第133話 一筋の光明
スズメバチに擬態した魔剣から放たれた毒付きの刃が、エクスの片腕を掠めた。
傷口から血の滲む片腕を押さたエクスは額に玉のような汗を浮かべると、その場に座り込んで苦しそうに呼吸をしている。
全ての刃を防いだつもりだったのに、その内の一本がまさかエクスの片腕を掠めていたなんて……最悪の事態だ!
「ネギ坊、エクスの様子がやべえぞ!」
「そんなことはわかっているよ! 待ってろエクス、すぐに奴らを蹴散らして――」
「とりゃとりゃとりゃとりゃあああああああああっ!」
「せやぁっ! はあっ! たあっ!」
「――!?」
呼吸を乱して地面に座り込んだエクスの身体を支えるようにして、俺がその細い肩を抱いていると、周囲を取り囲んでいた魔剣の精霊たちが次々と両断されていった。
その光景に俺とエクスが当惑していると、突剣型の聖剣を構えたヒルドと日本刀の形をした魔剣を構えた村雨先生の二人が周囲に群がっていた魔剣の精霊たちを瞬く間に葬っていった。
「大丈夫か草薙、エクス!」
「ツルギ先輩、これで貸しが増えましたからね!」
「ヒルド、それに村雨先生……」
「つーくん!」
「ツルギお兄ちゃん!」
背後から聴こえた二つの声に振り返ると、カナデと琥珀ちゃんがコチラに向かって走り込んできた。
琥珀ちゃんは血の滲んでいるエクスの片腕に鼻を近づけると、ハッとした顔を浮かべてカナデに言う。
「カナデお姉ちゃん! なにかエクスお姉ちゃんの片腕を縛れるものとかある?」
「ハンカチならあるけど、それをどうすんの?」
「エクスお姉ちゃんの傷口から毒の臭いがするの! だから、毒が身体に回らないよう縛ってあげて!」
「マジ!? わかった、任せて!」
琥珀ちゃんにそう言われたカナデは地面に座り込んでいたエクスに駆け寄ると、血の滲んでいた片腕の上部にポーチから取り出した白いハンカチを巻き付けてキツく縛り上げた。
「これで毒が回るのをある程度は抑えられるっしょ! エクスちゃん、大丈夫!?」
「……ハァ、ハァ……ありが、とう……カナデさん。それに琥珀ちゃんも……」
「お礼なんていらないし! それより、つーくん! さっさと、その蜂みたいな魔剣をやっつけろってーの!」
「勿論そのつもりだよ! エクスの事は任せたぞ!」
スマホでどこかに連絡をしているカナデと、エクスを気遣うように身を寄せる琥珀ちゃんに背を向けると、俺は残りの魔剣たちを一気に斬り伏せてゆく。
やがて、全ての魔剣を始末し終えたことを確認して俺は踵を返すと、カナデに肩を抱かれたエクスに駆け寄る。
「エクス、大丈夫か!?」
「ごめん……ちょっと、意識が朦朧としてきたかも……」
「とりま、救急車を呼んだからもうすぐここに来るっしょ」
「そうか。ありがとう、カナデ」
俺が真面目にそう言うと、カナデは「べ、別にいいし……」と、呟いて頬を赤く染めていた。
それからほどなくして、俺たちのいる公園内にサイレンの音が聴こえてくると、救急隊の人たちが担架を担いで駆けてきた。
すると彼らは、俺たちのことを見るなりその表情に驚愕の色を浮かべ、どかに連絡を取り始めエクスに応急処置をして救急車に乗り込んだ。
その救急車に俺も同乗すると、カナデたちと後で合流する約束をして病院へと向かった。
○●○
救急車で有名な大学病院に搬送されたエクスは、即座に集中治療室へと運ばれた。
エクスの容態については、なにも聞かされていない。
オマケに中の様子も見ることができないから俺の中で余計に不安が募った。
エクスは本当に大丈夫だろうか……。
そんな思いで居ても立ってもいられなくなり、集中治療室の前で落ち着きなく右往左往していると、廊下の向こうから聞き覚えのある声がした。
「久しぶりね、草薙くん」
「え……頼乃さん!?」
廊下の向こうから俺に声をかけてきた人物は、村正の一件で共に戦った頼乃さんだった。
頼乃さんは黒いブラウスとタイトなスカートの下に黒いストッキングを穿いており、ブラウスの上から白衣を纏っていた。
「まさか、アナタとこんな形でまた逢えることになるなんて思いもしていなかったわ」
頼乃さんは柔和な表情を浮かべながら赤いヒールのカカトをカツカツ鳴らすと、俺に近づいてくる。
「救急隊から『剣を持った少年と少女たちが』という連絡を受けた時にもしやと思っていたけれど、やっぱりアナタたちだったのね?」
「救急隊からって……頼乃さん、医者だったんですか?」
「そうよ。普段はここで女医として勤務しているのだけれど、要請があった場合は魔剣の討伐にも向かっているわね。それにこの病院も表向きは有名な大学病院だけれど、その中身はアヴァロンの特別医療施設なのよ?」
エクスが搬送された大学病院はアヴァロンの日本支部における特別医療施設だったらしい。
あの時、救急隊の人たちが俺たちを見てどこかに連絡を入れていたが、まさかそれが頼乃さんの勤めるアヴァロン関連の病院だとは予想もしていなかった。
「それにしても、少し見ない間に草薙くんは随分とすごいことになってるのね? まさか、魔剣の精霊と契約に成功しただなんて……」
頼乃さんはそう言うと、俺の左腕を興味深そうに見つめて自身の顎に手を当てる。
すると、スレイブがケタケタと笑った。
「よぉ、姉ちゃん。俺様の名はスレイブってんだ! 今後ともよろしくな?」
「あら、お喋りもできるなんて社交的な魔剣さんね。こんばんわスレイブさん、私は源頼乃よ。一応聞くけれど……こちら側の味方という事でいいのかしら?」
少し躊躇うように小首を傾げてきた頼乃さんに、俺は肩を竦めた。
「ええ、コイツはもうひとりの俺の相棒ですから大丈夫ですよ。それより、頼乃さん! エクスの容態についてなにか知りませんか? アイツは大丈夫なんですか!?」
「草薙くん。病院内では静かに、ね?」
エクスの事が気になり、食い気味に凄んだ俺の口を頼乃さんが人差し指で塞ぎウィンクをしてくる。
その行為に俺が無言で頷くと、頼乃さんが改めて口を開いた。
「エクスちゃんの容態は今のところ大丈夫よ。とは言っても、あくまで今のところはだけれどね?」
「それはどういう事ですか?」
「彼女は今、魔剣の毒に冒されているわ。そして、その毒の進行はうちの最先端医療技術でなんとか遅らせる事ができているのだけれど、彼女の毒を治療する事はできないの」
「そんな!?」
頼乃さんが教えてくれた話によると、エクスの体内にある魔剣の毒は、この世に存在する様々な毒素とは異質なものであり、ワクチンがないそうだ。
そのワクチンがなければ、解毒をする事ができないためいずれは毒が全身に巡りエクスは命を落とすという。
それを聞かされた俺は自分自身に腹が立ち、左掌に右拳を打ち付けた。
「クソッ! あの時にエクスだけでも先に逃していればこんな事には……」
「エクスさんの事で後悔している場合じゃないわよ草薙くん。生憎と、あの毒に冒されて生死の境を彷徨っているのは、なにも彼女だけではないのだから」
「え? それはどういう事ですか?」
「ちょっと付いてきてくれるかしら?」
頼乃さんはそう言うと、集中治療室の前から歩き始め、廊下の奥に並ぶ病室へと向かった。
その後ろを追いかけて、俺がちらりと病室の中を覗き込むと……何人もの患者らしき人たちが病室のベッドの上で苦しげな声を上げて看護婦さんや看護師さんたちから治療を受けていた。
「アナタたちがここに運ばれてきた少しあとに同じ症状を訴えた一般患者が運ばれてきたわ。その人たちの証言によれば、突然現れた得体のしれない蜂のような虫に刺されたという話よ」
「得体の知れない蜂って……あの魔剣の精霊たちが他にもいたってことですか!?」
俺がそう言うと、頼乃さんが静かに頷く。
まさか、スズメバチに擬態したあの魔剣たちが他の場所にも現れて人間を襲っていただなんて衝撃だ。
「一応だけれど、アヴァロンの力が働いて世間体にはその辺りの詳しい情報は伏せられているのだけれど、これからも同じような患者たちがここへ運ばれてくる可能性があるわね」
「そんな……だとしたら、この人たちも!」
「そうよ。この病院に運ばれてきたこの人たちもこのままだとエクスさんと同様に命を落とすことになるわ」
病室のベッドの上で身悶えている患者さんたちを見つめて、頼乃さんが眉を顰める。
エクスだけならぬ、これだけ多くの人たちが魔剣に襲われて、今もまだその被害が増え続ける可能性があるとなれば、とんでもない大事態だ。
それに、奴らの毒を解毒するためのワクチンもないとなれば、それこそ多くの死者を出すことになる。
そして、そのひとりがエクスだなんて、俺は絶対に認めたくなかった。
「頼乃さん、なにか方法はないんですか!? このままだと、エクスが!」
「今回の事態を受けて、日本支部の討伐隊が既に動き、スズメバチ型の魔剣を生きたまま捕獲しようと試みたのだけれど、捕えたその瞬間から奴らは自刃して消滅するそうなの」
「そんな……それじゃあ!」
「つまり、奴らからはワクチンを入手することができないわ……」
沈痛な面持ちでそう言うと、頼乃さんが豊かな胸を抱くように腕を組み首を横に振る。
捕まえたその場で自ら命を断つなんて、まるで俺たちがワクチンを作り出そうとしていることをわかっていて自滅しているとしか思えない。
このままだと、エクスが命を落としてしまう……そんなの冗談じゃねえ!
「頼乃さん、他に奴らを生け捕りにする方法とかないんですか!?」
頼乃さんの両肩を掴んで俺がそう投げかけると、彼女は少しだけ間を開けてから言う。
「……まったく方法がないというわけではないわ」
「本当ですか!? それなら、その方法を教えてください!」
「草薙くん。もし仮に、スズメバチに擬態した奴らがその習性をも真似て活動しているとしたらどう思うかしら?」
「習性を真似てって……どういうことですか?」
頼乃さんの質問に俺は首を捻った。
魔剣の精霊である奴らが、スズメバチに擬態してその習性を真似て活動していたとしたら一体なにがあるというのだろう?
俺が知りえる限りの蜂という昆虫は、自らのホームとなる巣を作り、働き蜂たちが花の蜜を集めたり、幼虫の世話をしたりしてその数を増やしていたと思う。
いや、待てよ……仮に奴らが働き蜂だとすれば、そこには必ず自分の身の回りの世話をさせる『女王蜂』がいるはずだ!
「フフッ、流石は草薙くんね。私がなにを言いたいのか、もう理解したようね?」
「はい……奴らが働き蜂だとすれば、その中心には必ず女王蜂がいるってことですよね?」
俺がそう訊くと、頼乃さんが口角を上げて頷いた。
「女王蜂は働き蜂を手足のように使い、自らの世話をさせるわ。もし仮に、働き蜂からではなくその女王蜂からワクチンとなる抗体を回収できれば、エクスさんだけでなく皆の命を救えるわ!」
頼乃さんの言葉を受けて、暗雲から一筋の光明が見えたような気持ちになった。
奴らの親玉である女王蜂を見つけ出す事ができれば、エクスを救える――それなら、俺がすべきことはただひとつだけだ!
「頼乃さん、その役目を俺にやらせてください!」
「草薙くんならそう言うと思っていたわ。でも、奴らの行動範囲は未だに未確定。しかも、魔剣のオーラを感知できるアナタのパートナーは毒に冒されて床に伏せている状態なのだけれど、どうするの?」
「それは……」
「つーくん!」
頼乃さんのもっともな言葉に俺が言葉を詰まらせていると、廊下の向こうからカナデたちが駆けてきた。
その姿を見て俺は手を打つと、こちらに駆け寄ってきたカナデの両肩に手を置いた。
「カナデ、良いところに来てくれた!」
「はぇっ? それって、どういう意味?」
「単刀直入に言う……カナデ。エクスの代わりに、この俺のパートナーになってくれ!」
「…………ほえぇぇぇぇぇぇっ!?」
俺が言い放ったその台詞に、カナデは顔を真っ赤にして硬直し、村雨先生とヒルドと琥珀ちゃんの三人は口を開けたまま呆然とした様子で俺の顔を見つめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます