜かれるとは思わなかった。

 違うんだよ? 別に男子の友達がいないわけじゃないんだよ? 友達だと思っていた男子が、実は友達じゃなかったというだけなんだよ!?

 そんな俺の苦しい心境に気付いたのか、エクスが気を利かせて話を流した。。


「ま、まぁ、そんな話はおいといて、早速テーマパークに行こっか? 琥珀ちゃん」


「あ……」


 優しく微笑みかけたエクスに、なぜか琥珀ちゃんは袴の裾をギュッと握り締めて口を引き結んだ。

 その様子に俺たち三人は首を傾げる。


「どうしたよ琥珀ちゃん?」


「そ、その……きょ、今日は行かない方が、いいと思う、よ?」


「え? それはどういうことだ?」


「うんと……えっと……」


 俺がそう尋ねると、琥珀ちゃんが視線を泳がせて口籠る。

 先週はあれだけ楽しみにしていたハズなのに、今日の琥珀ちゃんはどこか様子がおかしかった。

 そんな彼女を怪訝な目で見つめていると、エクスが急にハッとした顔を浮かべて俺の腕を引いてきた。


「ツルギくん、大変だよ!」


「どうしたよエクス?」


「向こうの方に魔剣のオーラを感じるんだ!」


「なにっ!?」


「マジぃっ!?」


 エクスが発したその一言に、俺とカナデは目を見張る。

 まさか、こんなところにも魔剣が潜んでいたのか!?


「お、おい。エクス? それはマジなのか?」


「うん、間違いないよ。とにかく、急がないと! 多分、オーラが向かっている先は――」


 エクスの口元に俺たちの意識が集中する。

 そして、次に彼女が口にした目的地を聞かされて、俺は全身が総毛立った。


「……おそらく、テーマパークだよ!」


 

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