第53話 白亜の勇姿
村正との戦闘が開始されてから数分後。
俺と村正は互いに一歩も退かない斬撃の応酬を繰り返し、火花を散らせていた。
「うおらあああああっ!」
「カッカッカッ! いいのぅ、いいのぅ。久方ぶりに自ら興に乗じるのは実に面白いのぅ」
上機嫌に笑い野太刀を振り抜く村正。
その一挙手一投足から目を離さず、俺は奴との剣戟に集中していた。
「草薙くん、私も加勢するわ!」
「草薙殿、助太刀いたしますぞ!」
落ち武者のような魔剣たちをすべて倒したのか、頼乃さんと安綱さんの二人が声を張ってこちらに駆けてくる。
すると、それを見ていた村正が面白くなさそうに舌打ちをして怒号を上げた。
「雑魚はすっこんでろぃ! これはワシと小僧の興じゃ!」
こちらに駆けてくる頼乃さんと安綱さんに村正は身構えると、凄まじい速さで二人に接近し、強烈な一撃を浴びせた。
「きゃあっ!?」
「ぎゃぼっ!?」
「頼乃のさん!? 安綱さん!」
村正の振り抜いた野太刀の刃を頼乃さんが刀で受け止めようと構えたが、その威力を抑えきれず安綱さんを巻き込んでフードコートの売店内に突っ込んだ。
「ウヌらはワシの興の邪魔じゃ。そこでくたばっとれぃ」
「村正、テメェ!」
「おう、そうじゃった。そういえば、ウヌにもパートナーがおったのぅ……カッカッカッ!」
その一言に俺は悪寒がした。
村正は肩を揺らして笑うと、その視線を琥珀ちゃんと白亜の手当をしていたエクスに向ける。
コイツまさか、エクスたちを狙うつもりか!?
「せっかくじゃから、この興をもっと楽しめるようにせんともったいないじゃろ?」
「ふざけるなっ! エクス、逃げろ!」
俺がエクスに声を上げた直後、村正が野太刀を地面に突き刺し、落ち武者の魔剣たちを出現させてきた。
「ほうれ。鬼ごっこの始まりじゃわい! はよぅワシを倒さんと、ウヌのパートナーがアイツらにズタズタに斬り裂かれ肉塊になっちまうのぅ? カッカッカッ!」
「村正ぁ……エクス、待ってろ! 今すぐ助けに――」
「どこへ行くんじゃ? ウヌの相手はこのワシよ!」
エクスを救出に向かおうとする俺の前に村正が立ちはだかる。
その間も落ち武者のような魔剣たちが、フラフラとした足取りで琥珀ちゃんと白亜の手当をするエクスに迫ろうとしていた。
「テメェ、どこまでふざけていやがるんだ!」
「カッカッカッ! 興というもんはなぁ、こうでなくては面白くないんじゃ」
ケタケタと肩を揺らして笑う村正に俺は苛立ちを募らせた。
この野郎は次から次へと最低最悪な手を打ってきやがる。
エクスは安綱さんと違って聖剣のレプリカなんて持っていない。
せめて、あの二人がエクスたちの救出に向かってくれるならまだ安心できるのだが、村正からの強烈な一撃を受けたあの二人が、売店の中から出てくる様子はない。
このままだと、エクスが――。
「さあて。それじゃあ、楽しい興を続けるとしようか……あ? なんじゃ?」
上機嫌に野太刀を構えた村正の頭上からなにかが飛んできた。
それを容易く両断すると、村正の視線がエクスたちのいる方角に向く。
『村正ぁ……』
聞き覚えのあるその声に俺も振り向くと、エクスと琥珀ちゃんを庇うようにして仁王立ちする巨大な鬼の姿があった。
その鬼は口元から血を流しながらも、迫りくる魔剣たちを容赦なく殴り倒すとそのまま掴み上げ、村正に向けて投げ放っていた。
「なんじゃ、死に損ないの畜生か。大人しく死んどればいいもんにのぅ……」
『村正ぁ、よくも琥珀を傷つけたなぁぁぁっ!』
身の丈三メートルの巨躯を有した鬼に変幻したのは白亜だった。
白亜は牙を剥き出し村正を睥睨すると、貫かれた胸元から噴き出す血も気にせず、地響きを立てながらこちらに駆け出してくる。
『お前だけは許さないぞ村正ぁっ!』
「チッ……畜生は人間と違い、急所がズレとるようじゃな。しかし、本当にウヌはつまらん奴じゃのぅ――」
「マズイ、止まれ白亜ぁっ!?」
俺が制止する声を上げたときには既に、村正に襲いかかろうとしていた白亜の両腕が斬り飛ばされて宙を舞っていた。
鮮血を撒き散らし、切断された白亜の両腕が地面に落ちるその瞬間、突きの構えを取った村正がその切っ先を白亜に向けていた。
「終わりじゃ。死ね」
無慈悲なその一言が村正の口から告げられた刹那、野太刀の先端が白亜の喉を突き抜けていた。
「あ……白亜ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
喉を貫かれた白亜はゴプッと血の塊を吐くと、力が抜けたように両膝を地につけた。
その白亜から村正は野太刀を引き抜くと、そのまま刀を上段に構えて黒い刀身を太陽光で煌めかせた。
「もう十分じゃわい。逝け」
『……っあああああああああ!』
頭上に構えた野太刀を村正が振り下ろそうとしたそのとき、白亜の身体が一瞬で元のタヌキの姿に戻った。
すると、両腕を失くした白亜は残された両脚に力を込めて前方に跳び上がると、村正に渾身の体当たりをしてみせた。
そして、その不意打ちで村正が体勢を崩した瞬間を俺は見逃さなかった。
「村正ぁぁぁぁぁぁっ!」
「がっ!?」
俺は聖剣を水平に振り抜き奴の脇腹を斬りつけた。
だが、次の瞬間に村正も刃を返してくる。
「調子にのるな小僧っ!」
「ぐあっ!?」
「ツルギくん!?」
村正は野太刀の先端を素早く突き出すと、聖剣を握る俺の右腕を貫いてきた。
「カッカッカッ! 片腕を潰してやったわい!」
「ぐっ……エクスっ! ソードだ!」
「聖剣、ソードモード!」
『了解。ソードモード【セクエンス】ヲ起動』
俺の纏う鎧から合成音が聞こえてくると、背面部の装甲が展開され、そのから聖剣の柄が顔を覗かせた。
俺は左手でそれを引き抜くと、野太刀を握る村正の両腕を叩き斬った。
「ぐがっ!? ワシの腕が!」
「これで終わりだぁぁぁぁぁぁっ!」
両腕を失い気が動転していた村正の左胸に俺は片手に持つ聖剣の先端を突き刺すと、奴の身体を貫いたまま走り、その身体をアトラクション施設の壁へと
「ごはぁっ!? わ、ワシが……負けるじゃと?」
「テメェは俺たちだけでなく白亜の事も琥珀ちゃんの事もナメ過ぎていた……。だから、足元を掬われたんだ」
「カッカッカッ……これもまた、なかなか悪くない興じゃったのぅ……」
村正は面貌の口元から大量の血液を吐き出すと、俺が突き刺した聖剣に身体を預けるようにぐったりとして、息を引き取った。
その直後、奴の野太刀が砕け散り、それと時を同じくして村正の身体も黒い砂に変わり風に流され消失した。
「……白亜」
俺は喉元から血泡を噴いているタヌキ姿の白亜を抱くと、その痛々しい姿に下唇を噛んだ。
……これはもう助からない。
そう思って目を伏せようとした時、消え入りそうなほど小さな声で白亜が言う。
「ヒュー……ヒュー……にん、げ、ん。たの、み……ある」
「なんだ? 教えてくれ」
「こは、く……たの……む」
「……わかった。任せろ」
俺がそう答えると、白亜の口元が微笑んだように見えた。
そして、白亜の身体が脱力してだらりとすると、俺は彼を抱えたままエクスと琥珀ちゃんの元に向かった。
「エクス、琥珀ちゃんは?」
「うん。大丈夫」
俺がそう訊くと、エクスが首を縦に振る。
どうやら、琥珀ちゃんは一命を取り留めたらしく、仰向けに倒れながら俺の姿を見上げていた。
「ツルギくん……」
「あぁ……」
俺は息を引き取った白亜の身体を白い布で包むと、琥珀ちゃんの傍らにそっと寝かせた。
「ねぇ、お兄?」
琥珀ちゃんは変わり果てた白亜の姿を見ると、片手を伸ばしてその身体を優しく揺すった。
しかし、それに白亜が反応することはなく、静かに眠っているようだった。
「琥珀ちゃん。白亜はキミを守るために勇敢に村正と戦ったんだ……」
「お兄……琥珀はそんなの、嫌だよぉぉ!」
琥珀ちゃんは溢れ出す悲しみを全て吐き出すように大声を上げて泣いた。
その小さな身体をエクスはギュッと抱きしめると、彼女が泣き止むまでずっとその場にいた……。
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