第159話 宝石の行方

 魔剣の精霊である二名が来日してから数時間、日本での活動主導権を握るティルヴィングは満足した表情で鼻歌交じりに赤レンガ調の歩道の上を歩いており、その後ろに続くエペタムは荷物持ちとしての役目を不本意ながらしっかりと果たしていた。


「んっふふ〜ん♪ ふんふふ〜ん♪」


「あぁ……ダリぃ」


 都内にあるショッピング街でお目当ての衣類を買い漁りご機嫌のティルヴィング。

 そして、それに付き合わされたエペタムは酷く疲弊しきっていた。


 二人の足取りはとても対照的で先を行くティルヴィングは元気に満ち溢れており、後方のエペタムは青白い顔で呼吸を荒げている。

 そんな彼の姿にすれ違う通行人たちは、皆揃って憐れみの目を向けていた。

 


「あぁ……あ、あのさぁ、ティル姉。まだ買うの?」


 購入した衣類などの紙袋で既に両手が一杯となったエペタムは、まだショッピングを楽しむつもりなのかと相方のティルヴィングに恐る恐る訊ねる。

 すると、先を歩いていたティルヴィングが、カツンとヒールのカカトを鳴らして立ち止まり、腰に手を当て振り返った。

 

「なによ〜、男のくせにだらしないわね〜ん。そんなの大して重くないでしょん?」


「……いや、流石にこれは買い過ぎじゃね? つーか、こんなに着るのかよ?」


「当たり前でしょ〜ん。それにまだまだ買い足りないくらいよん。本当ならあと三、四軒くらいは巡りたいところなんだけど〜……」


 と、ティルヴィングは手元の時計に視線を落とした。


「……そろそろ日が暮れてきそうだし、やっぱり止めとこうかしらん?」


「ぜ、絶対にその方が良いよ! だって、これ以上荷物が増えたら俺っちの両手が千切れちまうもん」


「千切れたならまたくっつければいいじゃない?」


「そういう問題じゃねぇから」


 幾つもある紙袋の重量でダラリと垂れ下がったエペタムの両腕は、既に限界を迎えていた。

 そんな相方の姿を見てティルヴィングは鼻を鳴らすと、自身の胸を抱く。


「仕方ないわね〜ん。それじゃ、今日はこの辺にしてホテルに帰るわよん。そしたら、明日また買い物をして、可愛い女の子をゲットしに出掛けるわん!」


「あぁ……マジかよ。こんだけ買ってまた明日も買うとかヤバイぜそれ」


「お金なら幾らでもあるんだからいいのよん。それにしばらくはココに滞在するつもりなんだから問題ないでしょん? それにしても――」


 瞳を細めて周囲を見渡すように首を巡らせるティルヴィングに、エペタムが怪訝そうな目を向けて首を傾げる。


「どうしたのティル姉?」


「……日本ってのは本当に平和ボケした国よねん。見ていて退屈しかないわん」


 街中を急ぎ歩く人々の群れにティルヴィングは、酷く残念なものを見るような目を向けていた。

 彼女とエペタムが巡った国々は紛争国が多く、日常のすぐ傍にはいつも危険が隣り合わせだった。


 ごく当たり前のように輸送トラックは襲撃され、金品を奪ったあとに無抵抗の者すらも容赦なく射殺する武装集団。

 夜になれば街中で平然と通行人が襲われる無秩序な街。

 ゴミと同様に捨てられた人間の遺体。

 そんな残虐かつ暴虐的な人間たちが跋扈する光景を幾つも目にしてきたティルヴィングにとって、日本という国はさぞかし平和に見えたことだろう。


 どこを見ても視界に映るのは、スーツ姿で働きアリのように歩き回っている人間たちばかり。

 彼ら彼女らは、そのような世界線とはまったく縁のない環境でありふれた日常を生きている。

 それを俯瞰的に見て、ティルヴィングはどうにも退屈さを感じていた。


「例えば今のこの場でアタシたちが暴れたりしたらコイツらはどうするのかしらねん?」


「あぁ……? そりゃあ逃げ惑うんじゃねえの?」


「逃げ惑う、ねん……。目の前に突然現れた恐ろしい脅威に対して逃げ回るだけの生物なんて殺してもなんの楽しみにもならないわよね〜ん」


「そうかな? 俺っちは逃げ惑う奴らを追い詰めて殺すのが好きだけど」

 

「はぁ〜……。アンタにアタシの気持ちは理解できそうもないわねん」

 

 がっくりと肩を落とすティルヴィングに、エペタムは眉をハの字にして首を捻る。

 それを見てティルヴィングは更にため息を吐くと、高層ビルの隙間から見える青空を見上げた。


「例えば、なんて言うのかしら。こう、刺激が足りないって言うのん? アタシは常に最高の刺激を求めているの。それも肌がヒリヒリするようなとびっきりの刺激をねん」


「あぁ……なるほどね。ティル姉が言いたい事がなんとなくわかったよ。要するにアレだろ? え〜っと、あのガキとか……」


「そう、あの坊やよ! 前にアヴァロンの本部を襲撃した時に出会ったあの坊や。あの子と戦った時がアタシの人生の中で最高の刺激だったわん!」


 ウットリした表情で両手を頬に当てるティルヴィングは、過去に一戦を交えた少年へ思いを馳せていた。


 ぶつかり合う刃から飛び散る火花。

 互いの動きと思考を読み合い、激しく繰り広げられる攻防戦。

 その感触が今でも忘れられず、ティルヴィングの心と体には今も根強く残っていた。

 出来ることならもう一度あの少年と戦いたい……。それはティルヴィングだけでなく、エペタムもまた同じであった。


「今まではつまらない人間を殺してばかりで本当にうんざりしていたけれど、あの日の戦いだけは今でも夢に見るくらい忘れられなくて、思わず濡れてきちゃうのよねん! そういえば、確かあの坊やは日本人だったわよねん。この日本に居ればまた会えたりするのかしらん?」


 胸の前で両手を握り、パープルの瞳を潤ませるティルヴィングはまるで恋する乙女のようだ。

 そんな彼女の台詞にエペタムも共感したように肩を揺らして笑う。


「キシャシャシャッ! 確かに、アイツは強かったよなぁ〜。魔剣と聖剣の両方を扱うセイバーなんて見た事ねえし。俺っちもアイツとまた闘り合いたいぜ〜」


「そうねん。あの坊やは、最高の刺激をアタシに与えてくれた唯一の存在……。今度出会えたら、殺さずに監禁して可愛がっちゃおうかしらん?」


「あぁ……ティル姉? それはなんか違くね?」


「あら、そうかしらん? さてと、それじゃあそろそろホテルに戻っ――!?」


 二人がほぼ同時に踵を返そうとしたその刹那になにかを察知したのか、ティルヴィングとエペタムはその場から動かず身構え瞳を鋭くした。

 

「……ティル姉」


「わかってるわよん。すんごく微弱だけど、聖剣のオーラよねん。方角的には向こうの方かしらん?」


 数百メートルほど先を見つめて、ティルヴィングが唇を舐める。

 それに同調するかのようにエペタムも口角を上げると、同じ方角へ顔を向けて両手の荷物をドサドサと地面に落とした。


「あぁ……なんか聖剣使いにしてはオーラが弱過ぎじゃね? レプリカ持ちかな?」



「さあねん。でも、理由はどうであれコッチが気付いてるんだから相手も同じよねん……。それなら一気に仕掛けるわよん!」


 エペタムを一瞥すると、ティルヴィングがその方角へ向けて一気に駆け出す。

 その後ろに続いてエペタムも走り出すと、鋸歯が並ぶ口の隙間から真っ赤な舌をぬるりと出して興奮していた。

 

「キシャシャシャ! 荷物持ちでうんざりしてたけど、聖剣使いをバラバラに出来るってんなら元気が湧いてくるぜぇぇぇぇっ!」


「ちょっとエペ公。それはアタシの荷物持ちをするのが嫌だったって言いたいわけ?」


「細けぇことは気にすんなよティル姉! それより、そろそろ敵が視えて――あれ?」


 敵対象となる聖剣のオーラを感知して、愚直なまでに真っ直ぐ目的地へと向かったティルヴィングとエペタムだったが、オーラを感じた場所に到着してもそれらしき人間の姿が見当たらず、二人はポカンとした顔で困惑した。


「あぁ……どうなってんの?」

 

「おかしわねん? 確かに聖剣のオーラを感じたはずなんだけど消えちゃったわね」


 交差点で信号待ちをする複数の人間から胡乱な目を向けられるも、ティルヴィングとエペタムの二人は警戒を解く事なく周囲の様子を窺った。

 しかし、やはり目的となる敵の姿が発見でない。


「なにがどうなってんだこれ?」


「油断しないでよエペ公。いくらオーラが微弱だったとはいえ、この付近で身を潜ませているかも……あらん?」


 不意に視線を落としたティルヴィングの足元に、鈍い光を放つ青い宝石が埋め込まれたストラップがあった。

 そのストラップを拾い上げると、ティルヴィングが怪訝そうな表情で首を傾げる。


「まさかとは思うけれど……コレだったのかしらん?」


「あぁ……? どういう事ティル姉?」


「かなり弱いけれど、確かに聖剣のオーラが滲み出ているわねん。一体どこのおバカちゃんがこんな貴重なものを落としたのか知らないけれど、迂闊過ぎるわよね〜ん」


「なぁ、ティル姉。それってなんなの?」


「恐らくだけど、コレは聖剣側の【ホーリーグレイル】になる前の原石ってとこかしらん?」


「あぁ……聖剣側のホーリーグレイルって、マジ!?」


 眼前に差し出されたストラップを見てエペタムが驚愕の声を上げると、ティルヴィングが声高に笑った。


「あはははっ! 理由はよくわからないけれど、この国にいる聖剣使いの連中はとんだ間抜けみたいねん」


「まったくだぜ。それより、それどうするよ?」


「そうねん。ただ単に捨てるのもアレだし、なにかの役に立つかもしれないからホテルに持って帰るわよん。それより……」


 と、ティルヴィングはホーリーグレイルの原石が埋め込まれたストラップを片手で握り込むと、隣に立つエペタムを睨んだ。


「ねぇ、エペ公? アンタ、アタシの買った服はどうしたの?」


「え? あぁ……」


 鋭く睨みつけてきたティルヴィングにエペタムは視線を逸らして頬を掻くと、額からダラダラと汗を流し始めた。


「あぁ……どっかに置いてきた、かも?」


「こんのうすらバカァァァァァァッ! さっさと取りに行って来なさいよん!」


「ぎぎゃあぁっ!?」


 どこかに荷物を置いてきたエペタムにティルヴィングはめぐクジラを立て激昂すると、丈の短いスカートを穿いているにもかかわらず、見事な上段回し蹴りを決めた。

 その一部始終を見ていた通行人たちは慌てて視線を下げると、足早にそこから立ち去って行った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る