第七部
第196話 プロローグ
そこがどこなのかわからなかった。
ただひとつわかることは、辺り一面が火の海で覆い尽くされているという事だ。
よく見てみると、濛々と黒煙をのぼらせ燃え盛っているのは、人の住居らしき建造物だった。
その近くでは、黒焦げになった人型マネキンのようなものが幾つも転がっていた。
そして、俺は炎で真っ赤に照らされた住居の真ん中をひたすら走っていた。
『スサ、急いで!』
鬼気迫るような声音と表情を浮かべて俺の手を引くのは、長い白髪の女の子だった。
歳は小学校高学年くらいだろうか。
その女の子は、着ている衣服や肌などが煤で汚れていて、頬や手足に無数の切り傷が刻まれていた。
『姉様、奴らが来ます』
すぐ真後ろから聴こえた幼い女の子の声に振り返ると、俺の手を引く少女と同じくらいの歳であろう白髪をボブカットにした女の子が細い脚を懸命に走らせており、俺とピッタリ距離を詰めて共に駆けていた。
その子は後ろから迫り来る火の手の方を何度もチラチラと確認して、忌々しそうに顔を顰めていた。
『まさか、追手がこんなにも早く来るなんて……。八岐大蛇、絶対に許さないわ!』
『姉様、やはりここで戦うしか』
『わかってるわよ! スサ、危ないから私の後ろに隠れていてね?』
長い白髪の女の子は踵を返して急停止すると、俺の両肩に手を置いて優しく微笑んだ。
それから程なくして、何もないところから半月型の大楯を二つ出現させて両手に持つと俺に背を向けて身構えた。
それと合わせるようにボブカットの女の子もその背後から鎖のように繋がれた勾玉を幾つも出現させ、長い白髪の少女と共に俺の前に立ちはだかった。
『私の可愛い弟は絶対に渡しません』
『ちょっと、ツクヨミ。私のじゃなくて、私たちのでしょ?』
『姉様、そんな細かいことはどうでもいいかと』
『どうでも良くなんかないわよ! 言っておくけれど、スサは私のお婿さんになるんだからね?』
『お言葉ですが姉様。スサはあの時、私のお婿さんになると公言していました』
『ああもううっさいわね! ともかく、今はアイツらを倒すのが先よ。いいわね?』
『承知してます。では、参ります!』
白髪の女の子二人は互いの顔を見合わせてから頷き合うと、真っ赤に燃え盛る火の海の向こうから現れた得体の知れない黒い影に向かって駆け出して行った。
二人が火の海から現れた無数の黒い影と戦闘を繰り広げ始めると、その場に取り残された俺はなにも出来ず、ただただ二人を見守っているしかなかった。
するとその時、いきなり後ろから誰かに肩を掴まれた。
……あぁ、ようやく見つけた。
俺の肩を掴んだ人物は全身が黒い靄のようなものに包まれていて、人なのかどうなのかも判別できなかった。
ただ、その声からして大人の女性だと言うことだけはすぐにわかった。
その黒い靄で全身が包まれた女性は俺を抱き上げると、そのまま火の海とは反対の方角へ向かい走り出した。
そんな最中、俺は段々と遠ざかってゆく黒い影たちと戦う二人の幼い女の子たちに向けて片手を伸ばし、こう叫んでいた……。
……助けて、お姉ちゃん!
遠ざかってゆく二人の姿を見つめながら、俺の視界が黒い靄に包まれてゆく。
それからゆっくりと目の前の景色が霞んでゆくようになり、俺は意識を失った。
そして、この時に俺は一体これが誰の記憶なのだろうかと思いつつ、目を閉じてしまった。
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