第181話 最期のサービス

 レーヴァテインが真横に振り抜いた長剣が俺の腹部をすり抜けた。

 最初は冷たい異物が腹の中を通り抜けたような感覚がして呆然としたがその直後、通り抜けた刃の道筋を辿るようにして痛みが走り、それは程なくして激痛へと変わった。


「が、かはぁ!?」


「ネギ坊!?」


「……む? 少し浅かったか」


 レーヴァテインは自らの長剣に血振りをくれると、その刀身を縦に構えて刃先を検めていた。

 なにが少し浅かっただよこの野郎。

 こちとら完全に腹を掻っ捌かれたぞ!


「おい、ネギ坊。大丈夫か!?」


「全然大丈夫じゃねえよ……。クソッ」


 斬られた腹部に手を当てがうと、指先の隙間からボタボタと真っ赤な血液が下に向けて溢れ出てくる。

 はらわたこそ出てはいないが、傷口はかなり深い。

 多分だけど、スレイブの鎧がなかったら胴体を真っ二つにされていたと思う。


「今の一太刀で胴を両断したつもりだったが、失敗したか。俺の剣技もまだまだ未熟ということだ反省しよう」


「ハッ、これで未熟とかふざけんなよテメェ……。こちとら瀕死だってーの」


「出来ることなら今ので楽にしてやりたかったのだが、そう上手くはいかないものだな。許せ」


「なにが許せだこの野……ゴフッ!」


「もう喋るなネギ坊! 血がどんどん流れ出ちまうぞ!」


 切羽詰まったような声でスレイブがそんな事を言うけれど、それとは関係なしに俺の体から血液はどんどん流れ出てゆく。

 最悪だ。

 こんな時にエクスがいないなんて、やっぱりあの時にちゃんと謝っていれば良かったと、今さらながら後悔している。


「それでレーヴァ。これからどうするんだい?」


「うむ。この小僧を殺したあと俺は残りのホーリーグレイルを探しに向かう。お前たちにはこの場の事後処理を任せる」


「あら〜、すんごく痛そうね坊や。せめて最期くらいはアタシが抱きしめてあげようかしらん?」


 ティルヴィングは地面で腹部を押さえて仰向けに倒れている俺の頭部に近づいてくると、覗き込むようにしてその場でしゃがみ込み、ヘルムの面頬を上部に上げて微笑んできた。

 流石に今の状況でティルヴィングを相手にしても勝てる気がしない。

 ここは大人しくしている方がマシだろう。


「は、ははっ。それも正直悪くねぇかもしれねえな……ゲホッ」


「ンフフッ、素直な男の子は好きよ。ねぇ、レーヴァ。どうせこのままでも坊やは死んじゃうから、せめて最期にアタシが抱きしめて弔ってあげてもいいかしら?」


「それになんの意味がある?」


「せめてもの手向けよ。別にいいでしょん?」


 ティルヴィングの言葉にレーヴァテインは不服そうに顔を顰めていたが、俺が死にかけだと察したのか「好きにしろ」と、一言だけ吐いてから納刀し、こちらに背を向けて泰盛さんの方へ歩んだ。


「泰盛、俺は行くぞ」


「おや? キミにしては随分と優しいじゃないか」


「臓腑は斬った。あの様子ならあと数分程度で死ぬだろう」


「そうかい。折角うちの娘の花婿候補だったけど、残念だね」


「それより泰盛。お前はあの剣を魔剣として覚醒させるのに必要な準備を急げ」


「完全にレーヴァの殺意が消えたわねん。良かったわね坊や。最期はお姉さんが抱きしめて楽にしてあげるわよん」


「テメェ、ティルヴィング! ネギ坊に少しでと触れてみろ、その喉元を俺様が食いちぎってやんぞ!」


「あら、失礼しちゃうわねん。別にアタシは坊やにはなにもしないわよん。本当にただ抱きしめてあげるだけ……」


 噛み付くような勢いで声を張るスレイブに嘆息すると、ティルヴィングが俺の上半身を抱き起こして柔和に微笑んでくる。

 どうせ死ぬなら最期はエクスの胸の中でと思っていたけれど、それはどうやら叶わないらしい。

 それなら、敵であってもこの俺に情けをかけてくれたティルヴィングに抱かれて死ぬのも悪くないかと存外思っていた。


「ゴホッ……なぁ、ティルヴィング。最期にワガママを言っていいか?」


「あら、なにかしらん?」


「どうせ抱きしめてくれるならその硬い甲冑じゃなくて、生身の方がありがたいんだけど」


「フフッ、それもそうねん。それじゃあ……」


 と、ティルヴィングは静かに頷くと鎧化を解き、私服姿に戻った。


「これでいいかしらん坊や?」


 ティルヴィングの着る胸元が大きく開かれたブラウスからは、溢れんばかりのおっぱいがこれ見よがしに強く主張しており、俺はちょっとだけ興奮して生唾を飲んだ。

 コイツ、なんてすんばらしいおっぱいをしていやがるんだ。

 敵じゃなかったら確実にお触りさせてもらっていたぜ。


「アタシの胸を見た感想はどうかしらん?」


「……いや、敵ながら天晴れなおっぱいじゃねえか」


「あら、褒めてくれるなんて嬉しいわねん。それじゃあ、坊やへの選別として特別にサービスサービスよん?」


 そう言ってクスクス笑うと、ティルヴィングはなにを思ったのか胸元のボタンを全て外し、紫色のレースが特徴的なブラジャーを眼前に見せてきた。

 まさかコイツ、その豊かな胸で俺の顔を包んでくれるつもりなのか!?


「……えっと、あの、いいの?」


「選別って言ったでしょん。勿論、お触りしてもオーケーよん?」


「あの、スレイブ?」


「なんだネギ坊?」


「このことはエクスにはナイショで……」


「オメェ、それが死に際のセリフでいいのかよ!?」


「いかにも俺らしいだろ? ゴホッ!」


 ささやかな願いを口にした俺にスレイブは心底呆れたようなため息を漏らすと、「わかったよ」と、肯定して黙った。


 ごめんよエクス、俺はもう旅立たなければならないみたいだ。

 けれど、この小さでささやかな最期の願いをどうか許して欲しい。

 あ、あとこれは浮気にならないよね? 

 だから許してくれるよね?


「さてと、準備はいいかしらん?」


「オナシャス」


「あー……ティル姉? 俺っちは離れていた方がいい?」


「そうねん、流石のアタシでもちょっと恥ずかしいからそうして。それじゃあ坊や……最期の温もりをたっぷりと堪能してねん」


 俺の頭部はティルヴィングにそっと優しく抱きしめられると、そのまま豊満な胸の谷間へダイブする。

 不覚にもティルヴィングのおっぱいはとても柔らかで、それでいて少しだけしっとりしており、とても温かくて心地良く、すんごく良い匂いがした。

 やだなにこれ? 心が解れちゃう。


「感想はどうかしらん?」


「……うん、悪くない」


「ネギ坊。オメェは本当にスケベな野郎だな」


「あら、男はスケベくらいがちょうど良いのよん。それより、スレイブ。アンタはこれからどうするのよん?」


「あ? それはどういう意味だ?」


「だって、坊やが死んじゃったらアンタはもう用済みでしょん? それならいっそアタシたちの仲間にならない?」


「ケッ。それだけはゴメンだぜ」


「あら、つれないわねん?」


 スレイブとティルヴィングがなにやら今後の事を話している最中も俺はこの世で最期となるであろう女性のおっぱいの感触を堪能していた。

 正直、レーヴァテインに斬られた腹部は死ぬほど痛いけど、それを中和するようなティルヴィングの胸の温もりと柔らかさにちょっとだけ癒されていたりする。

 あれ? なんだろ……頭がボーっとしてきたし、耳が遠くなったきた。

 やべ、これ完全に死ぬやつじゃん。

 ていうか、本当に最期くらいエクスに会いたかったなぁ……?


「……んもふぅ?」


「ひゃん!? ちょっと、坊や? くすぐったいわよん」


 ティルヴィングのおっぱいの谷間に顔を埋めていた時、谷間の奥深くになにか硬いものがあり、それが俺の鼻先に触れた。

 なんだろうこれは? 鼻先に触れる感触からして宝石のようなものっぽい。

 つーか、折角むにゅむにゅぷにぷにとして気持ち良いのにこの異物のせいでそれが邪魔されて仕方ない。

 ここは、この異物を口に含んででも除去するしかないだろう。


「いや、ちょっ……アハハハッ! だからくすぐったいわよん坊や」


「むふぅ! むふぅ!」


「あのよぉ、ネギ坊……」


「あー……? あのさぁ、ティル姉。このオーラの感じって、確か前に……」


「おや? レーヴァ、このオーラは?」


「先程見逃しておいた新手だな。恐らくこの小僧を助けにきた連中だろう」


「見逃したって、それはなぜだい?」


「殺す価値もなさそうな雑魚だったからだ」


 ティルヴィングの胸の谷間に顔を深々と突っ込む俺を他所に、周囲にいたエペタムと泰盛さん、それに、レーヴァテインが急に殺気立った。

 一体なにが起こっているのかを横目で気にしつつも、ティルヴィングの谷間に挟まっていた宝石を口に咥えていると、突如として俺たちを包み込むようにして急に濃霧が立ち込めてきた。

 この霧にはどうにも覚えがある。

 これは確か……霞の舞か? だとすると、これはまさか!


「ティル姉、避けろ!」


「え? やだちょっとウソでしょん!?」


「「逃すかぁ!」」


 胸の谷間に顔を埋めていた俺をティルヴィングが突き飛ばした刹那、濃霧の中から二本の黒い日本刀が鋭く突き出てきた。

 そして、それを追うようにして霧の中から現れたのは、兜鎧姿の村雨先生と素肌に白いシャツを着た犬塚先輩だった。








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